大海のアダム【19】奪われし花嫁(1)
奪われし花嫁(1)
海が燃えていた。吹き上がる高温のガスを含む水蒸気は有に100℃を越え、触れる者の皮膚に重度の火傷を負わせる。この灼熱の海で行動できる者など限られていた。体に強固な鱗を持つ竜臥と、海流を操作し身を守る事が出来るセイレーン。それに、もともと熱に強く分厚い皮膚を持った幾つかの高温高圧を苦にしない海洋魔族だけだ。
しかも、この現象は地殻崩壊の前触れでしかなかった。マグマが本格的に吹き出せば海そのものが沸騰し、海域内の生きとし生ける全ての魔族が命を落とす事になるだろう。
残された時間はあと僅かだった。
吹き出す高熱ガスと水蒸気による泡で視界の悪い海の中、俺とポニは通信手段を無くして右往左往する各隊長クラスの騎士達に隊を纏め撤退するよう指示を出しながら飛び回った。
魔法による連絡手段は僅かな通信魔導士にしか使えず、多くの者達は魔導通信機に頼らねば状況を知る術がない。その通信機の多くは先ほどの水蒸気爆発の衝撃で不具合を起すか、壊れてしまっている。10㍍ほどしか視界の効かぬこの状況下では、直接顔を合わせ連絡し合うしかなかったのだ。
そのような中、ポニの動きは驚くほど機敏だった。少しスピードを上げれば誰かにぶつかってしまう危険性があるこの状況下で、よくあれだけ動きまわれたものだと感心するばかりだ。
俺はまだ何もしていない。ポニにエネルギーを供給するルートはゆかりが繋げてくれた。生命反応を感知して、逃げ遅れた兵士達がいる場所を教えてくれたのもゆかりだ。自分は力を貸さないなどと言いながら、兵を逃がす手助けをしてくれいるゆかりを俺は誇らしく感じた。20年という月日をこの殺伐とした狂気に満ちた世界で過ごしながら、彼女は俺が知る優しい少女の頃のゆかりと何も変わっていなかった。
《これであらかた済んだな》
《そうだね。死んじゃった人達もかなりいるみたいだけど・・・》
ゆかりに動揺した様子はない。俺からしたら極めて悲惨なこの状況も、彼女にとっては見慣れた戦場の風景なのかも知れなかった。
《ゲルダゴスに喰われた兵士までもはどうしようもない。水蒸気爆発に巻き込まれた中には大火傷を負った者も多いが、死んだ者は予想よりも少なかった。ゆかりの生命感知魔法がなければ助けられなかったよ》
《私は場所を教えただけ。全てはこのちびっ子の活躍のおかげね。この子の卓越した海流操作技術がなければ、こんなに早く退却させる事なんて不可能だったわ》
《でも、どうして手伝う気になったんだ? 力を貸すつもりは無いって言ってたじゃないか》
《私はそうは言ってない。力を見せるつもりはないって言ったんだよ? 話をちゃんと聞いてた?》
《そうだったか?》
《私も、パニック起こして何も分からない状態の兵を見捨てるほど非情じゃないよ。それに、この視界が効かない状況は私達にとっても好都合。私の極大魔法とマグマの爆発を区別する方法なんてないからね? ご希望通りゲルダゴスは倒してあげるよ。そうして欲しいんでしょ?》
《やってくれるのか!?》
《これは貸しだからね? 今度私がお願い事をしたら、お兄ちゃんに拒否権はないからそのつもりで!》
何を要求されるのか少し怖い気もしたが、俺はOKを出した。
《ゲルダゴスに仕掛けたあの魔法はまだ有効か?》
《あと3分程度ならね。何かしたいの?》
《コルルと話がしたい。あいつの高速機動小隊ならこの状況下でも動けるはずだ。ゆかりの力を使えば話も出来るだろうが、手の内は見せたくないんだろ? 場所を教えてくれ。ポニに向かわせる》
《いいよ。でも手短にね。迷宮魔法は同じ相手に対し二度は使えないから、術が解ける前にケリを着けたいんだ》
《了解した》
「ポニ、コルルのところに向う。針路を北北東に取り、上角7度修正して進め。途中にシーサーペントの隊が高速移動してるから気をつけろ」
