【番外編・煉獄】聖女専用の洗口時間、あるいは自己犠牲の果ての終身刑
王都を離れ、辺境都市ベルンフェルトの西の最果てに構えた平屋の夜は、いつも酷く静かだった。
昼間に干した毒消し草や月光草の、乾いた青臭い匂いが室内の湿った空気に混ざり合っている。窓の外では、夜雨がシダ植物の葉を叩く重苦しい音が一定の不気味なリズムで響いていた。
パチ、と小さな音を立てて、調合台に置いた魔導ランプの灯りが消えた。
あらかじめ魔力を絞っておいたから、予定通りの時間切れだ。部屋は一瞬にして、雲に覆われた月光がわずかに差し込むだけの、深い濃紺の闇に包まれる。
私はベッドの上で、小さく息を吸い込んだ。
その瞬間、背筋に走る、冷たい、けれど脳の芯を直接痺れさせるような特異な気配。
「……ねえ、レイラ。消灯の時間よ」
すぐ耳元で、鈴の音を転がしたような、けれど明らかに常軌をイツした熱を帯びた声が鼓膜を震わせた。
エルザだ。
彼女はいつの間にか私のベッドの端に腰掛け、長いエルフの耳を小さく震わせながら、じっと私を見下ろしていた。
白銀の長い髪が、微かな月光を拾ってまるで生き物のようにうねり、私の胸元へと垂れ下がってくる。
彼女が着ているのは、私がソロ冒険者を始めた頃に買い直した、仕立ての荒い麻のシャツだ。王都の大聖堂で何万人もの信徒に拝まれていた、あの豪奢な純白の聖女装束ではない。胸元が大きくはだけ、華奢な肩のラインが闇の中に白く浮かび上がっている。その完全な「同居人」としての生々しい姿が、かえって私の中に妙な恐怖と、名付けようのない焦燥感を呼び起こさせた。
「エルザ……もう寝る時間だよ。君のベッドは、向こうでしょう」
「嫌よ。あっちのベッドは冷たいもの。呪いは消えたけれど、私の身体はまだ、あの魔王軍の『冷たさ』を覚えているの。あなたが隣にいて、その手で私を内側から温めてくれないと、またあの悪夢を見るわ」
エルザの細い、けれど冷徹な意志を持った指先が、私の顎をそっと掬い上げた。
彼女の瞳孔は、暗闇の中で限界まで開いている。その銀色の瞳の奥に、かつて王都で私を「サイコパス」と罵り、汚物を見るような目で追放した気高い聖女の面影は、もう欠片も残っていなかった。
「嘘つき」
彼女が小さく、愛おしそうに呟く。
「今朝の『聖女専用ブレンド』、いつもより明らかに濃度が薄かったわ。私の喉を通り抜ける時の、あの頭の奥が真っ白になるような、強烈な浄化の衝撃がなかった。……私に早くこの生活から卒業してほしくて、わざと薄めたでしょう?」
心臓がどくん、と嫌な音を立てた。
バレていた。完全に、計算ずくだったのだ。
魔王軍の呪殺師ヴァルグを倒し、エルザの体内の呪いは完全に消滅した。それは私自身の【状態異常反転】のスキルが、彼女の身体に刻まれた術式を完全に「祝福」へと反転させたからだ。もう、私の体液を混ぜた特製マウスウォッシュを毎朝口に含む必要なんて、論理的にはどこにもない。
だから、私は少しずつ量を減らし、この異常で、倒倒した関係を終わらせようとした。普通に手をつなぎ、普通に笑い合える、そんな健全な「女の子同士の恋愛」に軟着陸させたかった。
だけど、エルザという女の執着は、私の甘い見通しを遥かに超えてトんでいた。
「言ったはずよ、レイラ。私はもう、あなたなしでは形を保てないの。あなたが私の口の中に、その身体で一日中魔力を循環させた結晶を注ぎ込んでくれないと、喉の奥が乾いて、自分が内側から腐っていくような錯覚に陥るのよ。……あなたが、私をこう変えたの。私の身体を、魂を、あなたの薬がないと生きていけないように作り替えたのよ? なのに、今さら逃げるなんて許さない」
