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おっさん異世界でフグをさばいていたら伝説になる  作者: 北真っ暗
1つ目の伝説

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第59話 決戦

 馬車の車輪が土煙を巻き上げる中、指示は短く、確実に伝えられた。


 二手に分かれ、移動しながらの射撃路を確保する。御者はカイルとミナ、それぞれの屋根の上にはシレーンとイザベラ、そしてコリー。彼女たちは矢を番え、動く標的を追い続ける役割だ。残る者──ゴルド、ゲイル、リン、ナカムラの近接で注意を引き、顔が下がった瞬間をつくる。単純だが、これしかない。


 馬車が左右に分かれて走り出し、下りた4人はまっすぐに走り出す。屋根の上の三人は安定した呼吸で的を定め、移動射撃を始める。矢が風を切り、黒緑の巨体に浴びせられる。マジデーヤの鱗は硬く、矢は深くまで刺さらず、ほとんどは翼で払われる。決定打にはほど遠い。


 それでも顔を狙われて気にとめない生き物はいない。動き回る馬車に対して口を膨らませブレスを吐き出そうとする。


「今だ!脚を狙え!」

 ナカムラが叫ぶ。ゴルドがハンマーを振り下ろし、ゲイルが斧を叩き付ける。矢に気をとられていた間に関節や足首を狙い、ついに有効打が入った。巨体を支える脚の1つに衝撃が走り、マジデーヤは不安定に傾く。


 その瞬間を見逃さなかったのがリンだ。彼女は一歩の躊躇もなく駆け出す。走り、飛び、マジデーヤの体を駆け上がる。巨竜は咆哮し、態勢を立て直そうと立ち上がるが、リンはその背を駆け上がる。毒の瘴気を浴びながらも、鋭く刃を振るい、首元にナイフを突き立てる。竜の首から血が噴き出した。


「いいぞ、リン!」

 誰もが歓声を上げる中、悲鳴が混じった。


 リンの顔が一瞬ひきつる。毒は強い。血液も毒となり、肌に触れた瘴気がじわじわと身体を侵し、リンは足を踏み外して転落した。滑り落ちるその姿を、ナカムラは見逃さなかった。


「リン!」

 ナカムラが飛び出し、受け止める。

 力が入らないであろう彼女を抱えながら、リンの体に包丁を軽く突き立て、リンの体内の毒を結晶へと変えていく。結晶はパチリと音を立てて砕け散り、毒の熱は少し和らいだ。


「大丈夫か?」

 ナカムラがリンに問う。リンは薄く笑みを返す。急いでミナの馬車が近づいてきて、彼女を回収する。


 怒りと痛みが狂わせたのか、邪毒竜はダメージを負った腕を引き裂き始めた。大きな爪が自分の鱗を抉り、肉を露出させていく。血が流れ出し、地面を赤く染める。それはただの自傷行為ではない。腕を振り回し、そこから飛び散る血液が地面に吸い込まれると同時に、土は膨潤し、黒緑色の瘴気がむせるように噴き上がった。足元が瞬時に腐り、猛毒のぬかるみに変化し、周囲に立っていることすら難しくなる。


「下がって!全員馬車へ!」

 ミナの号令が飛ぶ。馬車が近くにより、前衛は一斉に避難を始める。


 その中で、ナカムラだけが、邪毒竜に一人向かっていく。


 コリーとリンが悲鳴を上げる。


「ナカムラさん!!」

 コリーが叫ぶ。目には涙が滲む。


 リンはまだフラつきながらもナカムラを見つめ、

「なんで」と言葉を絞り出す。


 ナカムラは振り返り、短く笑った。

「まかせておけ。お前らは行け」


 彼の声に迷いはない。ミナが馬車の後方へ仲間を押しやる。仲間たちを収容し、毒の広がる地帯から距離を取った。


 ナカムラは一人で残った。

「お前と決着をつけるのは、俺しかいない。なぁ、そうだろう」

 彼の口元はいつになく真剣だ。

「同じ世界から来た同士。他所の世界のやつらに迷惑をかけるもんじゃない。なぁ、フグ」


 その呼びかけは一瞬、幻のように空気に溶けた。それでも確かに、ナカムラの脳裏にはあの夢が、あのフグの瞳がよみがえっていた。湖に落ちていたクーラーボックス、そしてつながった夢が転移した何かの記憶なら──。


 マジデーヤは唸り声を上げ、鼻先から瘴気が渦巻いた。人には聞き取れぬ低い振動音が、ナカムラの耳にだけ届くような気がした。


 包丁――それはただフグをさばくためのものを、彼は抜いた。腕に残る古傷が痛むが、それを堪え、静かに足を踏み出す。


「さぁ、来い! 人とフグ、どちらが食われるか確かめてみろ」

怒鳴るでもなく、叫ぶでもなく、ただ真っ直ぐに向けたその声は、周囲の雑音をかき消す力があった。


瘴気と血と土の匂いの中、ナカムラは一歩、また一歩と巨竜へと近づいていく。翼を広げ、巨大な咆哮が地を震わせる。マジデーヤは首を振り、巨体を一度大きく揺らした。太い尾が振り上げられ、地面に巨大な衝撃波を投げつける。砂ぼこりが舞い、視界を奪う中、ナカムラは目を閉じず、包丁を静かに目標を定める。


―ッ


そして走り出す。包丁の先端が青白く輝き始め、瘴気を切り裂く。


巨大な竜の咆哮が決戦の号砲となった。

今回もお読みいただき、ありがとうございます。


次回で、この物語の1つの着地点となります。


ブックマークや評価で応援していただいている方々、ありがとうございます。また、ここまでの話を読んで次回が気になる方も是非お願い致します。


ぜひよろしくお願いいたします。

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