↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさん異世界でフグをさばいていたら伝説になる  作者: 北真っ暗
2つ目の伝説

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/92

第66話 アラ汁の意味

 夕方のギルド食堂。

 冒険者たちが依頼を終え、酒と笑い声に包まれる時間。

 その喧騒の中で、ひときわ静かな青年が一人、テーブルに突っ伏していた。

 ナカムラは皿を拭きながらちらりと見る。

 顔を伏せ、手は膝の上。

 見覚えがある。三人組の冒険者の一人――いつもは明るく、仲間と冗談を飛ばしていた青年だ。

 今日は一人。珍しい光景だった。


「おう、どうした。そんな辛気くさいオーラ出してたら、金が逃げちまうぞ」

 冗談めかして声をかけると、青年は苦笑を浮かべた。

「気を使わせて、すみません。……ちょっと、考え事をしてて」

「考えるってのは悪いことじゃねぇ。だが、黙ってるより喋ったほうが、毒は抜ける。ほら、話してみな」

 促す声に、青年はため息をひとつこぼした。

 沈黙のあと、ぽつりぽつりと語りはじめる。


「……自分、三人で行動してるんですけどね。あとの二人がすごく強くて。なのに自分は、弓を持っても当たらないし……。せめてって思って、道や危険な植物とか動物を調べて、必要な物を揃えたりしてるんです。でも……、たまに思うんです。自分、いらないんじゃないかって」

 青年の声は、自分を責めるようにか細く震えていた。

 心の奥に沈殿していた“毒”が、ようやく口からこぼれ出る。

 ナカムラは、皿拭きを止めて笑った。


「気が合うな。俺も、昔はそうだった」

 思わぬ言葉に、青年が顔を上げる。

「……ナカムラさんも、ですか?」

「あぁ。俺の仲間は、治癒スキルが使えるくせにクロスボウまで使いこなす奴と、剣一本で魔獣を両断する戦士だそんな中に、包丁しか持ってねぇ俺が混ざってたんだぞ。……どう思う? 役に立つと思うか?」

「え……包丁だけ、ですか? それは……」

「だろ? 俺もそう思ってた。

 “戦えない奴は足手まとい”ってな」

 ナカムラは、懐かしむように小さく笑い、立ち上がった。

「よし。ちょっと待ってろ。正解を持ってきてやる」

 そう言って厨房に消える。


 青年は首をかしげながら、静かな音を聞いていた。

 包丁のまな板を打つ音、湯が沸く音、そして微かな出汁の香り。

 やがて、湯気の向こうから漂ってくる香りが、心を少しずつ解かしていく。

 まな板の上には、魚をさばいた後の“アラ”。

 頭、骨、カマ、そしてわずかに身が残る尾。

 一見すれば「もう用はない」と思われる部位。

 だがナカムラは、それらをひとつひとつ拾い上げ、水で丁寧に血を流した。


「いらないもんなんて、そうそうねぇんだよな……」

 独り言のように呟きながら、鍋に火を入れる。

 アラを湯通しすると、白く濁った湯気が立ちのぼり、海の香りが店内に満ちていく。

 沸騰しないように火を弱め、調味料を加え、静かに煮込む。

 骨の隙間から、脂と旨みがゆっくりと溶け出していく。

 表面に浮かんだアクを木杓子ですくい取るたび、湯は澄み、金色の輝きを帯びていった。

 香りが完成を告げる頃、味噌を溶き、輪切りのネギを浮かべる。

 ふう、と息を吐きながら、ナカムラはそれを青年の前にそっと置いた。


「どうぞ。アラ汁だ」

 湯気が立ち上がる。

 魚の命の余韻と、味噌の甘みが混ざり合った香りが、ふわりと青年の鼻をくすぐる。

 一口すすると、骨の深みがまず広がり、次に脂のまろやかさ、そして最後に、魚のやさしい余韻が舌の奥に残った。

「……おいしいです。でも、なんでこれを?」

 青年の問いに、ナカムラはにやりと笑う。

「この汁の具材な、普通なら捨てちまうとこばっかりだ。頭も骨も、見た目は悪いし、食えるとこなんて少ねぇ。けど、丁寧に扱ってやれば、立派な味を出す。価値を知っているやつからすれば、役に立たないものじゃない」

 木杓子を軽く振りながら続ける。

「お前さんも同じさ。自分で気づいてないだけで、仲間の中にちゃんと味を出してる。

 道を覚えたり、植物を調べたり、補給を管理する奴がいなきゃ、強い奴もすぐ野垂れ死ぬ。“いらない”と思ってるのは、お前だけだ。仲間はきっと、ありがたがってるさ」


 青年は目を伏せ、しばし沈黙した。

 そして、少し照れたように笑う。

「……そう、ですかね。でも、そう思えるなら、ちょっと楽になったかもしれません」

「だったら今度、聞いてみりゃいい。“俺、役に立ってるか?”ってな」

「そんなの、恥ずかしいですよ……」

「なら大丈夫だ。恥ずかしいと思えるってことは、まだ繋がりを大事にしてる証拠だ」

 ナカムラは、優しく笑った。まるで骨の隙間から旨みを取り出すように、ゆっくりと。

「それにな、この汁物は、他の具材を入れるともっと旨くなる。一人よりもみんなで煮詰めたほうが深くなる。冒険も、そういうもんだ」

 青年は頷いた。

 心の奥で、何かがほどけていくのを感じながら。


「……今度、ちゃんと話してみます。もっと出来ることがあるかもしれない」

 そう言って立ち上がる。その背中には、さっきまでの陰りはもうなかった。

 ナカムラは、その姿を見送りながら呟く。

「ま、役に立つかどうかなんてのは後から分かるもんだ。

 一緒に居たいかどうか――それだけで、十分だろうよ」

 鍋の中では、まだ少し残ったアラが、静かに揺れていた。

 骨のまわりから、まだ旨みが出続けている。

 決して派手ではない。

 だが、その温かさは、どんな高級な料理にも負けない。

──捨てられなかったもの。

 それは、誰かが誰かを想う限り、いつまでも鍋の中で生き続ける。


いつも読んで頂きありがとうございます。

あと4話ほど、このようなテーマで書いていきます。

その後、新たな展開へと進んでいきたいと考えています。

皆さま、お付き合い頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。