二三時限目『 エコースクワロル(木霊栗鼠)』
エコースクワロル(木霊栗鼠)
□□SS□□ 山の跫
「祭り囃子………?」
「ウズンの里の魅月祭だ。あの晩のあの時、最高潮だったんだ」
「おれたちのまわりを音が囲んだ………焚き火の薪が爆ぜる音、笛の音、芸人の口上、女子どもの歓声、太鼓、酔っ払いの笑い、手拍子、踏み鳴らす足音・・・『まって、おとうさーん』、てな。子どもの声まではっきり聞こえた 」
「でも…… 山奥だったんですよね」
「そうだ」
「何日も里から歩いた、その先の」
「そうだ」
「迷いに迷って入り込んだ、名も無い山の中? 先輩や同輩の仲間が何人もいっしょで、なぜかそろって道を違えて」
「そうだ」
・・・自分は新人ハンターなのだ、と彼女は思った。老いたハンターの話を聴くことは苦ではない。だが、謎かけのような話を延々と続けられても困るのだが。
「なにかがおれたちをもてあそんでいた。
どうやったのか、何故狙ったか分からんが…… 迷わされていた。ああ、気がついたさ── 視線を感じた。
妙な気配に囲まれてたんだ。
子どもみたいな大きさの何かが、離れた暗がりからこっちを見ていた。何かはわからん。十か二十か……えらく素早い。近づこうとすると、ふい、と音も立てず遠ざかる。
やつらの正体を確かめたかった。
やられっ放しはごめんだ。思い知らせたかった。
出し抜いて、捕まえて。一発入れるだけでもいい。それも難しいなら、この目ですがただけでも── だが、だめだった。
どうしようもない悪意だ。
どこまでもつきまとうくせに、おれたちを殺す気も害する気もない。そして、逃がす気もない。やりたいように弄んで、もがくザマを眺めるだけ。
みんな死に絶えたら、どうでもよさげにあっさり行ってしまうか。それとも淡々と、今度は手足をもいで並べかえるべつの遊戯をはじめるか── そんな情景さえ浮かんだ。
足掻いて『必死』になったさ。
そのときだ── 月祭りの喧騒が押しよせた。おれたちの『必死』を見計らったように、おまえらも楽しめと言わんばかりに。
最悪だ。あのときあの場で、祭りのざわめきは意気を蝕む猛毒だった。
それでもな、どうにかイツワリから気をそらして、やつらの物音を捉えようとした。闇に目を凝らした。風の動きを肌に感じようとした。匂いに意識を向けた。── すると気がついてしまったんだ。
自分の息づかいと、耳に入る「息の音」がほんの少しだけズレている。
自分の足音が、からだの動きよりわずかに遅く聞こえている。
耳に入る木立のざわめきが、どうしてか、肌で感じる風の向きと食い違う。
あからさまに変だ、何故気付かずにいた……目の前を歩く仲間たちの足音が、足一つ分、多い。
死に物狂いになって、やっと気づかされた。
どうしようもない位、弄ばれている。
狂わされた五感をもう信じられない。
仲間たちはみるみるおかしくなった」
「おれもな 」
老ハンターは酒気と一緒に言葉を吐き出した。
「ふもとに帰りついたのは、おれだけだった。
どうやって逃げたか? (ふん) ── 水死体がな、川の下流の中洲に引っかかった。そいつがたまたま息を吹き返したんだ。
両足へし折れて、胸には太い長い木の枝が背中まで突き抜けたまんま、たらふく水まで呑んでいた。だが、どうした訳か死に切ってなかった」
「ことの終いになにがあったか、まるで覚えてない。あの時、おれは一番の若造だった。たぶん一番先にトチ狂って、勝手に崖から転げ落ちるとかして沢へ── それで、たまたま、タチの悪い囲みからこぼれ落ちたんだ」
「仲間たちはだれも帰ってこなかった。
どうなったのか、どこまで森の奥へ連れて行かれたのかわからない。ひとりの死体もみつからなかったのさ」
「なににやられたのか── いろんな奴がいろいろ言って来た。魔性の樹の毒気に中った、死霊の仕業だ、古代の遺物の幻覚だ── 東の国から来たヤツはコダマ、フルソマとかいうアヤカシの話をした」
「ハンターの古老は、エコースクワロルの上位種を教えてくれた。伝承の『偽りを告げる栗鼠』の眷属、最弱最悪の森の魔獣たちだ」
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エコースクワロル(木霊栗鼠)
■種別:森林の魔獣(栗鼠の下位魔獣)
■主な出現地域:辺境の山野
■出現数と頻度:1〜10頭、まれ
■サイズ:猫ほど
■危険度:小
■知能:猫なみ?
■人間への反応:好奇心(悪意的?)
