第44話 お買い物
オークションで《日除けの指飾り》を落札してから数日。
リンは革のローブを脱ぎ捨て、街中を軽やかに歩いていた。白銀の髪が陽光に揺れ、透き通る肌には、もう以前のような苦しげな影がない。
「せっかく外を歩くのが平気になったんですから、可愛い服を買いましょう!」
そう宣言したのはコリーだった。
いつもなら落ち着いている彼女だが、興奮すると口調が幼くなる。いまも「買いましょう!」の語尾が妙に跳ねていた。けれど長女らしい面倒見の良さで、妹を可愛がるようにリンを見ているのが分かる。
「私、気にしない」
リンはいつもの調子でそっけなく答えたが、それが即ち「拒否」ではないことを、二人は理解していた。
「え~!?それなら私が選びまーす!」
コリーの声が一段と弾む。
ナカムラはといえば、胃のあたりを押さえていた。
オークションで散財したばかり。資金繰りを考えると頭が痛い。けれどここで「稼いでからにしよう」などと水を差すのは野暮だろう。仲間の笑顔には、それだけの価値がある。
そうして三人が向かったのは、大通りにある衣類専門店。外観は華やかで、色とりどりの布地がウィンドウを飾っていた。店内に足を踏み入れると、香水のような匂いと、滑らかな布が擦れ合う音が迎えてくれる。
「ここ、時々来てるんですよ~。私の荷物、多かったでしょ?」
コリーが笑う。ナカムラは思い出す。
引っ越しの時、コリーが運び込んだ衣装の山。あれほどの量をどこにしまっていたのか、不思議で仕方がなかった。
「……趣味があるのはいいことだな」
ナカムラが苦笑すると、コリーは得意げに胸を張った。
さっそく始まる着せ替え大会。
リンは試着室と店内を行ったり来たりする。
「ナカムラさんはどんなのがいいと思いますかー?」
コリーが両手に服を抱えながら振り返る。
ナカムラは困りながらも、店先に掛かっていた派手なブラウスを指さした。
「そこの、カラフルなのとか女の子っぽくていいんじゃないか?」
「ダメでしゅ!」
即座に却下された。
「パステル系は、リンちゃんの肌色と同化しやすくてぱっとしないんですよ!全然わかってない!」
ぷくっと頬を膨らませ、子供のように抗議するコリー。
ナカムラは頭をかきながらため息をついた。
(こういう時の正解はなんて言うのがいいんだろうなぁ)
結局、全権はコリーに委ねることになった。
選ばれたのは、黒や白を基調としたモノトーン系の服。無駄な装飾を排し、シルエットで魅せるデザインだ。特に黒のゴシックワンピースは、リンの雪のような肌と白銀の髪を引き立て、凛々しさと可愛さを同時に際立たせていた。
「……似合う」
思わずナカムラが口にすると、リンは少しだけ頬を赤らめ、そっと視線を逸らした。
コリーは両手を叩き、満足そうに笑った。
「ほら~! 私に任せて正解だったでしょ!」
その後も数着を購入し、リンはその場でワンピースに着替えることにした。
だが、慣れない買い物に緊張したのか、リンは試着を終える頃にはやや疲れた顔をしていた。
「なんか、疲れた」
探索で獣と死闘を繰り広げても息が乱れない彼女が、今はすこし項垂れている。
コリーは心配そうに覗き込み、「ごめんね~、ついテンション上がっちゃった」と肩をすくめた。
「うん、大丈夫。嬉しい。ありがとう」
短い言葉。けれどその声音は、確かに喜びを含んでいた。
その一言に、コリーは目を潤ませながら笑った。
「リンちゃん……っ、もう、可愛いんだから!」
店を出てからは、都の大通りを三人で歩いた。
露店では香ばしい串焼きや甘い菓子が売られ、行商人の声が響く。
コリーが駆け寄り、焼きたてのパンを買ってきて三人で分け合った。
以前、都に来たばかりの時に買ったはちみつパンだ。相変わらずたっぷりの蜂蜜がかかっており、以前と少し彩りの違うフルーツが添えられている。
「これは、私達がここに来たばかりの時に食べたパンなんですよ、リンちゃんも一緒に食べましょう」
コリーが手渡したパンを一口かじり、リンは、ふわりと微笑む。日差しの下で見せる笑顔は、銀色の髪と同じように輝いていた。
きっと、こんな日をずっと見ていたくて人は働き続けるのだろう。
そして、次に行く冒険のために、保存できる食材や調味料などを買い込み、街を存分に歩き回る。
これまでローブに身を隠していたリンにとっては、すべてが新鮮な体験だった。
最後に寄ったのは道具屋。
並んでいたのは、武骨なピッケルや鎖、ランタンといった実用品ばかり。つい先ほどまでの華やかな服飾の世界とは正反対だ。
「少し雑。こっち丁寧」
先ほどの服屋とうってかわって道具を見定めるリン。
「うわぁ、やっぱり実用品の目利きは外さないですねぇ」
コリーが笑い、ナカムラも苦笑した。
購入したピッケルを抱え、三人は夕暮れの街を帰路につく。
リンの足取りは軽い。黒のワンピースに身を包み、白銀の髪を揺らして歩くその姿は、以前の彼女よりもずっと自由で、ずっと楽しそうだった。
(華やかになったもんだ、これからもこんな日々が続くといいな)
ナカムラはそんな事を思いながら、二人の後ろ姿を見守っていた。




