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大海のアダム【14】真実の名

「ここを見て頂けますか?」


 アリシアは下腹に手を当て、本来アンダーヘヤーがある場所を指差した。そこにはヘヤーはなく、代わりに梵字を重ねて複雑にしたような文字が薄青色の光をほのかに放ちながら浮かんでいた。


「タトゥー?・・・かな?」


「防護する為の(イン)なのだそうです。運命の男性以外には破られないようにする為の・・・」


「防護?」


 何を?と言いかけて途中でやめた。アリシアは顔を真っ赤に染めてイヤンイヤンをしている。どんな仕草も彼女は可愛い。女性の口から言わせる内容ではないと、すぐに気付けなかった事を謝罪してから頭を下げた。


「私の躰は胎内を通じて神界と繋がっているのだそうです。子宮がゲートになっておりまして、私の力はそこから来ています。今は印がありますので、半分もこの世界には出て来れませんが」


「だから?」


「も、もう! 速水様の意地悪! そんな事を私の口から言わせるのですか? 私の全ては速水様の為に存在しているです。産まれた時からこの印があり、運命のヒトが現れるのをずっと待っていました。私の癒やしの力は、女となる事で何倍にも強化されます。それが出来るのは速水様だけ。私の言いたい事・・・分かりますよね?」


「う、うん。まあね・・・

だから、ゲルダゴスとの闘いに向かう前にって事なのか? 誰も死なせたくないから、治癒の力をアップさせてから闘えって事なんだよな?」


「それも有ります。でも、それだけでは無いんです。私は本当に心配なんです。ゆかり様が『神召喚』を行う時に使うエネルギーはどうするおつもりですか? どの程度の神を召喚するかで使うエネルギーも大きく変わって来ると思います。もし足りなかったらどうするんですか? どこからエネルギーを引っ張って来るんですか? それは、ゆかり様の魂の力ですか? 速水様の存在力からですか? 相手は不死の神から造られたバケモノですよ? 女神である母ですら絶対に倒せないと言ったバケモノを、どうして『神召喚』ならば倒せると言い切れるのでしょうか?」


「そ、それは・・・」


「小さいゲルダゴスを倒したからといって少しナメていませんか? リンクが回復したら勝てるとか、短絡的で無責任すぎやしませんか? 行き当たりバッたりのぶっつけ本番でどうこう出来る相手だと本気で考えておいでですか? ゆかり様はまだ、ゲルダゴスが真に何であるかを何もお知りでないのに!」


 凄い剣幕でまくし立てるアリシアの勢いに俺は驚いた。自身の言葉にエキサイトしたのか、恥じらいも捨ててツカツカと歩み寄って来たアリシアは、広げだ両手をひしと俺の背中に回し強く抱きしめながら大きく叫んだ。


「私は貴方の為にのみ産まれて来たんです! 役に立てないなら自害して死にます! 貴方を失った私に存在する理由などないのですから!」


「ア、アリシア・・・?」


「ほら! ここはもう準備できてるじゃないですか! こんなにも硬く、凄く熱い・・・」


 こんな美人で可愛い裸の娘に抱きつかれて反応しない方がおかしい。フンドシ一丁の上にガウンを羽織っているだけの俺に、アリシアの細くしなやかな指が触れて来た。握るでもなく、擦るでもなく、ただ押し当てているだけだが、彼女の手に込められた熱が股間に伝わり、元気いっぱいの限界突破体勢に近づきつつあった。気を抜けば、たちどころに狼へとメタモルフォーゼしそうなほどに。


 後に引けなくなるまでの10カウントが頭の中で大きく鳴り響くのを、漂うフェロモンの香りにクラクラしながら聞いていた俺は、不意に押しつけられた唇の感触によって、かろうじて保っていた理性のタガが外れる瞬間をはっきりと感じた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ここに居らしたんですか!」


