表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の愛した小さなあなた  作者: 香田紗季


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/26

26 サファイアの正体(リュディ→アル)

読みに来てくださってありがとうございます。

最終回です。

よろしくお願いいたします。

「どうして……」


 泣き崩れそうになるのをアルが必死になって耐えている。それがわたくしにはつらくてならない。手を伸ばしてその頬に、髪に、触れて慰めてあげたいけれど、もうわたくしの肘から下と膝から下はサファイアの欠片となって崩れ落ちてしまった。青く透明に変化した部分は既に全く動かせず、物が触れてももうその感覚さえない。首から上だけが人間のわたくし。そう、今のわたくしは、ただの化け物なのだ。


「どうしてリュディがこんな目に遭わなきゃいけないんだよ」


 アルがとうとう泣き出してしまった。


「ごめんなさい」

「誰のせいなんだよ、誰がこんな風にしたんだよ!」


 荒れるアルに困って、レーニエ様を見た。でも、レーニエ様はわたくしから目を背けていて、目が合わない。


「誰のせいか知ったところで、どうにもなりませんよ」


 いつもなら絶対に口を挟まないマノンが口を開いた。


「マノンは知っているのか?」

「ええ、とてもよく」

「誰なんだよ!」

「お教えしても構いませんが、聞きたくなかったなんて言わないでくださいますか?」

「ああ、約束する」


 マノンはわたくしを見た。わたくしは目を三度、ぱちぱちと閉じた。イエス、の合図だ。


「若君、あなたが原因ですよ」

「え……」

「お嬢様の魔力は元々少ないことは、若君もご存じでしょう? 若君が暗殺されかけたあの日、お嬢様は魔力を暴発させました。その時体の中に会った魔力以上の魔力を、命を削って放出したんです。その代償が、石化病。一度魔力のリミッターを外してしまえば、二度と戻りません。ひたすら命を削り続けてしまうのです。魔力に侵食された体が次第に石化し、少しずつ失われていきます。石化病そのものが珍しい病ではありますが、お嬢様の場合、それが普通の石ではなく宝石になるという、記録にない初めてのケースでした」

「待ってくれ、僕が……僕を救うためにリュディの体がこうなったというのか?」

「はい。それがクラルティ先生の診断です」


 アルの顔が真っ青になってしまったのを見て、わたくしはどうすればアルを慰められるか、考えた。とはいえ、この状態になってからは頭の方もだんだん働かなくなって時々気づくと数日が経過していることもあるだが。


「アル。わたくしはあなたを守るために生きてきたわ。だから、体がこうなってしまっても、ちっともつらくないの。だって、わたくしはこの体と引き換えにアルの命を救えたのだもの」

「どうして、言わなかった? いつから症状は出ていたんだ?」


 わたくしは困ってしまった。話すのも一苦労のこの体、もう今日はあまり話せそうにないと感じているのに。


「お嬢様の症状がいつからか、ですって? 刺客に襲われて王都のお屋敷に戻ってすぐに、ですよ」


 マノンが怒ったように言った。


「右足の小指が痛いとおっしゃるのでクラルティ先生に診察していただこうとおみ足を見た時、真っ青になっていて何が起きたのかわかりませんでした。痛いとお嬢様がおっしゃったのと同時に、青くなった右足小指がポロリと取れたのです。心臓が止まるかと思いました。

 それからもお嬢様は常に痛みと戦っていらっしゃいました。体が宝石化する痛みと、欠けていく痛みに耐えながら、ミルトゥ辺境伯領に行かれた若君を守るためにメイドの仕事をし続けたのです」

「ねえ、リュディ。このペンダントは、まさか」


 わたくしは目を三回パチパチしたけれど、それはアルには伝わらないことを失念していた。


「ええ、それはお嬢様の右足の小指でございます。梔子の花を彫らせた後で、マルスラン殿の防御魔法と、お嬢様の優しい癒しの魔法を込めて、お傍に居られない分、若君を守ってほしいと何度もその石に語り掛けていらっしゃいました」

