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竜生活管理庁の場合

この話で完結です。一応まとまったかな?

 四つほどの机が向かい合って並べられたフロアの奥、それらを見渡す様な形で置かれた執務室の机が、男の席だった。

 しかし、そんな立派な執務机の上には、現在、大量の書類が山のように積まれている。

 『調査報告書』『被害始末書』『出張費領収書』『保護許可願』などと書かれたそれらの書類は、まるでその男を包囲し、逃がさぬよう取り囲んでいるようだった。

 そして、まるでその様子が気に入らない様に、男はぎりぎりと歯ぎしりをする。

「どうしてこう、あいつらは仕事が早いんだ・・・・・・」

 そう言いながら、男は目の前で一つの島を作る四つの机を睨んだ。

 そのひとつには、ツナギを来たネコ耳ネコ尻尾をもつ獣人の少年の姿がある。

「・・・・・・短いロマンスだったなぁ」

 そんな事を呟く彼は、脱力したように机に突っ伏したまま動こうとしない。

「やっぱり、さよならぐらい言っとくべきだったよ・・・・・・。カッコつけるんじゃなかった」

 どうやら後悔の念にかられているらしいが、正面の机に座る白い髪をしたブレザーの少女は、その様子を察する事も無く元気よく声をかける。

「ミケさんミケさん! もうすぐ始勇祭ですよぅ!」

 一人でキャッキャはしゃぐその少女は、楽しそうに当日の計画を思い描いていた。

「どんな格好して行きましょうかぁ! ケーキに、チュロスに、フライドチキン! もう、今からよだれが止まりませんねっ!」

 その少女はまるでクリスマスを待ちわびる子供の様に落ち着かない。すると、すかさずその浮かれた様子をたしなめられていた。

「レンカ、本当によだれが出ている」

 当然、それは机に突っ伏した状態のミケと呼ばれていた少年ではない。

 彼女をたしなめたのは、ちょこんと彼女の机に乗っていた一羽の大きなカラスであった。

 彼は流暢に人の言葉をそのくちばしから紡ぎ出す。

「始勇祭と言うのは、勇者ジークフリートが旅を始め、魔竜ファブニールを倒し勇者として一歩を踏み出した事を祝う祭りだ。食べ物の事ばかり考えていては、本来の感謝の気持ちを忘れてしまう」

「もう、クラークさんは固いですねぇ。―――何だかんだ言って、始勇祭は倒魔祭と違って厳格な行事じゃなくて純粋なお祭りですよ。今は恋人や友達と出かけるのが普通なんですから。―――まあ、私はどっちもいませんけど!」

「・・・・・・むぅ。そこで胸を張ってはいけない思うが」

「だからこそですよ。いっぱいお洒落して、カッコいい男の人を捕まえるんですっ!」

「ふむ。去年もそんな様な事を言っていたが、結局、誰も捕まらなかっただろう?」

「だから今年こそはですよぅ! ね、ミケさんも振られちゃったのなら一緒に行きましょう!」

「うーん。まあ、それもそうだね。落ち込んでても仕方がないし、次の恋を探そうかなぁ」

「その意気ですよ! じゃあ、ミケさんはどんなドレス着ていきます?」

「いや、せめてタキシードにしてよ・・・・・・」

 ミケが呆れたように上半身を起こすと、バタンと部屋の扉が開かれた。

 そこから現れたのは、書類を抱えたスーツ姿のメガネの男だった。

「やっとカサハ村の事件の報告書が警察から上がってきましたよ」

 彼は自分の机へとつくと、抱えていた書類をどさっと置く。

 隣の机であるミケは、何気なくその書類を一枚手に取った。

「カサハ村って、フォリスさんが調査に行ってた所だよね。解決済みなんでしょ?」

 彼が不思議そうに訊くと、フォリスと呼ばれたスーツの男は、椅子に腰かけつつ答える。

「ええ。竜に関する揉め事は一段落したんですが。少し引っかかる事がありまして―――」

「へえ。また、なんかギルドがらみ?」

 端から書類を目を通し始めたフォリスに、ミケが物珍し気に問うた。

「それはまだ分かりませんよ。だから今、警察の方から資料をもらってきたんです」

「ふーん。―――ああ、そう言えばフォリスさんは始勇祭どうするの?」

「私は始勇祭が妻との結婚記念日ですから。一緒に外食する予定です」

「「いーなぁー」」

 声を合わせてミケとレンカが羨ましがると、フォリスは再びし書類へと視線を戻していた。

「だったら、僕らも手伝うよ? もう自分の仕事終わったし」

「そうですね。書類見るだけなら得意ですよ!」

「むぅ。見ているだけでは行けないんだぞレンカ・・・・・・」

 しかし、揃ってフォリスの書類に集まる面々を見て、今まで書類の間からそれを見守っていた男は怒鳴るしかなかった。

「ど、どうしてお前らは! そんなに仕事熱心なんだぁッ!」

 だが、書類に目を通しながら、ミケは即座に反論する。

「自分で熱心だなんて思ったことないよ。ただ、言われた仕事を全部終わらせただけじゃん」

「くうぅ、反論するかクソネコがぁ! だいたいお前らの仕事が早すぎるんだぞっ! どうして俺だけこうして書類とにらめっこばかりで、お前らはそうして楽しそうに雑談していられるんだぁ!」

「だから、自分の仕事終わらせたからだって言ってんじゃん。ボスの仕事が遅いだけでしょ?」

 すると、ボスと呼ばれた男はぐわわっと眉間にしわを寄せる。

「人のせいにしおってからにっ! 良いか? お前らみたいなのは、仕方なぁ―く国の監視下に入れる為に竜管庁とか言う訳のわからん即席省庁で雇っているんだぞ! そんな不遇な待遇だと言うのに、どうしてお前らはそんな仕事熱心でいられるッ?」

「これまたひどい事言ってくれますね。これだから、天下りは困りますよ」

 フォリスが書類に目を通しつつ呟くと、ボスは勢いに任せてバンっと机を叩く。

「ええい! 私だって楽をしたくて、この何をやってるか訳の分からん省庁で長官をやってるいるんだ! 貴様等ももっとサボって私を楽にさせんかっ!」

「むう。最低な発言だな・・・・・・」

「ええ、最低ですっ!」

 クラークとレンカが率直な感想を述べると、男の眉間にはくっきりと血管が現れていた。

「もう怒ったぞッ! 貴様ら今日はこれで解散だ! 有給にしてやるから帰れ帰れっ!」

 その言葉を聞いて、フォリスはため息をつくと、持っていた傘を上に差した。

「レンカ、ボスの頭を冷やしてあげてください」

「了解ですっ!」

 すると、敬礼して答えて見せたレンカの腰の鞄からすかさずチョークが飛び出す。それらは誰も手を触れていないと言うのにふわふわと宙に浮かぶと、まるで意志を持ったように天井に巨大な魔法陣を描いていた。

「れ、レンカ。貴様何する気だっ?」

 ボスはそれを見て、青い顔をしながらもレンカへと問う。

 すると、彼女は腰から取り出した拳銃を、運動会のスターターの様に上に向けて構えて見せていた。

「―――ちょっと雨が降るだけです!」

 その言葉を聞き、ミケとクラークは慌てて傘をさしたフォリスの下へと駆け寄った。

 そして、次の瞬間、竜管庁のただ一つの建物、王都メイン通りに面する建物の五階は、怒涛の豪雨に飲み込まれていったのだった。


「いやあ。毎度のこととはいえ、慣れないなぁ」

 濡れた自分のシャツをビルのベランダに干しながら、ミケが呟いた。

 隣では、同じく濡れ鼠になったクラークが、翼を開いて日光浴をしていた。

「うむ。しかし、今回はフォリス殿の方が予想外だった・・・・・・」

 彼がしみじみそう呟く様に、いつもは二人ともフォリスの傘に入れてもらう事で凌いでいたのだが、今日は違った。

 レンカの魔法で豪雨が降りだすと、フォリスは迷うことなく、自分ではなく机の上の書類へと傘を差していたのだ。

だから、ミケとクラークが室内を振り返ると、そこにはびしょ濡れのスーツに身を包んだフォリスが、何事も無かったかのように乾いた書類を読んでいる。

「どうしても流されたくなかった書類みたいだね」

「ふむ。問答無用で他の書類を押し流してしまったレンカに、見習ってほしいものだ」

「・・・・・・いや、結局それを指示したのはあの人だから」

 そうミケがツッコむも、それを聞いているのかいないのか、クラークは慌ただしくバサバサと室内へ戻って行ってしまった。

「れ、レンカっ! 年ごろの女性が、人前で下着姿になってはいけないッ!」

 なるほど、クラークさんも大変だな。とミケは思いつつも、フォリスへと歩み寄る。

「ねえ。フォリスさんがそこまで気になってる事件って何?」

 ミケが問うと、フォリスはべったりとくっついていた前髪をかき上げつつ、訊き返していた。

「おや、気になりますか?」

「だって、フォリスさんって大抵現地でスパッと後腐れなく解決するから。騒動が終わってからも警察の資料借りてまで調べてるって事は、何かあるんでしょ?」

 フォリスはその言葉に、にやりと笑って答えてみせていた。

「ミケは鋭いですねぇ。やはり獣人ならではの動物的勘と言う奴ですか?」

「いやいや、獣人はそんなに便利じゃないってば」

「―――何です何です? なにか面白い話ですか?」

 そう言って食いついて来たのは、自分の魔法を使ってフロアを洗い流しておきながら、結局自分までびしょびしょになっていたレンカだった。

「ずるいですよ二人だけで。私にも教えてくださいよぅ!」

「まあ、良いでしょう。二人まとめて話してあげますよ。―――ボス、少しだけ休憩を頂きたいのですが?」

 そう言ってフォリスは、流された書類を一つ一つ拾い上げてはハンコを押して行くボスへと声をかける。すると、彼はぶっきら棒に怒鳴った。

「どこへでも行けっ! そのまま今日はもう帰ってこなくて良いぞっ!」

「では、まず先に着替えるとしましょうか。濡れた服はとりあえずベランダにでも掛けておきましょう」

「ええい、くそっ! 絶対帰ってくるつもりかフォリスッ!」


 三人が着替え、一羽が身体をバスタオルで拭いた所で、一同は休憩をとりに竜管庁の建物に隣接する建物の一階に入る喫茶店へとやってきた。

 特に有名店と言う訳でもなく、お洒落なオープンカフェがある訳でもないので、いつも人気がない。だが、ゆったりとした時間の流れるここの雰囲気は、彼らにとって数少ない憩いの場であった。

 一同はいつも通り、一番奥のボックス席へと腰をかける。

「私はコーヒーを」「レモネード二つお願いします!」「僕はサイダー」

 三人がそれぞれの飲み物を頼むと、フォリスはさっそく話し始める。

「―――さて、カサハ村と言うと、どういう騒動があったかは知っていますよね?」

「うん。報告書は読んだよ」

「えーっと。確か、現地の村人たちと竜を殺すかで揉めて、いきなり村長が竜の世話を見る事を希望したんでしたっけ」

 だいぶ内容をはしょったレンカの説明に、フォリスは少し困った様な顔をする。

「ええ。まあ、いきなりではないんですが・・・・・・」

「確か、村人と竜に仕える神官の間で衝突があったんだよね」

 ミケの補足に、フォリスは安堵したように頷いてみせた。

「その通りです。いや、ミケには話しやすそうですね」

 その言葉を聞くと、あからさまにレンカが不満そうな顔をする。

「それじゃまるで私が馬鹿みたいじゃないですか!」

「しかし、実際頭が良くないという自覚はあるのだろう?」

 クラークが不思議そうに問うと、レンカは胸を張ってみせた。

「ええ。記憶力とか全然!」

 何の自慢なのかわからないが、丁度ウエイトレスがそれぞれの飲み物を運んできた。

 フォリスは自分の前に置かれたコーヒーへと、持っていた銅貨をつける。

「それさ。毒物が入ってないかの確認でしょ? ここでまでやることないんじゃないの?」

 ミケが怪訝そうな表情をするも、フォリスは銅貨の色が変わってないかを確認していた。

「まあ、一種の癖みたいなものですよ。念には念を、ね」

 黒い液体に毒物が入っていない事を確認すると、フォリスは一口だけすする。

 その後、口の中で転がしてなかなか飲み込まないでいるのは、毒物で下が痺れてこないか確認するためだとか言っていた。いったいどれだけ毒殺を警戒しているのやら。

 やっと飲み込んだ所で、フォリスは改めて口を開き始めた。

「そこの神官は、父の後を継いだサリアと言う猟師の少女がやっていたのですが―――」

「え、女の子? その子、可愛かった?」

「ええ。けど、手遅れですよミケ。もうお似合いの相手がいるようでしたから」

「そ、そうなんだ・・・・・・。うん。話し続けて」

 ミケががっくりしつつも促すと、フォリスは何事も無かったかのように再開する。

「彼女は徒党を組んで竜を襲おうとした村人たちに、恐れることなく立ちはだかったのですが―――」

「おぉっ! 一人でですかぁ! 私も港町セイリアで、レニさんって言う凶暴な竜とたたかった女性の話を聞きました!」

「・・・・・・も、申し訳ないフォリス殿。は、話を続けてくれ」

 レンカの代わりにクラークに謝られ、フォリスは再び何事も無かったかのように話し始める。

「しかし、それ故にサリアさんは撃たれてしまいます。幸いにも、私の処置が良かったおかげで、命を落とさずにすみましたが―――」

「ほう、それはいったいどういう処置だったんだろうか?」

 だが、クラークがそう訊くと、フォリスはあからさまに不機嫌そうな表情をした。

「まったく、みなさんがちょくちょく話を挟むせいで話が一向に進みませんよ・・・・・・」

「こ、これは申し訳ない!」

 大変恐縮して見せるのはクラークだけで、他の二人はぽかんとしていて自覚がないらしい。フォリスは諦めて要点だけを話す事にした。

「サリアさんは撃たれましたが、その時銃を持っていた村人たちは、誰も撃ってないと証言しているんです」

「それって、村人達が揃って嘘言ってるとかじゃなくて?」

 ミケの質問に、フォリスは首を横に振る。

「実際に警察が調べた結果でも、彼らの銃は、あの時に撃った形跡がないそうです。で、気になって警察に周辺の調査もお願いしていたんですが」

 そう言って、フォリスが自らのビジネス鞄から取り出して見せたのは、数枚の書類だった。

「辺りに誰かが野営をした形跡があったそうです。だいぶ離れた位置ですが」

「もしかして、誰かがそこから狙撃したって事?」

「ええ。しかし、問題はそこです。恐らく誰かが狙撃したのだろうと警察は調査を進めてくれていますが、その場所からは銃を発砲した時に発生するはずの硝煙反応が出なかったんです」

