第30話 毒と結石の痛み
リンはついていくと言ったものの、その前に色々とやらなければならない事があると、最後の引継ぎのような事をしてから合流すると言った。
ナカムラとコリーは、いつものように密林に足を踏み入れていた。今回の希少花の採集が目的だ。ギルドで高値で取引されるそれは、運よく見つけられれば大きな収入になる。
「この前の依頼を終えたんだ、今回は楽な仕事だな」
密林の部族の村を救った一件で、ご機嫌である。おっさんはすぐに気が緩む。
「でも、油断は禁物ですよ~」
コリーが少し眉を寄せる。だが彼女の表情にも、どこか緊張感が欠けていた。成功体験が二人を浮つかせていたのだ。
密林の木々を抜けて進むと、視界が開け、川の流れる音が耳に届いた。川辺に出てみると、透明な水の中を大きな魚影が悠然と泳いでいる。
「お、デカい魚だ!」
「ほんとだ、あれ、何て名前なんだろう」
コリーが目を輝かせる。
「次に来た時は釣ってみたいな……。目印になるものは……」
ナカムラは周囲を見回し、倒木や岩の位置を覚え込もうとした。その時、視界の端に鮮やかな花が揺れた。
「……あった、希少花だ!」
思わず声が上ずる。二人は近づき、慎重に周囲を確認した――つもりだった。ナカムラが花に手を伸ばした瞬間。ガサリと落ち葉が揺れ、金色と赤色のまだら模様のコブラが姿を現した。
「まずいっ!」
反射的に手を引くが遅かった。牙が閃き、ナカムラの手首に突き刺さる。
焼け付くような激痛と共に、血管を走る熱が全身に広がった。
「ぐっ……!」
ナカムラはその場に膝をつく。
「ナカムラさん!」
コリーが悲鳴を上げる。
とっさに出刃包丁を抜き、渾身の力でコブラを貫いた。頭から毒液を撒き散らしながらコブラは動かなくなった。だが、既に体内に回り始めた毒を止めることはできない。
「はぁ……はぁ……」
呼吸は浅くなり、額から滝のように汗が吹き出す。手足が痺れ、力が抜けていく。
「ダメだ……治癒院までは……間に合わない……」
ナカムラは自嘲気味に呟いた。
「そんなこと言わないで!」
コリーが必死に肩を差し出す。
「ここで倒れると2人とも獣の餌食だ、外に出よう」
彼女に支えられながら、一歩ずつ密林を抜け出す。頭の中は霞がかかったようで、まともに景色も見えない。
そして、森を出た瞬間。
「――っ」
ナカムラは苦しみ、のたうち回って、気を失った。
気がつくと、夜の野営地の中だった。
焚き火の赤い光の中で、コリーが慣れない手つきで水を汲み、濡れ布で額を冷やしていた。
「……ナカムラさん、お願いだから死なないでください」
震える声が耳に届く。
体は焼けるように熱い。喉は渇き、呼吸は荒い。だが彼女の必死の介抱で、どうにか命の火がつながれていた。やがて夜が明け、鳥の声が響く頃。
ナカムラは薄く目を開けた。
「……生きてる、のか」
額の汗は引き、呼吸も安定していた。
「よかった……!」
コリーが涙を浮かべ、手を握る。
「ありがとう……助かった」
ナカムラはかすれ声で礼を言った。
しかし安堵したのも束の間。
突然、下腹部に鈍い痛みが走った。
「……ッ!」
尿意を覚え、ふらつく足で茂みへと移動する。そこで待ち受けていたのは、想像を絶する激痛だった。尿管を引き裂かれるような痛みに、声も出せず歯を食いしばる。
「ぐ……があああっ……!」
何とか排泄を終えた時、地面に小さな塊が転がり落ちた。
「石?」
聞き覚えがあった。父親が苦しんでいた尿結石だ。
「まさか、俺も……」
愕然と見つめる。だが、その石はただの石ではなかった。黒緑色の光を帯び、微かに脈打つように輝いている。
「なんだ、これ?毒の結石?」
「結晶化? まさか、これが……」
