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大海のアダム【20】奪われし花嫁(2)

 奪われし花嫁(2)



 ゲルダゴスは倒した。

ゆかりの放った極大魔法は、あのとてつもない大きさの大海獣を一撃のもとに葬り去り、跡形も残さずこの世界から消し去った。


 これは後で知った事だが、ゲルダゴスの本体は『死の谷』が地殻崩壊の衝撃で崩落した際、上部を岩盤に塞がれた状態で吹き出したマグマに蒸し焼きにされ、胃袋よりも先に死んでいたらしい。ゆかりが魔法で消滅させたのは、正真正銘最後のゲルダゴスだったのだ。


 最後のゲルダゴスは、死に際に『呪い』を残した。それは神が神によって滅ぼされた時に発動する『同族殺しの呪い』であり、つまり『穢れ落ち』と言われる現象の原因となる呪詛だ。


 世界にとって極めて重要な役割を担う神々は、存在を消されるに価する“大義”が無い場合、自分を滅ぼした相手に『呪い』を掛ける事が出来るらしい。でなければ、力のある神がその力の行使によって全てを支配できてしまうからだ。存在を理不尽に脅かす相手に対し世界の調整力が『呪い』として発現し、そのルールを守らぬ存在を排除しようとする。それが『穢れ落ち』であった。


 俺はもちろん神ではない。しかし、タケミカヅチの肋骨より削り出された護神刀を依代とする存在であり、純粋な神であるヤマタノオロチから神眼を形見として貰い受け、ゆかりの魂をベースにした神が創りし知能『ゆかりシステム』を内包している。それは思想神オモイカネの神格のひとつレイ・ジョブズという神が創ったAIであり、サブシステムのREYですら神に匹敵するのシロモノである。


 そのようなチートスペックを持つ俺が、神とみなされ『穢れ落ち』の対象となっても何の不思議もないと言った者がいる。


 ヨムルとの間に出来た俺の息子だ。

コイツは産まれたばかりなのに呆れるほどに高飛車(タカビー)で、自分は俺の子ではないと言い、存在するに値する事を証明しなければ見殺しにするとまで言っている。そして最悪な事に、隣にいたポニまでが呪いに巻き込まれて命を落とした。


 自分を責め、俺がポニを殺したのも同然だと嘆くところにゆかりの言葉が道を照らす。アリシアがいれば闘える。アリシアがいればポニを救う事が出来るとハッキリそう言ったのだ。


 このあと俺は、ヨムルから産まれた神と闘う事になる。いよいよクライマックスシーン突入というヤツだ。はじめに言っておくが、やんちゃ坊主はめちゃくちゃに強かった。背中に12輪以上の御光輪を持つ超神だ。現在のタケミカヅチがどのような姿であるかは知らないが、婆さんが見せてくれたビジョンでは12輪の御光を背負っていた。つまり息子は、その時のタケミカヅチと同等以上の存在という事になる。


 当然勝てるはずもなく、俺達はボロ雑巾のようにクチャメチャにやられた。価値を見せろというからには初めから殺すつもりは無かったと思うが、それにしても手加減という言葉を知らんのかと叫びたくなる程に無慈悲にボコられた。アリシアがいなかったらマジで両手の指では足らぬほどの回数を死んでいた事だろう。


 だから、格好いい姿とかは期待しないで欲しい。これからの話は、ただただ泥臭く這いずり回るだけの闘いだったのだから。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「アリシア、来い!」


 テントでの話の中で聞いたアリシアの『真名(マナ)』を心の中で詠唱しながら俺は叫んだ。


 俺の『真名』を知るアリシアは、俺とゆかりに自分の真名を教える事で対等であると同時にゆかりからの絶対的信頼を得る事になった。『真名』を他者に明かすという事は、ゆかりなど言語召喚術士ワードサモナーにとってしたら絶対的服従に値する重大な事なのだ。


 やり方の分からぬ俺が知っても呼び出す事くらいにしか使えぬ『真名』も、ゆかりからすると全く違う意味を持つ。場合によっては『真名』で相手を従わせ、手足の如く使う事すら可能になるという。もちろん無条件ではなく、それ相当の複雑な契約が必要になるのだが、アリシアはそんな難しい制約をすっ飛ばしていきなり義姉妹、つまり妹分になる契を自ら申し込んで交わしてしまった。