「硝煙反応が? それって雨で流されちゃったとかじゃなくて?」

「ええ。カサハ村周辺では、事件から調査の間に雨が降った形跡はありません」

「じゃあ、その女の子はどうやって撃たれたって言うの?」

「それが分からなくて調べ回ってましてね。しかし、全く見当がついていない訳ではないんですが」

 そう言って、フォリスはもう一枚書類を取り出してみせた。

「これはカサハ村の村長であるアーノルドさんからの証言です。少し彼の持っていた銃が気になりましてね」

 そう言ってフォリスが机に広げた書類には、極端に重心の短い無骨で巨大な銃が、説明つきで図解されている。

「彼が竜に対抗しようとして持ちだしてきた銃は、対戦車ライフルに改造を施したものだったんです」

「凄いですねこれ! ・・・・・・動きの素早い竜に対抗するために、銃身を切り詰めて、命中率を落とす代わりに取り回ししやすくしてありますよ。それに、銃全体にショックアブソーバーがついてるから、反動も極力抑えられてますし、始めから外すことを前提で装弾数も上げてあるみたいですね。まさに対竜ライフルと言っても間違いないぐらい改造されてます!」

 銃に詳しいのか、感嘆の声を上げるレンカに、フォリスも頷いてみせる。

「そうなんです。まず素人の手でここまでの改造は不可能でしょう。アーノルドさんに訊いた所、彼は通販で買ったと言っていますし」

「通販? カサハ村ってそんなに進んでるの?」

「ド田舎ですよ。未だに馬がメインの交通手段なんですから。アーノルドさんが言うには、家の郵便受けに入っていたカタログで買ったそうです」

「なーんか、いかにもって感じだね」

 そこで、フォリスは少し難しい顔をしてみせる。

「―――そこで、私はこれがギルドの仕業ではないかと、踏んでいるんですが」

 彼はたっぷり含みを持たせて、そう真剣に告げてみせる。

 しかし、他の二人と一羽は無反応だった。

「・・・・・・酷いですねぇ。もうちょっと驚いてくれたっていいじゃないですか」

「え? いや、もうフォリスさんが目をつけてる時点でそうじゃないかなって思ってたし」

 ミケの言葉に、クラークが銃の書類を眺めながら同意する。

「うむ。ここまでの技術力を持っている組織は、ギルド以外にそうないだろう」

 そして、レンカが誇らし気に、余計なことまで言う。

「そうですよ。竜の話で介入してくる組織なんて、ギルドぐらいしかありませんよ。そんなの馬鹿にだってわかりますって!」

 当然、その言葉にフォリスは黙り込んだ。

「・・・・・・も、申し訳ないフォリス殿!」

 クラークが慌てて謝り、ミケがレンカにチョップを入れる。

「え、えーと。で、フォリスさんとしては、この件をどうしたいの?」

 ミケが仕切り直してそう訊くと、フォリスはふむと唸ってみせる。

「いえ。ギルドがこの竜を手に入れる為に、村長に銃を売り、神官を狙撃したと言うのはわかるんですが・・・・・・。どうやって狙撃したかが未だに謎でしてね。得体のしれない力をギルドが持っていると言うのは、なんとも恐ろしいでしょう?」

 フォリスのもっともな意見に、一同は頷いた。すると、ミケもふと思い出す。

「まあ、狙撃方法までは知らないけど、ついこの間、カサハ村で仕事したっていうギルドの弓使いなら心当たりがあるよ?」

 そのミケの言葉に、フォリスはコーヒーを啜りながら笑って見せていた。

「銃ではなく弓ですか? それにいくら片っ端から女の子に話しかけていくミケとは言え、そこまで顔が広いとは思えませんが?」

「所が、そうでもないんだな。―――この前、リバターリって町の調査に行った時に会った女の子が、そう言ってたんだ。弓って可能性はあり得ない?」

「ふむ、確かにそれなら工夫次第で何とかなりそうですが、それだと二キロ先からの狙撃には無理がありますね・・・・・・。本当にカサハ村での仕事でしたか?」

「うん、本人がそう言ってたんだもん。眼帯をした可愛い女の子だったよ?」

「眼帯って、痛々しいですよぅ。絶対何かに影響受けてますって!」

「もっと目立つ白い髪した人にいわれたくないと思うよ・・・・・・」

 すると、ミケは何かを思い出した様だった。

「そう言えばその子、次は王都で仕事があるって言ってたな」

「それもその少女から聞いたのですか?」

「いや、それは現地で協力してもらった人からの言伝。何の仕事かまでは分からないけどね」

 ミケの言葉に、フォリスは首をかしげる。

「ふむ。ここ、王都で何かあるんでしょうか?」

 そんなフォリスの言葉に、能天気にレンカは応えてみせていた。

「あるじゃないですか! ―――始勇祭ですよぅ!」


 始勇祭。

 十数年前まで人々を異常気象や魔物の異常発生により苦しめている存在があった。それが、魔王だ。その魔王を倒す為に立ちあがった勇者が、言わずもがなジークフリートであった。

彼は当時、普通の国防軍の軍人であったそうだが、魔王の手下である魔竜ファブニールの討伐作戦に派遣される。

魔竜ファブニールは今までに前例のない魔法を使う竜であり、近くの村を襲っては人々を苦しめていたのだ。

ジークフリートはその戦いで、見事にファブニールを倒す事に成功し、その血を浴びて不死身になったとされる。彼が勇者としての第一歩を歩みだした日として、先代の王がこの日を始勇祭としたのだった。

