第十四話 おのころ島上陸
船は静かに進む。
誰も言葉を発しなかった。
目の前にある島が。
あまりにも現実離れしていたからだ。
おのころ島。
日本で最初に生まれた島。
神々が国を創った場所。
神話の舞台が。
今、目の前にある。
◇
近づくにつれて島の姿がはっきり見えてきた。
島の中央には巨大な樹。
山よりも高い。
枝は雲の中へ伸びている。
葉は青白く光り。
風が吹くたび鈴のような音を鳴らしていた。
「すごい……」
陸が呟く。
「世界樹みたいだな」
「神樹」
潮が答えた。
「国生みの時からある木」
蒼真は思わず見上げる。
圧倒される。
まるで島全体が生きているようだった。
◇
やがて船が浅瀬へ入る。
白い砂浜。
透明な海。
波の音さえ神聖に聞こえる。
陸が船を止めた。
「着いたぞ」
蒼真は船を降りる。
足が砂に触れた瞬間。
胸の勾玉が熱くなった。
「っ!」
藍色の勾玉が光る。
すると。
砂浜の先に道が現れた。
光の道。
神樹へ続く一本道。
「神守を迎えてる」
潮が言う。
「おのころ島が」
蒼真は無意識に勾玉を握った。
父もここへ来たのだろうか。
同じ景色を見たのだろうか。
◇
三人は歩き始める。
道の両側には古い石像が並んでいた。
狐。
蛇。
鹿。
鳥。
どれも神の使いのようだった。
だが。
途中で蒼真は違和感に気づく。
「壊れてる」
石像の一部が欠けている。
ひび割れているものもある。
黒い染みが広がっているものも。
潮の表情が曇った。
「黄泉の影響だね」
「こんなところまで?」
「もうかなり侵食されてる」
その言葉に。
誰も安心できなかった。
◇
神樹の根元へ着いた時だった。
突然。
大地が震えた。
ゴゴゴゴ……。
島全体が揺れる。
「なんだ!?」
陸が叫ぶ。
その瞬間。
神樹の根元から黒い霧が噴き出した。
嫌な気配。
冷たい空気。
胸がざわつく。
そして。
霧の中から何かが現れた。
人影。
いや。
人ではない。
黒い鎧。
顔のない武者。
その数。
一体。
二体。
十体。
二十体。
次々と現れる。
「黄泉の兵だ!」
潮が叫んだ。
蒼真の背筋が凍る。
死者の軍勢。
神話の怪物。
それが現実として目の前にいる。
◇
先頭の武者が剣を抜く。
黒い刃。
そこから闇が滴っていた。
「下がれ!」
潮が前へ出る。
蒼い光が手の中に集まる。
海水が渦を巻く。
そして。
一本の槍へ変わった。
「潮……!」
蒼真は目を見開く。
神としての姿。
本気の力。
潮は槍を構える。
その姿は美しく。
そしてどこか悲しかった。
「本当は戦いたくないんだけどね」
そう呟く。
次の瞬間。
潮は地面を蹴った。
蒼い閃光が走る。
黄泉の兵が吹き飛ぶ。
だが。
倒れない。
霧となり。
再び形を取り戻す。
「再生した!?」
陸が叫ぶ。
「まずい」
潮の顔色が変わる。
「普通じゃ倒せない」
その時だった。
蒼真の勾玉が激しく輝く。
眩い光。
そして。
父の声が聞こえた。
耳元で。
はっきりと。
『蒼真』
『神樹へ行け』
『お前にしかできない』
蒼真は顔を上げる。
神樹の奥。
巨大な幹の中心に。
一つの扉が見えた。
白銀の扉。
神代の紋様が刻まれている。
潮もそれに気づく。
「まさか……」
その表情が変わった。
「創世の門」
蒼真は扉を見る。
胸が高鳴る。
あの先に。
父の答えがある。
神々を救う方法がある。
そして。
黄泉を止める鍵が。
だが同時に。
父が言った言葉が蘇る。
――絶対に一人で黄泉の門へ近づくな。
創世の門。
黄泉の門。
その二つはきっと繋がっている。
蒼真は拳を握った。
運命の中心が。
すぐそこまで迫っていた。




