大海のアダム【13】危ないお姫様
目立つからやめろと言うのにスキップするコルルと別れ、俺はあてがわれた部屋へと気配を殺しながら移動した。ポニが帰って来てるかも知れないし、こんな恥ずかしい姿を見られたら後々何を言われるか分かったモノではない。あと少しで部屋に着くというところで俺は硬直した。部屋の前に何やら不気味な物体が三名立っていたのだ。
体は2㍍と少しくらいで、赤褐色の肌をしている。
その皮膚の表面はびっしりと鱗に覆われ、鱗の下には逞しい筋肉が存在していた。そう、奴らは竜臥だ。
だが、俺が今まで見て来た竜臥とは明らかに違うところがあった。それは胸だ。トカゲ顔も角も尻尾も普通の竜臥と変わらないが、奴らには巨大な胸が二つ並んで付いていた。
甲冑でも着ていてくれればそれほど目立たないのに、彼女達はその巨大な胸を強調するかのように薄着をしており、申し訳程度の胸当てと、腰にはスカートのような長い布を巻いている。布は全員がシロで、金糸で刺繍が施されていて高級感がある。しかし、くびれた腰の上にある体は迫力満点で、布にまで目が行かない状態だ。頭にはアクセサリーをしていたが、それもその不気味さを強調させる為のアイテムでしかなかった。
俺はクルリと反転して逃げる選択をした。
アダムのお仕事が子作りであったとしても、アレは流石に無理!質量オーバーだし、鱗に触れば痛いに決まっている。竜臥の鱗はヤスリみたいにザラザラで、擦られただけで肌が破ける。ダグロス戦で痛いほど思い知らされた。雄であれ雌であれ、彼らは竜臥であるというだけで全身が武器なのだ。
反転した俺の鼻先に赤褐色の壁があった。ドンとぶつかって見上げると、デカイ胸が二つ揃って頭上にあった。鼻先が痛い。女性でも竜臥は竜臥だ。ぶつかった先が擦り剥けて赤くなっていた。
ーーーこいつ、いつの間に俺の背後に!?
今の今まで、全く気配を感じなかったぞ!!
退路を絶たれてしまった。ぶつかった奴の背後からもう一体が現れる。同時に後ろの三体が動く気配がした。挟み撃ちにされる。俺は反射的に天井に飛んで、三角跳びの要領で背後から接近する竜臥の突進を躱そうとした。
しかし、信じられぬ反応速度で内の一体が跳び上がり、上空の隙間を埋めるように手を広げて俺を捕まえようと動いた。合計5名の女竜臥たちは、明らかに訓練された動きで行動の先を読んで退路を絶ち、腰布の後ろに隠していた極細ワイヤーのようなモノを素早く投げつけて来た。ジャンプした以外のヤツ全員が同時に。
こんな事など予想もしていなかった俺は、思考加速をする間もなくワイヤーに絡め取られた。殺気もなかったし、あまりにも一瞬の事で何も出来なかった。完全に不意を突かれたカタチだ。
全身をワイヤーによって雁字搦めにされた俺が床に落ちると、申し合わせていたかのように、先頭の者が布袋を取り出して俺のカラダを詰めようとする。叫ぼうとした口に布を押し込まれ声も出せない。
ーーー拉致する気か!?
こいつらは間違いなくプロだ。手際が半端ない。
布袋に押し込まれたまま肩に担がれた俺は、すぐさま尋常でないスピードで移動するのを感じた。ポニの海流操作はほとんど水圧を感じないが今回は違う。右に左にと体を振られる度に起きる圧力の変化に鼓膜が悲鳴を上げ、強烈な頭痛が俺の意識を奪おうとした。
殺気は感じないにしろ、コイツはかなりヤバい状況ではないかとREYを起こす準備に掛かる。あまり頻繁に使いたくはないが、背に腹は変えられない。と、移動がやんだ。ゆっくりと体を起こされ、足から床に降ろされる。
「アダム様をお連れしました」
拉致犯のひとりが、拍子抜けするような甲高い声で言うのが聞こえた。
「手荒なマネはしなかったでしょうね?」
こちらの声は若い女性の声だ。奴らの雇い主か?
「もちろんでございます。赤子を運ぶように優しく丁寧にお連れしました」
嘘つくんじゃねぇ! 水圧で鼓膜がイカれる寸前だったぞ! 頭痛がして吐気が・・・あれ? もう何ともない。それどころか気分が晴れやかで何だかウキウキして来たぞ?