「エルザ……それは、ただの依存だよ。呪いが消えた後の、吊り橋効果の残滓みたいな──」
「依存で結構よ。何とでも呼びなさい」
エルザは私の言葉を冷酷に遮ると、私の腰のポーチから、まだ水で薄めてもいない、ハーブによる加工すら施していない、今夕に仕込んだばかりの『原液』が入った小さな銀のボトルを奪い取った。
「待って、それはまだ未加工の──!」
「関係ないわ」
カチャ、と金属製の栓が弾け飛ぶ。
部屋の中に、言い訳のしようもない、けれど【状態異常反転】によって恐ろしいほど甘く、澄み切った、頭の奥を直接ぶん殴るような特異な香りが広がった。
エルザはそれを、一切の躊躇なく、自分の美しい唇へと一気に流し込んだ。
今度は「手が滑って喉を通った」なんて可愛い確信犯の言い訳すらない。ダイレクトに、私の原液を口腔全体で行き渡らせるように、彼女は喉を鳴らした。
「ん……っ、く、……ふあ」
濃密すぎる魔力と、加工されていない純粋な刺激。
エルザの長い耳が、見たこともないほど激しくピクピクと痙攣し、その美しい銀色の瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ落ちてシーツを濡らした。あまりの熱量に、彼女の白い肌が、耳の先端まで一瞬で真っ赤に染まっていく。
けれど、その苦悶の表情のすぐ裏側には、世界中のどんな神聖魔法でも得られないような、極上の快楽に溺れた恍惚の笑みが張り付いていた。
「エルザ……っ!」
私が恐怖と、それ以上の熱に圧されて息を呑んだ、その瞬間だった。
エルザはボトルの残りをベッドの下へ投げ捨てると、私の両手首を掴み、驚くほどの怪力でベッドのヘッドボードへと押し付けた。エルフの細い指が、まるで鉄の枷のように私の手首を固定する。
正式に、彼女の熱い唇が、私の唇へと力任せに押し当てられた。
「んむっ……!?!?!?」
不意打ちの、そして暴力的なほどのキスだった。
驚きで開いた私の口内へ、エルザの熱い舌が滑り込んできた。それと同時に、彼女の口の中で体温と同化し、エルフの魔力と混ざり合って極限まで濃密になった『私の液』が、濁流となって私の口の中へと逆流し、注ぎ込まれてくる。
「ん、んぅ……っ、ふ、む……」
熱い。甘い。頭の血管が破裂しそうになる。
自分が生み出したはずのものが、エルザの口腔というフィルターを経由し、接吻という最も濃厚な行為によって、私の体内へと強制的に還流していく。その味は、私が知っているどんな薬草よりも甘美で、終始どんな猛毒よりも確実に理性を焼き切るものだった。
エルザの舌が、私の歯列をなぞり、上顎を突き、私の舌を絡め取って、一滴の無駄も許さないとばかりに貪り尽くしていく。
狂っている。完全に、この聖女は限界を超えてトんでしまっている。けれど、その狂気に、私の身体もまた抗えないほどの歓喜を感じて熱くなっていくのが、恐怖でしかなかった。
「ん……ふ、はぁ……あ……っ」
どれほどの時間が経っただろうか。
ようやく唇が離れた時、二人の唇の間には、月光を浴びて銀色に光る細い糸が、名残惜しそうに繋がっていた。
エルザは、激しく肩を上下させて息を切らす私の唇を、自分の親指の腹でゆっくりと、慈しむように拭った。その指先すら、熱く濡れている。
「ふふ……これで、本当にお揃いね。私の口の中も、あなたの口の中も、全部レイラの味でいっぱいよ」