「アイアイサー!って、そんなんじゃ分からないから指差してって何度も言ってるでしょ! それどっち?」
「こっちだ」
俺が指差した方向にポニが飛ぶ。まるで慣性の法則を無視した急激な方向転換をしながらも全く横Gを感じない。UFOがカクカクとあり得ない動きをする『これナニ映像』を見た事があるが、その動きとほとんど同じだ。途中で退却中のシーサーペント族の隊と遭遇したが、少しもスピードを殺す事なく躱してコルルの小隊までたどり着いた。
時間にして7秒弱。シーサーペント達は、すぐ横を何かが超高速で通り過ぎたのに気付けたとしても、それが何だったかを確認する事は不可能だったろう。それはコルルも同じ事で、何もなかった場所にフッと湧いたように俺とポニが現れたのを見てビックリして声を上げた。
「も~、驚かさないで下さいよ! 角が跳び出るかと思うくらい驚きました」
心臓が跳び出すくらい驚くという表現を竜人達はこう言うらしい。どうでもいい事だけどな。
「セイレーン達の使う貝殻タイプの通信機は壊れていない。気付いているか? 竜王軍の専用周波数に合せてみろ。総司令部からの通信が聞けるはずだ。その貝殻通信機を各部隊長達にも配れ。三人一組だからひとつあれば事足りるだろう?」
コルル達高速機動小隊は竜人騎士1名にセイレーンが二人着くというスリーマンセルで構成されている。竜騎士20名にセイレーン40名だ。一組に1個にすれば20個の通信機が余る計算になる。俺はその20個をテンペスト軍の隊長格に配るよう指示を出し、すぐにゲルダゴスがいる場所へと向かった。
ゲルダゴスは現在、ゆかりの迷宮魔法に捕らわれて方向感覚を失った状態でグルグルと同じ海域を行ったり来たりしている。ゲルダゴス本人は高熱の水蒸気が渦巻くこの海域から逃げ出そうと必死に海流操作を行い逃走を続けているつもりだろうが、どんなに速度を出そうともこの海域からは逃げられない仕組みだ。
これは『逃走迷路呪』という空間魔法であるらしいが、こんな便利な魔法があるなら、わざわざポニに危険を犯させてまで海流操作の無効化をさせる必要もない。かと言って試してみなかった訳ではなく、結果を先に言うなら無効化スキルは発動しなかったのだ。そもそもガラシャという曾てのポニのチームメイトが出来るかも知れないと想像して言っただけの事で、ポニ本人も出来るような気になっていただけだった。
全く人騒がせな話だが、仮にセイレーン王がビビって爆弾を投下しなければ、その出来もしないスキルを頼りにした作戦で多くの犠牲者が出ていた事は間違いなかった。まさに不幸中の幸いともいえる。
それにもうひとつ、運は我らに味方した。
『メデューサオクトパス』は、石化スキルをこの状態では使えない事が分かったのだ。奴等の姿はバカでかい眼球の後ろに視神経のような形の触手を付けた姿をしており、オクトパスというより目玉の妖怪みたいだった。剥き出しの眼球を高熱のガスと水蒸気で焼かれ、表面が白く濁った網膜では石化させる対象を見ることが出来なかった。
REYの分析によれば、『石化呪』というスキルは気配を感知して呪いを付加させた対象を2秒以上凝視する事で発動するらしい。つまり、発動条件を満たす事が出来なければ『呪い』をくっつけられても石化現象は起きないのだ。
見る事が出来なくなった『メデューサオクトパス』などただの気持ち悪い大蛸であり、竜王軍の火力の前ではデカい的に過ぎない。その事をテンペスト将軍に告げて砲撃を任せ、俺達は人命救助を優先した訳だ。
俺には確かな予感があった。
ゆかりなら、ひと目さえ気にしないで済む状況を作ればゲルダゴスを倒すのに協力してくれるだろうと。ゆかりは俺の期待を裏切らなかった。だからこそ誇らしく、嬉しく思ったのだ。
《デカいお魚がグルグル馬鹿みたいに同じ場所を回ってるわ。今から焼き魚にしてあげるからね!》
ゲルダゴスを目視で確認したゆかりが本気でやる気を出している。こいつは期待できそうだ。
