第61話 甘いフグ雑炊
毒竜を討伐し、都の危機を救った伝説の冒険者がいた。その後も各地を回り、毒を持つ生き物を求め続けたが、結局、毒竜を超える毒には出会わなかった。
ただひとつ分かったのは──この世界で最も厄介な毒のひとつは、「人の中」に棲むことだった。
傷ついた者。迷う者。怒る者。絶望し、自分を責める者。
誰もが、少なからず心に毒を抱えて生きている。
ナカムラは都の冒険者ギルドの食堂に戻ってきた。そこで再び食材をさばきはじめる。
「毒をため込んだ人間は、フグのようなもんだ。ちゃんとさばけば、美しいテッサのように咲く。」
これは、“毒をさばくおっさん”が、新たな毒を求め、料理と冒険をしていく物語である。
ここは冒険者ギルド。
多くの冒険者が集い、依頼を受け、報酬を得て成長していく場所。
どの都市にもひとつは存在するが、ここのギルドにはひとつだけ他と違うところがあった。
──ここでは伝説の冒険者が食堂で包丁を振るっている。
包丁一本で数々の依頼をこなし、伝説となった男。
かつて共に戦場を駆けた冒険者が、今では食堂で働いている。
そのギャップもあって話題になったが、何より評判を呼んだのは──
「この食堂は、その人に必要な料理を振る舞ってくれる」という噂だった。
今日、訪れたのは、若い二人組の女性冒険者だった。まだ十七、八ほど。新品のような剣を腰に携え、片方の少女は腕を吊っている。目の下には濃い影。明らかに、まともな食事を取っていない顔だった。
「ギルドの受付で……ここに行けって言われて……」
か細い声で、理由を告げる。
「いらっしゃい。どうした?」
ナカムラが静かに尋ねると、もう一人が口を開いた。
「依頼に失敗して……依頼人には怒鳴られるし、この子には怪我をさせちゃったし……」
どうやら依頼がうまくいかなかったようだ。
「なるほどな。抱えてるなぁ……。よし、待ってろ」
ナカムラはそう言って、厨房へと向かった。
「なんで、ここを紹介されたんだろ……」
二人はよくわからないまま、席に座ってナカムラの様子を見つめる。
店内にある水槽――これは毒竜を討伐した褒賞としてナカムラが望んだもので、いくつものマジックアイテムを駆使して、我々の知っている生け簀(正確には活魚水槽)を作らせた。この装置のおかげで、鮮度の高い魚を提供することも出来るようになったのだ。
そこから一匹の魚を取り出しまな板に乗せ、静かに包丁を入れる。
毒をもつ部分を丁寧に外し、薄く透けるほどの身を引いていく。
刃先が骨に触れるたび、わずかに響く音。
雪の花びらのように透ける切り身が皿の上に並ぶと、魚とは思えぬほど繊細な美しさを放つ。次に持ってきたのは、陶器製の鍋。海藻を浮かべた出汁が静かに温まり、ふんわりと海の香りが立ちのぼる。
「よし、今から食べ方を教えるぞ。
切り身を鍋にくぐらせて、色が変わったらすぐに、このタレにつけて食べてみろ。」
言われるまま、一人が箸を取り、そっと身を沈める。
白く花のように開き、わずか数秒で火が通る。
口に入れた瞬間、弾むような歯ざわりとともに、澄んだ旨みが広がった。
脂ではなく、筋肉そのものの繊維が生む上品な甘さ。
海藻の出汁と混ざり、淡白でいながら深い余韻を残す。
「怪我してる子には、お嬢さんが食べさせてやれ。」
ナカムラの言葉に、照れながらも一人が箸を取り、もう一人の口へ運ぶ。
その表情がほころび、自然と笑みが生まれた。
鍋を食べ進めるうちに、出汁は少しずつ白濁し、フグの旨みが溶け込んでいく。
仕上げに白米を加え、ゆっくりと煮立てた。
フグの香りと出汁の旨みを吸った米粒が、ほろほろと柔らかくなっていく。
そこに溶き卵を落とし、静かに混ぜる。
卵がとろりと絡み、黄金色の雑炊が完成した。
スプーンを手に取り、ひと口。
深く、やさしい味が広がり、体の芯まであたたかく包まれていく。
「ねぇ、私達、今回は失敗しちゃったけど、もう一回やってみたいんだ」
「そうだねっ、このまま終わったら、なんか納得いかないよね」
食べ終えた二人の顔には、穏やかな表情で次の事を話していた。
そんな様子を見て、ナカムラがぽつりと告げる。
「今、食べた魚はな……猛毒の魚なんだ。」
「えっ!?」「は、はい!?」
二人の顔が青ざめる。
ナカムラは笑いながら続けた。
「安心しろ。毒はきちんと取り除いてある。害はない。」
ほっと胸をなでおろす二人。
「毒のある魚も、毒を抱えた人間も同じだ。時間をかけて、丁寧に扱えば旨くなる。今回の失敗だって、生きて帰ってこられたんだろ?それで十分だ。次は時間をかけて丁寧に準備して、反省点を活かせばいい。そうすりゃ、うまくできるさ。」
ただの料理人なら説教くさく聞こえただろう。
だが、目の前にいるのは都を救った伝説の冒険者。
その言葉には、不思議と重みがあった。
「そして、また稼いできたら――ここで旨い飯をつくってやるから、いつでも来てくれ。」
その一言に、二人は互いを見つめ、微笑み合った。
「ねぇ、しばらくは怪我が治らないと思うから、また食べさせてね。」
「甘えないのっ、スプーンなら食べられるでしょ。」
笑い声がこぼれ、ようやく二人の顔に血色が戻る。
そんな姿を見ながら、ナカムラは小さくつぶやいた。
「……少し甘くしすぎたな。」
こうして今日も、誰かの毒をさばく。
それが、彼の生き様であるかのように――。
この章からは、挑戦として人の内面についても考えていきたいと考えています。
ただ、少し仕事の関係で、更新頻度が下がります。
まずは火・木・土のペースで更新していきたいと思います。
また、お時間あるときに読んで頂けると幸いです。




