第二十話 忘却の終わり
光が世界を包んだ。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ。
温かかった。
まるで誰かに抱きしめられているような。
懐かしい光。
優しい光。
◇
蒼真は目を閉じる。
その光の中で。
たくさんの声が聞こえた。
祖母の声。
陸の笑い声。
潮の声。
父の声。
母の声。
島の人たち。
神々。
そして。
名も知らない誰かたち。
みんなの想いが重なっていた。
「ありがとう」
その声がどこから聞こえたのか。
蒼真には分からなかった。
でも。
確かに聞こえた。
◇
やがて光が収まる。
蒼真はゆっくり目を開いた。
空は青かった。
裂け目はない。
黒い亀裂も。
黄泉の王も。
そこにはいなかった。
静かな空。
穏やかな海。
風が吹いている。
いつもの瀬戸内海の風。
◇
「終わった……?」
陸が呟く。
誰も答えない。
だが。
みんな感じていた。
終わったのだと。
黄泉の王は消滅したわけではない。
忘却そのものだから。
人の心から完全になくなることはない。
けれど。
封じられた。
再び。
人と神の繋がりによって。
◇
イザナギが蒼真を見る。
優しく。
誇らしそうに。
『よくやった』
蒼真は首を振る。
「俺じゃない」
「みんなだ」
イザナギは笑った。
『だから良いのだ』
その言葉に。
蒼真は少しだけ笑った。
◇
その時。
父の身体が光り始める。
蒼真の笑顔が消えた。
「父さん」
拓海は困ったように笑う。
「時間みたいだ」
「待って」
「まだ話したいことが――」
「あるだろうな」
父は頷く。
「俺もある」
「じゃあ」
「でもな」
拓海は蒼真の肩へ手を伸ばす。
触れられないはずなのに。
不思議と温もりを感じた。
「もう大丈夫だろ」
蒼真は言葉を失う。
父は昔と同じ顔で笑う。
「お前は一人じゃない」
その視線が潮へ向く。
陸へ向く。
祖母へ向くように遠くを見る。
「ちゃんと繋がった」
蒼真の目から涙が溢れる。
今度は止めなかった。
◇
「父さん」
「ん?」
「ありがとう」
拓海は少し驚いた顔をする。
そして。
とても嬉しそうに笑った。
「こちらこそ」
その言葉を最後に。
父の姿は光となる。
海風に溶けるように。
空へ昇っていく。
蒼真は見送った。
泣きながら。
笑いながら。
最後まで。
◇
イザナギとイザナミもまた光へ変わっていく。
『神話は終わらぬ』
イザナギが言う。
『人が語る限り』
『想う限り』
『我らはそこにいる』
イザナミも微笑む。
『生と死は別れではない』
『巡りだ』
そして二柱は消えた。
創世の門も閉じる。
静かに。
長い役目を終えるように。
◇
残されたのは三人。
蒼真。
陸。
潮。
しばらく誰も喋らなかった。
そして。
最初に口を開いたのは陸だった。
「腹減った」
蒼真は吹き出した。
潮も笑った。
涙を拭きながら。
「台無しだよ」
「いや限界なんだよ」
「世界救った後なんだから何かあるだろ」
「飯だ」
そのやり取りが可笑しくて。
三人はしばらく笑い続けた。
青い空の下で。
いつまでも。
◇
神話は終わった。
けれど。
物語は終わらない。
人と神が共に歩く未来。
それは今。
ここから始まるのだから。