 そう叫びながらコルルが通路の向うから駆けて来る。息を切らしているところからして、随分と走り回ったのだろう。


「どこかで迷ってんじゃないかと思って心配しましたよ。竜宮城は広いですから」


「ああ、確かに広い・・・」


「そのガウンどうしたんですか? 部屋にそんなのありましたっけ?」


「これか? そういやガウンを着てたんだった・・・」


「覚えてないんですか?」


「いや、覚えてるよ。肝心なところ以外はしっかりな・・」


「なんだか様子がおかしいですよ? 心ここにあらずっていうか、元気がないと言うか・・僕は二時間ほど仮眠とりましたが、アダム殿は眠れなかったんですか?」


「ああ・・・寝てない」


「普通なら寝てる時刻ですからね。ゲルダゴスの動きが予測通りなら作戦開始まで後2時間と少し。もう寝てる時間はなさそうですが大丈夫ですか? それぞれ交代で仮眠を取るよう命令が出ていたハズですが?」


「大丈夫だ。アダムは寝なくてもイイ体質らしい。老師がそう言っていた」


「そうなんですか? それは知りませんでした。ところで、服はまだ直って来てないんですかね? その格好のまま参謀本部に顔を出すのは流石にマズいと思いますよ?」


「そうだな。いったん部屋に戻る。服が届いてるかも知れないしな・・・」


「その方がイイですよ。もしまだなら言って下さい。少しサイズが大きいと思いますが、僕のを貸しますから」


「その時は頼む。ところで・・・俺の部屋はどっちだ?」


「なんだ、やっぱり迷ってたんじゃないですか。部屋が分からなくなるなんてアダム殿にも普通の人みたいなところがあるんですね? 少し安心しました。 超人過ぎて近寄りがたいというか、畏れ多いというか、とにかく雲の上のひとみたいに感じてたんです」


「俺なんてただの男だよ。自制心の欠片もない・・・」


「え? 聞こえませんでした。今なんて言いました?」


「何でもない。つまらない男だと言ったんだ」


「つまらなくはないでしょう? アダムなんですから」


「そうだな。俺はやっぱりアダムだったよ」


「・・・?」


 やっぱり変だ。何かあったのでは? と、アレコレ話し掛けてくるコルルに適当に返事をし、俺は見覚えのある廊下へとたどり着いた。突き当りの奥から三番目が俺にあてがわれた部屋のはずだ。出撃の準備がありますので僕はここで、と言葉を残し足早に駆けていくコルルの背をしばらく見送り、俺は扉のノブをゆっくりと回した。


 部屋に入ると、左の隅に置かれたベッドの上にポニが寝ていた。シールさんから貰った子ども服を着たまま横になり、くぅくうと寝息を立てている。現在は夜の10時半。よい子は寝てなきゃいけない時間だ。


 俺はポニを起さぬように音を立てずに造り付けの机にある椅子を手前に引き、その上に腰を下ろすと深く溜め息をついた。机の上には俺の一張羅が置いてある。ジュンナ氏が仕立て直してくれたのだ。細かな引っかきキズによる綻びや、肩の部分にあった雷牙がかすめた時に出来た焦げ跡なども綺麗に消えて直した跡も全く分からない。まるでヨムルに貰ったばかりの時のように新品に近いかたちに修復されている。その横に新しい下着の上下ワンセットがあった。上にはメッセージカードが置いてある。


 俺はこの世界の文字がまだ読めない。

REYを起こして変換させれば内容は分かるが、たぶんその必要もないだろう。丁寧な筆跡と、文面の最後にあるサインはジュンナ氏本人のモノだと思われる。下着にある製品のロゴとかたちが似ていた。最新のアンダーガード下着をご自由にお使い下さいとでも書いてあるんじゃないかな? 老師に剥ぎ取られた俺の下着も洗濯して綺麗にアイロン掛けされ、その隣に置いてあった。