《鯨は魚じゃなくて哺乳類だぞ?》
《そ、そんな事は知ってるよ! 言葉のアヤだよ、アヤ!》
《急いだ方がいいんじゃないか? 地殻崩壊まであまり時間がない。大噴火に合せて魔法を使うんだろ?》
《それ、お兄ちゃんに言われるまでもないからぁ!》
「ポニ、現在の位置で停止し海流操作全開だ。今から大噴火が起こるから全ての力を防御にまわせ。俺の血を海水と混ぜる。混ぜた海水を球体にして圧力を掛けろ」
「また難しい注文して! 海流の部分操作なんて技術はむちゃくちゃ難しいんだから! ボク以外には出来ないスゴ技なんだから、後でご褒美ちょうだいよ!」
既にゆかりによる魔法詠唱がはじまっている。ゲルダゴスがいる海域に、幾重にも重なる極大魔法の術式円陣が凄い速度で造られていく。これは積層式魔法陣という超高等技術で、極大魔法と呼ばれるものは全てがこの形になるらしい。詳しい事は分からないが、一個の人間が扱える魔力量には限界があり、どデカい魔法一発でという訳には行かないんだそうだ。だから様々な特性を持つ魔法陣を積み上げて行き、目的とする効果を引き出す訳だ。
旨い料理を作るには複数の調味料やダシが必要なように、手間ひま掛けてじっくり仕上げた魔法陣の方が出力重視の単一魔法陣よりも遥かに効果がある。普通なら作るだけで何時間、モノによっては何日も掛かるであろう複合積層式魔法陣をこれほど短時間に形成できるのはREYの存在が大きいのは事実だが、ゆかりにはもう一つ秘密があった。それはまた追々、魔法の知識がある程度ついてから説明してあげるという事で今回のレクチャーは終了してしまった。
「なにコレ!? なんだかよく分からないけど、コレをお兄さんがやってるの?」
「黙って海流操作しろ。目を瞑ってないと罰が当たって失明するぞ」
「ひえっぇ!?」
ポニは恐がって目をしっかりと閉じると、海流操作による防御壁に全力を傾けた。よしよし、それでイイ。
《ひどい言い掛かりね。私は罰なんて与えないから!》
《いいじゃないか。極大魔法ぶっ放すところ見られたくないんだろ?》
《まあ、そうだけど。なんか釈然としないなぁ・・・》
そして数秒後、極大魔法が放たれた。
同時に地殻崩壊が起きてマグマが吹き上がったので、ゆかりの魔法がどれだけの威力だったかを確認する事は出来なかったけれど、超高熱が発する光に包まれたゲルダゴスは塵ひとつ残さす跡形もなく消え去った。馬鹿馬鹿しい程に呆気ない幕切れだ。ヤマタノオロチの婆さんですらゆかりを規格外のバケモノ呼ばわりした理由がよく分かる。これはもうチート以外の何モノでもない常識外れの力だ。
そのゆかりですら苦戦し、やっとの事でギリギリ引分に持ち込んだという『勇者』とはいったい何者なのだろうか?竜王ですら惨敗したという超絶スキルに興味はあるが、会わずに済むなら会いたくない。触らぬ神に祟りなしだ。
さて、後はこのぶち壊れた地殻をどうするかだが、このまま放置するには危険すぎる。もちろん直す方法など知らないし、考えてもいない。ゲルダゴスとの決戦までにリンクが回復している事は分かっていたから、はっきり言っておんぶにダッコでゆかりの力をあてにしていた。
《なあ、ゆかり。ご褒美やるからこの海域の修復をお願い出来ないかなぁ? 俺が用意した爆弾でこうなった訳だし、このままサヨナラするのは少し心苦しいんだよ。立つ鳥あとを濁さずって言うだろ?》
《長年の海の脅威を排除してあげたんだよ。別にこのままでもいいじゃん。海は広いんだしさ。ちなみにご褒美ってなに?内容しだいでは考えてあげなくもないけど》
《ゆかりの依代が手に入ってからの事なんだが、ふたりの子どもを作らないか?俺も依代の状態だけど、子どもは作れるみたいだし、依代同士でも問題ないんだろ?》
《それ、本気で言ってるの?》
《嫌なら他を考えるよ》
《嫌じゃない! 嫌な訳がないじゃない!