 ひとりっ子のゆかりに、初めての“妹”が出来た。少しは戸惑いもあったと思うが、ゆかりは持ち前の能天気さと精神的タフネスぶりを発揮してアリシアを受け入れた。一旦そうと決めてしまうと、元々がお姉さん気質の強かったゆかりは態度を急変させた。もしかしたらそれ自体アリシアの固有能力(ユニークスキル)なのかも知れないが、警戒心を持たせる事なく仲良くなってしまったのだ。


 ひとつ大きな問題が解決して俺としてはひと安心な訳だが、まだまだ心配事は山積みで、俺の『明るい家族計画』はほんの少しだけ前進したに過ぎない。なんと言っても俺は、今から初の息子と初めての“親子ゲンカ”に望まねばならないのだ。親の威厳を見せることが出来なければ、いきなりゲームオーバーという命懸けの親子ゲンカである。


 天から射したひとすじの光が、海を突き抜け俺の元へと降りてきた。『真名』の効果による強制召喚が発動し、その力を開放したアリシアが現れた。彼女が身に着けた神の鎧は『真名』を唱える事でその最大スペックを開放する。母親のベルダンディが彼女に残した『神器』であり、アリシアと同じ『真名』を持つ、この世界で最強クラスの鎧だ。


 『神器』の中でも『真名』を持つ物とそうでない物が存在するらしいが、『真名』を持つ物は例外なく意思を持っているという。その意思を言語の形で持ち主に伝える事が出来る神器を『真神器』といい、その力は神に匹敵する場合もある。『セント・ベルダンディの鎧』、これもまた真神器の力を有し、神と同等の力を持つ特別な鎧だった。


「来たかアリシア! さっそくだが鎧の防御結界をフルブーストさせてくれ。相手は超越神だ!」


「はい、喜んで!」


 場違いなほどウキウキと弾んだ声に少し緊張の糸が揺らぐが、アリシアが来た途端にとてつもない量のエネルギーが体の中に流れ込んで来た。ゆかりは既にアリシアとのリンクを形成しており、彼女のゲートから無尽蔵に近い神力を高速フル回転で吸い上げていた。


「REY、全チャクラ開放だ。限界まで回せ!

ゆかり、アレの準備を頼む。やれそうか?」


《問題なし。メンテ中にREYに任せた内容はクリアされているから》


「なら、やってくれ。『痛気(ペイン)』にもアリシアがいれば耐えられる」


《半端な痛みじゃないから覚悟して。遠慮なく行くからね! 『賢者の心臓』同期開始。戦闘モード直列起動。タイプ輪環蛇(ネビラ)!》



 俺の中にある『賢者の心臓』が、並列状態から直列接続に置き変わる。同時に、先ほど手元に戻ったばかりの婆さんの賢者の心臓が術式法陣の所定の位置に固定され、クルクルと回りながら光りだす感覚がある。


「う、ーーーぐっ!」


 痛いとは聞いていたが半端な痛みではない。まさに身を焼き尽くすほどの激痛だ。アリシアからの『癒しの波動』がなければ耐え切れずに気絶していたに違いない。ガクガクと震えて膝を折りそうになる俺の背中を、心配そうな表情を浮かべ支えながら波動を送り続けてくれる。俺の手を握って少し涙を浮かべながら見つめて来る彼女に、俺はカラ元気の笑顔を浮かべ「大丈夫だ。心配するな」と虚勢を張った。


「そろそろ準備は出来たか?」


 それらの様子を面白そうに眺めていた男神は、余裕の表情を浮かべそう聞いて来る。


「なにぶん初めてなんでね。済まないが、もう少し待ってくれないか?」


「別に構わんが、そのように時間が掛かっていては戦闘時には致命的だ。次に使う時はもっと工夫した方がいい」


「アドバイスありがとう。もう少し早くやれるように努力するよ」


「次など無いかも知れんが、ひとつ教えてやる。ぺインは、その数が増すたび痛みが増す。人が耐えられる上限など遥かに越える壮絶な痛みだ。それでもやるなら止めたりはせんが、失敗すれば人ではなくなり暴走する。そうなってしまえばもう誰にも止められん。特に直列機動はやめた方がいい。同時に使うのも5つまでにしておけ。それはそもそも、戦闘に使うようなモノではないのだ」


「何だってそんな事まで知ってる!?」


「見ていた・・・いや、見せられたと言ったところか。このオレがなんであるのか知りつつ後始末を手伝えなどと、叔父貴もどうかしている。昔から変わり者だったが、まかさあれ程とは思わなかった」


「・・・・・?」


 言ってる意味が分からない。叔父貴とは誰だ?


