第67話 優しいサンドイッチ
昼下がりの冒険者ギルド食堂。
昼の喧騒が一段落し、店内はほんのりと油とスープの香りに包まれていた。
カウンターに座る客の姿は少ない。
そんな中、珍しい顔が一人、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。
「あぁ~……もう疲れました~……」
声の主はギルドの受付嬢。
いつもは明るくて、仕事中は笑顔を絶やさない彼女が、今日はすっかりくたびれた様子だ。
「お疲れさん。なんか揉めてたみたいだな」
ナカムラが声をかけ、温かい紅茶をカップに注いで差し出す。
「あ~、ありがとうございます……」
受付嬢は両手でカップを包み、ひと口すする。
ほっと息をついた瞬間、堰を切ったように愚痴が始まった。
「なんで依頼主と冒険者って、あんなにソリが合わないんですかねぇ。
どっちも主張が強くて、間に挟まる私が板挟みで……もう、胃が痛いんです!」
半泣きで、しかも酒も入っていないのに、まるで酔っ払いのようにカップ片手に嘆く。
「報酬の揉め事か?」
「そうなんですよぉ。依頼主は“状態は任せる”って言ってたのに、
冒険者がその言葉どおりに討伐しちゃったら“やり過ぎだ”って怒って。
それで冒険者のほうは“じゃあ違約金払え”って言い出すし……もう地獄ですよぉ!」
ナカムラは、思わず苦笑を浮かべた。
どの世界でも“価値観のズレ”は揉め事の種になる。
依頼主も冒険者も、悪気がないぶん厄介だ。
「大分、炎上してんな。で、なんとか収まったのか?」
「……なんとかしました。ギルドの信用を損ねるわけにはいきませんからね。
上司も手を貸してくれましたけど、最終的には私が頭を下げて収めました」
疲れきった笑顔。
責任感が強い。だからこそ、抱え込む。
そんなタイプなのだろうと、ナカムラは思った。
「そうか。じゃあ、ちょっと待ってろ。慰労の意味もこめて、何か作ってやるよ」
「え? でも私、お金――」
「いいって、サービスだ」
そう言って、ナカムラは厨房へと向かった。
パンの耳を落とす。
鉄板の上でじゅっと音がし、バターの香りが広がる。
外はこんがり、中はふわり。
焼きあがったパンの間に、スクランブルエッグ、薄切りのトマト、冷えたレタスを挟む。
仕上げにマスタードをひと塗り。
どれも強い主張はないが、ひとつ欠けると全体の調和が崩れる。
パンを重ね、包丁を入れる。
サクッと小気味よい音。断面に現れる黄・赤・緑・白。
まるで喧嘩しそうな色たちが、絶妙なバランスで調和している。
皿に並べると、少し不器用な形のサンドイッチができあがった。
「出来たぞ。お前さんにぴったりの料理だ」
皿を置かれた受付嬢は、目を丸くする。
焦げ目のついたパンの端から、彩り豊かな具がのぞいている。
少し不格好だが、どこか温かみのあるサンドイッチだ。
「ありがとうございます~、いただきます」
ひと口かじる。外は香ばしく、中はやわらか。卵のふんわりとした甘みのあとに、トマトの酸味が軽やかに広がる。レタスのしゃきっとした歯ざわりが、全体を締める。噛むたびに味が変わるのに、最後にはきちんと「ひとつの味」になっている。
「ん~……美味しいですね、これ!」
「そら、間に挟まってるやつがいいからだろ?」
「え?」
きょとんとした顔に、ナカムラはニヤリと笑う。
「パンはそこらの市場の安物だ。でも、間に挟まったものがしっかりしてりゃ、立派な料理になる。人間関係も同じさ。トラブルの真ん中にいる人間が、ふわりとした優しさを持ってれば、どんなに意見がぶつかっても、やがて全体がまとまっていく。焦げたパンも、酸っぱいトマトも、その柔らかさに包まれりゃ、美味しくまとまるんだ」
「……上手いこと言いますねぇ、ナカムラさん」
「職業柄、比喩が好きでな」
そう言いながら、紅茶のお代わりを注ぐ。
受付嬢は笑いながら、もう一口サンドイッチをかじった。
「でも、ちょっと元気出ました。
私がいないと、依頼主と冒険者が共倒れしちゃいますもんね!」
「その意気だ。ギルドを回してるのは、お前さんみたいなやつだよ。
俺たち冒険者が安心して依頼を受けられるのは、受付の連中が頑張ってるからだ。
だから、ちゃんと食って、休んで、また笑ってくれ」
受付嬢は紅茶を飲み干し、背筋を伸ばした。
「……はい! よし、仕事に戻ります! 今度はもう少し、焦げない程度に頑張ります!」
元気を取り戻した足取りで、彼女はカウンターへと戻っていく。
その背中を見送りながら、ナカムラは小さく呟いた。
「人の間に立つやつは、大変だよな。……まぁ、俺が揉めた時も、頼むぜ」
カウンターの隅に置かれた皿の上には、サンドイッチのパンくずが一粒。昼の光を受けて輝いていた。