めちゃくちゃ嬉しいよ! だって、お兄ちゃんの子どもを産むのは長年の夢だったんだ! 本当の家族が作れる日をずっと夢見ていたんだから!・・・でも、アリスちゃんはどうするの? あの子のこと好きなんでしょう?》
《アリスからは、何事もゆかりの事を優先するようにと言われている。アリスは巫女だから巫女の力を100%で使うには子どもを産んではいけないらしい》
《私も巫女って事になってるけど?》
《お前の事は俺が護るから気にするな。ずっと頑張って来たんだし、少し休んだ方がいい。子どもが出来たら子育てに専念して欲しいしな。まあ、それまでに俺がお前よりも強くなってなきゃいけない訳だけど》
《嬉しい・・・信じられないくらい幸せな気分だよ。でも、どうして急にそんな事を言い出すの? アリシアとの事があったから? だとしたら素直に喜べないんだけど》
《正直それも少しある。でも、アリシアの話を聞いたからって訳じゃない。あの話を聞く前から考えていた事なんだ。お前からは生に対する執着心をあまり感じない。もし何かあれば、躊躇わず自分を犠牲にして俺を生かそうとするだろう。でも、そんなのは困るんだ。お前にも、何としても生きるという強い執着を持って欲しい。その為には何をしたらいいかをずっと考えていた。そして俺が思ったのは、ふたりが本当の家族となり新しい生命を一緒に育てて行く事だと思ったんだ。精神世界の中で手を繋ぐのではなく、本物の体を持ったゆかりを抱きしめたい》
《お兄ちゃん・・・》
《俺が今、何の為に頑張って生きようとしているのかは知ってるよな? でも、お前が生きる事を強く望まなければ実現は難しいと思うんだ。そうなったら嬉しいではなく、絶対にそうするんだと強く望んでくれ》
《何コレ・・? なんだか変だよ!》
《俺の言ってる事は変か?》
《そうじゃない。コレおかしいよ!
REYが警告アラームを出したあと、私とのリンクをカットしようとしているの!》
《カット? どういう意味だ?》
《REYがこんな行動を取るだなんてあり得ない! えっ!? 私とのリンクを外して強制的にシャトダウンしちゃった!》
《シャトダウンしちゃった? どういう事だ? 何が起きてる!?》
《分からない。分からないよ! 意味不明だよ!》
「うおっ! な、なんだコレは!? 体が急に!?」
何の前触れもなく、急に体が重く熱くなった。
「お兄さん・・・ボクどうしちゃったんだろう? 体の感覚が無いんだ。こっそり盗み見てたからバチが当たったのかな? 目が・・・見えない・・・耳も」
ポニのものと思えない嗄れた声がして振り向いた先に、両眼を赤く爛らし血の涙を流すポニの変わり果てた姿があった。ゴボッと咽るように口から血を吹き出したあと、耳や髪のつけ根からも血が流れ出し、みるみるうちに全身が赤く血に染って行く。
異変は俺のカラダにも起きていた。
重く纏わり付くような暗い圧力が、ジワジワと体の内側へと入り込んで来る嫌な感覚。同時に強烈な吐気と締め付けるような頭痛がして視界がボヤけ、鼻の中を生温かいモノが流れ落るのが分かる・・・これは鼻血だ。
「ポニ、しっかりしろ! 息をするんだ!」
俺は凄まじい脱力感と同時に、闇の奥へと引きずり込まれるような強烈な恐怖感に襲われながら、体勢を維持するのがやっとの状態でポニを抱きしめた。そのとき海流操作の防壁が消失し、凄まじい温度の海水が俺とポニに襲いかかる。ゆかりの魔法防壁があと少しでも遅ければ、全身大やけどの致命傷を負っていたに違いない。海水は既に沸点に達しているのだ。
抱きかかえたポニに意識は無く、呼吸もしていない。脈拍がどんどん微弱になり、今にも心臓が止まりそうだった。
「ゆかり、ポニが!?