二日間にわたって行われるこの祭りは、初日が前夜祭、次の日が始勇祭当日となっている。

会場となる王都の城周辺は全てが歩行者天国とされ、国中の人がここぞとばかりに露店を開くので、それを目当てに周辺から観光客が押し寄せるのだ。

そのため、王族の誕生日や結婚式、お葬式などを除けば、始勇祭は倒魔祭と並びこの国最大のお祭りである。

「だからって、わざわざ遊びに来るとは思わなかったよ」

 ミケが一枚の手紙を手でパタパタと弄びながら。やれやれと呟いた。

 隣には、暇でついて来ていたフォリスの姿がある。

「良いじゃないですか。君の友達もこの国最大と言われるお祭りに興味があるのでしょう」

「だからってさ。突然、『俺も生きているうちに始勇祭を見ておこうと思ってな』みたいな手紙よこして、いきなり迎えに来いとはどういう了見だよ・・・・・・」

「まあまあ、そう腐らずに。私は興味がありますよ。その狼男さんとやらに」

 二人がいるのは王都の東に位置する巨大な駅。

 巨大なガラス張りの天井の下、何本ものホームが連なるその中の一つで待っていると、蒸気機関車が大量の客車を連ねてやってきた。

 電気機関車が一般的な中、今でも蒸気機関車があるのは、電気も通らない地域が未だにあるためである。

「何号車に乗ってるんですか?」

「えーとね。一番後ろの貨物列車にひっついて来るって」

「また乙な乗り方ですねぇ」

 二人は停車した列車の最後尾へ向けて、ホームを歩く。すると、その先でミケは見覚えのある人影に手を振った。

「おーい。ポチさーん!」

 砂漠の民らしい布で全身を包み込むような格好をした顎髭の男・何の変哲もない棍棒で、彼は不機嫌そうに自身の頭をかいていた。

「言っておくが、俺はピオーチだ!」

 挨拶がわりにそんな事を告げる中、ミケはそれぞれを紹介する。

「えっと、こっちがフォリスさん。僕の同僚ね。で、こっちがポチさん。僕の助手」

「誰がいつ貴様の助手になったんだッ! それに何度も言うがポチじゃないっ、ピオーチだ!」

「いやあ、私はフォリスです。よろしくお願いしますポチさん」

「いや、ピオーチなんだが・・・・・・」

 結局フォリスにまで名前を間違えられたまま、ポチは握手を交わす。

「どうもミケがお世話になったそうで」

「ああ、だいぶ振り回されたよ・・・・・・」

 まるで頭痛がするかのようにポチはこめかみを押さえた。

「―――ところで。ミケから聞きましたが、狼男だそうで」

「うん? お前、勝手に喋ったのか?」

 ポチが不機嫌そうにミケを見下ろすと、彼も肩をすくめていた。

「だって、そんな冗談面白くもなんともないもの。―――イテッ」

 ミケはポチが持っていた棍棒で、すかさず小突かれていた。

 抗議の声を上げるミケを見て、フォリスは笑う。

「こちらの方は、何も間違った事を言ってませんよ。実際に狼男なんでしょう」

「もう、フォリスさんまで。僕をからかおうったって無駄だからね? 同じ獣人なら匂いで分かるし、調査に行った日も満月だったけど、ポチさん変身しなかったもん!」

「当り前だアホっ!」

 ごつんっと今度は少し強めに小突かれた。すると、フォリスが見かねた様に補足を加えてくれた。

「狼男と言うのは、本当に狼になる人間だけを指す訳ではありませんよ。禁忌を冒して社会から追放された人間も、時としてそう呼ばれます。あなたもその類なんでしょう?」

「その通りだ。まあ、だからこの通り傭兵をやっているんだが、詳しい事は察してくれ・・・・・・」

「ええ? 何それー? 察してくれとか水臭いなぁ! 何なの? 教えてよ? 僕とポチさんの中じゃない。 ねえ、何があったの? 教えてってば! ―――痛いっ!」

「き、貴様、わざと俺に殴られるような事言っているだろう!」

「イタタ・・・・・・、もう誰が好き好んで殴られるっての」

「ミケがいけませんよ。それに、ポチさんもお疲れでしょうし。先に宿の方に案内しましょう」

 ひとまずフォリスが、二人を引率する形でポチの宿へ向かった。


 フォリスの案内でひとまずポチの宿泊先へとたどり着く。

 フォリスはポチがチェックインを済ませると、そのまま竜管庁へと帰って行った。

 だが、ミケは好奇心なのかポチの部屋まで付いて来てしまっていた。

 やれやれと言った様子のポチだったが、窓から通りを見下ろしてしみじみと呟く。

「にしても、やはり王都はすごいな・・・・・・」

「どうしたの? 突然年寄りみたいな事言って」

「ふむ。お前は魔法使いと違って、魔動兵器だから気が付かないのかもしれないが。あのフォリスと言う男以外にも、だいぶ強い魔力を感じる」

「ふーん。もしかしたらギルドの魔術師かもしれないね。―――幾つぐらいある?」

「そうだな。あの男の魔力を除けば、気になるのは近くの大きい二つ。それと、一つとてつもなく巨大な魔力が、まるで王都を覆うように広がっているが」

「・・・・・・ああ、えっと。たぶん、近くの二つは―――」

 ミケが言いかけた途端、バタンと同時に部屋のドアが開かれていた。

 そこから飛び込んできたのは、一人の少女だった。

「ミケさんっ! お友達きましたっ?」

 それは、ブレザーに黒いローブを着た、白い髪の少女―――レンカだった。

「どう、ポチさん。この人から魔力感じない?」

「ああ、確かにこの少女からだ・・・・・・。するともう一つは?」

「そっちのカラスじゃないかな?」

「カラスとは心外だな」

 抗議の声を上げたのは、レンカの肩に乗っていたカラス―――クラークだった。

「クラークと呼んでいただきたい」

「ごめんごめん。―――で、二人とも紹介するね。こちらは傭兵のポチさん」

 ミケが端的にポチを紹介する中、レンカは元気いっぱい口を開く。

「始めましてこんにちはっ! わ、私とお友達になってくださいッ!」

「・・・・・・と、突然申し訳ない。彼女はレンカと言う。私はクラークだ。よろしく」

 レンカの代わりに肩に乗っていたクラークが自己紹介する。

 ポチも同じ様に自己紹介をすると、その二人を改めて見て、顎を撫でていた。

「なるほど。確かにさっき俺が感じたのは君達、魔女と使い魔のものらしいな。見かけによらず、相当な魔力だ・・・・・・」

「そ、そうですかね。えへへっ、そう言われると照れちゃいますよぅ!」

 ドン引きされているのにも関わらず、レンカは照れてみせる。

一方でポチは窓の外へと視線を戻すと、改めて眉根を寄せていた。

「しかし、このまるで王都を覆う程の強大な魔力はなんだ? こればっかりは何かあるんじゃないのか・・・・・・?」

 緊張した様子のポチだったが、心当たりのあるミケは苦笑を浮かべつつ断言する。

「大丈夫だよ、無害だから。気にするだけ無駄だって。―――それより、明日から始勇祭だけど、ポチさんは何か予定決まってるの?」

「いや。とりあえず、露店でもうろついてみようかと思っているが―――」

「―――だったら、僕に付き合わない?」

 そう言ってにやりとしてみせたミケの表情に、何か企んでいるなとポチは怪訝そうな表情をする。しかし、それにレンカが喰いついて来た。

「だったら私も行きますよぅ! 去年みたいに一人ぼっちは嫌ですっ!」

「れ、レンカさんは男捕まえるとか行ってたじゃん・・・・・・」

「そ、それはダンスパーティーの話ですよ! ひ、昼はついていきますから! だから一人ぼっちにしないでくださいっ!」

 ここでダメだと言えば、泣きだされてしまう気がする。その上、クラークまでもが頼むと言わんばかりの顔をカラスなりにしてくるので、ミケはやれやれと肩をすくめた。

「わかったよ。―――じゃあ、ポチさんも絶対付き合ってよ!」

「まあ、良いだろう。二日あるんだ。一日ぐらいは付き合ってやる」

「その代わりレンカさん。僕が出す指示には大人しく従ってもらうから!」

「えええっ! な、何で今さら言うんですかぁ!」

 どうしようどうしようと、動揺し始める様子のレンカを傍目に、ミケはため息を漏らす。

「けど、何でレンカさんって友達できないのかな?」

 率直なその疑問に、意外にも小声で答えてくれたのはポチだった。

「魔力が感じ取れる人間としては、あの年齢であの魔力の量は不気味なんだ。近寄りがたい存在ではある」

「ふーん。けど、普通の人の友達も出来ないってのは不思議じゃない?」

 ミケのその言葉に、一人で喚くレンカを改めて見て、ポチはふむと唸っていた。

「まあ、魔力が見えなくても、あまり一緒にいたくない人種ではあるかもしれないな・・・・・・」


 前夜祭当日。

 本当の前夜祭はその夜に行われるダンスパーティーの事を指す。しかし、始勇祭当日に備えて前夜祭は昼間から露店が開かれているため、夜ではなくてもすでにお祭りの様子を呈しているのだ。

 そして、クラークとレンカ、ポチを工作車に載せたミケは、朝早くから屋台が立ち並ぶ大通りへとやって来ていた。

「サナダさん、今日はよろしくお願いします」

 工作車を降りて、ぺこりと丁寧にミケが頭を下げる前には、一人の男の姿があった。

 エプロンに鉢巻きと言う格好の青年の屋台の前には、食事をするためのテーブルが並べられている。おそらく食べ物の露店経営者なのだろう。

「久しぶりやなミケ! ほんで、今日手伝ってくれるっちゅうのは、後ろのお二人さんやな?」

 しかし、状況が一切飲み込めないポチは訝しげな表情をする。

「いったい、俺達に何をさせようと言うんだ?」

「わ、私なんか恥ずかしい事させられるんですかっ?」

 ずっとその事が気がかりだったのだろうレンカが嘆くように問うと、ミケはサナダの紹介を含め説明を始める。

「えっと、こちらは僕が昔住んでた所でタコ焼き屋さんをやってるサナダさん。お祭りの間は毎年こっちでお店開いてるんだ。当日はさすがにバイトを雇うんだけど、前日はそうもいかないらしくてね。なら一日ぐらい手伝おうかなと思って、二人にも来てもらったんだけど」

「付き合えっていうのは、屋台の手伝いの事だったのか・・・・・・」

「嫌だった?」

「いや、付き合うと言ってしまった以上、付き合わないとな。毒を食らわば皿までなんだろう?」

「良く分かってらっしゃる」

「だが、その前にタコ焼きとはどういう料理なんだ」

「うーんと。こう丸くて、中にタコが入っていて。ソースとマヨネーズかけて食べるんだけど」

 ミケの大雑把な説明に、ポチは首をかしげるばかりだった。

「まあ、ほんまもん見た方が早いやろ。ほな、先にユニホームに着替えてくれ」

 サナダから店のロゴの入ったエプロンを受け取ると、ミケとポチは即座に身につけた。

 しかし、レンカにはミケが個別で紙袋を渡す。

「な、なんかエプロンにしては量が多くありませんか・・・・・・」

「まあ、上から下から下着まで用意してあるからね。僕の工作車の中で着替えてきていいよ。それまでにお店の準備はすませるから」

「・・・・・・うぅ、すごく心配ですよぅ」

 今にも泣き出しそうな顔をしながら、レンカは道路の隅へと駐車してある工作車へと向かった。

 サナダが屋台の調理場の準備をするので、ポチとミケで通りへと並べられた丸テーブルを拭いてまわる。

 そして、全てのテーブルを拭き終わった所で、ふと通りを振り返る。

 すると、その瞬間、突如として目の前に鋭い光と共に大量のコンテナが出現していた。

「・・・・・・なっ!」

 ポチが驚いて思わず後ずさると、その荷物の後ろからやけにフリフリしたピンク色のウエイトレスの様な格好をした少女が出てきた。

「まいどー、瞬速特急便でーす。こちらにハンコお願いしまーす」

 そう言ってその少女が差し出してきたのはバインダー。ポチが呆然としながらもそれに目を通すと、そこには受領証が挟まれている。

 すると、彼に代わってそのバインダーを受け取ったのは、横から現れたフォリスだった。

「ありがとうございましたキエルさん。いつも正確ですねぇ」

「そりゃあ、私以上に瞬間移動魔法を上手に扱える魔術師はそうそういませんからー。事故も社員の中では一番少ないんですよー」

 キエルと呼ばれたその少女は、受領証のハンコを確認すると、今度は持っていたバインダーの角で足元に魔法陣を描く。

「それでは、またの御利用をお待ちしておりまーす」

 ぺこりと頭を下げたキエルは、短い呪文を唱えると、鋭い光と共に消えてしまっていた。

「―――な、何だったんだ今のは?」

 呆然と立ち尽くすポチに、フォリスが笑いながら説明する。

「今のは、瞬間移動魔法が得意な魔術師が集まって作った『瞬速特急便』という宅配業者ですよ。一瞬で届くんですが、その分失敗する可能性が高いので、王族や私達のような公務員しか使っていないんですがね」

「ほう・・・・・・、王都には色んな仕事があるんだな」

 ポチがしみじみとうなずいていると、フォリスが中身を確認するために、コンテナの中へと手を突っ込んでいた。そして、彼がそこから取り出したのは、うねうねとした大量の触手の生えた生き物だった。

「うおっ! 何だその生き物はっ?」

「これがタコですよ。サナダさんに頼まれて、直接港から安く仕入れたんです」

「そ、それは食べられる物なのか? 一見すると、魔物の類のようにも見えるが・・・・・・」

「大丈夫ですよ。普通においしいんですから」

 そして、そんなフォリスとポチでコンテナを屋台の裏へと運ぶ。

 早々とミケが慣れた手つきでタコをさばき始めるが、ポチは完全にタコにビビってしまったのか、ネギを切ったり生地を作ったりする方に専念していた。

「どうですどうです? 似合いますか?」

 そこへ、突然声をかけてきたのは、着替えから戻ってきたレンカだった。

 彼女が着ていたのは、明らかに正規品ではないフリフリしたメイド服であった。しかも、彼女の頭には髪の色に合わせた白いネコ耳まで付いている。違和感はないが、傍から見ると十分恥ずかしいコスプレではあった。しかし―――。

「もう、ミケさんが脅かすから身構えちゃいましたよ。十分可愛い格好じゃないですかぁ!」

「ふむ、良く似合っているぞレンカ」

 その本人とその相棒は、意外にもその格好に乗り気の様だった。

 すると、他ならぬミケはやれやれと言った様子でそれを見て呆れていた。

「レンカさん相手には、その格好じゃ罰ゲームにもならないのかぁ・・・・・・」


 十一時半を過ぎると、開店する露店が増えて、王都の大通りは人で溢れ始めていた。

 そんな中、大きなリュックを背負った旅人風の眼帯少女は、その人ごみに流されながら、自らのお腹を押さえていた。すると、ついに降参するかのようにぐうとお腹の虫が鳴いてみせる。

「・・・・・・お腹、空いた」

 すでに営業を開始した食べ物の露店からは、様々な地方の食べ物の香りが流れてきた。

 どこか懐かしいソースの香りに、エキゾチックなスパイスの香り、それに甘ったるい蜂蜜の香りなどが次々と押し寄せ、彼女のお腹の虫は条件反射のように鳴いていた。

 そろそろ限界かもしれないと、足早に食べ物の屋台を通り過ぎようとする。

 しかし、ふと、道端に見覚えのある車両を見かけた。

 一見すると、装甲車に建設機械を取り付けたかのような無骨な車両だが、彼女はそれの正体を魔動兵器だと知っていた。そして、その兵器の一部である獣人の少年の事も。

 もしかしたらいるかもしれないと、彼女は自然と辺りを見回す。

 しかし、人ごみに押され、上手く辺りを確認できない。

 仕方なく通りの人ごみから抜け出して、空いていた近くのテーブルへとリュックを下ろす。

「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」

 しかし、不意に声を掛けられて、彼女はびくりと体をすくませていた。

 振り向いてみれば、声をかけてきたのはメイド服を着た白い髪のネコミミ少女だった。

「・・・・・・え、えっと」

「ご注文はお決まりですか?」

 満面の笑みで同じ問いかけを繰り返すネコミミ少女を見て、慌てて席についてメニューを手に取る。しかし、冷静になるにつれて、冷や汗が溢れ出た。

 メニューに書かれている食べ物の値段はどれも安い。しかし、そもそも今の彼女はお金を持ち合わせていなかった。実は前回の任務が失敗したために、後払いの報酬が出なかったのだ。だから、彼女は空腹のまま、次の任務の狙撃ポイントを探してうろつくはめになっている。

「え、えっと・・・・・・」

 傍から見ても分かりやすい程、困っていますと眉をへの字に曲げる。

 すると、不意に目の前のテーブルへ、食べ物の並んだトレイが置かれた。

「たこ焼き四つにサイダー、そしてオレンジジュースで良かったでしょうか?」

 別の人と間違われていると驚いて、そう声をかけてきた別の店員に顔を上げる。

 すると、そこにいたのは同じネコ耳でも見覚えのある少年―――ミケの姿があった。

「久しぶりだねフィア。僕がおごるよ、ご飯にしよう?」


十七時過ぎ。

 ほとんどの人が食べ歩きではなく、屋台の前のテーブルで酒を片手に雑談を始める頃。ライトアップされた城の方が前夜祭のダンスパーティーで賑やかになると、屋台の客足は落ち着き始めていた。