 服を着替える気力が沸かず、俺はメッセージが書かれた紙を机に戻すと、再び深く溜め息をついた。


 溜め息の原因はアリシアとの事だ。まさかあんな事をしてしまうとは・・・あれではまるで


「盛りがついた犬っコロと変わりねぇじゃないか・・・」


 思わず口に出していた。

そう。俺はアリシアとやってしまったのだ。


 それも普通にではない。

盛りがついた犬か、狂った野獣のように彼女を犯した。痛みに涙を浮かべたアリシアを構う事なく、欲望の限りを彼女の中にぶちまけた。一回でなく何度も何度もだ。


 男らしくないと言われるだろうが、それは俺の意思ではない。途中から訳が分からなくなり、正確には覚えてさえいない。気がつけばアリシアは気絶しており、俺はJK達に肩を掴まれ彼女から引き剥がされていた。全身が蒸気を吹き出すほどに真っ赤に染まり、欲望を吐き出したはずの猛りは萎える事なくそこにあった。


「お気を確かに! こちら側に戻って来て下さいませ!」


 それが何度目の叫びなのか分からない。

JK達の声に自分を取り戻した時には、アリシアの綺麗に整った部屋はめちゃくちゃになっており、俺が暴れたのか何人かのメイド達はひどく傷つきダメージを負って床に膝をつき呻いていた。


「これを俺がやったのか!?・・・でも、どうして!?」


 何が起きたのか理解できないかった。

キスをされたあと燃えるようにカラダが熱くなり、抑えようとしても自制心が働かなくなった。ただ目の前にいる雌を強烈に求め、そうしなければならないのだという強迫観念に似たドス黒い欲望が俺の精神を支配していた。


 俺の中の何者かが命令した。この女を孕ませろと・・・


 半ば強引に組み倒し、乱暴に腰をねじ込んだ。短く呻いたアリシアの声に理性を取り戻すも、それは一瞬の事だった。野獣の如き欲望が俺を支配し、先ほどまで懐いていたはずの愛情の欠片も消え失せていた。



 哀しみを浮べたアリシアの瞳に、俺の顔が映っていた。

そこには野獣の顔があった。途中から意識がなくなってしまい覚えていないが、部屋の外で控えていたメイド達によって止められるまで行為は続いた。なぜすぐに止めなかったのか?戦闘メイドである彼女たちには出来たはずだ。その理由を聞こうとしたとき彼女たちのリーダーらしきJkは言った。


「姫様は大丈夫です。・・・はじめからこうなる事は分かっていましたので・・・」


 メイド達に支えて貰いながら半身を起したアリシアは、乱れた髪の間から笑顔を作ると頷き、再び気を失ってしまった。体に傷はなかったけれど、逆流した欲望の跡が血に混じり床を汚していた。


 分かっていたとは、どういう意味なのか?

アリシア本人が何かの術を俺に対し仕掛けたのか!? 分からない・・・何も覚えてない・・・


 俺はその後、ベッドに寝かされたアリシアの側に置かれた椅子に座って彼女が目覚めるのを待った。どうしても理由が知りたくて、すぐにでも話がしたかったのだ。しかし、アリシアが目を覚ますより先に、参謀本部での作戦会議の時間が迫っている事をメイドの一人が俺に告げた。


「気になさらずと言うのは無理でしょうが、姫のからだは大丈夫です。『真実の名』による交わりでしたので、はじめてのアリシア様には少々無理があったようです。よほど切羽詰まっていたのでしょう・・・」


「どういう事だ? やはり何かの術を使ったのか!」


「術ではありません。アダム様の『調整力(リフォース)』を開放する『真名マナ』を使われたのです」


「『調整力(リフォース)』?『真名(マナ)』とはいったい何だ!? 俺にも分かるように説明してくれ!」


「この世界におけるアダム様の役割が何であるかはご存知かと思いますが、男性には子孫を残すためにどうしても必要な事がありますよね?『真名(マナ)』を使うことで、その状態を強制的に作り出す事ができるのです。仕組みはわかりませんが」


「言っている意味が分からない。なぜ強制的に作り出す必要があるんだ? アリシアとはちゃんとお互いを理解した上で・・・」


「アリシア様とはそうでしょう。雰囲気もよく、とても打ち解けておられました。誰からみても二人はお似合いのカップルです」


「なら何故!?」


「例えば、運命のお相手が私のような竜臥であったならばどうしますか? アリシア様に対するように優しく微笑みかけ、子どもを作るために奮起して下さいますか? たぶん無理ですよね?」


