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おっさん異世界でフグをさばいていたら伝説になる  作者: 北真っ暗
1つ目の伝説

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第58話 そして時にたどり着く

――防衛戦が始まる少し前まで遡る。


 山を駆け下りながら、ナカムラの胸は不安で締め付けられていた。

 山頂で見たあの抜け殻。そして奇妙な夢。都に近づく黒い霧。知り合った人々の安否を考えていた。


「間に合うか……?」

 岩を踏み外しそうになりながらも、ナカムラは足を止めない。


 後方からコリーとリンの息が荒く聞こえる。ゲイルは険しい顔をしながら、イザベラやシレーンを気遣っていた。エリダイトは懸命に荷を抱えて走る。


 都までの距離はまだある。彼らの足だけではどうしたって間に合わない。焦りが喉を焼く。


 そして山脈の入口まで辿りつく。

 荒い息を整えながら都の方角へ向かおうとすると、見慣れた冒険者が立っていた。


「よう、おせえじゃねえか」

 豪放な笑みとともに声をかけてきたのはゴルド、そしてカイルとミナだった。彼らの後ろには、襲われたのだろう、何匹かの獣の死体が転がっていた。


「ゴルド!? お前ら、どうしてここに――」


「説明はあとだ。乗れ!」


 ゴルドは大声で馬車へと促す。御者台にカイルとミナが座る。


「急いで戻るぞ」


 その言葉の重みを理解するのに時間は必要なかった。

 全員が馬車に飛び乗り、車輪が土煙を上げて回転する。

 御者台のカイルとミナが鞭を振るうと、馬車は全速力で都へと走り出した。


――竜種襲来を目の当たりにした王宮では、国王と王太子が激しく言い争っていた。


「父上! このままでは都は壊滅します。近衛兵を出し、あの化け物の討伐に向かわせねば!」

 王太子の声は切実だった。民を救うための責務を全うしようという熱がこもっている。


 しかし国王は椅子に深く腰かけ、冷ややかに息を吐いた。

「愚か者め。あの伝説の竜に兵を差し向けてどうなる? 民よりも王族が生き延びることが優先だ」

「父上! それでは――」

「黙れ!」

 国王は王笏を叩きつけ、言葉を遮った。

「民とは所詮、国に集う砂の一粒にすぎん。失われても、我ら王族が残れば再び集まる。だが王族は唯一無二。代えはきかぬ」


 王太子は血を吐くように叫ぶ。

「民を見捨て、何が王族か!」

 しかし国王は臣下たちに命じ、王宮の宝物や貴重な品々を運び出させていた。


 おそらく南門へ向かうのだろう。竜が北門を攻めるならば、反対の南門から逃れようとしている。

 王太子は唇を噛みしめた。


(結局……あの者頼みか……)


 彼の脳裏に浮かぶのは、先日依頼した男――ナカムラの姿だった。


――そして北門と山脈をつなぐ平野、そこでは巨大な生物と人間たちが今も戦いを続けていた。


 黒霧をまといし巨影、邪毒竜マジデーヤ。

 冒険者たちは必死に抗っていた。彼らとて素人ではない。獣や魔獣を狩ることで生計を立て、数多の死地をくぐり抜けてきた歴戦の者たち――モンスタースレイヤーだ。

 剣士たちは果敢に前へ出て剣を振るい、弓使いたちは矢を射かける。

 竜にわずかだが、外傷を与え続け、このまま戦い続ければ討ち取れるかもしれないといった戦ぶりだ。


 それを絶望に変えているのは、その存在そのものが「毒」を生み出すことだった。

 傷を負ったマジデーヤが動く度に大地は黒く爛れ、毒沼が広がっていく。離れた場所にもブレスを吐く度に新たな毒沼が形成される。安全な場所は刻一刻と奪われ、冒険者たちは後退を余儀なくされる。


「くそっ……! ここまでか……」

 毒に侵され、意識を保つので精一杯の仲間が支える冒険者達。

 次々と戦線を離れる者たち。


 最後に残ったのは、遠距離攻撃が可能な者たち数名と――ただ一人、ルマカーチだった。

 彼女は大剣を手に毒沼を物ともせず、なおも竜へ挑み続けていた。

 手にしたマジックアイテムの力で毒沼を無視して突っ込む姿に、仲間たちは希望を託すしかなかった。


「―――ッ」

 大剣の一撃が鱗をとばし、血が飛び散る。確かにダメージは入っている。

 だが、それでも竜は揺るがない。大剣は顔まで届かず、マジックアイテムで無効化出来るのも、毒素が蔓延し続ける中、いつまで持つかは不明だった。


「時間がない……」

 ルマカーチは焦燥を隠せなかった。

 アイテムの効果が無ければ、彼女もただの人間。毒に侵されて終わるだろう。


 その時だった。

 遠くの街道に、こちらに向かってくる2つの影。


「……馬車?」

 ルマカーチの目が驚愕に見開かれる。見慣れた顔ぶれがそこにいた。


「遅いのよっ……もう!」

 自分でもわからない安堵が胸に広がった。


 彼らなら、きっと――。

 わずかな気の緩み、その瞬間をマジデーヤが見逃すはずもなかった。

 巨尾が振りかぶられ、ルマカーチへ叩きつけられる。


「まずっ!」

 咄嗟に腕輪に手をかける。以前のオークションで落札した衝撃緩和のマジックアイテム。

 起動と同時に衝撃は和らぎ、彼女の体は大きく吹き飛ばされるも致命傷には至らなかった。

 地面に転がり、荒く息を吐くルマカーチ。


 竜が追撃しようと首を振り下ろしたその時――

 ひゅん、と鋭い音。

 後方から放たれた矢が、マジデーヤの首筋に突き刺さった。

 巨竜が咆哮し、視線を逸らす。

 土煙を巻き上げて馬車が到着する。


 都の命運をかけた戦いは続く。

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