「ぼちぼちお客さんも一段落するし、休憩して来てええよ」

 サナダに言われ、レンカはお店の裏手で一息つく事にした。

「うむ。美味しいぞレンカ」

 そう感想を漏らすのは、屋台裏で客の食べ残しのタコ焼きをつついていたクラークだった。

「もう、本当にカラスみたいですよ?」

「ふむ。美味しいものが食べられるのなら、そう呼ばれるのも甘んじよう」

 開き直りとも取れるクラークの発言に、レンカは悪魔として良いのかなぁと首をかしげる。

「良く食べれるな・・・・・・」

 そして、そんなクラークを見下ろして、同じく休憩中だったポチが怪訝そうにつぶやく。

「ふむ。ポチ殿は先入観が強過ぎるのだ」

「そうかもしれないな。しかし、中身があんな生き物だと知ったら、誰でも驚くだろう・・・・・・」

 タコの姿を思い出してるのか、気分が悪そうなポチの姿を見て、レンカは苦笑する。

 しかし、不意に人ごみの方から、異様に強い魔力を感じた。観光客の中には魔術師も多い為、辺りからそれなりに魔力を感じていたが、それにしてもちょっと強過ぎる。

 レンカが思わず振り向いてみれば、見覚えのある人物の姿が目に入る。

 黒い長い髪に、白いローブ。

「―――ミレイさん?」

 不意に目があった気がした。レンカは思わず、立ち上がって駆けだしていた。

「レンカ? どこへ行くんだ?」

 そして、いつも肩に乗る相棒―――クラークを置いて、彼女は人ごみの中へと紛れていった。


 レンカはミレイの後ろ姿を追って、人ごみをひたすらかき分ける。

 後を追っては見失い、見かけては後を追うと言う繰り返しを続けていると、ついに城門の前までやって来てしまっていた。

 そこで、城の中へと入って行くミレイの後ろ姿を見かける。レンカは迷わずその後を追った。

 城内の中庭は、現在ダンスパーティーの真っ最中だった。

 楽団の奏でるワルツのリズムで、人々が二人一組で手を繋いで踊る。と言っても、城内の厳格なパーティーと違って、一般に開放されている中庭では、街の人々が気軽に普段着で踊っていた。

 しかし、それでもレンカのネコ耳メイド姿は目立つ。

 だが、同じ様に髪の色以外全て真っ白な格好のミレイも目立っていた。

 レンカは踊る人々の間を抜け、ミレイの元へと向かう。しかし、再びミレイは人ごみに紛れ見えなくなる。いい加減諦めようかと、レンカが肩を落としていると、すっと手が取られた。

「―――お久しぶりですね」

 そのまま両手をとられて、自然とその相手と向き合う形になる。

 そこには、見失ったはずのミレイがいた。

「ど、どうも・・・・・・」

 レンカが呆然としながらも返事を返すと、すっと抱きよせられた。

 そのまま、ダンスを踊る様な格好になる。

「わ、私ステップとか分かんないですよぅ!」

「大丈夫です。私がリードしますから」

「は、はぁ・・・・・・」

 ネコ耳メイド姿の少女と白装束の少女のダンスは、傍から見ても奇妙だったはずだ。しかし、お祭り独特の賑わいのせいか、誰一人としてそんな二人に視線を寄こそうとはしない。

だが、恋人探しにダンスパーティーに参加しようとしていたレンカとしては、同性同士でダンスを踊っている現在は、少し虚しく思えた。

「―――ご無事だったんですね」

 なんとなくダンスのステップになれてくると、レンカがそっと口を開いた。

「心配してたんですよ。クラークさんが海に落ちたって言ってたから」

 すると、始めて会った時の様に、ミレイはうっすらと笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。しかし、心配には及びません。私も魔女ですから」

 その言葉に、レンカは満面の笑みを浮かべる。

 大抵の人は、レンカが一度超能力を見せると、気味悪がって二度と口を聞いてくれなくなるのだ。しかし、ミレイはそんな事を微塵も感じさせない様に、レンカへと接してくれていた。

 何気ない事だが、彼女としてはそれこそが心から嬉しかったのだ。

「えっと、気味悪がらないんですか? 私の力とか」

「うふふっ。気味悪がるどころか、私は憧れます」

「え? いや、そう言われると、照れちゃいますよ」

 気恥かしそうに、レンカは表情を緩める。

「ああ、それよりどうしてミレイさんは王都に? 始勇祭の観光ですか?」

「ふふっ、決まってるじゃないですか。あなたに会いに来たんです」

「ええっ?」

 言われて、レンカは顔を真っ赤に染める。異性同性問わず、今までそんな事を言われたことなどなかったのだ。それ故、免疫がない為、正直に顔に出てしまった。

「うふふ。冗談ですよ。本当はお仕事です」

「え? じゃあ、ギルドの?」

「ええ。しかし、あなたに会いに来たと言うのも、それほど冗談ではないのですよ?」

 そう言って、ミレイはレンカを必要以上に抱き寄せる。

「わ、わっ!」

 柔らかい感触を胸に押しつけられて、同性なのにレンカは焦った。

「ちょ、ちょっと、止めてください・・・・・・」

「うふふ。どうです? やっぱり私のものになりませんか?」

 すると、艶めかしくこちらを見つめるミレイの瞳と、レンカは目があった。

「あ、れ?」

 すると、レンカの身体から、急速に力が抜けていく。まるで、その瞳に力を吸い取られるかのように。段々と意識がもうろうとなると、ワルツのリズムだけが頭にぼんやりと響いて来る。このまま、眠る様にミレイに体を任せてしまったら、どれだけ楽だろうかとさえ思う。

 そして、いよいよ重くなったまぶたが閉じられようとした瞬間―――。

 力強い手が、がしっと彼女の手首を掴んでいた。

「うわわっ! クラークさんっ?」

 まるで授業中の居眠りから飛び起こされたかのように、レンカはその掴まれた手の方を振り返っていた。しかし、そこにいたのは思わず呼んだカラスの相棒ではなく、人間だった。

「―――何をやっている」

 それは、昨日出会ったばかりのミケの友達―――ポチだった。

「あ、あれ? ピオーチさん?」

 レンカが彼の事をそう呼ぶと、彼はなぜか驚いた様だった。

「お前は、きちんと俺の名前を覚えているのか・・・・・・?」

「え? そうみたいですね。あんまり覚えてられないですけど・・・・・・」

「ま、まあそれは良いとして。いったい何をしているんだ?」

「えっと。ミレイさんとダンスを―――」

 そう言いながらレンカが前を振り向くと、いつの間にか一緒にダンスを踊っていたミレイの姿はなかった。

「・・・・・・あれ? 今ここに、白い格好をした女の子いませんでした?」

「ああ。それなら、俺がお前の手をとった瞬間、立ち去って行ったぞ?」

「な、なんで私の手をとったんですかっ? ミレイさん驚いて逃げちゃったのかも・・・・・・」

「気がついてなかったのか? お前は催眠術にかかりかけていたんだぞ?」

「えっ?」

「しばらく様子を見ていたが、足取りがおぼつかなくなってきたんでな。助けたつもりだが」

 少しぶっきら棒な言い方だったが、レンカはふと疑問に思う。

「見ていたって事は、ずっと後付けてきてたんですか?」

「うん? いや、・・・・・・あのカラスに頼まれてな」

 それはおかしいと、レンカは素直に首をかしげた。

 なぜなら、過保護な上に羽のついてるクラークなら、直接見に来るはずだからだ。

 もしかして、彼は―――。

「―――い、一緒に踊りませんかッ?」

 レンカは勢いに任せてポチに切り出す。すると、彼は分かりやすく後ずさった。

「いや、俺はダンスなんてしゃれた事は出来ん。・・・・・・なっ!」

 だが、容赦なくレンカはその手をとる。

「わ、私がリードしますから!」

 レンカはミレイがそう言った様に告げると、早速ステップを踏み始める。

 そうして、レンカはポチの足をいきなり踏んずけてみせたのだった。


二十一時。

 大通りに面するビルの五階。

 竜生活管理庁の調査課のフロアに、一人の男が入ってきた。

「こんな時間に俺を呼びだすとは、お前ら何様のつもりだッ!」

 いきなりご立腹の男がそう告げると、すでに室内にいた者達からなだめる声が飛ぶ。

「まあまあ、落ち着いてくださいボス」

「そうだよ。せっかく良い情報掴んできたんだから」

「それに、こんな時間って言ってますけど、前夜祭は今の時間からが本番ですよぅ!」

「いや、レンカ。我々はそう言う事を言いたい訳ではない・・・・・・」

 ご立腹の男―――竜管庁調査課の課長兼長官であるボスがフロアを見渡すと、ひょうひょうとしたフォリス、忌々しいミケ、問題児のレンカ、そして何かと注文の多いクラークと、顔も見たくないメンツが揃っていた。その上、今回は見ない顔がもう一人混ざっている。

「初めまして。ピオーチ・ライカンスロープと申します」

 全身を布で覆う様な砂漠の民らしい顎髭の男は、そう言って握手を求めてきたが、ボスは盛大に無視をする。

「それより、一方的に俺を呼びだしたんだ。それなりの要件があるんだろうな?」

 ぎりぎりと歯ぎしりをしながらボスが一同を見回すと、フォリスが報告を行う。

「―――今回のギルドの狙いは、王族の有する黄金の竜、グライロウです」


 グライロウ。

 本来は山岳地帯を住処にする大型の古来種である。体長は三十メートルほどで、翼はなく手足が大きく、巨大なアルマジロウの様な図体をしている。巨大なドリル状の二本の角を頭に有し、それで岩盤などを破壊して崩れた岩などを食す。と言っても、実際に岩を栄養源にしている訳でなく、付着した微生物を栄養源としている。そして、基本的に栄養にならない食べた岩石は排泄されるのだが、一部は分解され体表に汗と共に分泌されるのだ。

 それがグライロウの周りに岩石の鎧を作り出しており、特に鉄鋼山にいる種などは、鉄分を多く含んだ岩石を食すため、全身が鉄で覆われているなどの特徴がある。

「そして、王族の有するグライロウが、どのように育てられているかを知っていますね?」

 お祭りだと言うのに、この日も隣のビルに入る喫茶店はガラガラだった。五人と一羽は六人がけのテーブルにつくと、さっそくフォリスがそう口を開き始める。

その問いに元気良く手を上げたのは、現役学生のレンカだった。

「はいはいっ! 確か、金を食べさせられて、可愛がられていると習いました!」

「その通り。王族のグライロウは微生物を付加された金を食べさせられて、元気に育てられています。それがどういう意味かわかりますか?」

 そう言って、フォリスはポチへと顔を向けた。竜の事を全く知らない彼でも、竜の生態を説明された今ならば、意味がわかる。

「つまり、体表が黄金のグライロウが出来上がる訳か。しかし、わざわざ黄金にする必要があるのか? 趣味の悪い成金じゃあるまいし」

「確かにその通りですねぇ。しかし、実はこれには意味があるんですよ」

 そう言ってフォリスは、懐から手帳を取り出してみせる。何かの記念品なのか、上等な皮の表紙に豪華な紋章が描かれている。

「ここに描かれている様に王族の紋章は黄金のドラゴン。つまり、それを表現しようとしているのです」

「滑稽なもんだな。この紋章のドラゴンは翼がある飛竜じゃないか・・・・・・」

「ごもっとも。しかし、それでも黄金と言うだけでドラゴンは王族を示す大事な生き物になるんです」

「俺には理解できない理由みたいだな・・・・・・」

 ポチが呆れたように首を振ると、フォリスも肩をすくめつつ話を続ける。

「しかし、実際に価値があるのは本当なんですよ。体表の黄金の価値だけでなく、黄金のグライロウにはそれ以上の希少価値がある」

「つまりそいつをギルドが狙っていると言う訳か」

 確認する様なボスのその言葉に、フォリスは無言でうなずいていた。

「・・・・・・しかし、だからと言って、なぜ俺を呼ぶ必要がある?」

 しかし、ボスはそう忌々し気に言葉を続ける。

「竜がどうなろうと俺の知った所ではない。それに明日のパレードに向けて、グライロウは飼育施設からこちらに運ばれてきている所だ。今からさっさと保護に向かってやればいいだろう」

 だが、そのボスの言葉にミケが口を挟む。

「それがね。どうやらギルドはパレードの最中にグライロウを襲うつもりみたいなんだ」

「馬鹿を言うな。パレードの衆人環視のもと、どうやって―――」

 そして、その言葉を遮るように発言したのはレンカだった。

「―――私、今日ミレイさんって魔女にあったんです。この前の事件で知り合ったんですけど、竜を操る実験をしていたみたいで」

 その言葉に、ボスの表情も神妙なものに変わる。

「ほう、そのクソ魔女が竜を操って連れ出そうっていうんだな?」

 それにフォリスは頷いて見せたが、ボスは鼻で笑い飛ばす。

「ふんっ。しかし、グライロウの上には王族が乗っているんだぞ? 勇者の奴らが止めに来るはずだ」

「それがそうでもないんですよ。―――操られているとはいえ、王族の竜に外傷を与えれば簡単にクビが飛びますからね。平気で手が出せる勇者がいるとも思いません。それに、もしクビを覚悟で止めにかかったとしても、乗っている王族の安全は保障できません。言わば、王族が人質みたいなものです」