「そ、それは・・・」


「気をつかって頂かなくとも大丈夫です。私達も分かっていますから。私達に欲情してくれるのは、同じ竜臥の男性か大型の蜥蜴族くらいのモノです。普通は女として見ても貰えません。同じ竜族の男性ですら、竜人の女の方がいいと思うのが大半で、実際に妻にするのは圧倒的に竜人女性です。それは仕方のない事ですので諦めていますが・・・」


「・・・・・・・」


「アダム様の役割は、世界のバランスを調整するために力を持つ子孫を残す事なので、相手の女性がどんな姿であれ役目を果たせるよう『真名(マナ)』が存在し、それを知る女性が運命のお相手となるのですよ。逆に言えば、アダム様にははじめから拒否権がないのです」


「なん・・・だって!?」


「安心して下さい。海にはアンデッドの類はほとんどいませんし、比較的人間族に近い外見を持つ魔族が多いです。触王の眷属のように、半分腐っていて酷い悪臭を放つ種族もいないですし。ですから、速水様は運がいいと思います。マーメイドやローレライは人種の女よりも綺麗な容姿をしていますし、体のサイズも丁度いい。『真名(マナ)』を知る者が他にいるかどうかは知りませんが、もしかしたらアリシア様だけかも知れません。そうである事を私達も望んでいますが、それは誰にも分からぬのです」


 意志に関係なく種付け衝動を起す『真名(マナ)』の存在など、俺は知らない。自分がしっかりしていれば大丈夫だと思っていたが、そうではないと言う。神が敷いたレールより外れる事が如何に難しいのかを知らされ、俺は愕然となった。もし運が悪ければ、腐った死体みたいな種族に対しても拒否権もなく種付けしなくてはならなくなる。


 過去に召喚されたアダムには、目も当てられぬほど不幸な奴もいたに違いない。世界の調整力を受ける種族は人型とは限らないし、動物系ならまだしも、昆虫やバケモノ魔族だったりしたら確実に気が狂う。それら全てが神のセッティングで、逆らいようがないとなればまさに地獄だ。


 ゆかりは、『賢者の心臓』を七つ揃えたら神のシステムが使えるようになると言っていた。早く揃えて、その強制ツールを無効にしなくては恐くて外出もできない。


「どうされました? 顔色がすぐれませんが?」


「・・・分かっているだけでいい。他にどの種族が『真名(マナ)』を知っているのか教えてくれないか? 近付かないようにすれば悲劇を避ける事が出来るかも知れない」


 俺と話をしていた竜臥女性は、後ろにいた仲間に振り返り知っているかと訪ねた。中のひとりが、あまり確信は持てませんがと前振りしてから言った。


「ゴーゴン族の長、メデューサの娘が『真名』を知っているという噂はあります。海岸に面した洞窟を棲み家にしているので、海洋魔族と呼べるかどうか微妙なところですが・・・ ゴーゴン族は邪悪で横しまな種族です。妬みから殺される可能性がありますから、普通なら『真名』を知っていたとしても公表しません。それを敢えて公表するのであれば、それは何かしらの陰謀が絡んでいる可能性があります。そもそも噂だけですから、嘘を言っている可能性も捨て切れません」


「その通りです。アリシア様は竜王様という特別な後ろ楯がありますので堂々とフィアンセを名乗りますが、それは例外中の例外だと思って下さい。もし仮に、私が『真名』を知っていたとしても絶対に誰にも言いません。速水様がひとりになった時を狙い、こっそりと子種を頂きそのまま姿を消します。いずれ世界の王となるかも知れない子どもを人知れず育て、下克上を狙う。それほどにアダム様が齎す恩恵は、子が産める女にとって魅力があるのです」


 ひとりのメイドによる爆弾発言で騒然とした部屋を離れ、俺は廊下をフラフラと歩いた。ゲルダゴスとの闘いを目前にして全く気力が湧いて来ない。アダムには俺が想像していたより遥かに過酷なレールが敷かれている。アダムの役割など知ったものではないと好き勝手やらして貰うつもりでいたのに、結局は知らぬところでシナリオが出来ているのだ。


