第66話 アラ汁の意味
夕方のギルド食堂。
冒険者たちが依頼を終え、酒と笑い声に包まれる時間。
その喧騒の中で、ひときわ静かな青年が一人、テーブルに突っ伏していた。
ナカムラは皿を拭きながらちらりと見る。
顔を伏せ、手は膝の上。
見覚えがある。三人組の冒険者の一人――いつもは明るく、仲間と冗談を飛ばしていた青年だ。
今日は一人。珍しい光景だった。
「おう、どうした。そんな辛気くさいオーラ出してたら、金が逃げちまうぞ」
冗談めかして声をかけると、青年は苦笑を浮かべた。
「気を使わせて、すみません。……ちょっと、考え事をしてて」
「考えるってのは悪いことじゃねぇ。だが、黙ってるより喋ったほうが、毒は抜ける。ほら、話してみな」
促す声に、青年はため息をひとつこぼした。
沈黙のあと、ぽつりぽつりと語りはじめる。
「……自分、三人で行動してるんですけどね。あとの二人がすごく強くて。なのに自分は、弓を持っても当たらないし……。せめてって思って、道や危険な植物とか動物を調べて、必要な物を揃えたりしてるんです。でも……、たまに思うんです。自分、いらないんじゃないかって」
青年の声は、自分を責めるようにか細く震えていた。
心の奥に沈殿していた“毒”が、ようやく口からこぼれ出る。
ナカムラは、皿拭きを止めて笑った。
「気が合うな。俺も、昔はそうだった」
思わぬ言葉に、青年が顔を上げる。
「……ナカムラさんも、ですか?」
「あぁ。俺の仲間は、治癒スキルが使えるくせにクロスボウまで使いこなす奴と、剣一本で魔獣を両断する戦士だそんな中に、包丁しか持ってねぇ俺が混ざってたんだぞ。……どう思う? 役に立つと思うか?」
「え……包丁だけ、ですか? それは……」
「だろ? 俺もそう思ってた。
“戦えない奴は足手まとい”ってな」
ナカムラは、懐かしむように小さく笑い、立ち上がった。
「よし。ちょっと待ってろ。正解を持ってきてやる」
そう言って厨房に消える。
青年は首をかしげながら、静かな音を聞いていた。
包丁のまな板を打つ音、湯が沸く音、そして微かな出汁の香り。
やがて、湯気の向こうから漂ってくる香りが、心を少しずつ解かしていく。
まな板の上には、魚をさばいた後の“アラ”。
頭、骨、カマ、そしてわずかに身が残る尾。
一見すれば「もう用はない」と思われる部位。
だがナカムラは、それらをひとつひとつ拾い上げ、水で丁寧に血を流した。
「いらないもんなんて、そうそうねぇんだよな……」
独り言のように呟きながら、鍋に火を入れる。
アラを湯通しすると、白く濁った湯気が立ちのぼり、海の香りが店内に満ちていく。
沸騰しないように火を弱め、調味料を加え、静かに煮込む。
骨の隙間から、脂と旨みがゆっくりと溶け出していく。
表面に浮かんだアクを木杓子ですくい取るたび、湯は澄み、金色の輝きを帯びていった。
香りが完成を告げる頃、味噌を溶き、輪切りのネギを浮かべる。
ふう、と息を吐きながら、ナカムラはそれを青年の前にそっと置いた。
「どうぞ。アラ汁だ」
湯気が立ち上がる。
魚の命の余韻と、味噌の甘みが混ざり合った香りが、ふわりと青年の鼻をくすぐる。
一口すすると、骨の深みがまず広がり、次に脂のまろやかさ、そして最後に、魚のやさしい余韻が舌の奥に残った。
「……おいしいです。でも、なんでこれを?」
青年の問いに、ナカムラはにやりと笑う。
「この汁の具材な、普通なら捨てちまうとこばっかりだ。頭も骨も、見た目は悪いし、食えるとこなんて少ねぇ。けど、丁寧に扱ってやれば、立派な味を出す。価値を知っているやつからすれば、役に立たないものじゃない」
木杓子を軽く振りながら続ける。
「お前さんも同じさ。自分で気づいてないだけで、仲間の中にちゃんと味を出してる。
道を覚えたり、植物を調べたり、補給を管理する奴がいなきゃ、強い奴もすぐ野垂れ死ぬ。“いらない”と思ってるのは、お前だけだ。仲間はきっと、ありがたがってるさ」
青年は目を伏せ、しばし沈黙した。
そして、少し照れたように笑う。
「……そう、ですかね。でも、そう思えるなら、ちょっと楽になったかもしれません」
「だったら今度、聞いてみりゃいい。“俺、役に立ってるか?”ってな」
「そんなの、恥ずかしいですよ……」
「なら大丈夫だ。恥ずかしいと思えるってことは、まだ繋がりを大事にしてる証拠だ」
ナカムラは、優しく笑った。まるで骨の隙間から旨みを取り出すように、ゆっくりと。
「それにな、この汁物は、他の具材を入れるともっと旨くなる。一人よりもみんなで煮詰めたほうが深くなる。冒険も、そういうもんだ」
青年は頷いた。
心の奥で、何かがほどけていくのを感じながら。
「……今度、ちゃんと話してみます。もっと出来ることがあるかもしれない」
そう言って立ち上がる。その背中には、さっきまでの陰りはもうなかった。
ナカムラは、その姿を見送りながら呟く。
「ま、役に立つかどうかなんてのは後から分かるもんだ。
一緒に居たいかどうか――それだけで、十分だろうよ」
鍋の中では、まだ少し残ったアラが、静かに揺れていた。
骨のまわりから、まだ旨みが出続けている。
決して派手ではない。
だが、その温かさは、どんな高級な料理にも負けない。
──捨てられなかったもの。
それは、誰かが誰かを想う限り、いつまでも鍋の中で生き続ける。
いつも読んで頂きありがとうございます。
あと4話ほど、このようなテーマで書いていきます。
その後、新たな展開へと進んでいきたいと考えています。
皆さま、お付き合い頂けると幸いです。