これはいったい、どうなってるんだ!?」
《やれやれ、自分の身に何が起きているのさえ分からんとは、よくそんな中途半端なヤツがアレを倒せたものだな》
ゆかりではない男の声が頭の中に響いた。
《お兄ちゃん気をつけて! 何かが来る!》
マグマを吹き上げる地殻を更に壊滅的に破壊しながら、丸く大きな物体がせり上がって来る。なんとそれは爆弾として使った婆さんの骨で出来た丸い船だ。上部に大きな穴が開いてひび割れも酷いが、まだ原型を七割近く残している。流石は神の体の一部、半端ない強度だ。中には起爆剤として『賢者の心臓』の欠片が入れてあったはずだが、それが残っている様子はない。有ればすぐにそれと分かる。
その小学校の体育館ほどの大きさがある船を、片腕一本で持ち上げた紅蓮の炎を纏う男が球の下から姿を表した。もちろん初めて見る男だ。なのに、俺の内には不思議な感覚が芽生えつつあった。それは親近感と言っても良い親しみの感情だった。
その細マッチョ体型の、どことなく野性味がある精悍な顔立ちには何となくだが見覚えがある。歳の頃は20代後半と言った感じで、身長は180㌢程度。燃えるような赤い髪というより炎そのものが髪の毛のように揺らいでいた。眉毛も燃えており、その下に鋭く光る虹色に変わる瞳が俺を見つめていた。
そして、反対の腕には裸の女性を抱えている。
それはなんとヨムルだ!姿は随分と変わってしまったが、ゲルダゴスを倒す際に九つのチャクラを回したとき一瞬見たヨムルの姿だった。そのヨムルが、男の腕に抱かれた状態でぐったりとして肢体を委ねている。
「ヨムル!? 気絶しているのか!?」
七色に変化する眼光を正面にして、俺はそう叫びながら身構えた。相手が何者なのかは分からない。だが確かな事がひとつあった。
奴は神だ。それも、ただの神ではない。背中を見れは分かるが、少なくとも12輪以上の複雑に重なる光輪がクルクルと乱回転しながら後光のカタチを成している。俺は婆さんの見せてくれたビジョンの中でこれと同質の後光を見ている。
「貴様の仕業か!? ポニに何をした!」
俺は体の不調を精神力で押さえ込みながらチャクラを回す準備に入る。心なしか先ほどの状態よりは随分とマシに四肢に力がめぐり出した。アドレナリンの効果によるものだろうか?
《勘違いして貰っては困る。オレを敵視するのもお門違いというものだ。オレはお前を助けに来てやったんだぞ?》
「助けに? どういう意味だ!」
《無知蒙昧、大義もなく神を殺すからそうなる。この女が強く望むから仕方なく来てやったが、まさかこのようなガラクタの寄せ集めがオレの封印を解いた本人だというのか? あり得んな・・・何か別の力が働いたはずだ》
俺の問いになど答える気もないのか、独り呟く男神。助けに来たなどと言いつつ何かをする様子もない。ゲルダゴスはゆかりの魔法で跡形もなく消え去った後だし、いまさら出て来て何だと言うのか?