「いつでも、見守ってくれていたのか」 


 アルの声は大人の低い声のはずなのに、まるで子どもの頃の声のように聞こえる。


「リュディが好きすぎて、ふてくされた態度を取って、距離を置いた僕を、リュディは、ずっと………守ってくれていたのか」


 ピキ、と体が剥がれる音がした。意識がぼんやりとし始めていたわたくしだったけれど、痛みにうめき声をあげてしまった。


「リュディ! どうした!」


 アルの目には涙がたまっていて、いつその涙が零れ落ちてもおかしくない。


「お嬢様、どこですか?」

「左腕が……あぁっ!」


 ドスッと重いものがベッドの上に低い位置から落ちた音がした。マノンが左肩に触れた。


「今回は、また一度に大きく外れたようですね」


 荒い息をしているわたくしを、アルが呆然と見つめている。マノンがアルに言った。


「私の力では、この左腕を持ちあげられません。若君、もしくは副団長閣下、運んでいただけませんか?」


 アルがわたくしの左上腕だったものを持ちあげた。そして、それを胸に抱きしめたまま床に座り込み、泣き始めた。


「どうしてリュディがこんな目に……」

「多分、それがわたくしの使命だったのよ」


 声がかすれているけれど、きっとアルには聞こえているはずだわ。


「アルを守り抜くために、わたくしが生まれたのよ。この体も、心も、全てアルのもの。わたくしがアルをどれほど愛しているか……それがアルの『愛』とは違うものであっても、確かにあなたを守りたいというわたくしの気持ちは『愛』なのよ」

「僕は……ただ、リュディと一緒にいたかった」


 アルの言葉に、わたくしは静かな泉に投げ込まれた小石がさざ波を立てたような気持になりました。


「ずっと、一緒にいたかったんだ。年をとっても、一緒に手を取り合って。ゆっくり夜空を見上げたり、リュディが作ったフロランタンを食べたり、そんなふうに過ごしたかっただけなんだ」

「アル。聞いて」


 わたくしは最後の力をふり絞りました。


「わたくしは、アルとずっと一緒よ。わたくしの人間としての命は終わるけれど、わたくしの意志はわたくしの欠片たち一つひとつに宿っているわ。そして、わたくしの欠片を売ったことで、あなたの活動資金になった。わたくし、あなたのために全てを差し出せた。わたくしのしたことを、後悔なんてしていないわ」


 ピキ、と首が固まるのを感じた。とうとう、全てが青く透明なものに変わるのだと気づいた私は、できる限りの言葉をアルに告げねばと思った。


「わたくしはアルをこの腕に抱いた時、結婚も子どもも望めないなんて不幸だ、なんて思わなかった。形式上だったかもしれないけれどアルと結婚していたし、アルで子育てはできるし、なにより夫を自分好みのいい男にゼロから育てられるのだもの。でもね、アル。あなたはわたくしが理想とする男にあと一歩まで来たわ」

「まだ、足りないのかい?」

「いつかあなたは他の女性と結婚して、子どもをもうけなければならないわ。その時、ちゃんと愛を乞える男になったかどうか、わからないの」


 顔の皮膚が少しずつ薄青い膜へと変化していく。唇に達しようかというその時、アルの唇が触れた。温かい。温かさと同時に、アルの思いが奔流のように唇を通してわたくしの心に流れ込んできた。


「愛している」


 言葉ではなく、溢れるほどの思いが直接、届く。


(ええ、わたくしも、アルを愛しているわ)


 口づけとはこれほどまでに温かく、これほどまでに気持ちが伝わるものなのだと知った。最後に、アルの温かさと思いを知ることができてよかったとわたくしは思った。アルの唇が離れた。泣いている。


「ごめんね、アルの望みをかなえてあげられなくて。でもね、アル。わたくしは、永遠にアルと共にいるわ。だから、泣かないで。あなたが間違ったことをしたら、あなたにそう伝えるわ。どうやって伝えられるかわからないけれど、必ず。もし来世があるのなら、今度こそ、夫婦になりましょう」


 唇が薄青いもので覆われた。もう、話せない。伝えたいことが伝えられない。もっと話したかった。もっと一緒にいたかった。後悔ばかりがあふれ出し、涙となってわたくしの目からこぼれた。


 この目が映し出す最後のものが、あなたで良かった。


 わたくしの意識はそこで途切れた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 アルトゥール王子は、莫大な資産を使ってヴィーゼルに盾突く国々を支援し、ヴィーゼルを弱体化させた。クロティルド妃を廃したことでヴィーゼルの皇帝が怒り、直接兵を差し向けようとした時には、クロティルド廃妃自らが手紙を書いて押しとどめた。


