第60話 おっさん異世界でフグをさばいていたら伝説になる
それは、まさに神話の戦いだった。
黒緑色の巨体──邪毒龍マジデーヤ・バイポ・イズンは、大地を揺るがす咆哮と共に爪を振るい、ナカムラを八つ裂きにしようと襲いかかる。
風が渦巻き、爪の先端は土ごと対象をえぐるはずだった。
彼の手元にあるのはただの出刃包丁。その背が、マジデーヤの巨大な爪を受け止めた。金属と爪の衝撃が耳をつんざく。
爪は弾かれ、マジデーヤの態勢が崩れた。それでもひるまず尻尾を振り上げ、広範囲に打撃を加えようとしたが、ナカムラは一歩も引かない。
振るわれた尾が空を切ると同時に、技で断ち切られ、尾は宙を舞い大地に落下する。
尾からは毒素をたっぷり含んだ血が滴り落ち、地面に小川のように広がった。
ナカムラが呑まれるはずの毒の川は彼を避けるように2つに割れる。
彼の意思が道を描いたかのように──。
マジデーヤは目を見開いた。なぜ、圧倒的に強くなったはずなのに敵わないのか。
混乱する竜を諭すように、ナカムラは声で応える。
「お前と俺では、殺す理由が違う。お前は人間が憎い。その気持ちは分かる。だが、だからといって殺すのは間違っている。俺はお前たちを殺すこともある。でも、それは憎しみからじゃない、ただ愛しているからだ」
ナカムラの声は、竜に届くように心からの声として伝えた。
「堤防で釣れるお前が憎かった。食えないのに釣られるお前たちを死んでしまえばいいと思っていた。でも、それじゃダメだと気付いた。だから仕事を辞め、人生を変える修行を積んだ。そして愛せるようになった!」
マジデーヤは咆哮した。人間の言葉を理解しているのかはわからない。憎しみは消えず、ただ膨れ上がるばかりだ。『全員まとめて死んでしまえばいい!』息を大きく吸い込み、体内の毒腺を最大に満たす。都全域にその瘴気を撒き散らすつもりだ。
その様子を見てもナカムラは一歩もためらわない。前へ、前へ。毒の発生源に走り出す。空気は重く、呼吸が浅くなる。毒の沼を割って、マジデーヤの目の前まで突き進む。その口が開き切る寸前に、包丁が光を帯び、竜の前に突き立てられる。ブレスの発射と同時に、刃が貫く。
光が全てを包んだ。その時、あのフグの幼き日の記憶に飛んだ──
「お母さん、なんで他の生き物を食べるの?かわいそうだよ……」
小さなフグが問う。
母親はアサリをもぐもぐと噛み締めながら静かに答えた。
「そうじゃないのよ。皆誰かを食べて生きているの。そして、誰かのために生きる。だから、私たちもいつか食べられるけれど、それは誰かのため。悪いことではない。でも、いたずらに殺すのだけはダメよ。」
その言葉が、今になって胸に響く。間違っていたのは自分だった──。
憎しみではいけなかったんだ、お母さんごめん、僕は罪を犯した。
「安心しろ、お前の罪は、毒とともに俺がさばいた、そして皆のためにいただく。お前は罪を償ったんだ。母の元へ行くといい」
幼きフグは、目をそっと閉じる。母の元へ行く……そんな期待を胸に抱き、運命を受け入れる。
光が消えると、マジデーヤの身体はそこにはなかった。原型を留めないほど肉片は非常に細かく切り刻まれ、薄く羽根のように分解された形で空から降り注ぐ。黒い霧は消え去り、爽やかな風が吹きすさぶ。その切り身は、風に舞うように都全体に散らばった。毒に汚染された土地は浄化され、かつての土の香りが戻る。まるで都全体が、巨大な皿となり、テッサとして盛り付けられているかのようだった。
「ごちそうさまでした」
ナカムラは一枚の切り身を咀嚼しながら両手を合わせる。
仲間たちは駆け寄り、喜びと安堵を示したが、彼の表情は静かだった。
ただ道を踏み外したフグの冥福を祈ったのだ。
そして彼らは王宮へ。
ナカムラ達はこの度の件で呼び出されていた。仲間たちは褒賞を期待し感謝を受ける気満々だった。しかし、国王は言い放つ。
「この男を処刑しろ」
誰もが理解できない言葉に目を丸くする。国王は続ける。
「あの伝説の竜を殺せるなど、人間ではない。きっとこいつも化け物だ!殺せ!」
王太子は激しく抗議するが、国王は聞かない。
王宮の警備隊も混乱する中、ナカムラは静かに包丁を抜き、投げつけた。
――その刃は国王の胸にまっすぐ突き刺さった。
国王は震えながら自らの胸を見ると、包丁は柄だけが残っており、刃は消えていた。
「心の毒をさばいた。恐れること自体は悪くない。しかし、その結果、多くの人々を不幸にするのは毒そのものだ!」
ナカムラの声は王国の大広間に響く。
国王は震え、深く息を吐く。自らの過ちを悟ったのか、目に涙を浮かべ、跪いた。
王太子は胸を撫で下ろし、伝説の竜を討ったナカムラに、『伝説を討った者』という称号が贈られた。 人々は歓声を上げ、街の広場は笑顔で溢れる。やがて吟遊詩人の歌として語り継がれる物語となる。おっさんの偉業が伝説となったのだ。
仲間たちが駆け寄り、抱き合い、安堵の声をあげる中、ナカムラは静かに言った。
「さて、行くか」
「え?どこへ?」
仲間たちは首をかしげる。
コリーとリンはお互いを見合わせて苦笑する。
「しょうがないですねぇ」
「付き合う」
おっさんとその背中を追いかける2人には、更に先に向かおうとする希望が満ちていた。
「決まっている。俺より強い毒をさばきにいく!」
第1部~完~
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
継続性の無い作者がここまで来れたのは、皆様のおかげです。
この話で、おっさんは、1つ目の伝説となりました。
しかし、伝説となったおっさんは、これからも様々な出来事に巻き込まれていきます。
そんなおっさんの今後を書いた第2部を次はお送りしたいと思います。
つまり、あとちょっとだけ続きます。
ここまでが面白いと思って頂いた方、これからも気になると思って頂いた方。
ぜひブックマーク・評価をお待ちしております。
重ねて今日まで付き合ってくださった皆様、ありがとうございます。
第2部もよろしくお願いします。