「さあ、早く。お姿を拝見したいわ」
「御意!」
スパッと取り払われた布袋の中に、フンドシ一丁の裸の男が晴れやかな表情を浮かべて立っていた。
「キャァーッ!」と叫ぶ声に続きバタンと倒れる音と、「姫さまぁぁぁ!」と叫ぶ竜臥女性達の声が、まるでおとぎ話かディズニーアニメに出て来そうな女の子で〜すという部屋に大きく響き渡った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「もう、本当にビックリしましたわ」
「ビックリしたのは俺の方だよ。いきなり拉致れて、危うくシステムを開放しちまうところだった」
「その『ゆかりシステム』というのにも凄く興味があります。早くゆかり様にお会いしたいです。会ってご挨拶をしなければ!」
「直接会うのはちょっと難しいかな? それが可能なのは、今のところアリスだけだと思う」
俺は今、アリシアの部屋でお茶を飲んでいる。かなりの高級品らしく、香りといい味といい文句の付け所がない。水中で香りがするとか変じゃない?と思うかも知れないが、俺は水中で生活する魔族達とほとんど変わらない感覚でここに居る事が出来た。アダムの親和性というのは半端ないシロモノだ。ともすれば、水中である事を忘れてしまう程に全く違和感がなくなっている。
ポニに水中に引きずり込まれ一日中寝て過ごし、起きたらソヨヨは必要なくなっていた。時間が経つ程に親和性は増し、水中で匂いなんかするのか?とポニに言ってから数時間で匂いを感じる事が出来るようになっている。違和感が消えた事は戦闘するにも非常に大きな意味がある。水中だからどうするとか考えなくても勝手に体が対応するのだ。
どうやって呼気しているかとか、喋る時にどうしてるのかと考えればキリがないが、考えても分からない事は考えない事にしている。それは昔も今も変わらない。特別苦にならなければ、状況を受け入れればいいだけの話だ。
中学生のとき死にかけて奇跡的に助かってから、俺の体には不思議な事がたくさんあった。だが、全てそういうモノなんだろうと受け入れて来た。今になって思えば、その精神的なタフさは全てゆかりがくれた『賢者の心臓』の影響なのだろうが、40歳を過ぎ、精神的にも完熟した俺にはそれがもう当たり前の事で、俺という人間が持つ個性となっている。
どういう訳かふたりは、旧知の仲のようにすぐに打ち解けた。不思議な安心感があり、ずっと秘密を抱えて来た俺にとって彼女は、暖かな春の日差しのように柔らかく開放的な感覚を覚える存在だった。
フンドシ一丁の俺を見て気絶した彼女を見た時、めちゃくちゃな方法で連れて来られた事に対する怒りなど完全に消えていた。とにかく不思議だ。不思議だが当然のようにも感じる。こうして好意を持ち、ペラペラと秘密を打ち明けてしまう自分をどうかしていると叱咤する反面、相手がアリシアなんだから当たり前だと思う俺がいた。
彼女がもし敵であるなら、まんまと手中に囚われたドジな男という事になる。だが、その心配はないとREYまでもが太鼓判を押した。オモイカネが作った完全無欠の人工知能を騙せるようなスキルを持っているなら、それはもうお手上げだろう。全く無警戒のまま『賢者の心臓』を奪われるか、破壊されて俺とゆかりの冒険は終了する。しかし、そうはならない。彼女の好意は本物だった。
「アリスという方は、そんなに凄い力をお持ちなのですか? 巫女というのは本当に凄いんですね」
ああ、巫女に産まれて来れば、私ももっと速水様のお役に立てるのに・・・と、悲しげな表情を浮かべるアリシアに、どんどんと惹かれ好意を寄せていく自分を感じていた。
「アリスは本当に凄いんだ。君も会えばすぐに分かる。ゲルダゴスを倒したら迎えに行きたいんだけど、ゆかりに依代を与えてからじゃないと、待ち受ける危険にこれ以上は踏み込めないんだよ。ゆかりは無理してしまう性格をしてるから、心配で仕方ないんだ」
「ゆかり様を愛しておられるのですね。羨ましいですが、とても素晴らしい事です。お力になれる事があれば是非とも私をお使い下さい。癒やしの波長を流す事しか出来ませんが、少しでもお役に立ちたいのです」