「忠告するが、この件に深く関わらない方がいい。関われば必ず泣きを見るぞ? 結局のところ自分の事しか考えていないのだ」


「君はいったい何者なんだ・・・?」


「知らない方がいい。知れば『呪い』がかかる。お前など一瞬で塵になり、完全なる無と成り果てる。神界において最も古い不可避の呪いだ。今すぐ死にたければ教えてやるが、どうする?」


「いや、・・・遠慮しておくよ」


 どことなく悲しげで遠い目をした男神の態度に違和感を感じつつ、それ以上の詮索はやめにした。彼は悪い神ではない。直感的に感じた自分の感覚を信じて、今はただ存在価値を認めさせるための努力をするだけだ。


「その状態のまま闘う気か?」


 ヨムルを右腕に抱いたままの男神に尋ねた。


「心配せずとも、女に攻撃が当たる事はない。技も体術も使わないでやろう。人差し指一本もあれば充分過ぎるほどだ。お前の攻撃に対し10回に一度反撃する。途中で休みたければ攻撃の手を緩めればいい。ただし時間はあまりやれん。女が死んでしまうのでな」


「ヨムルが死ぬ?」


「無理して産んだと言っただろう? だから長くは居られない。また戻らなければならんからな」


「戻る? 神界ヘか?」


「子宮へだ」


「シキュウ?」


 俺はこの時、男神が戻ると言った意味を理解できなかった。ヨムルが(みそぎ)をした場所がヤマタノオロチの子宮であったように、そういう“場所”があるのだろうと思っただけだ。それはゆかりも同じで、こうして一度産まれた神が腹に戻るなどとは考えもしなかった。理解したのは実際に目撃してからであり、今でも衝撃映像のトップを飾るシーンだ。


 そろそろ始めてよいか?との声に頷きながら、ポニの亡骸をアリシアに預けて戦闘開始の位置まで移動する。本当ならもっと距離を取りたいところだが、離れ過ぎるとアリシアとのリンクが保てない。鎧の防御シールド頼みは少し不安だった。


「待たせて悪かった。のっけから全力で行くが構わないよな? 余り余裕かましてるとケガするかも知れないぜ?」


 言いながら左半身に構えを取り、腰を落とした。


「気力はまずまずと言ったところか? 気負いもなく、相手の力量が分からんでもないらしい。良い面構えだ。体術で来るか?」


「いや、悪いが両方だよ!」


 先手必勝とばかりに、練りに練ったチャクラを全開にして顔面パンチと見せかけて足もとを狙った蹴りを放つ。もちろんただの蹴りではない。超加速魔法を付加させた上に雷牙を乗せて、さらに幻惑魔法で実際の動きとは微妙なズレを与えてある。


 同時にゆかりの魔法陣が男神の周囲に現れ、その数6万7千余の小さな円陣からタイムラグ無しで高速光弾が放たれた。だがこれらも全てフェイクだ。本命は男神の真上と真下の死角に仕掛けられた束縛魔法『豪力束縛呪(ワンダーバインド)


 反射相殺魔法と束縛呪術式を組み合わせたゆかりオリジナルで、対象の力を利用し一定時間身動きが取れなくする魔法だ。似たような魔法は昔からあるが、呪いと組み合わせたのはゆかりが初めてであり、そもそも形質の違う二つを混ぜ合わせたりは出来ないと古くから信じられて来た。だからこそ魔法使いがいて呪術士がおり、それぞれが個別に進化して各々の術を高めて来たのだ。容易く融合できたなら二つは統合され、現在とは違うカタチで発展した事だろう。


 俺が男神と会話している間、ゆかりは黙々と魔法による罠を仕掛けていた。少しズルいかも知れないが、相手は超越神だ。これくらいの仕掛けがなければ傷の一つどころか、ホコリ一片でさえ浴びせる事すら叶わない。俺もゆかりも婆さんに見せて貰ったビジョンで、超越神同士の闘いがどんなレベルかを知っている。