「だが、乗っている御者はどうなる? ある程度コントロールできるはずだろう?」

「間違いなく、狙撃されるだろうね・・・・・・」

 しみじみ感想を漏らしたのはミケだった。だが、ボスは馬鹿なと笑う。

「狙撃など、あり得んな。パレードの周り二キロ範囲のビルの屋上は、全て勇者どもが監視する事になっているんだ。誰かいれば、すぐに見つかる」

「残念ながら、相手は飛距離無視でどこへでも飛ばせる弓使いだから。二キロじゃ甘いんじゃない?」

 その言葉にボスは、怪訝そうな表情をしてみせた。

「腐れネコが! 笑えない冗談はよせっ! 弓がそんなに飛ぶか!」

「腐ってないよ、ぴちぴちなんだから。それに冗談じゃないよ。本人が言うには、見える範囲ならどこでも矢を当てられるってさ」

「どういう事だ?」

 少しだけその弓使い―――フィアの事を知っているポチが問うと、ミケがやれやれと答える。

「ほら彼女、右目に眼帯してたでしょ? 何でもあれが、〈レティクル・アイ〉とか言う彼女の能力で、弓を射ると自然とその目で見た所に飛んでいくんだってさ」

「だから、カサハ村でもあり得ない飛距離を正確に居抜けたんでしょう。恐らく、見つかったのが弾丸だけだったのは、弓矢の先端に弾丸を括りつけて飛ばし、魔法で飛翔中に矢を燃やしたからでしょうね。銃とは違って弓矢の利点は、魔法を付与して使える事ですから。手品もトリックがわかると呆気ないものです」

 フォリスがやれやれと肩をすくめてみせると、一同は自然とボスへと視線を向ける。

「な、なんだ! なんだよ・・・・・・っ?」

 そして、自分にどうしろと言うのかと、ボスは一同を見返す。

 すると、一同を代表するかのように、フォリスが口を開いていた。

「パレードを止めろとは言いません。パレードを行う場所を変えていただきたいのです」

「馬鹿を言うな! 俺は竜管庁の長官だが、一公務員でしかない。そんな権限あるか!」

「―――あるでしょ?」

 そして、当然のように問うてくるミケの言葉に、ボスは忌々しそうに歯ぎしりをする。

「偉そうにクソネコがぁ!」

「しかし事実です」

 そう言ったフォリスを、ボスはぎろりと睨みつける。

 だが、フォリスは臆することなく告げる。

「これは竜管庁の長官である〈ボス〉にお願いしている訳ではないんです。―――あくまでも、〈あなた個人〉にお願いしているのですよ」

 ぎりぎりとボスは歯ぎしりをしながら、うっすらと額に浮かべた脂汗を拭うしかなかった。


 翌日。始勇祭当日。

 この日は十時より開会式。十二時より勇者と国防軍のパレード。そして、十八時より閉会式と王族のパレードと言う流れになっていた。本来それらのパレードは、城の周りの会場だけぐるりと回るだけのものだったが、当日の朝になると、急遽変更が行われた。なるべく多くの国民にも見てもらうため、都内をぐるりと一周行進することとなったのだ。

 そのため、今まで露天でにぎわっていた大通りに警察が現れると、通りの真ん中に道を作るため、次々とバリケードを配していった。

 その様子を見ながら、男は忌々し気に呟いた。

「何がなるべく多くの国民に見てもらうためだ! こんな変更じゃ、余計に狙われやすくなるだけだぞ? 本当に良いのか?」

 だが、隣にいたスーツ姿の男は、ひょうひょうとした様子で答える。

「大丈夫ですよ。弓矢程度でしたら、私が何とかしますから。むしろ、これぐらい広くないと我々は動きずらいんですよ?」

「また化け物らしい発言だなっ! 広い場所を好む警備なんて、聞いた事がない」

「私たちなら、警備するだけなら簡単なんですよ。ですが、今回はちょっと勝手が違います」

「ふんっ、上の方には許可をとったんだ。せっかくなら手に入れろよ?」

「分かってます。彼らならうまくやりますよ。―――それに、今日は妻との外食の予定があるので、早めに上がらせていただきます」

「ふんっ。せっかくなら丸一日サボっても良いんだぞ?」

「はは、ご冗談を―――」

 そして、会話を終えると二人の男は、共に別々の方向へと歩き出していた。


 十四時。

 鎧をつけた剣士や杖を持った魔術師、最新式の重戦車が通りを行進する。通りに集まった人々が歓声を上げる中、そこに面する駐車場では、ミケが工作車の整備をしていた。

「―――あの娘とは、もう会わないほうがいい、とか言ってなかったか?」

 不意に今まで傍らで工作車に寄りかかっていたポチが、そんなミケへと話しかける。

「どうして、今更あの娘を助けることにしたんだ?」

「言っとくけど、そりゃこっちのセリフだよ」

 そう言って、ミケは顔をあげてポチと視線を合わせる。

「ポチさんも見え見えだよ。本当はフィアのことが心配で始勇祭来たんでしょ?」

「なんだ、お見通しか」

「そりゃあ、フィアの行先を僕に伝えて置いて、わざわざやってくるんだからわかるでしょ。けど、ポチさんがそんなにフィアの事気にしてたとは思わなかったけどさ」

「まあ、あいつからは俺と同じ匂いがしなかった。まだ、この世界に足を踏み入れて間もない。まだ取り返しのつくうちに、話ぐらい聞いておきたかったんだ」

「それで、もし困ってるなら助けようって?」

「まあな。俺だって、好きで傭兵業についたわけじゃない。しかし、家系がそうせざる負えなかった」

「狼男ってやつ? けど、禁忌の魔術師ってそんなにまっとうに暮らしていけないの?」

「見えない大きな力が敵だからな。まあ、禁忌の魔術を俺が習得しなければ、恐らくまっとうに生きていけたのかもしれないが」

「じゃあ、そうすればよかったじゃん」

「そうすれば、うちの家系が作り出したその禁忌の魔術はなかったも同然だ。それは、その魔術を作り出すことに努力をしてきたうちの家系を冒涜することになる」

「ふーん。で、ポチさんは望んで狼男になった訳か」

「そうだ。もし、あの娘も同じように自分の意志で何かを継いで傭兵になったのであれば、俺はその意思を尊重しようと思う」

「なら、その心配はいらないよ。やっぱりフィアは助けて上げなきゃいけない」

 そう言って、ミケは再びレンチを握って工作車へと向き直る。

「フィアから話を聞いたけどさ。彼女、小さい頃に目が魔力を取り込んで変質しちゃってるんだって」

「変質? そんなことが起こるのか?」

「ほら、魔物ってたまに動物が強力な魔力をとりこんで変質して出来るものがあるでしょう? それと一緒で、彼女の場合は目だけが魔力をとりこんで魔物化しちゃってるんだ。それで生じた能力が、レティクル・アイそっちの目で見たものに投擲したものを誘導する力だった訳」

「なるほど。そして、その体質故にギルドに利用されている、と言う訳か・・・・・・。やはり好きでやっている訳じゃなかったんだな」

「そうみたいだね」

「お前もそれを聞いて助けようと思ったのか?」

 しかし、そのポチの言葉に、ミケは呆れたように首を横に振っていた。

「まあ、助けても問題ないなって事は理解したけど。別に助けようと思った理由じゃないよ」

「じゃあどうしてだ?」

 ポチの真剣な問いに、ミケはにやりと笑って視線を合わせて見せていた。

「ロマンスの続きが見たくなってね!」


 十六時。

「クラークさん! あっちにケーキがありますよぅ!」

「おおレンカ! あっちにはポップコーンがある」

 クラークとレンカの二人は、パレードなど見向きもせず、露店巡りを満喫していた。今日はお店の手伝いがないので、レンカはコスプレではなくいつものブレザーとローブだ。

 彼女はあちこちで買った食べ物をすでに大量に抱えていると言うのに、次はケーキを買う。

 箱に入れてもらったものを一つつまんで食べながら、今度はクラークの所望するポップコーンの露店へと向かった。

「ふぃあわへでふへ」

「・・・・・・幸せですね、と言いたいのだろうか?」

 レンカがポップコーンを買うと、さすがにこれ以上持てない状態になってしまった。それでも超能力で浮かせればいいのだが、当然周りの人間に不気味がられるので、基本的には人前では使えない。

 仕方なく、近くにあった空きテーブルに抱えていた食べ物を広げることにした。

 すると、そこには魚のフライにポテト、フランクフルトにホットドックにタコス、クレープにケーキにチュロスと言った様に、あたゆる地方の食べ物が並んでいた。

 彼女は席に着くと、それを見回して満面の笑みを浮かべる。

「やっほー、いっただっきまーす!」

 だが、ホットドックに齧り付こうとして、動きを止めた。

「どうしたんだレンカ?」

 そんな主に遠慮することなく、ポップコーンをつつきまくっていたクラークが問う。

 すると、レンカはさみしげな笑顔を浮かべていた。

「えへへ。私また一人だなって・・・・・・。もう慣れっこですけど、たまに幸せだなぁって思うと、周りに誰もいない事を余計に意識しちゃうんですよね」

 クラークはしばらく気まずそうにレンカを見つめていたが、ふと、人ごみの方を振り向く。

「―――いや、そうでもないだろう」

 そして、人ごみをかき分けて姿を見せたのは、フォリスだった。それに続いて、ミケやポチの姿もある。

「またいろいろ買ってますねぇレンカは」

「じゃあ、ちょっと早い夕飯にしよっか」

 好き勝手な事を言うミケに、レンカは慌てて目の前の食べ物を両手で覆い隠す。

「だ、ダメですよ! これは私が買ったものなんですから!」

「もう、そんなんだから友達できないんだよ?」

 ニヤニヤしたミケに言われると、少しうなったものの、レンカは渋々といった様子で手をどかす。

「わ、分かりましたよぅ。みんなで食べましょう?」

「やった! これで食費が浮く!」

 ミケは遠慮なくテーブルの魚のフライをひったくって行く。

 レンカが途端に泣きそうな顔をすると、こつんとそんなミケの頭をポチが小突いていた。

「いただきますしてからなんだろう? それに本人にちゃんと礼ぐらい言え」

 すると、ポチの言う通り一同はテーブルにつき、きちんと礼を言ってから、いただきますを言って食事を始める。

「あ、ありがとうございますピオーチさん」

 クラークとポップコーンを分け合っていたポチに、レンカがそう告げると、柄にもなく彼は気恥かしそうに頭をかいていた。

「いや、当然の事を言ったまでだからな」

 そして、レンカは改めて一同を眺める。

 フライドポテトを競争するように食べるミケに、それにムキになって対抗するポチ。ポップコーンを胸につかえてむせるクラークに、慌てて飲み物を注文するフォリス。

「やっぱり、私は幸せなんですよね」

 レンカはそう呟きながら、嬉しそうにホットドックに齧り付いていた。


十八時。

竜管庁の仕事とは、警察や消防と同じで、何か起きた時にしか生じない。

だから、必然的に対処は後手に回る事となる。

少なくとも、何らかの被害が出てからではないと動けないと言う事だ。

それで被害が軽微で良かった、なんて事はない。被害なんて、そもそもない方が良いのだから。

誰も悲しまず、誰も傷つかず、誰も不幸にならない。

そんな事は、彼らには出来なかった。

「―――しかし、今回ばかりは違います」

突然、語りだすのは、フォリスの悪い癖だろう。

テーブルでそんな話を聞かされていたミケは、聞き流しながらジュースをストローで吸い上げる。

「で、結局のところ、何が言いたいの?」

 ミケが面倒くさそうに問うと、フォリスはにやりと笑って答えてみせていた。

「今回の事例では、我々はいつもしていた歯がゆい思いをしなくていいのです。これは素晴らしい事なんですよ」

「そうかなぁ。結局、現行犯で捕まえなきゃいけないんじゃ、意味なんてなにも―――」

 すると、そこで通りに出てパレードを眺めていた民衆の方から、ひと際歓声が上がった。一同が振り返ってみると、衛兵隊に続き、通りを巨大な竜が闊歩している。

 それは三十メートル近い体長の小山の様な黄金の竜だった。その上に作られた豪華な荷台には、王族が乗り込みにこやかに民衆に手を振っている。

「―――じゃ、そろそろいこっか」

 ミケの言葉に、フォリスはすくっと立ち上がる。

「そうしましょうか。ミケもそろそろ飽きてきたようですし」

「言っとくけど、僕最初からあんまり聞いてないよ?」

「また正直に言いますねぇ。―――ではポチさん、レンカを起こしてもらえますか?」

 お腹一杯になって机に突っ伏して寝ていたレンカを、言われた通りポチは揺り動かした。

 すると、レンカは昼寝をしていた学生よろしく、飛び起きる。そんな彼女の後頭部は、運悪く起こしていたポチの顔面を捉えていた。

「ぐおっ!」

 鼻っ柱をぶん殴られた衝撃に呻くポチに、見ていたミケは大爆笑。一方で、後頭部をぶつけたレンカは訳が分からず、寝ぼけまなこで辺りを見回していた。

「え? え? な、なんですか?」

 その様子にフォリスがため息をつきながら、説明する。

「行動開始ですよ。それぞれの確保をお願いします。―――さて、ポチさんはどうされます?」

 不意にフォリスが、鼻っ面を押さえていたポチに問う。

 彼は今更痛んできたのか後頭部をまさぐるレンカを見た。

「レンカの方について行こう。彼女一人では心配だからな」

「ふむ。一応、私も付いているのだが」

 クラークが不平を洩らす様に言ったが、一方でレンカは嬉しそうだった。

 すると、ミケがあからさまに唇を尖らせる。

「ポチさんフィアの事が気がかりだったんじゃないの? それとも僕と行くのがそんなに嫌?」

「ま、それに近いな。―――あの状態のお前について行く自信がないんだ」

「またそんな事言っちゃって。本当は女の子と一緒の方が良かったんでしょ?」

「そんな訳ないだろうが! 第一、お前一人でも大丈夫だからと信頼して―――」

「もうそんな事言っちゃって。聞いたよ? 昨日レンカさんとダンスしてたんでしょ? もう、ポチさんももの好きだな。言ってくれればもっとレンカさんに恥ずかしい格好を―――」

