第65話 燻製の作り方
「こちら達成報酬です」
冒険者ギルドの受付で、銀貨の詰まった袋を受け取る女がいた。
名はサラ。
背には、長柄の先に斧刃と穂先、鉤のついたハルバード。
刃の長さだけでも人の胴ほどあるその武器を軽々と担ぐ姿は、彼女の鍛錬の証だった。
報酬を受け取っても、その表情は晴れない。
彼女は静かに呟く。
「今回も……違っていた」
かつて、故郷の村を襲った魔獣がいた。
父を殺し、村を焼いたその獣を討つために、サラは冒険者になった。
けれど、何年追い続けても、あの日の魔獣の影には辿り着けない。
そのたびに、胸の奥の炎が燃え盛り、焦げるように彼女を蝕んでいった。
「そう、残念」
声をかけたのはリンだった。
リンは、最初の頃はナカムラとコリー以外と行動することはほとんど無かったが、女性冒険者も少なからずいる中、少人数の中に男性冒険者が混じる事をあまりよく思わないパーティも多い。そんな彼女たちにとっては、腕も立ち、冷静で控えめな口調は、多くの女性冒険者に信頼されていた。
「いえ、リンさん。今回も助かりました。ありがとうございます」
そう言って頭を下げたサラは、すぐに掲示板の前へ向かい、次の依頼を探し始めた。
その姿を見て、リンは眉を寄せた。
焦げたように張りつめた気配。
そのままでは、彼女の心が先に燃え尽きてしまう気がした。
「ねぇ、サラ」
珍しく、リンが自分から声をかける。
サラは驚いて振り向いた。
「えっ、はい。どうしました?」
「お腹へった。付き合って」
その一言に、拍子抜けしたように笑みがこぼれる。
「いいですよ。付き合ってくれたお礼に、今日は奢ります」
「ありがとう」
二人はギルドの食堂へ向かった。
そこは今、都の名物とも言われる場所。
「おすすめ、聞いてくる」
リンが軽く手を挙げ、厨房へ消える。
ほどなくして、香ばしい煙の香りが漂ってきた。
運ばれてきたのは、魚の燻製。
出されたのは、厨房で燻されていた魚の燻製である。
燻製は奥が深い。煙がゆっくりと魚のまわりを包み込み仕上げていく。
その時に使う木の種類によって、香りの表情がまるで違う。甘く華やかな香りの木、穏やかで上品な香りの木、力強く香ばしく木の香り。まるで香水を調合するように、職人は煙の香りを選ぶ。
魚の表面には、ほんのりとした油の光沢。最初のうちは透明だった身が、時間とともに黄金色を帯び、香りを吸い込みながら静かに熟していく。火を強めすぎれば焦げ、弱すぎれば香りがのらない。
温度と煙を見極めながら、じっくりと、数時間かけて仕上げられた芸術品である。
サラは箸を取り、そっと身を割る。
湯気の中から立ちのぼるのは、甘く、深く、どこか懐かしい匂い。
一口含むと、やわらかく溶け、木の香りと魚の脂が舌の上で広がった。
燻香が鼻へと抜け、口の奥に残る塩気が旨みを押し上げる。
噛むほどに、火と煙が織りなした層が重なり、記憶を呼び起こしていく。
「……これ、ラクサの木の香りがする」
思わず零れた言葉。故郷の村で食べていた魚を思い出す。父がつくってくれた魚の燻製はこんなに上品な香りじゃなく、少し焦げ臭かったと思うが、同じ木の香りだった。いつも食べていた思い出の味だ。
「お、すごいな、使った木がわかるのか」
厨房から現れたのは、ナカムラだった。包丁を拭きながら、にやりと笑う。
「リンが世話になってるって聞いた。ありがとな」
「いえ、助けてもらってるのは私のほうです」
サラの顔がわずかに緩む。
その穏やかな表情は、普段ギルドで見せる険しさとは別人のようだった。
「この燻製、気に入ってくれたみたいで何よりだ」
「はい……すごく丁寧な仕事ですね」
「ははっ、何度も焦がしたからな」
笑うナカムラの顔に、サラは思わず声を漏らす。
「伝説の人でも失敗するんですねぇ。意外です」
「そりゃあな。失敗の繰り返しで成功が生まれるんだろう、鍛錬と同じさ」
軽口を交わしながらも、ナカムラは真剣な眼差しで彼女を見た。
そして、ぽつりと呟く。
「焦げるのはな、熱が強すぎたせいだ。……今のお前さんみたいな」
「……なっ……」
サラは返す言葉を失った。
復讐だけを支えに生きてきた自分を否定されたかのように感じた。
思わず、むっとした表情になる。
「あまり熱を入れても焦げるだけだ、熱くなるのは悪い事じゃない、いつまでも心に燻ぶらせながらでもいい。焼けた過去があるなら、しっかり扱えばその煙は香りと旨味に変わる」
そう言って、ナカムラは、懐から一枚の紙を差し出した。
「これは……?」
「探してる魔獣の特徴を書いてくれ。知り合いにも当たってみる。
だからきちんと燻しておけ、お前さんが疲れてたら動けないだろう?」
(あぁ、リンさんがいつも一緒の理由がわかる気がする)
本当に気遣ってくれているのだろう。そんな気持ちにさせるくらいの言葉かけと行動に彼女は少し気が緩む。
サラは紙を受け取り、特徴を書いて渡した。
「見つけたら、教えてください。その時まで……燻しておきます」
「おう、なんなら一緒にいこうぜ」
その言葉に、胸の奥がじんと温かくなる。
父が生きていたら、きっと同じような事を言っただろう。
そう思うと、自然に笑みが浮かんだ。
「ごちそうさまでした」
食堂を出るサラの後ろ姿は、少しだけ背負っているモノが軽くなったかのような軽い足取りだ。
「ありがとう」
リンが静かにナカムラにお礼を言う。
「なに、リンが人を心配するなんて珍しいからな。でも、もう大丈夫だろ」
「焦げるほどの熱も、香りに変えりゃあ旨くなる。人の心も、同じだな……」
そう呟いて、おっさんは次の魚をゆっくりと火の上に置いた。