「ヌルいな。この程度の攻撃では話にならん」


 男神は全ての光弾を軽々と躱し、同時にデコピン数発を俺に食らわしてから笑っている。超越神なんだから当たり前だが、ゆかりが時間を掛けて仕掛けた魔法は全くカスリもしなかった。飛んで来た光弾のひとつを指先で弾き、跳ね回るピンポン球のように全ての光弾にぶつけて軌道を変えてしまった。そして最後に、それらが申し合わせたように上下半分に別れて隠して発動させた『豪力束縛呪(ワンダーバインド)』の魔法陣を壊してしまったのだ。


 俺の蹴りなどは惨めなもんだ。

幻惑魔法による時間差など全く通用せず、伸ばした指をつっかえ棒のように膝に当てられただけで右足大破だ。関節が折れて反対側にヘシ曲り、勢い余って皮膚を破って腱が千切れかけいる。雷牙をエンチャントさせていたのが致命的になった。行き場を失ったエネルギーが、足首から先を完全に消し飛ばしてしまったのだ。


「多くを仕掛け、数に頼るからそうなる。ひとつひとつが軽くスピードもない。そんな速度ではカウンターを当ててくださいと言っているような物だ。もっとひとつひとつの技に(こだわ)れ。数を出せば何とかなるとか、神を相手にそれは有り得ん」


「そりゃ、ど〜も。ご教授感謝いたしますってか? 有り難いが、全くダメダメって訳でもなかったみたいだぜ?」


 俺は手に握ったヨムルの髪の毛を見せた。


「ほう、なかなかに器用だが、それでどうする?」


「こう見えて、それなりに場数を踏んでるんでね」


 俺はあらかじめ用意していた自分の髪で編んだテグスを男神の死角側にそっと流し、派手に攻撃して見せた上、デコピンされ吹っ飛びながらヨムルの髪を抜いたのだった。


「はじめからそれが狙いか?」


「そういう事だ!」


 俺はアリシアに合図すると同時に、ステップバックして距離を取った。そこには転送用の魔法陣が仕掛けてあり、俺は500㍍ほどの短距離転位魔法(ショートジャンプ)をする。


「ゆかり、頼む!」


《口寄せ『ヨムル』!》


 男神の腕からヨムルを強制口寄せする。

身体の一部があればかなり強力な口寄せが出来る。俺達は複雑に伏線を巡らせ、はじめからコレを狙っていたのだ。いくらヨムルには傷ひとつ着かないと言われても、目の前でぐったりと四肢を預ける姿を見れば、最大出力の大業など出せやしない。しかし、ヨムルを取り戻した今ならやれる。エネルギーは無尽蔵にあるのだから。


「今だ。やれ!」


 REYに準備させていた魔法式をゆかりが途中から引き継いだ。REYに用意させた魔法式、それは先ほどゲルダゴスを完全消滅させた極大炎熱魔法の複写版だ。


 魔法とは一度反転させると二度の加工は出来ないという特性があるらしい。相手が炎属性の超越神であるからには逆属性の水または氷撃魔法が有効と思われ、それ以外ではダメージを与えられないだろう。だが、素直に水や氷属性の魔法を使えば、反転されたら相手にエネルギーを与えてしまう結果になる。だからゆかりはリバースさせ加工した極大魔法をぶつける事にした。魔術式は先ほどのコピーをREYにあらかじめ用意させておいた。ぶつける前に反転させ、炎熱を氷撃に変えて撃ち込む。これが俺達の立てた作戦だった。


 アリシアのおかげでエネルギーは無尽蔵にある。極大魔法に極大魔法を重ねた上に更にもうひとつ極大魔法を重ね、理論上この世界でこれ以上の魔法は作り出す事が不可能な極限のスペックを用意した。理由は分からないが、破壊魔法には限界があるのだ。これでも通用しない相手なら、何をしようと無駄という事になる。


 その究極魔法の術式が男神を中心に展開しはじめ、闘いながら作ったにしてはあり得ない速度で成立した。当り前だ。こちらはREYを含め三人もいるのだから、俺の思考加速もプラスすれば有り得ない速度も可能になる。


 俺は囮役に徹して行動し、彼の注意を引く為に脚の一本を犠牲にした。元々この腕も脚もヨムルから貰ったものだ。彼女の為なら何ひとつ躊躇う理由はない。


 そして、名も無き超超極大魔法が放たれた。

ヨムルを手元から奪われ、何か大声でわめく男神の声が届く前に術式が発動する。リバースさせた超絶氷撃魔法が超越神の体を絶対零度に凍らせた上に複数の巨大な氷の柩に閉じ込めて行く。