驚愕と同時に、理解が追いつかない。毒は彼を殺すはずだった。だが逆に、その毒が力に変わった。ナカムラは汗に濡れた顔を拭い、結晶を手に取った。冷たく硬質なそれは、確かに自分の体から生まれたものだ。
「死んだと思ったのに、生き延びただけじゃなく、力まで得られるなんてな」
コリーが心配そうに駆け寄ってくる。
「大丈夫? 顔色が真っ青だよ」
「いや、なんていうか、説明するから一旦帰ろうか」
ナカムラは笑いながら、どう説明していいのか考えていた。
その笑顔には、死の淵をくぐり抜けた者だけが持つ確信が宿っていた。
密林での死線を越え、命と引き換えに手に入れた毒の結晶化スキル。
翌日、ナカムラはコリーに正直に報告することにした。
「というわけで、俺、毒を体の中で結晶化できるようになったらしい」
宿で向かいの椅子に座っていたコリーは、きょとんとした顔をした。
一拍置いてから――ぷっ、と吹き出す。
「ぴぁっあははっ、なにそれ! 毒を結石にするんでしゅか、あははははっ」
腹を抱えて爆笑し、まともに喋れなくなり、涙まで浮かべる。
「おい、笑いごとじゃないぞ! 死にかけたんだ!」
「あははっ! でも、あまりに他人事すぎてっ! 痛そうだし、絶対やりたくないでしゅ!あははっ」
ナカムラはむっとしながらも、言い返せなかった。確かにあの激痛は二度と体験したくない。
だが冷静に考えてみれば、結晶化には大きな利点がある。液体の毒は漏れたり混入の危険があるが、固体なら持ち運びも安全だ。
試しにもう一度やってみるか――そんな気持ちが勝り、ナカムラは再び挑戦した。
結果は――。
「ぐっ、ぎゃあああっ!!!」
「ちょっと、大丈夫ですか~!? もうやめましょうよ~!」
コリーが必死に背中をさするが、本人は必死に石の塊を拾い上げた。
「くっそ、たしかに結晶はできた。でも、これじゃ毎回死ぬ思いだ……」
二度目も三度目も同じだった。
小さな結晶は得られるが、代償に味わうのは地獄のような激痛。
「こんなの、毎回やってられるか」
ナカムラは本気で落ち込んだ。
そんなある日のこと。
いつものように、ドクウナギを捌いていた時だった。
「もう、この状態から結晶化してくれればいいのに……」
心の底から願った瞬間。
捌いていたウナギの肝の部分が、ふっと淡い光を放ち、硬質な黒緑色の結晶へと変わった。
「は?」
手にした包丁を落としそうになる。何度も激痛に耐えて結晶を出したのは何だったのか。膝から力が抜け、どっと疲れが押し寄せた。
「ナカムラさーん、どうしました~?」
コリーが覗き込むと、彼は結晶を見せる。
「見ろ……今、捌いてただけなのに……結晶化した……あの激痛、いらないんだ……」
コリーがまた吹き出す。
「そんな顔で『いらないんだ』って言うの、ちょっと面白すぎますよ!」
「笑うな! こっちは命削ってたんだぞ!」
その後、何度か実験を重ねた。
捌くときに「結晶化」を強く意識すると、確かに毒の部分が淡く光り、結晶へと変わる。
「なるほどな。スキルが進化したってことかな」
ナカムラは腕を組んで唸る。体内での結晶化は生き延びるための緊急手段。
だが解体時に結晶化できるようになったのは、より高度な技術への昇華に違いない。
何より――これなら痛みも伴わない。
「これでやっと、安心して結晶を作れるな」
ナカムラが胸をなで下ろすと、コリーはにやりと笑った。
「でも、あの激痛に耐えてる姿も、面白かったなーって」
「やめろ! 二度と思い出させるな!」
二人の笑い声が、静かな夕暮れのギルド宿舎に響いた。
ついに、尿結石の痛みを味わう事になったおっさん。
父親は本当に辛そうでした。皆さんも気を付けてください。




