第36話 討伐戦
「……来るわ!」
最初に口を開いたのは、ルマカーチだった。大剣の柄を強く握り、全身の感覚を集中させている。マジックアイテムと思われる首飾り、指輪、腕輪が淡く明滅し、周囲の空気をわずかに震わせていた。
討伐隊はすぐさま円陣を組む。中心に位置するのはルマカーチ、イザベラ、コリー。彼女たちは遠距離攻撃に特化しており、外周をリン、ゴルド、カイル、ミナ、ナカムラが囲む。どこから来ても対応できるように、事前に打ち合わせた布陣だ。
リンが耳を澄ませる。
「左!木、太いとこ!」
その言葉とほぼ同時に、左手の高木がざわめき、枝が大きくしなった。
イザベラとコリーの矢が風を裂き、枝にむかって飛ぶ。
―――――ッ
瞬間、枝葉の間で何かが爆ぜた。大木が大きく揺れ、葉がざわざわと落ちてくる。透明なはずの巨体が、再びほんの一瞬、影のように浮かび上がった。
「降りた!今っ!」
リンは柄尻にロープをつけたナイフを高速で回転させ、着地点に飛ばす。地面に何かが着地し、その影にリンのナイフが血を流させ、獣の姿の一部を映し出す。
直後、2人放たれる矢、ルマカーチの指輪から発する火球と稲妻がメイサイドラに襲い掛かる。いくつかが命中し、血の匂いが、生ぬるい風に混じって漂う。メイサイドラが再び、木に跳び移る方向にリンが指示を出そうとする。だが全員が狙いすまそうとした瞬間――。
「え?きゃっ」
「ぐっ」
イザベラが感じ取ったのは、まったく別の方角からの風圧。気づいた時には、イザベラは吹き飛ばされ、ゴルドの背中には大きな爪痕が刻まされていた。
最初から二匹居たのだ。冒険者の被害が多かった理由だろう。番であれば食事量も多くなる。そして、1匹目に注意が向けれた瞬間を、2匹目は見逃さなかった。再び声もなく密林の中に溶けていく。次の瞬間には気配すらなく、ただ全身の毛穴が逆立つような緊張感だけが残った。
コリーはボウガンを置き、ゴルドに近寄り治癒を開始する。ルマカーチが吹き飛ばされたイザベラを抱きかかえ回収しながら、治癒をする。ミナが槍を、カイルが盾を構え、治癒師達をカバーしながら、リンがあたりを見渡し警戒する。
負傷した一匹は、木陰から一瞬飛び出し、爪を振るってすぐに姿を消す。
リンが指示するよりも早く茂みを掻き分けて現れ、一撃をくわえ、瞬時に別の枝へと移動し、上下に動き回り、攪乱する。負傷し同化しきれなくても、獲物を狩ることには長けている。そもそも密林は彼らの狩場なのだ。
さらに、そちらを狙おうとすると、静かに見張っている番が襲い掛かってくる。
まるで、討伐隊が疲弊するのを待っているかのような動きである。
攻防が続き、全員の顔に疲れと焦りが生じ始める。
リンの耳でおおよその位置が分かっても、2匹目までは相手が出来ない。せめてリンが1匹を相手している間、もう一人誰かが2匹目を把握できないと防戦一方になる。
「このままじゃっ……」
カイルが盾を構えたままつぶやく。すでに鋼鉄の盾には深い爪痕が刻まれている。
「カイル、盾にこっちに向けてくれ」
カイルが振り向くと、ナカムラが盾に濁った液体の入った瓶を投げつける。
「えっ?うわっ」
カイルの盾に瓶が割れた衝撃と、ぬめりのある液体で滴り落ちる。
「これ?なんだ?」
その時、茂みが動く。ナカムラは、戦闘前から集めていた小枝を円陣を囲むようにばらまいていた。枝が折れる音でおおよその検討はつく。
「来たぞ、防ぐぞ、カイル!」