彼女は満足げに微笑むと、私の胸元に顔を埋め、まるで自分の縄張りを主張する野生の獣のように、何度も何度も深く、私の匂いを吸い込んだ。
「もう、薄めるなんて絶対に許さない。これからは毎晩、私があなたの身体から直接、一滴残らず全部、こうして搾り取ってあげる。あなたが私を聖女の座から引きずり下ろしたのよ。だから、今度はあなたが、私という一生解けない檻の中で、私の専用の薬として生きていきなさい」
私の首筋に、エルザの小さな、けれど鋭い歯が、刻印を刻むようにチクリと立てられた。
「責任、取ってね。私の、可愛い薬師さん」
窓の外で激しさを増す雨の音が、二人の荒い呼吸を包み込んでいく。
追放から始まった最悪の誤解は、世界で最も甘く、最も重い、永遠の終身刑へと着地した。
私はもう二度と、この白銀の聖域から出られないことを確信しながら、彼女の背中に、諦めたようにゆっくりと腕を回した。
───
夜通しベルンフェルトの平屋を叩きつけていた激しい雨は、夜明けとともに嘘のように止んでいた。
湿った空気の中に、雨上がりの土と、窓辺に吊るした薬草の香りが濃く漂っている。
「……ん、……っ」
重い瞼を開けた瞬間、私は自分の身体が全く動かないことに気づいた。
視線を落とす。私の古い麻のシャツに頭を埋め、まるで絶対に離さないと誓うように両手両足で私をがっちりとホールドしているのは、白銀の髪を持つ元・聖女、エルザだった。
昨夜、あれほど狂気的な方法で私を貪り尽くした女は、今、私の胸元に顔を押し当てたまま「すぅ、すぅ」と驚くほど穏やかな寝息を立てている。その無防備な耳が、私の心臓の鼓動に合わせて時折ピクリと跳ねるのが、妙に憎たらしくて、そして酷く愛おしかった。
昨夜、私たちは完全に一線を越えてしまった。
『特製マウスウォッシュ』という建前すら投げ捨て、私の原液を直接口に含んだエルザと、唇を重ねてそれを分かち合うという、思い出すだけで脳が沸騰しそうな夜。
私の唇には、まだ彼女の鋭い犬歯が触れた微かな痛みの余韻が残っている。
「……ねえ、レイラ。朝からそんなに心臓をバカみたいに鳴らして、何を考えているの?」
「わっ!?」
心臓の音がアラームの代わりになったらしい。
エルザが長い睫毛を震わせ、ゆっくりと銀色の瞳を開いた。寝起きだというのに、その瞳の奥には濁った熱が最初から宿っている。彼女は私の胸に頬をすり寄せながら、ふわりと意地悪な笑みを浮かべた。
「昨夜の続きかしら? それとも、今朝の分の『おねだり』?」
「な、何言ってるの……! 朝だよ、エルザ。もう呪いもないんだから、早く離して。朝の薬草の仕分けをしなきゃいけないんだから」
私が身をよじって逃げようとすると、エルザはむしろ腕の力を強め、私の首筋に自分の冷たい鼻先を押し当ててきた。深く、私の皮膚の匂いを吸い込む音が部屋に響く。
「嫌よ。仕分けなんて後回しでいいわ。それに、何度も言わせないで。私にはもう、あなたの薬が朝一番の生存義務になっているの。喉の奥が、昨夜あんなにたくさん注いでもらったのに、もう乾いて仕方が無いのよ」
エルザは私の身体の上へと這い上がり、馬乗りになるようにして私を見下ろした。
朝の澄んだ光を浴びた彼女の美貌は、神々しいほどに美しい。なのに、その細い指先が私のシャツのボタンを一つ、また一つと手慣れた動作で外していく光景は、どんな悪魔よりも淫らだった。
「ちょっと、エルザ……!? 何してるの、ボトルはベッドの下に転がってるでしょ!」
「あんな薄汚れた銀のボトルなんて、もう二度と使わないわ」