それに、俺はこの男神に奇妙な違和感を感じていた。どこをどうと聞かれても答えようがないが、何処となく朧気でとても不安定な状態に思えたのだ。蜃気楼や幻覚などではなく、確かにそこに居るのに居ないような感覚。実体として存在しながら実体ではないような不思議な感じ。
《ゆかり、奴が何者か分かるか?》
《神・・・だと思うけど、何だろう? 存在力が現界可能値に達していない。まだカタチを成せる状態にないのに無理やり現れたって感じかな? 凄く不安定な存在である気がするよ》
ゆかりに聞いても、俺が感じたこと以上の情報は帰って来なかった。REYがシャトダウンしてしまった今の状態では、俺の『思考加速』の解析能力の方が上かも知れない。ブレイン達は告げていた。決して闘うな。戦闘になれば生存確率ゼロだと、
「お前は誰だ?その手に抱いたヨムルを返してくれ」
《返す?馬鹿かお前は?
ーーーああ、なるほど。オレの状態すら“見る”事もできん訳か? 聖魔の神眼を与えられても使えんとは、ガラクタは所詮ガラクタだな》
「なんだと!?」
「コレはお前のオモチャだろう? 返してやる」
突然肉声に変わった男神は、挑発的なモノ言いにムカっときた俺に向って掲げていた船を無造作に投げつけた。ヒョイと手首を返しただけなのにとてつもないスピードだ。俺は身動きひとつ出来ず、横を通り過ぎた球を目で追うだけで精一杯だった。当てる気があれば直撃だったろう。しかし奴にその気はなく、球は高速で通り過ぎるとあっという間に視界から消えた。
「あと、コレもだ」
続けて投げたモノが俺の胸元に飛んで来た。かろうじて受け止めた手がめちゃくちゃに痛い。殺気がなかったから反射的に手で受けとめたが、ナイフなどの鋭利な刃物なら手の甲を突き抜けて体に深く刺さっていただろう。手を広げてみると、そこには『賢者の心臓』があった。
「ったく、無知ほど怖いものはない。オレが回収しなけりゃ無限に崩壊現象を引き起こしてこの星ごと破壊してしまうところだったぞ。あと始末も出来ないヤツが思い付きで馬鹿をするからだ。おまけに大義もなく神を殺すなど呪われて当然!」
「呪われて?」
「これまでの会話で少しは察しろ。お前は呪われていたんだ。頼まれなければ放って置くところだが、今はまだオレにはこの女が必要だ。どんな条件も飲むと言うからには頼みを聞く他あるまい。女に感謝するんだな。まだ産める段階にないのに無理してオレを産んだからホトが灼けてしまった」
「ホトが灼けた? ヨムルが無理して産んだとはどういう意味なんだ?・・・ま、まさか君は・・・ヨムルの!?」
「他にあるか? どうしてオレの周りにはこうも頭の悪いヤツしかおらんのだ? 全く呪われているとしか思えん」
呆れ顔の男神は吐き捨てるようにそう言うと、ヨムルの頬をそっと優しく撫ぜる仕草をした。そのときになってようやく俺は気付いた。不思議な親近感の正体とは彼の容姿が20代後半の頃の俺に似ていたからだ。燃える髪や風体の違いですぐにそう気づかなかったが、毎朝髭を剃り、歯を磨いて会社に出掛ける支度をしていた時に鏡に映った時の俺の顔にそっくりではないか!