 氷の柩は魔法効果でどんどん圧縮されて強度を増し、閉じ込めた対象に永遠の時間停止を強いる。その氷の柩を更に巨大な氷が包み、発生する熱を無限に奪い続ける。理論上これ以上の氷結魔法は存在しない。超越神に通用するかが問題だが、他の方法など思い付かない。


「やったぞ、ゆかり! ヨムルを取り戻した」


《やったね、お兄ちゃん! ナイスチームワークだよ! でも、お兄ちゃんの脚が・・・》


「ナニたいしたことないさ。痛覚遮断できる分、さっきのぺインよりは随分とマシだ。でもこれじゃすぐには治せないし、動くには邪魔なだけだな」


 俺は、ぶらぶらと揺れて千切れかけていた脚を手刀で切り離した。なんて事を!と叫ぶアリシアに脚を渡し、後でくっつけるから持っててくれと言って預ける。


「やるだけやってはみたが、時間稼ぎにしかならないだろう。タイムリミットがあるみたいな事を言っていたから、もしかしたらそれが味方してくれるかも知れない」


《確かにそんな事を言ってたね・・・》


「とにかく、ヨムルを蘇生させよう。それにしても軽いな。痩せたようには見えないんだが?」


 俺は腕に抱いたヨムルの顔を見つめた。

俺が知っているより10㌔以上は軽い。それに、心なしか徐々に存在力が低下しているようにも感じる。


「速水様! この方の下半身が!」


 逸早くヨムルの状態に気付いたのはアリシアだった。視線の先はヨムルの下腹部を見つめている。その様子がただ事ではなかったので、俺はヨムルを寝かそうと一本しかない膝を曲げ降ろした。


「うっ! ヨ・・・ヨムル!?」


《ひ、酷い・・・こんなのって・・》


 寝かす途中で違和感に気づいた。

途中にあるべき抵抗が何も無かったのだ。


「ホトが灼けたとはこの事だったのか・・・」


 俺はホトが何を指す言葉なのか知らなかった。ホトとは女性器を指す言葉だったのだ。ヨムルの下半身は炭化し、両の脚は膝から下が崩れたような切り口を残し焼失していた。内臓の一部もなくなっている様子で、臓器を無くした下半身は不気味に変形していた。


《バカ野郎が! オレから離せば死ぬとなぜ分からん! 知りませんでしたでは済まされんぞ!》


 強烈な怒気がぶつけられ、俺とアリシアは吹き飛んだ。凄い熱気と水蒸気の渦だ。怒気に煽られたように噴火が連続して起り、続いて海がズズンと揺れた。氷の柩は跡形もなく吹き飛び、中からは炎の巨神が現れていた。


 その巨神が手を翳すと、遠くの天から太陽の如き業火の塊が落ちて来るのが見えた。ヤバいと本能が告げる。ここに居たら俺もアリシアも確実に死ぬ。当然ゆかりも死んでしまうだろう。


「ゆかり、逃げるぞ!」


 アリシアの手を掴み、もう一方の手でヨムルに手を伸ばそうとして気付いた。ヨムルの姿が無い!


《やはりお前などに任せてはおけぬ! 女の状態も分からんとは話にならんな!》


 強烈な思考が脳髄の芯に突き刺さるように浴びせられる。彼は怒っていた。ヨムルの命を危険に晒した事をとてつもなく怒っていた。


《女がこのような姿になったのは誰のせいだと思っている? 馬鹿な闘いに身を投じ、何も知らずに『ダゴン』の呪いを受けたお前を助ける為だ! まだ無理だと言うのに、無理やりにオレを産んだ。女がそれほどに愛情を向ける者がどれほどの男かを見定めてやろうと思ったが、タダのガラクタだった。お前に良人(おっと)たる資格はない。我が妻とし、オレの子を産ませよう。さあ、安心して死ぬがいい。神の業火に焼かれ灰燼と化せ!》



 そして頭上に小型の太陽が落ちて来た。

こいつは流石にやり過ぎだ。どう見ても魔法でどうこう出来るレベルじゃない。俺もゆかりも息を呑み、呆然と上を見上げてチクショウと叫んだ。



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