「私をまだ娘だと、かわいそうだと思ってくださるのなら、攻めないでほしい。ヴィーゼルが攻め込めば、最初に私が殺されてしまう」


 ヴィーゼルの皇帝は派兵を取りやめた。小競り合いはあったが、ミルトゥ辺境伯やシティス侯爵の私兵が対応した。


 一気に巨大になった帝国は、呆気なく崩れ去った。それをクロティルド廃妃に伝えた時、クロティルド廃妃はそうですか、とだけアルトゥールに言った。


「それで、私はどうなるのかしら」

「行く場所がない人を追い出すようなことはしない」


 アルトゥールは言った。


「だが、母を殺し、僕自身も殺そうとし、妻を失わせる原因を作ったあなたを許すことはできない。あなたには、重大な任務を果たしてもらう」


 アルトゥールがクロティルド廃妃を連れてやって来たのは、王城の一角。しんと静まり返っている。建物の一つに近づくと、アルトゥールが扉を開いた。中に入れと指示されたクロティルド廃妃は、そこに存在するものを見て言葉を失った。


 汚れた襤褸をまとい、うつろな目をした子どもたちがいた。ざっと数えただけでも20人はいる。


「この子たちは?」

「ヴィーゼルの騎馬隊に両親を殺された、各国の農民の子どもたちだ。保護した中でも状態の悪い子どもたちをまず、連れてきた」


 クロティルド廃妃の目が、子どもたちにくぎ付けになっている。


「ヴィーゼルは、食糧を無理やり供出させてきた。拒否すると村人を殺して食糧を奪った。そうやって目の前で家族や友だち、良く知る人々と失った子どもたちが、旧帝国のあちらこちらにいる。みんな自分たちの生活を立て直すのに精いっぱいで、親のない子どもたちのことを気にかけても手を伸ばすことができない。フㇽラージュは、直接ヴィーゼルと戦ったわけではない、その分国土のダメージもない。別の見方をすれば、他国が頑張ってくれたおかげでフㇽラージュは蹂躙を免れたともいえる。

 だからフㇽラージュは親を失った子どもたちを受け入れ、教育し、知識をもった農民として各国に送り返す。そして、彼らを中心に農業の再興を図り、食糧生産の安定化を図ることした」


 クロティルド廃妃は呆然としていた。ヴィーゼルの皇族として、食糧を獲得するために何の非もない民を犠牲にしているとは聞いたことがあったが、その実情を見たのは初めてだった。アルトゥールが数十年先を見据えた計画に着手していたことにも驚いた。


「そこで、だ。あなたにはこの子どもたちを養育してもらう」

「え」


 クロティルド廃妃は、思わず声を上げた。


「あなたがヴィーゼルの皇女だったと知れば、子どもたちが恨みをぶつけることもあるだろう。だが、その恨みを受け止めた上で、彼らに肉親以上の愛情をかけて育ててやってほしい」

「……どうして」


 クロティルド廃妃の声が震えている。


「どうして、私に」

「あなたは子どもを切望していたと聞いた」


 アルトゥールの声もまた、平坦を装っているがかすかに震えがあった。


「父はあなたを顧みなかった。もしあなたに子がいたら、僕と骨肉の争いになっていたかもしれない。同時に、子を持つ親の気持ちが分かれば、母を、僕を、殺そうとは思わなかったかもしれない。だから、あなたにはこの子どもたちの親代わりになって、親とは何なのか、考えてほしい」


 クロティルド廃妃は膝をついた。


「承知いたしました。全力を尽くします」


 クロティルド廃妃は体が動く限り、次々と送り込まれてくる子どもたちの世話をすることになる。それは罰だけではないことをいつか理解してくれるはずだと思いながら、アルトゥールはその場を立ち去った。


・・・・・・・・・・・・


 エルキュール王再三の願いにもかかわらず、アルトゥールは王子として復帰してから10年、28歳になるまで王位を継がなかった。リュディヴィーヌとは違う意味で一緒にいたいと思える女性と巡り合った。女性はリュディヴィーヌを忘れられないアルトゥールを受け止め、理解し、納得した上で結婚した。結婚式の時、リュディヴィーヌが最後に流した涙がそのまま固まったサファイアを、二人の指輪にした。


 即位の時、アルトゥールは新しい玉座を作った。リュディヴィーヌの左上腕を、そうとはわからないような形にして玉座に埋め込んだ。玉座に座って政治を行うとき、アルトゥールが間違った判断をしようとするとサファイアが色を失い、正しい方向に訂正すると深いコーンフラワーブルーの色を取り戻した。


「リュディは、そこにいるんだね」


 晩年のある日、周囲に誰もいないのを見計らってアルトゥールは玉座に座り、サファイアに話しかけた。


「これからも、僕と、僕の子どもたち……そう、リュディが守ったこの国を見守っていてほしい」


 サファイアがきらりと輝いたような気がした。


読んでくださってありがとうございました。

いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