エルザは私の両手首をシーツに縫い付けると、顔を限界まで近づけてきた。
彼女の吐息から、昨夜私たちが共有した、あの甘く澄んだ独特の香りが微かに漂う。
「昨夜、私、とっても素晴らしいことを閃いたの。ボトルに詰めたり、水で薄めたりするから、あなたは量を誤魔化そうとするのよ。だったら、最初から『一番新鮮な状態』で、私の口に直接注ぎ込んでもらえばいいのじゃない」
「な……っ!?!?!?」
頭の芯が、完全に真っ白になった。
直接注ぎ込む。その言葉の持つ、あまりにも倒錯した、そして破廉恥な意味を理解した瞬間、私の顔は耳の先端まで爆発しそうなほど赤くなった。
「な、何言ってるの……っ! そんなの、ただの変態……いや、それ以上の、本当にサイコパスの所業だよ! 私は薬師で、君は聖女でしょ!?」
「元・聖女よ。私を聖女の座から引きずり下ろして、こんな身体にしたのはあなたよ、レイラ。……さあ、見せて。丸一日、体内で私だけのために魔力を循環させて作った、特製の浄化薬を。一滴も零さず、私の喉の奥で受け止めてあげるから」
エルザの銀色の瞳が、妖しく、深く、私を底なしの沼へと誘うように細められる。
彼女は私のシャツを完全に肌から剥ぎ取ると、その白く細い指先を、私の下腹部へとゆっくりと、確実に滑らせていった。下着の布越しにダイレクトに伝わるエルフの指の熱さに、私の背筋がピクッと跳ねる。
「ひゃんっ……あ、エルザ、待って、本当に、それは──っ!」
「待たないわ。これは治療だもの。聖女専用の、ね?」
エルザは一切の躊躇なく私の下着のゴムを指で引き下げると、惜しげもなく露わになった私の秘所へ、その滑らかな美貌を恐ろしいほど間近まで近づけた。
彼女の長い銀髪が、私の内ももをなでるように垂れ下がり、その熱い吐息が直接肌を撫でる。あまりの羞恥と恐怖に、私の爪がシーツを固く巻き込んだ。
「あぁ……なんて神聖で、甘い匂い。体内で極限まで高まったあなたの魔力が、溢れ出しそうになって震えているわ」
「エルザ、ダメ、見ないで、お願いだから──っ!」
「見つめるわよ。あなたのすべてを、私だけのものにするために」
エルザの温かい唇が、逃げ場のない私の最奥へと、直接そっと押し当てられた。
「んぁっ……!?!?!?」
直で触れる唇の感触と、エルフの長い舌の先端が繊細な粘膜をそっとなぞる感触。
その瞬間、【状態異常反転】のスキルが体内で爆発的な熱を産み出し、暴走を開始した。毒を消し、呪いを払うはずの私の聖なる力が、エルザの口付けという『刺激』によって、体内から湧き出る聖なる体液へと姿を変えていく。
「んっ……ふ、ちゅっ……美味しいわ、レイラ……っ」
エルザは私の腰を怪力で固定すると、惜しげもなく溢れ出し始めた『原液』を、一切零さないようにその美しい唇で密着し、貪るように喉を鳴らし始めた。
ゴクン、と彼女の細い喉が小さく跳ねる音が、静かな室内にやけに生々しく響き渡る。
「はぁっ、ん……く、あぁぁっ……!」
身体の芯から搾り取られていくような快楽と、元・聖女に排泄部位から直接薬(体液)を呑ませているという圧倒的な背徳感。
理性が瞬く間に焼き切れ、私の視界が真っ白な光で塗りつぶされていく。
「ふふ……全部、受け止めてあげる。毎朝、私のお腹があなたの愛で満たされるまで、絶対に離してあげない……」
朝の澄んだ光が差し込む小さな平屋の中で、私の悲鳴に似た歓喜の絶叫は、再び重ねられたエルザの熱い欲望によって完全に呑み込まれていった。