■登場エピソード:蜘蛛の意吐 欄外スピンアウト集
「リス姉妹の二人旅(https://ncode.syosetu.com/n4627ff/7/)」ほか
■身体的特性とパワー
エコースクワロルは、かわいらしいみかけの栗鼠の魔獣です。木の種子や果実を食べる樹上生活者で、目立った特殊能力はありません。
栗鼠の魔獣は、上位のツインテール種(尻尾が二本)から音の固有魔法を使い魔獣の特徴をみせますが、エコースクワロルは尻尾一本の最下位の種で、見た目も仕草もふつうの栗鼠とほとんど見分けがつきません。
いざとなると、小さなからだに魔法的な身体強化を効かせて、野生動物の栗鼠を数段上回るアクロバットな動き、翔ぶような跳躍で敵を翻弄します。素早い穴掘りや巧みな泳ぎもみせ、ときには、猛烈な体当たりと噛みつきで闘いもします。
しかし、エコースクワロルのからだの小ささと弱さは陸棲の魔獣で最弱といってよく、敵に狙われたとき、たいていの場合、闘争より逃走や潜伏(身隠し)を選びます。
ある魔獣研究家によると、エコースクワロルは生まれつき好奇心旺盛です。若い個体は、人間に興味を示して山小屋や人里近くにやって来て、人のマネをしたり気まぐれに?ちょっかいを出しているといいます。
屋内の機織り機が、家人が気がつかないうちにバラバラに分解された…… 婚礼の宴の最中、祝儀の品の繊細な紐の『結び』が、目を離すたび、何度も解かれたりきれいに結び直された…… 狩りの最中、ハンターの荷物から貴重な魔獣素材が消え失せ、帰りの道中、畑のカカシや教会の屋根の上に先回りして飾り立てられていた、等等。
辺境の開拓集落やハンターギルドでは、過去に遡って、奇妙な話を収集することができます。
研究家によると、そのほとんどが人間の混乱と被害に無頓着な小さな魔獣の悪戯で説明できます。
この見解には強い反対意見があります。
エコースクワロルを、愚かで臆病な獣とみなす批判派の研究者は、肯定派の集めた奇妙なエピソードを『田舎の雑多な作り話』と批評して、その一つでかなり古い目撃談の『チャンバラをする二匹の大栗鼠』をあげつらっています。
これは山間部の古い伝承の一部で、のちに目撃者の村が人食い鬼の亜人型魔獣に襲われたとき、栗鼠たちが救いにあらわれた、という話の後半部分があります。
『チャンバラをする二匹の大栗鼠』の話は、この後半部分のためにバカげた創作とみなされました。
批判派の魔獣研究者たちは、下位の栗鼠魔獣の知性や器用さ、人に近づく悪戯好きという話全体を、意味不明で根拠の無い空想と酷評しています。
■ 付記;エコースクラワロル系栗鼠魔獣の上位種
エコースクワロル(下位種:本稿紹介)
〉ツインテール・エコースクワロル(二又の尾)
〉トライテール・エコースクワロル(三本尾)
〉ペンタテール・エコースクワロル(五本尾、亜人型?)
〉ラスタトクス(獣人型、乃至は半人半獣)
● 攻撃的変異種( 亜種?)
〉テトラテール・エコースクワロル(四眼・四本尾)
魔獣狩りのハンターは、人間が扱えない「魔法」を使う魔獣を「真なる魔獣」と呼ぶ事があります。
しかし、魔法使いであっても、栗鼠魔獣はからだが小さく弱く、固有の音の魔法も直接的な攻撃能力が無いため「最弱最小の真なる魔獣」と呼ばれます。
エコースクワロル系の栗鼠魔獣は、上位種ほどふさふさの尾の数が増えてからだが大きくなります。
ツインテール(エコー)スクワロルは、ふさふさの大きな尾がふたつにわかれていて、特殊な音の魔法を行使します。トライテール・スクワロルは三本尾、最上位種のペンタテール・スクワロルは花びらのように広がる五本の尾を持ちます。
上位種たちは、山野で会う人間につきまとい、しばしば姿を隠しながら、音の魔法で弄ぶということです。
ペンタテール種は、詳しい報告がほとんど無い謎の上位魔獣です。成獣は小柄な人間ほどの体格で、二足歩行の亜人型魔獣(獣人)のすがたになると言われます。
『 偽りを告げる栗鼠』は、ほとんど伝説上の存在です。ペンタテール種よりさらに上位とされる「進化した魔獣」で、人間社会には美しい女性の顔の栗鼠の獣人と、少女の上半身の半人半獣のおもにふたつの伝承があります。
エコースクワロルの多尾の上位種は“まぼろしの魔獣”とも呼ばれます。存在そのものを疑問視する学派もあるほどです。
一方、上位種と遭遇したというハンターは、かれらを『最弱最小の真に怖るべき魔獣』と呼びます。
気がつかないまま死地に引き込まれる怖ろしさ、決してすがたを見せない用心深さ、そして、繊細で執拗な撹乱の厄介さが理由です。
単尾のエコースクワロルは罠による狩猟が可能で、良質の毛皮で帽子をつくるハンターもいます。これに対して、年配のハンターは上位種の無用の関心を引くとして、魔獣深森に毛皮を身につけて入ることを強硬に反対することがあります。
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関連項目
△ワイルド・チップス