 バシッと、かなりの強さでミケの頭に棍棒が突き刺さる。

「い、い、・・・・・・痛いッ!」

「貴様、いつか殺す!」


『こちらプリースト。エクソシストとポーターが配置についた。レクターはミサを開始しろ』

 プリーストは司祭、エクソシストは祓魔師、ポーターは守門、レクターは読師を意味する。つまり、これらは教会の役職名であり、実際に会話の内容だけ聞けば、妙に緊迫したミサのやり取りに聞こえるかもしれない。

 しかし、レクターと呼びかけられた人物がいるのは、教会とは程遠い、周りを無骨な石で囲まれた薄暗い場所。

 その人物はローブの懐から本を取り出すと、まるで聖書を読み上げるかのように、呪文を唱え始める。すると、足元に描かれていた魔法陣が、淡く発光を始めた。

「―――私の力を、見せて上げます」

 長い黒髪とは対照的に、白に統一された服装をした少女―――ミレイは、巨大なクローを右腕に装着した状態で、淡々と呪文を唱え続けていた。


 王族の乗る黄金の竜―――グライロウは、行進の途中、突如として暴走を始めた。

 まるで地震の様な足音を響かせて、猛然と通りをかけ出す。王族の乗った背中の荷台はめちゃくちゃに揺すぶられ、御者が慌ててコントロールしようと手綱を引いた。

 そして、そんな様子を彼女は見ていた。

『こちらプリースト。ミサが開始された。エクソシストは悪魔を払え』

 通信機からエクソシストと呼ばれた少女は、弓に矢を添えた。

 眼帯を外した右目から、弓矢に取り付けられた望遠鏡の様なスコープを覗くと、暴走するグライロウを止めようとする御者の姿が見える。

「私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない―――」

 まるで一種の呪文のように呟きながら、その少女―――フィアは弓を引き絞った。そして、動きがもっともゆっくりになった所で、呼吸を止め、揺れる照準を御者に合わせる。

 照準が御者にピタリと合う一瞬を狙い、彼女の右目が光り輝いたその瞬間―――。

 ふと、鉄と鉄がこすれるような嫌な音が耳を突いた。

 スコープ越しに音のした方を見てみれば、そこにはもう一匹の巨大な竜が現れていた。

「・・・・・・ミケ」

 その竜は、グライロウに立ちはだかる様に、大通りに仁王立ちしていた。


「ギギギギッ。キャキャキャキャキャキャアッ」

 鳴き声のつもりなのか、錆びた鉄が擦れるような音を響かせて、鋼鉄の竜は通りに現れた。

 パレードを見ていた多くの民衆は、突然のその竜の姿に驚いて、一目散に逃げ出す。

 はっきり言って傷つくなぁ、とその竜は思いつつも、フォリスとボスの計らいに感謝した。

 もし、パレードを城の周りの一部でやれば、人々は城を中心に取り囲むように集まって来ていた事だろう。すると、その場合もし城付近で何かあった時に、逃げだすのは当然城付近の人々が先だ。しかし、事情を知らない外側の人々はパレード見たさに相変わらず城へ向かおうとする。すると、外側と内側で反対方向の波がぶつかり、衝突面が圧迫される危険な状態に陥ってしまう。

 そのような事故を未然に防ぐため、わざわざ広い街中を通るルートに変更したのだ。人々は自然に街中に分散される上に、もし何かあった時にも散り散りに逃げやすい。しかも、ミケが登場するのに、人々を踏みつけない様な道が最初から確保されているのも助かる。

 ボスは警護しにくいとか言っていたが、始めからこれは王族を警護するためのものではなく、民衆をどれだけ安全に逃がすかの対策だった。

 ミケはフォリスの考えに舌を巻きながら、正面のグライロウを見据えた。

 竜の状態のミケは大きいが、それでもざっと高さは十メートル程しかない。それに対し、全長三十メートル、高さ二十メートルもあるグライロウは、やはり小山の様に大きかった。

 だが、ミケは臆することなく、グライロウへと突撃する。

 二本の履帯だった鋼鉄の足が、アスファルトを砕く程強く掴んだ。

 そして、勢いがついた所で、急激に足を伸ばしジャンプ。

 グライロウの背中、王族の乗る荷台へと噛みついた。

「ギイィィィィィィィ!」

 嫌な音を立てつつ、ミケは軋む履帯の足をグライロウへと突き立てる。

 ガキンッと言う鉄と鉄がぶつかり合う音が響くも、ミケは容赦なく鋼鉄の二本足でグライロウを蹴った。すると、先に限界が来たのは荷台とグライロウを結んでいたロープであった。

 ブチンッと勢い良く切れると、、ミケは切り離された荷台を咥えたまま、グライロウから離れた。そして、衝撃が少ない様にゆっくりと荷台を地面に下ろす。

 中に乗っていた初老の男性が、不意に鋼鉄の竜であるミケへと声をかけた。

「ありがとう。―――兄さんから事情は聞いてる。後は衛兵に任せて君は早く行きなさい」

 鋼鉄のミケは衛兵たちにその荷台を預けると、即座に脇道へと駆けだしていた。


 脇道へ逸れて行った鋼鉄の竜を見て、フィアは自分の額に脂汗が浮かんでいるのに気がついた。

 彼は間違いなく、こちらに向かって来ている。しかし、いったい何のために。

 そう言えば、リバターリの事件で、最後にミケが自分を突き飛ばした。

 やはり、騙していた自分を恨んでいたのだろうか。

 けど、ミケは優しい。もしかしたら、自分を助けにきてくれるのかもしれない。

 しかし、その考えは途端に曇って行く。

 なぜなら、本当にミケがそのつもりなら、昨日食事をした時に自分を助けてくれたはずだ。しかし、あの時彼は情報を聞きだすだけ聞いて、彼女を放り出していた。

 フィアは思わずぐしぐしっと汗と共に目元を拭う。右目に眼帯を戻すと、すぐさま構えていた弓を背負った。

 期待は打ち砕かれた時、大きければ大きい程辛い。だから、期待など抱いてはいけない。

「・・・・・・逃げよう」

 弓を背負ったその少女は、その場から立ち去ろうと決め駆けだしていた。

 そして、その場に残された無線機だけが、虚しく言葉を紡ぐ。

『畜生! 竜管ちょ・・・・・・いや、最悪な悪魔の邪魔が入った。レクターはミサを続行。エクソシストは持ち場を離れるなよ・・・・・・。―――あ、貴様は!』


「あ、貴様は!」

 驚いたといった様子の男を、フォリスは容赦なく傘でぶった切る。と言っても、傘には殺傷能力がないので、男は派手に吹き飛んだだけだった。

 場所は、パレードの行われていた通りの一画の屋台。

 何の変哲もない、ただのケーキの露店の主人だった。

「ケーキ屋の主人が使うには、あまりにも異様なコードネームですねぇ。まるで見つけてくれと言わんばかりでしたよ」

 フォリスはともに行動していた数人の警察にその男を預けながら、ふと、レンカに貰った食べ物の中にケーキがあった事を思い出していた。

「上手かったんですけどね、ケーキは」

 警官に連れて行かれるその男に悲しそうにそう告げてから、フォリスはパレードが行われている大通りへと歩み出る。

 そして、目の前にはこちらに向かってくる黄金の竜の姿があった。

「さすがに私のクビは飛ばせませんから。好きなだけやらせていただきますよ」

 そして、フォリスは傘を片手に竜へと突っ込んでいった。


「魔力反応は?」

「えっと、こっちですね!」

 レンカとポチの二人は、強力な魔力の反応を探していた。

 ポチは王都を包み込むほど巨大な魔力が気になって、上手く探知出来なかったのだが、都会っ子であるレンカは平気らしい。

 そして、二人が魔力の気配を頼りにたどり着いたのは、とある工事現場だった。

 それは王立図書館として、国が建設している大規模な構造物だった。確か、今は外装だけが完成しているので、言ってしまえばブルーシートに囲まれた巨大な石造りの張りぼてである。

「よし、間違いなさそうだな」

 ポチはすかさず棍棒を構え、レンカは使い魔であるクラークと融合する。

 そして、真っ黒なガラスの破片でできたかのような翼の生えたレンカを見て、ポチは感嘆の声を漏らした。

「―――すごいな。これが魔女か・・・・・・」

「あ、はい・・・・・・。不気味ですよね?」

「ああ、普通でない事は確かだ」

 意外とバッサリ切られた事に、レンカはあからさまにショックだと言う表情を浮かべる。すると、慌ててポチは取り繕った。

「べ、別に不気味じゃない! 似合う似合う!」

 その言葉に、レンカは少しほっとした様子だった。一方で、レンカと融合しているクラークは、似合うという言葉が必ずしも褒め言葉ではないのだと知る。

 ポチとレンカは共に迷わず王立図書館の正面玄関から突入した。

「まだ反応は?」

 ポチの言葉に、レンカはすっと足を止め、辺りをうかがう。

 そして、ミレイの魔力を感じ取った瞬間、突然ポチに押し倒された。

「きゃあっ!」

 仰向けに倒れ、思わず顔を真っ赤にしてその事に驚く。しかし、今まで自分の立っていた所に、鉄の塊が通り過ぎるのを見て呆然とする。

「無事か?」

 先に起き上がったポチが手を差し伸べてくるので、レンカは少しむっとしながら手をとった。

「お嫁にいけませんよぅ!」

「馬鹿っ! 見てみろ!」

 ポチが棍棒で指してみせる方向に、レンカは視線を向ける。

 するとそこには、巨大な鉄球が転がっていた。

「砲丸・・・・・・?」

「いや、鎖が伸びている。あれはフレイルの一種だろう」

 ポチにいわれた通り、レンカは鉄球から伸びる鎖の姿を見た。そして、自分の横を通り過ぎるその鎖を目でたどって行くと、暗い廊下の先に一人の少女の姿を見つけた。

「―――あれが、お前の言っていた魔女か?」

 ポチに問われるも、レンカは首を横に振る。

「あれは、ミレイさんじゃない・・・・・・」

 それは、栗色の髪を後ろで一つに縛った顔にそばかすのある少女だった。

 剣士の様に軽装の鎧を身につけ、両手で槍の様なものを持っている。どうやら、その槍の先端に鉄球とを繋ぐ鎖がついているらしく、ジャラジャラと音を立てていた。

「ギルドの兵士か?」

「たぶんそうだと思いますけど・・・・・・」

「ふん。まるで釣竿みたいなフレイルだな」

「・・・・・・釣竿、ですか?」

 釣竿で戦う少女。どこかで聞いた覚えのある言葉に、レンカは神妙な面持ちをする。そして、思い立ったように翼で羽ばたくと、その人物へと突っ込んだ。

「待てっ! 何をするつもりだッ?」

 切迫したポチの言葉を聞かずに、レンカは一気に間を縮める。そして、相手の瞳を覗きこめるぐらい近づくも、途端に背中を衝撃が貫いた。

「ぐッ!」

 呼吸が出来なくなるほどの衝撃に吹き飛ばされ、一瞬天井がスローモーションで通り過ぎる。そして、落ちながらコンクリートの地面が見えると、慌てて両手で顔を覆った。

 しかし、落下する寸前に、その体は優しく受け止められる。

「まったくっ! 勝手に飛び出すんじゃない!」

 見上げれば、ポチが冷や汗を浮かべつつ、やれやれと言った顔をしているのが見えた。

 気がつけば、レンカはポチに〈へ〉の字型に抱きかかえられている。

「・・・・・・わ、私どうなったんですか?」

「奴が一本釣りみたいに引っ張った鉄球が、背中に命中したんだ」

 地面にレンカを下ろしながら、ポチは言葉を続ける。

「ミケから聞いたが、貴様は超能力が使えるんだろう? 何で使わなかった? 俺が受け止めなかったら大怪我だったぞ」

「・・・・・・だ、だって、私が超能力を使ったら、不気味がりませんか?」

「そんな事も言ってられないだろう? ―――どうしてミケもお前もそうやって体裁にばかりこだわるんだ?」

「・・・・・・ご、ごめんなさい」

 しょげた様子のレンカに、ポチは悪いと思ったのか、釣竿少女に構えながら告げる。

「人に合わせようとするんじゃない。ありのままが評価されなきゃ意味がないだろう?」

「・・・・・・え?」

「いや、その話はそれるがな・・・・・・。ミケの奴もそうだった。女の子に好かれようと、自分が魔動兵器じゃない様な振りをして。しかし、そうやって自分の能力を隠して好かれたとしても、そう言うのは能力を使った途端に離れて行くのがオチだ」

