Ⅶ
荒い息をつきながら顔を上げた魔女を嫌悪が混じった視線が迎える。
魔女の特徴である雪のように白い髪から長年この国に幽閉された魔女のことを連想するのは容易い。
「魔女だ」
ぽつりと誰かが零した言葉が瞬く間にその場に広がっていく。ぶわりと湧き上がる敵意に一瞬、魔女の身体が震えるが彼女は歯を食いしばってそれらを真っ向から受け止めた。
「なぜ、魔女がここに」
「王が危篤のこの時に」
「不吉な」
「まさか王のご病気は魔女が?」
「そうだ魔女のせいだ」
「魔女がいたから」
「魔女のせいだ」
「魔女の」
「魔女」
マジョガイタカラ
ぶつけられた敵意。言いがかりに近いそれらは王と出会うまで魔女の近くにあった現実だ。
疫病が流行ることも誰かが遭難しても子供が風邪をこじらせて儚くなってしまってもそれらは魔女が起こしたことにされた。
何度、石を投げられただろう。何度、殺されかけただろう。何度、住処を追われ、何度、同胞の断末魔の叫びを聞いただろうか。
魔女を人は受け入れてくれない。ただ、排除する。
それが生れ落ちたその瞬間からさらされ続けた魔女の真実。
だけど。
王は。
あの王は。
奪い続けた王だったけど、養母を殺した人だけど、彼は私を殺さなかった。
利用もしなかった。
ただ、塔に閉じ込めて誰にも逢わせないようにした。
今、こうやって人間の敵意にさらされて改めて思う。王は他の人間と違ったと。
魔女を生かした。
その真意を知りたい、そう、願った。
あの時、返ってこなかった答えを、あの口付けの意味を今度こそ。
魔女を排除しようとする人々に女性が庇うように前に出かけたがそれを手で留め、魔女自身が前に出る。
「魔女……」
女性が信じられないような目でこちらを見てくるのがわかったが構わず魔女は扉を守るように立ちふさがる人々と対峙した。
おそらくはこの国の重鎮達なのだろう。国を支え続けた政治家達は己が主君に不吉の塊である魔女を近づけさせまいと魔女をにらみつけた。
きっと王は慕われていたのだろう。こんなにたくさんの人達がきっとここにはいない多くの人がこの王を慕い、その避けようない死を嘆いている。
ゆっくりとゆっくりと全ては終焉へと向かっている。
誰にも逆らえない。
死には誰も、人も、魔女も逆らえない。
『後悔しないで』
だから。
私は。
「王に逢います。そこをどいてください」
そのためにここに来た。
「ふざけるな!!魔女が!」
「公爵夫人!!何故、魔女などをこの場に連れて来たのですか!!」
「誰か!魔女を牢にでも入れておけ!!」
政治家達の声に遠くから人が集まってくるのがわかる。だけど魔女は真っ直ぐただ、扉を見つめながら足を動かした。
「動くな!」
「汚らわしい魔女が!王の慈悲で生かされておきながらその王に徒なすか!」
「どいてください!」
魔女を捕まえようとと伸ばされるいくつもの手。それらを睨みつけながら魔女は生まれて初めてと言っていいほどの怒気が篭った声を張り上げていた。
誰もが動きを止めた。男達もその男達を止めようと謎の包みを投げつけようとしていた女性も。
魔法など使っていないはずなのに誰もが動きを止めて、魔女を見た。
怒りに燃える翡翠の瞳で魔女はもう一度言葉をつむぐ。
「どきなさい。私は王に逢わなければいけないのです」
魔女が前に出るのに気おされるように人々が震える。だが、何人かは踏みとどまり、魔女の行く手を遮る。
「行かせるわけにはいかない」
「………どいてください」
睨み合う間にも魔女の中に焦りが生まれる。間に合わない。このままここで足止めされていたら王は永遠に手の届かないところに行ってしまう。
「お願い、だから……どいてください!」
心からの懇願に答えたのは。
「通しておあげなさい」
柔らかな女性の声。
扉の前をふさいだ人々の顔が驚愕に歪む。魔女の傍にいた女性が安堵したように微笑んで「遅いわよ。旦那様」と誰かに呟いていた。
魔女が振り向く。
そこに居たのは三人の男女。赤い髪の王に良く似た男性はおそらくは彼の息子なのだろう。その内の一人に女性が泣きそうな顔で「遅い!」と叱り付けていた。そんな彼女を宥めながら男性は魔女を見て笑う。その笑顔が遠い昔に出逢った小さな友人の面影を見つけて魔女は小さく驚いた。
もう一人の王子が騒ぐ人々を鎮め、女性が前に進み出る。
春の陽だまりのような笑顔を浮かべ、だけど人を従わせる風格も持ち合わせている初老の女性。それが誰かなんて言われなくてもわかった。
王子二人を引き連れてこの場を鎮めることができる人物なんてそうはいない。
「王妃、さま?」
魔女に王の伴侶たる女性は悲しそうに微笑んだ。