「さっきから聞いてれば、随分と好き放題な事を言ってくれるじゃない! あなた何様のつもり? お兄ちゃんをガラクタとか無知だとか浮気者だとか!」
「えらく変なのが出て来たな。浮気者とは一言も言ってないと思うが?」
「馬鹿にしたのはホントでしょ! 謝りなさいよ!」
「ば、ばか、やめろ! 彼を刺激するな。こちらが何も知らないのは本当の事だ。彼が何者で、何の為に出て来たのかを先ずは知る必要がある」
「だから今は何を言われても我慢しろって言うの? そんなのはおかしいよ! 間違っている事は間違っているって言わなきゃ、神様には伝わらないよ? はじめから見下され、それでも下手に出る必要がどこにあるの? ヨムルがお願いしたから出て来たって事は、今はヨムルの願いを聞かなければいけない立場にあるって事でしょ? なら、お兄ちゃんが下手に回る必要なんてない。お兄ちゃんはヨムルの旦那様なんだよ。毅然とした態度で望むべきだよ!」
「ほほう・・・言うではないか? 正直驚いたぞ。オレを前にして謙らないとは中々に肝が座っている。この女がオレを産んだと知って、急に態度を変えた男の方とは大違いだ」
「だって、そんなのあり得ないからね!」
「なぜ、そう思う? オレは嘘などついておらん」
「ヨムルが産むのはお婆ちゃんの生まれ変わりなんだ。性別が変わるかもとは聞いてたけど、そんな全く違う神様になるなんて考えられない! 百歩譲ってヨムルがあなたを産んだとしても、そんなに大きい訳がない。どう見ても20歳越えてるじゃない!」
おい、おい、神様に見た目の年齢なんて・・と言いかけた声を大きな笑い声が掻き消した。しばらく大声で笑っていた男神は、目に浮かんだ涙を熱で吹き飛ばし俺たちをまじまじと見た。
「お前たち変わってるな。ひとつの依代にふたつの人格を持つ場合、お互いにお互いの存在を知らねば問題はないが、相互理解の上で存在すれば混じり合いどちらかが消えるか、ひとつの人格として統合されるのが普通だ。それを完全に分けた状態のままお互いが話し合うなど、まるで思想神のようではないか。 それに、よくよく見るとふたりだけではない。もうひとつ大きな思考力の塊のような存在と、男の方の複製思考回路が無数にある。この状態で正常に機能するには叔父貴のような得意体質か、特殊な思想術式が必要なはずだ。もしやとは思ったが、アレはやはり『賢者の心臓』か? お前たちは叔父貴の作品もしくは協力者? いや、いや、それはあり得んな。ただ利用されているだけというところか?」
最後の方は独り事のような形になりながら、ヨムルから産まれたと言った男神は言葉を綴る。俺たちに興味を持ったのか、先ほどまでとは違う雰囲気が漂いはじめた。理由は分からないが、殺気とも取れる危険なモノが流れはじめたのだ。
「なるほど、だんだん読めて来たぞ。またアレをするつもりなのか? あれ程の手痛い思いをしながらまだやる気なのか? 今度はこいつらを使って?」
「済まないが、先ほどから言ってる事の意味がさっぱり分からないんだ。それになぜだか殺気めいたモノを感じる。確認したいんだが、君はヨムルに頼まれて呪いを受けた俺達を助けに来た。そう言ったよな?」
「やめた」
「え!?」
「助けてやるつもりだったが、やめたと言ったのだ。生きたければオレと闘って証明してみせろ」
「な、何を証明しろと言うんだ?」
「価値をだ。俺にはお前がガラクタにしか見えん。だから価値を証明してみせろ。叔父貴とはいろいろあってな。その駒である可能性がある者にやすやすと協力など出来ん。お前に生きる価値があるかはオレがこの目で確かめてやる。・・・心配するな。闘いの間は『呪い』の影響を受けんようにしてやろう。負けた理由を呪いのせいにされては敵わんからな」
「闘う? そんなこと出来る訳がない! 君がヨムルの産んだ子なら、俺にとって君は・・・」