 今までの経験を言い当てられたレンカは、眉間に力を入れ、泣くのを我慢する様な表情をする。それを見たポチはじれったそうに言葉を紡いでいた。

「だから、なんだ・・・・・・。ありのままを出して、それでも評価してくれるような奴を友達にすればいいだろう。それに、―――俺は友達でいてやる!」

 最後の言葉に驚いて、レンカはポチを見上げる。

「い、良いんですかっ! 私なんかの友達で!」

「良いんだ。だから全力で力を使え!」

「は、はいっ!」

 満面の笑みで応えるレンカだったが、改めて釣竿少女を見据えて、真面目な顔をする。

「―――けど、あの子には力を使えません」

「どういう事だ?」

「あの、私セイリアって街で、釣竿で竜に立ち向かった漁師の娘さんの話を聞いたんです。彼女、行方不明になっているらしくって」

「まさか、あの少女がそうだっていうのか? 武器も釣竿に似てるだけで、正確には別物だぞ?」

「わ、私もまさかって思ったんです。けど、確認しました」

「どうやって?」

「彼女の弟さんが、左右の目の色が違うオッドアイだったんです。お姉さんも同じだって言ってたから・・・・・・」

 そして、ポチは無理やり釣竿少女に接近して行ったレンカの行動を思い出した。あれは、その少女の瞳の色を確認していたらしい。

「そう言えば、今探していた魔女は、その事件の黒幕だったんだな?」

 ダンスパーティーでレンカと共に踊っていた少女の事も、ポチは同時に思い出していた。彼女はレンカにまで催眠術をかけようとした人物だ。この釣竿少女にかけていても何ら不思議ではない。

「だったら、術者を叩けばこの少女は元に戻るはずだ。行け!」

「い、良いんですか?」

「大丈夫だ。この少女には傷をつけない!」

「そ、そう言う事じゃないくて、ポチさんの身が―――」

「お前は慣れてないかもしれないがな・・・・・・。こういう時に頼るのが友達ってものなんだ」

 ぽんっと、ポチはレンカの背中を押してみせる。

 レンカは少しの間だけポチを見つめると、決心したのか大きく翼で羽ばたいた。

「し、死んじゃダメですからね!」

「いきなり不吉な事を言うんじゃないっ!」

 激怒しながらも、改めてポチは釣竿少女―――レニに向け棍棒を構えて見せたのだった。


 フォリスは跳躍すると、その勢いに任せてグライロウの額に傘を突き出した。

 まるで鉄を金づちでたたいたような甲高い音が響き渡り、衝撃が走る。フォリスはその勢いに乗る様に宙返り、地面へと難なく着地してみせた。

 一方でグライロウの方は突然の衝撃にひるんで、その場に立ちすくんでいた。

「操られてるとはいえ、容赦はしませんよ?」

 フォリスはグライロウとの身長差を、ジャンプで補うかのように再び跳躍。

 今度はグライロウも敵意をむき出しにして、頭のドリル状の角を突き出した。

 だが、フォリスは空中で蹴りの様に足を大きく振るうと、その遠心力の勢いで自らのジャンプの軌道をずらす。すると、グライロウの角はフォリスの横すれすれを通り過ぎていた。

「危ないですねぇ。荒事は嫌いなんですが・・・・・・」

 そう言いつつも、フォリスは涼しい顔で巨大な角の下の額へと再び傘を振り降ろす。

 その衝撃で、グライロウの頭を無理やり地面に叩き落とす。

 同時に傘をぶつけた勢いで、フォリスは空中に飛び上がると、空中で体を回転させながら、グライロウの背中へとダイブする。そして、自分ごと傘を突き立てていた。

「グオオオオオオゥッ」

 Uの字型にのけ反るグライロウのうめき声が、街中にこだまする。

 そんな中、ぱたりとフォリスはアスファルトへと着地していた。

 周りでは剣を持った勇者や警官隊が、呆然としてその様子を眺めるしかない。

「さすがは金属の鎧竜ですねぇ。安物の傘じゃ厳しいですか」

 そう言って彼は、持っていた傘を確認してみる。

 確かに安物らしい何の変哲もないコウモリ傘だが、どういった使い方なのか、あれだけ衝撃を加えたと言うのにそれ自体には何ら変化はなかった。

「まあ、レンカが終わるぐらいの足止めにはなりますかね」

 そして、フォリスは改めて、グライロウへと向き直る。

 しかし、グライロウは何度も叩かれたのが気に障ったらしく、怒りの雄叫びをあげていた。


「ギギギギッ、キャキャキャキャキャッ」

 鉄が擦れるような嫌な雄叫び。

 壁の向こうから聞こえてくる音に、フィアは戦慄した。

 その途端、自分が寄りかかっていた廊下の壁が盛大に壊れる。慌てて跳躍して離れると、壁をぶち破って鋼鉄の竜の顔が現れた。

「キャキャキャキャキャッ」

 みーつけた、と言わんばかりの嬉しそうな鳴き声を上げるミケだが、今のフィアにとってみれば、それは不気味な兵器の軋み音でしかなかった。

 それに、この竜の正体をミケだと知っていても、フィアはこの状態のミケに自我があるとは信じられなかった。なにせ、見た目は完全な鉄の化け物なのだ。それが自分に積極的に向かって来ているとなれば、それは単なる恐怖でしかない。

 フィアは即座にビルの廊下をかけ出していた。

 だが、ミケもそれを見つけ、ビルの外側から追う。

「ギギギギィッ」

 まってよう、とでも言いたいのだろうが、雄叫びを上げながらビルの窓越しに追ってくるその姿はフィアを怯えさせるだけでしかない。

 途中でフィアは階段を見つけると、咄嗟にさらに上の階へと向かう。あの状態のミケの背の高さを知っているので、屋上まではさすがに追って来れないと踏んだのだ。

 そして、二階ほど上がって屋上の扉を出ると、さすがにミケの姿はなかった。

「はぁ・・・・・・、はぁ・・・・・・」

 深呼吸を繰り返していると、何処からともなく金属を擦るような嫌な音が響く。

「・・・・・・ギィ。・・・・・・ギィ」

 全身に冷や汗を浮かべたフィアは、恐る恐るビルの角へと歩き出す。

 そして、下を見下ろした瞬間、その足元が崩れた。

 そして、その瞬間、彼女は見た。

 今まで床があったはずの自分の足元に、鋼鉄の竜が大きく口を開いている事に。彼女はその中へと落下しながら、本能的に絶叫する。

「嫌ぁぁぁああああッ―――」

 しかし、まるで彼女の叫び声ごと飲み込む様に、その口はパクリと閉じられていたのだった。


 巨大な鉄球を、ポチは転がって回避する。

 即座に持っていた棍棒で足元に魔法陣を描くと、魔力を走らせた。

「サンドラレインディアッ!」

 即座に天井から雷が降り注ぎ、レニの身体を包み込む。

 しかし、依然として彼女はそこへ立ち続ける。まるで、何事もなかったかのように。

「確かに低電圧で放ってはいるが・・・・・・、まるで雷が利いてないみたいじゃないか」

 すると、レニがその場で大きく釣竿を振り回した。すると、巨大な鉄球が横からポチを襲う。彼は寸前の所で棍棒で受け止めたものの、余りあるその衝撃に、壁へと吹き飛ばされる。

「くぅっ!」

 彼は再び足元に魔法陣を描いて、魔力を走らせる。

「フレイムスペリアムっ!」

 呪文と共に辺り一帯を炎が包み込む。しかし、やはりその少女は何事も無い様に、その中を歩いて来る。

「・・・・・・おいレンカ。ひょっとするとあの娘はもう―――」

 だが、ポチはそんな嫌な予感を振りほどく様に、改めて足元に魔法陣を描く。

「いや、それは俺が判断することじゃないな。とにかく、早く魔女を止めてくれよ」

 そして、ポチは再び魔力を走らせていた。


そこは王立図書館の中庭になる予定の場所だった。

ただでさえ張りぼての建物の中に作られた吹き抜けの空間。辺りを要塞の様に建物で囲まれたそこには、すでに早々と花が植えられている。

しかし、それを照らすのは月光ではなく、不気味に揺らめく魔法陣の光。

その中心に、ミレイはいた。

巨大な魔法陣の中心で、本を開いたまま詠唱を続ける。

「―――こんばんは」

 そこへ、不意に声がかけられた。

 ミレイが詠唱しながらもそちらに目を向けると、そこにはレンカが立っていた。

「また会えましたね」

 そうレンカが笑いかけると、ミレイはあからさまに怪訝そうな表情をした。

 なによりも、レンカの肩にはカラスが乗っていた事に眉をひそめる。そう、レンカは使い魔と融合していなかった。つまり、彼女は自分が戦う意思がない事を体現していたのだ。

 しかし、いくらミレイが詠唱中で身動きが取れないとはいえ、危険過ぎる。

 詠唱を止めれば、いつでもミレイはそのクローで引き裂く事が出来るのだから。

「セイリアで会った時は、一方的に私が暴れちゃいましたし。ダンスパーティーの時は、ちょっと眠くなっちゃって。―――一度、きちんとお話ししたいと思ってたんです」

 しかし、そこへクラークが小声で忠告する。

「レンカ、やはり危険だ・・・・・・。ポチ殿も存分に力を使えと言っていただろう?」

「そうですけど、ポチさんにいわれて、私も気付いたんです」

 レンカは頑なな様子で、魔法陣の外側まで来ると、ミレイに向かって言葉を紡ぐ。

「ミレイさんは、人に見返される力が欲しいって、言ってましたよね」

 レンカの言葉に、ミレイは見向きもせず詠唱を続ける。

「私が力を持っていても、友達が出来ない事を、ミレイさんは力の使い方が悪いからだって言ってましたけど。―――今のミレイさんを見てると、甚だ可笑しいですよ」

 その言葉に、ミレイはついレンカをキッと睨みつけていた。

 あなたにがにが分かるんですか、とでも言いたいのだろう。

「私も、魔術の専門学校に通う傍ら、竜管庁に雇われているんです。けど、ボスに良く聞かれるんです。何でそんなにやる気があるのかって―――」

 すると、レンカは少し照れた様に言葉を紡いだ。

「竜管庁って、本当は力があり過ぎる人達を縛り付けるために作られた役所なんです。だから、私も正確には国に管理されてるって言うか。―――だから、私も正確には国に利用されているだけなんですよ」

 レンカは少し強がりのような笑顔を作る。

「けど、それはあなたも変わりません。所詮ギルドにその力を利用されているだけで、誰もあなた自身を必要としていない。―――使い方なんて関係ないんです。力は、誰かに利用される域を出ることはないんです」

 すると、今まで詠唱を続けていたミレイが、口を挟んできた。

「―――そんな事ありません。私とこの力は同じものです。私の力を求める人は、私自身を必要としている」

 しかし、レンカはその言葉をバッサリ切る。

「―――思い上がりです。力だけなら私の変わりは何人もいる」

 レンカはフォリスやミケに思いを巡らせる。それぞれに別物の〈力〉だが、強大過ぎるその力は、国はだたの便利な〈力〉としか見ていないだろう。

「けど、私今日初めて友達が出来て思ったんです。えーと・・・・・・、その人は、ありのままが評価されなきゃ意味がないって言ったんです」

「だから何が言いたいんですか?」

「ありのままって言うのは、結局力を持っていなくても関係ないんだと思うんです。えっと、つまり今の自分を認めてくれる人が友達なんじゃないかなって。その、ミレイさんが見返そうと思ってる人だって、まずは今の自分を認めさせなきゃいけないんじゃないでしょうか。じゃなきゃ、いくら力を見せつけても誤解されたままだと思うんです」

 レンカがたどたどしく紡ぐ言葉に、ミレイは首を振った。

「だから、今の私を認めてもらえなかったから、私はここにいるんです!」

「じゃあ、その時の自分を認めてもらう努力をしたんですか?」

 レンカはまるで、自分にも言い聞かせているようだった。

「ミレイさんは迫害された時にどうしたんですか? 怖いから、しょうがないからって言い訳で済ませて、今の自分は本当はこうなんだって、認めさせる努力もしなかったんじゃないですか?」