 本意でない条件を飲んでまでヨムルに露払いを依頼したゆかりの気持ちがよく分かる。そうでもしなければ、『真名』を知る者から狙われ続ける俺を守れないと判断したのだろう。


 今まで出会った相手が絶世の美女だったり、アイドルだったり、美少女だったり、お姫様だったりしたから、俺はご都合主義のハーレム設定にそれほど嫌悪感もなくここまで来た。だが、現実に直面した途端にテンションは急降下だ。


 想像してみてくれ。

生理的にどうしても触れないような不気味な生物相手に、盛りがついた犬の如く腰を振り射精を続ける自分の姿を。そして、その生物が自分の子を孕んだ姿を!


 君には耐えれるか!

 耐えれる訳がない!


 豚や鼠ならまだマシってレベルのバケモノを相手に、精神的に正常を保ち続けるのは不可能だ。今までのアダムがどのような20年間をこの世界で過ごして来たのかは知らない。しかし、とんでもないゲテモノのお相手をして来たのではないかと思うと、先人達に対しご冥福を祈りたくなった。それが他人事では済まなくなるとしたら・・・


ーーーマジかよ・・・

冗談じゃないぞ。意識すら無くなるんじゃ、ゆかりとのリンクも役に立たない可能性がある。アダム召喚はこの世界で作られたシステムだ。ゆかりはそのシステムにいろいろ上書きしてチート的能力を付け加えた。しかし、それとて存在の根源には逆えるモノではなかったのだ。


真名(マナ)』を使ったアリシアに対し嫌悪感はない。彼女はゲルダゴスは絶対に倒せないと言っていたし、その全滅するかも知れない闘いに身を投じる皆々の事を心配していた。


 自分の封印を解けるのは運命のアダムしかいないのに、そのアダムは時間をかけてお互いを理解してからなどと悠長な事を口にし、人払いをしてふたりきりになったのに手を出そうとしてくれなかった。


 アリシアは追い込まれていたのだろう。哀しみを宿したあの時の瞳がそれを物語っていた。あれは自身に向けた罪の意識であり、俺とゆかりに対する謝罪の念が込められていたように思う。よほど切羽詰まっていたのだろうとメイド達が言っていた通り、煮えきらぬ俺の態度がアリシアに『真名』を使わせたのだ。俺は再び溜め息を付き、ポニの寝息を聞きながら椅子の上で深く沈み込んだ。


「あれ?帰ってきてたの? 起こしてくれれば良かったのに」


 10分ほどそうしていただろうか。

ポニが目を覚まし、椅子に座る俺に声を掛ける。眠そうに目を擦りながらベッドから起き上がり、ポニは俺の様子を眺めていた。


「ねぇ、見て見て! シールさんから貰った服!

フリルがいっぱい付いてて少し動きにくいけど、竜人の女の子みたいでしょ? でも、やっぱり裸の方がボクにはシックリ来るよね」


「・・・・ああ、そうだな」


「何だよそれ! 少しくらい見てくれてもいいじゃないか!」


 俺はポニの方を見てなかった。それどころではなかった事もあるが、あまりオシャレとかに関心がなかったのだ。


「お兄さんにも見せてあげようと思って着て来たのに、ひと言も無しなの? ボクだって女の子なんだよ? お世辞のひとつでもいいから何か言えないの?」


「まあ、いいんじゃないか? 良かったな」


「ナニさ、その半端なくどうでもいい態度は! シールさんやシールさんの家の人達は、凄く似合うって褒めてくれたのにさ!」


 噛み付くような勢いで近寄って来たポニは、文字通り大きく口を開けてがぶりとやろうとした。いつもならやめろと抵抗する俺がされるがままでいる様子に違和感を感じたポニは、噛みつかずにクンクンと鼻を鳴らしている。


「何この臭い!? 女の臭いがするよ!」


 そう言やこいつら、臭いに敏感だったな・・・


「それに、お兄さんからもエッチな臭いがする! 誰とシテきたのさ! ニオイをプンプンさせて!」


「お前には関係ないだろ? ほっといてくれ」


「関係ない訳ないよ! もしかしてアリシア姫?