カイルは頷き、盾を高く掲げる。
刹那。右手の枝が激しく揺れ、無傷の2匹目のメイサイドラが飛び出した。凄まじい速度でカイルとナカムラに迫り、カイルは盾を構え、それをナカムラが後ろから支える。爪が盾を叩き割ろうと振り下ろされる。
―――――ッ
甲高い音と共に火花が散る。2人は大きくよろけ、盾が大きく凹み、腕に衝撃が走った。
「よしっ!」
カイルの盾には薬物が塗られていた。その表面には、ナカムラが事前に塗りつけた毒が広がっていた。弛緩性の麻痺毒。毒結晶を砕いて粉末化したものをドクウナギの粘液でとろみをつけた特製品だ、触れただけでは大した効果はない。だが触れたものには毒液が付着する。ナカムラの視界に、毒の反応が浮かび上がった。見えないはずの輪郭の一部が黒緑色の光を帯びて視認できるようになる。これで、どこにいても動かなくても場所が分かる。
「そこだ! 右の茂みッ!」
矢が何本も襲いかかり、茂みが激しく揺れる。
こうなれば、あとは移動先を常に伝え続け、当たるまで撃ち続けるだけになる。
「左の木に飛んだ!そこを狙え!」
怒涛の追撃。矢が風を切る。徐々に疲弊していき、何本も矢が刺さり、焼け焦げた匂いがあたりに広がる。2匹目のメイサイドラが木々の上から落下する。それをリンが追撃し、首にナイフを突き立てる
その刹那。
傷ついている1匹目が、狂ったような咆哮を上げた。理性を失った突進。草木を薙ぎ倒し、土砂を撒き散らしながら隊へ迫ってくる。
「下がって! 私がやる!」
2匹目に攻撃をせず、いつ出てくるかと警戒を続けていたルマカーチが前に躍り出る。
大剣すらもマジックアイテムなのだろう、装飾が光り始め、両腕の筋肉が一気に盛りあがる。全身の血管が浮き上がりメイサイドラに向かって構える。
「―――――ッ!」
正面衝突する。轟音が密林を揺らし、地面が陥没するほどの衝撃。信じられないことにルマカーチは、3mを超える巨体を大剣で受け止め、宙に打ち上げた!落下中で身動きがとれないメイサイドラに全員で畳み掛ける。
ゴルドの大槌が振り下ろす。骨を砕く鈍い音と共に、獣の頭蓋が歪む。ミナの槍が胴体を刺し、カイルの剣が首筋を突き刺さる。
激闘の末、メイサイドラは断末魔の咆哮を上げ、ついに沈黙した。
湿った風の中に漂うのは、焼け焦げた体毛の臭いと、生温い血の鉄臭さ。全員が息を荒げ、肩で呼吸を繰り返していた。
ギルドへ戻った討伐隊は、歓声と拍手で迎えられた。
巨大な報奨金の袋が卓上に積まれ、金貨が鈍く光を放つ。
「皆、ありがとね~。はぁ~疲れちゃった。」
ルマカーチが笑い、汗まみれの額を拭った。
「どーせだから、打ち上げしましょう!庶民はそういうのやるんでしょ、すみませーん、私の奢りなんで、適当にいっぱいもってきてくださーい」
ナカムラはマイペースなルマカーチの姿に、コリーと顔を見合わせる。
ゴルドは既にジョッキを持っており、席に座る。
「お、じゃあ腹いっぱい食わさせてもらうぜ!」
「私もー!お酒ちょーだい!」
イザベラも参加するつもりだ。
「カイル!楽しそうだよっ、混ぜてもらおう!!」
「うわっ、ミナ引っ張るなっ」
「いーわよー!皆で一緒だとご飯も美味しいからねぇ」
「次のエリアに挑戦してもいい頃合いかもしれないな」
「ふふ、私達も強くなったもんですねぇ」
「都、にぎやか、少し、うるさい」
血と汗と恐怖を越えて辿り着いた達成感。その熱がまだ胸を焦がす中、続いての舞台へ進む。