 レンカの言葉は、もしかしたら自分の経験だったのかもしれない。

 一方で、ミレイは冷めた様に口を開いた。

「確かに、そうだったかも知れません・・・・・・。しかし、だからと言って、どうなると言うんですか? 今更、こんな私が人に認められるとでも?」

 その言葉に、レンカはぎゅっと眉根を寄せて、宣言する。

「ミレイさんはありのままの私を怖がりませんでした。それって、私はミレイさんに認められているってことでしょう? だから、私も―――」

 レンカは力いっぱい叫んでみせた。

「―――どんなに悪い人だとしても、ありのままのミレイさんを認めて上げますっ!」

 気がつけば、詠唱を止めていたミレイの魔法陣は、綺麗に消えていた。

 それでもミレイは、拒絶するかのように首を振る。

「―――違う。私は人に認められたかった訳じゃない・・・・・・。見返したかったんです」

「嘘ですよ。あなたは私と同じです。寂しいから、ここにいるよって、理由をつけてただ叫んでるだけだったんです。―――私が友達がいないって嘆く様に」

「にゃあ・・・・・・」

 気がつけば、ミレイの足元には黒猫―――使い魔であるベリアルがじゃれるように頬づりをしていた。

 ミレイは屈んで、そんなベリアルの頭を優しく撫でてやる。

「しかし、詠唱を中断してしまいました。―――どうやら我々の負けの様です。けど、あなたと話した事は後悔していません」


 フォリスの渾身の一撃を、グライロウが自慢の角で受け止める。途端にバキリと嫌な音を立てて、角が根元から折れていた。

「ああ、ちょっと強く叩き過ぎましたかねぇ・・・・・・」

 ほぼ金属に近い強度の角を、ただの傘で叩き追って見せた張本人は、しゅたっと体操選手の様にアスファルトへ着地。落下した角が、アスファルトを砕きつつ転がるのを見て、やれやれと頭を掻いた。

「さすがに、減給ですかね・・・・・・」

 さすがに申し訳なさそうにする彼だったが、先程の攻撃が利いたのか、途端にグライロウが大人しくなった。しかし、フォリスはその原因は他にあると安堵のため息をつく。

「・・・・・・どうやら、終ったみたいですね」


「ピオーチさんっ!」

 レンカは急いで、廊下で釣竿少女の相手を引きうけていた男の元へと向かった。

 案の定、そこには無事なポチの姿があった。しかし、彼の足元には一人の少女が横たわっている。

 レンカは途端に速度を緩めていた。

「・・・・・・どういう事ですか?」

 安らかな寝顔を浮かべるレニを見下ろして、レンカは恐る恐る問う。

「こいつは、元々死体だった・・・・・・」

「え? けど、だってさっきまで、動いて・・・・・・」

「―――そう言うことか」

 そして、そう声を上げて見せたのは、レンカの肩に乗っていたクラークだった。

「操作魔法が得意なミレイ殿は、ネクロマンサーの血筋だったのだな」

「もう、クラークさん酷いですっ! ミレイさんは根暗じゃ―――」

「―――私が言っているのは根暗ではなくネクロマンサーだ。死霊術と言って死者を操る魔法なのだ。それならば、彼女が竜の操作魔法を研究していたのもうなずける」

「けど、それじゃあ・・・・・・」

「ああ。最初から、この少女は死んでいたんだ。それを、その魔女が操っていたんだろ」

 ポチが端的に説明すると、レンカは膝から崩れ落ちて、レニの遺体を抱え上げていた。

「そんなっ・・・・・・。助けられたって、思ったのに・・・・・・」

 レニを抱きしめてボロボロと泣き出してしまったレンカに、ポチとクラークは気まずそうに顔を見合わせていた。

「・・・・・・全力で力を使えって、そう言ったのは俺の方だったな」

 すると、そんな事を漏らしながら、ポチはレンカが抱き上げるレニを中心に魔法陣を描く。

 そして、トンっと棒で軽く突いて魔法陣へと魔力を走らせると、呆然とするクラークの目の前で、レニを抱えたレンカの周りが淡く発光していた。

 そして、発光が消えると共に、泣き声を堪えるレンカの下から、レニの寝息が小さく漏れる。それに気がついたレンカは、はっと顔を上げていた。

「い、息してますっ! レニさん息してますよ!」

「ほう。じゃあ、たぶん生きてるんだろう」

 やれやれと肩をすくめてみせるポチに、今まで呆然としていたクラークが、不意に視線を合わせてきた。

「なるほど。ポチ殿は狼男だったか」

 思い出したように小声で問うてくるクラークに、ポチはため息交じりに漏らしてみせる。

「どうやら、人を生き返らせるのは禁忌の術らしくてな」

 その言葉に、クラークは小さく笑ってみせる。

「違いない。悪魔も天使も、てんてこ舞いさせられるのだからな」

 実際に悪魔であるクラークがそう語るのだから、そうに違いないのだろう。


「―――やあ、兄さん。久しぶりだね。今日は助かったよ」

 御者にコントロールされ、大人しくなったグライロウを目の前にして、豪華な装飾品を身につけた落ち着いた雰囲気の男性が誰ともなく呟いた。

「やっぱり兄さんが継ぐべきだったんだ。面倒くさがり屋だけど、仕事は出来るしね」

 すると、傍らでコートを羽織っていた中年男が、目も合わせずに返事をした。

「馬鹿を言うな。あんな仕事、責任ばかりでやるだけ損なんだよ。こうして竜管庁の長官を適当にやってる方が、俺にはお似合いだ。―――それに、お前は国民の事を考えて行動できる。お前に任せて良かったよ」

「ありがとう、兄さん」

 そこへ衛兵が緊張した面持ちで近寄ってくると、豪華な装飾を身につけていた男へと声をかける。

「国王様。代わりのお車の準備が整いました。グライロウは御者が連れてまりますので、先に城の方でお休みください」

「ありがとう」

 国王と呼ばれたその男性は、まるで今まで会話などしていなかったかのように、中年男を気にする事もなく車へと向かって行った。

「―――お疲れ様です」

 そこへ、入れ替わる様にして男の前に現れたのは、ひょうひょうとしたスーツの男だった。

「ああ、はいはい。ご苦労さまだなフォリス」

 あからさまに嫌々と言った様子で、男は返事を返す。

「なんだかんだ言って、ボスも様子を見に来ていたんですねぇ。てっきりビールを片手に、家でゆっくりテレビでも見ているかと思っていましたが」

「俺もそうしたかったがな! 今日はどの局も始勇祭の特集で面白くなかったんだ。どこか飲める所を探してたら偶然な」

 ふんっと鼻を鳴らながらボスがそう言うと、声をかけられた。

「一名確保したよー」

 振り返ってみれば、そこにはミケがいた。隣には眼帯をつけた見慣れぬ少女を連れており、彼女は怯えているのか、ミケの後ろに隠れる様にしてこちらをうかがっていた。

「お疲れ様ですミケ。―――初めまして、私はフォリスと申します。こちらの冴えない中年男はボス。で、あなたのお名前は?」

 警戒して口を開こうとしない彼女の代わりに、ミケが説明する。

「フィアって言うんだ。魔法弓使いでね。あんまり喋るのは得意じゃないみたいだから」

「そうですか。とりあえず身柄は我々竜管庁が保証致します。ご安心ください」

フィアと呼ばれた少女は、無言だったが、確かにこくりとうなずいた。

「ただいまさんです!」

 そう言って次に駆け寄ってきたのは、レンカだった。

 遅れて、ポチと見知らぬ少女がついて来る。

「あちらの方は?」

 フォリスが問うと、レンカは異様なほど元気いっぱいで答える。

「レニさんと言って、セイリアで行方不明になっていた方です! すぐに送り届けて上げて下さいボスぅ!」

「わ、わかった。警察の方には連絡取っといてやる・・・・・・。で、魔女の方はどうだった?」

「それがミレイさん『私は竜管庁とも慣れ合うつもりはありません』とか行って、どこかへ逃げてしまったんです・・・・・・」

「なっ! なんだとぉ! お前の役目はその魔女の確保だろうが!」

「す、すみませんっ。れ、レニさんの様子を見にいってたら・・・・・・」

「ぐぬぬぬぬっ!」

「まあまあ、落ち着いてくださいボス。行方不明者を確保できただけでも良しとしましょう」

「良い訳あるか! 送り届ける手続きとか、俺の仕事が増えただけだろうがぁ!」

 すると、レンカは本当に落ち込んだ様子で地面を見つめる。

「私が悪いんです。結局ミレイさんとも友達になれませんでしたから・・・・・・」

 だが、その肩へとポンと手が置かれる。振り向いてみれば、ポチだった。

「大丈夫だ。彼女は認めてくれてたんだろう? ライバルってのも、友達の一種だろ」

「ら、ライバル? けど、そっか、それもそうですよね。あの、ありがとうございますポチさん!」

「んんっ? 貴様だけは俺の名前をちゃんと覚えていたと思ったんだが・・・・・・」

「え? そ、そうでしたっけ? え、えーと・・・・・・」

「くッ! もう貴様など友達でもなんでもないっ!」

「えええっ! それはないですよぅ! ねえ、ポチさんっ!」

 レンカに泣きつかれるポチだったが、彼はそっぽを向きながらも苦笑していた。

 その間に、フォリスがフィアへと話しかける。

「フィアさんは身体検査の後、我々竜管庁の一員となっていただきます。構いませんね」

 それは、ほとんど脅しの様な言葉だった。一員にならなければ、彼女の意志で無かったとはいえ、人に怪我を負わせた罪により、本来ならば罰せられなければならないのだから。

「・・・・・・ミケもいるから、大丈夫」

 それを聞いて、えへへっとミケははにかんでいた。

「ちょっと怖い思いさせちゃったしね。責任もって面倒見るよ。それに今回気がついた事があるんだけど」

 そして、ミケはフィアへと向かい合う。彼女が何かと目を瞬かせれば―――。

「―――ファアって思ったよりしょっぱいね」

 その途端、フィアの顔が真っ赤に染まった。確かにフィアを口に入れたミケの率直の感想だったが、聞き捨てならないとばかりにポチが寄ってきた。

「き、貴様ぁ! この娘に何をしたっ!」

「え、いや、別に。・・・・・・ただちょっと口の中で弄んだだけで―――」

「年端もいかない少女に何をしとるんだ貴様はッ! 恥を知れぇっ!」

「うひゃあっ!」

 ぼこぼこと棍棒でたたかれながら、ミケはポチに追い回される。

「―――ここにいたのですね、あなた」

 不意に、凛とした声がその場に響く。

 不思議な力に揺り動かされるかのように、一同がそちらを振り買ってみると、そこには質素な黒いドレスをまとった女性が立っていた。

「アリサ、来ていたんですか」

 そして、それに応えたのはフォリスだった。

「今日は外食の予定でしょう? そろそろお仕事も終わると思って、迎えに参りました」

「それはありがとうございます。―――それではみなさん。今日はお先に失礼しますよ、結婚記念日なもので」

 それだけ伝えると、フォリスは何事もなかったかのように、アリサと呼んだ女性と腕を組んで、祭りの雑踏の中へ歩き出していた。

「ねえポチさん。―――あの二人が、伝説の勇者ジークフリートと魔竜ファブニールの正体だって言ったら、驚く?」

 棍棒でたたかれながらもそう神妙に呟いてみせたミケに、その後ろで棍棒を振り上げていたポチは一瞬動きを止める。

 また冗談かと思ったが、隣からレンカもミケの言葉に応じていた。

「まさに禁断の恋ですよね!」

 その言葉に、ポチはさらに訳が分からず、思わず呆然としてしまった。

 そして、去りゆくフォリスとその伴侶であるアリサと呼ばれた女性の後ろ姿へと、視線を向ける。

あれが、現在は死んだと言われる伝説の勇者ジークフリートとファブニールの正体だと言われて、おいそれと信じる人間など、いるはずがない。

 だが、竜管庁の本来の役割を知ったポチは、もしや、と思ってしまう。

「―――しかし、伝説ではファブニールは竜だろうが?」

「そんなの私と一緒ですよ。クラークさんと合体すれば、私もカラスみたいに見えますし」

 実際にそれを見ているポチには、レンカの言葉は説得力があった。

 そして、はたと思い出す。

「まさか、王都を覆っている強力な魔力と言うのは・・・・・・」

「だから、大丈夫だって言ったでしょ?」

 ミケにウインクされ、ポチは押し黙るしかない。

「始勇祭が、結婚記念日と言うのも・・・・・・」

 始勇祭は魔竜ファブニールをジークフリートが倒した事で、勇者と認められた日。確かにその時にファブニールは死んだ事になっているが、後からそれを確認した者はいない。

 そんな事を思いながら、彼は人ごみに消えゆく仲の良い夫婦の後ろ姿を見送る。

 それはきっと、知らなくてもいいが、知っていたら幸せなおとぎ話みたいなものだろう。

 だから、ポチは容赦なくミケとレンカの頭を叩いてみせていた。

「ええい! 俺をからかうのもいい加減にしろっ!」

ご閲覧いただきありがとうございました。つたないところもあったでしょうが、最後まで読んでくださったことを感謝いたします。

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