そうだよね! ボクが目を離したスキにアリシア姫のところに行ってエッチして来たんだ!」


「・・・・・・・・・」


「否定しないって事はそうなんだね! ひどいよ! ボクには何もしてくれないのに、会ったこともない姫とはすぐにエッチするなんてさ! ボクの方が先にお兄さんに会ってるんだよ?」


「無茶苦茶言うな。幼女のくせにマセた事を言って、俺にどうしろってんだ? 俺に幼女を相手にどうこうする趣味はないぞ」


「見た目は幼女でも、ボクは16歳だよ! あと二年したら大人になるんだ。大人になったら結婚してくれるって言ったよね? なら、アリシア姫と立場は変わらないじゃないか。ボクだって婚約者なんだから、それなりの扱いを受けて当然だと思うのがそんなに無茶苦茶なの!?」


「いつの間に婚約者になった? 俺はお前が大人になったら考えるって言っただけだと思うが?」


「・・・ズルいよ! ボクの気持ちを知ってて利用してさ。ボクがどんな気持ちでゲルダゴスとの闘いに同行したと思ってるんだ。凄く怖くて逃げ出したいを我慢して、それでも好きな人の役に立てるならって頑張ったのに・・・よくやったって誉めてくれて、ぎゅっとしてくれるだけで良かったんだ。ホッペにキスしてくれるだけでボクは幸せな気分になれたよ!」


「ポニ・・・・」


「見た目がチンチコリンでも心は成長してるんだ。セイレーンって種族に大人と子供の途中がなくても、ボクの心は成長しているんだよ。ボクだって傷付いたりするし、何も考えないでいつもヘラヘラ笑ってなんていられないよ・・・」


「ポニ、俺は・・・・・」


「お兄さんはアダムなのに、そんな事も分からないんだね? アダムは外見がどうであれ、どんな種族の女性であれ、その心を愛し子を授ける事が出来る奇跡の存在だって聞いていたのに・・・」


 ポニは泣いていた。

ポロポロと涙を流し、それが床に落ちるとビーズのようにコロコロと転がった。何かの本で読んだ人魚の涙を連想させるその風景に、俺は言葉を失いただ見ているだけだった。


「もう、いいよ。 ボク、疲れちゃった・・・」


 ポニは服を脱ぐと、それを丸めて俺に投げつけた。


「さよなら、お兄さん。アリシア姫とお幸せに!」


 床いっぱいに涙のビーズを残し、ポニは部屋を出て行った。静寂を取り戻した暗い部屋に、俺はひとり椅子に腰掛けて天井を見上げていた。別れ際のポニの言葉が頭の中で繰り返えされる。


ーーーアダムは心を愛し子を授ける?


 先人のアダム達がどうこの世界で生きたのかは知らない。しかし、そう伝えられるよう行動して来た事が、奇跡の存在として全ての魔族達の女性に希望を与えているのは事実のようだ。それが『真名』を使われた事による効力なのか、先人達が自らそうしたのかを知る術はない。


 20年という短い時間をどのように過し、どう調整者としての役割を果して来たのかは分からない。だが、ポニの言葉が少しだけ俺の心を軽くした。受け手である女性達が少なくとも愛情を求めており、愛し愛される事で奇跡の子が授かると信じているのなら、それほどに壊滅的な逆レイプ的な事は起きないのではないかという希望的観測だ。


「レイプではなく和解があるなら交渉の余地がある」


 その事は、行動不能なまでに落ち込んだ俺の心に光を与えてくれた。アダムが齎す恩恵を欲しているのは事実だろうが、同時に愛情という俺でも理解できるモノを求めている事が俺の心を安心させた。


 そのとき丁度のタイミングでドアがノックされ、既に作戦会議の為に全員集まっており、俺の登場を待っていると扉の向こうに立つ男の声はそう告げた。




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