「何だ? まさかお前、オレが自分の子だとでも言いたいのか? 勘違いしているようだから教えてやる。確かにこの体はお前とこの女の細胞から作られたものだ。しかし、はじめからこの体には魂が無かった。お前の中にいる女が「お婆ちゃんが転生する筈だ」と言ったが、要するにお前はこの女との間に転生先となる魂無き肉体『ヒルコ』を作ったにすぎん。霊魂も無き、ただの肉の入れ物を子どもと呼ぶか? オレはオレであり、オレの親は今も只ひとりしか居ない。片親はオレが殺してしまったからな」
「君の言う叔父貴とは思想神の事か?」
「話しの流れからして他にあるか?」
「呪いとは同族殺しの呪いか? 神が神を殺した時に起きる穢れ落ちの事を言っているのか? だが俺は神じゃない。アルティマでゲルダゴスを倒しても何も起きなかったのに、なぜ今になって『呪い』が発動した? ポニもゲルダゴスの『呪い』でこうなったのか? 教えてくれ!」
「質問だらけだな。その通り、お前は同族殺しの『呪い』を受けている。『穢れ』が起き掛けているのも事実だ。お前は自分は神ではないと言いつつ神の体から作られた存在である事を受け入れ、神からその眼を貰い、神の思考回路をその身に宿している。他にもいろいろと手を加えたな? そこまでしておいて『同族殺しの呪い』からの対象外となるなどあり得ん。おまけに『賢者の心臓』だと? 詰め込み過ぎだ。まともに機能する筈がない。だからガラクタだと言っている」
「ぐっ、」
「神でない者に神が殺されてもそれは神の落ち度だ。仮に『呪い』が掛かってもそのような『逆恨み』は容易く廃除できる低俗な呪いでしかない。見る者が見れば問題にすらならんくだらん事だ。その子供は微かだが神の血を引いていたのだろう。お前と共にいた事で『呪い』を受け、耐え切れず死んだ。ただそれだけの事だ」
「なに!?」
驚いてポニを見た。全身から流した血は黒く変色し、血の気を失った体には黒く染まった血管が浮かび上がっていた。先ほどまで微かに動いていた心臓は、男神の言う通り動きを止めていた。延命措置としてゆかりの魔法で代謝を遅らせ、細胞の死滅を防いでいたが『呪い』にはついに対抗出来なかったのだ。
「死ぬな! 帰って来いポニ!」
俺は咄嗟に人工呼吸と心臓マッサージを繰り返し、心肺蘇生を試みた。無駄なのは分かっていたが、何もせずには居られなかった。全てが俺のせいだ!俺がこの子を巻き込んだ!
《お兄ちゃん、落ち着いて冷静になって!》
《落ち着いてなどいられるか! 俺が戦場に引っ張り出したりしなければ、この子は死ぬ事はなかった。俺が殺したも同然だ!》
《まだ間に合うかも知れない。アリシアをここに呼ぶの! この子が本当に神の血を引く者の末裔なら、あの方法が使えるかも知れない!》
《バカな事を言うな! こんな危険な場所に彼女を呼べるものか! アリシアまで死ぬ事になったら、俺は!?》
《大丈夫。先ほどREYの再起動が確認できた。『呪い』を感知して緊急回避のためダウンし、再起動の機会を伺っていたみたいなの。REYとアリシアがいれば闘える。ポニを蘇生させるのもきっと可能だわ!》
《本当か!?》
《今、REYにその準備に入らせた。エネルギーさえ確保できれば可能性はあるとREYも言っている。まだ希望はあるから諦めないで!》
希望が俺に力を与えた。
単純な奴だと思われようが何でもいい。
俺は価値を示せと言った神に向かって立ち上がると、戦う意志とともに拳を強く握りしめた。
「ポニは死なせない。俺も生き残る!
呪いを取り除けば、ポニを救う事ができるかも知れない。約束しろ! 俺に生きる価値ありと認めたらポニの呪いも取り除くと!」
「何だ? 急にやる気になったのか?
いいだろう、約束してやる。オレを納得させるほどの可能性を示す事が出来れば、そのガキの呪いも潰してやろう」
ニヤリと口元を緩めそう言ってから、男神は嬉しそうに笑って、いつでも掛かって来いとばかりに指を立ててコイコイと誘った。