普通なら、何いい子ちゃんぶってんだこのアマ!ってなりそうな台詞も、アリシアが言うと真実に聞こえる。事実、本心で言っているのだろう。いまの俺には蛇眼があり、真理眼という瞳力が使えるから、嘘をついてもソレと分かる。アリシアの言葉には全く嘘がなかった。真っ白で、一つの曇りも無く、彼女の前にいると俺が抱えた闇が浮き彫りにされて恥ずかしさすら覚えるほどだ。
「さっきの話だけれど、君がオベイロスの住む精霊の神界に行った事があるってのは本当の事なの?」
「はい、本当です。母が天界に帰る前、この世界の有り様を知っておいた方が良いからと、この世界と重なるもうひとつの世界である神霊界に連れて行かれました。そこで王という方とも会っています。精霊たちの王というからには絵本の中で見たような高齢の方を想像していたのですが、彼は子供のように小さく、とても若い風貌をしていました。母に対して臆する様子もなく、何やら下品なジョークを飛ばしていたように記憶しています」
婆さんの情報と合致する。本人で間違いないだろう。しかし、女神だというアリシアの母親に対して臆さないとは、かなりの実力があるのだろうか?そのオベイロスに会って依代を手に入れろと婆さんは言ったが、出来る保証は何処にもない。行き当たりバッタリで何の考えもないのだ。
「オベイロスの情報が欲しいんだが、何か心当たりは無いか? 好物がナニかは知ってるけど、交渉に使えるモノとか苦手なモノとか何でもいいんだ」
「そうですねぇ。あのとき私は四歳の子供でしたし、記憶も曖昧で自信がありません。でも、王に会う前に立ち寄った祠にセルバンという老人がいました。解雇されたそうですが、昔は精霊王の教育係であったそうです。母は、神霊界で困った事があった時は彼女を頼れと言っていたような気がします」
「それは凄い情報だよ。君に話して良かった!」
「そんなに喜んでいただけるとは、凄く嬉しい事です。でも、神霊界へはどうやって行くおつもりですか? 先ほど言われた方法では、オベイロス王がいる場所には行けないと思いますよ?」
「行けない? どうしてそう思うんだ?」
「セイレーンは確かに不思議な力を持っていますが、アクセスできる階層は最下層からひとつ上までが限界でしょう。聖神官でもない者が、王の住む最上層の門を開くなど考えられません」
「では、セイレーン王は嘘をついたのか?」
「いえ。ただ知らないだけだと思います。神霊界には界層壁があり、それぞれが独立していて、下から上へは行けないという事を知る者は私だけかも知れません。どの文献にも書かれていませんし、母と共に実際に行っていなければ私も知る事はなかったでしょうから」
「独立している? 神霊界は何層あるんだ?」
「七層だと思います。下位が二つ、中位が三つ、上位と最上位がそれぞれ一つづつです」
「そんなに?」
「はい。それぞれがこの世界と同じ広さがあるそうで、各精霊神界を全て合わせると7倍もの広さです。目的もなく迷い込めば、帰る事も不可能になるでしょうね」
「下から上には行けないんじゃ、セイレーン達に道を作って貰っても無駄じゃないか!? 他に方法はないんだろうか?」
「夢魔王様なら行けると思いますよ。特に今の夢魔王様は優秀で、何千年に一人の時間因子を持つ特別な存在だという話です。父がそう言っていました」
「メリーサに頼むしかないのか・・・
今の彼女は身重だし、あまり気が進まないなぁ。8人産むよってはりきってたしな」
「そうですね。お病気という噂もありますし、それは私もお薦め出来ません。他に方法がないか調べてみましょう。叔父様が聖神官になられていたら門は開けるはずですが、まだ無理のようですし」
「ちょっと待て!メリーサが病気? 今そう言ったよな?」
「はい。あくまでも噂ですので、本当に病気であるのかどうか分かりません。アダム様が失敗作で無能などという噂が流れていたほどですから。ご心配でしたら、私のメイド達に真実を確かめに行かせましょうか? 既にご存知だと思いますが、彼女達はとても優秀で信頼できます」
確かに優秀だ。優秀過ぎて怖いくらいだ。
「あんたらいったい何なの!?」って聞いたら、
「私達はJKです」と答えられた時には、恐ろしさMAXレベルに達した。
「お前達がJK(女子高生)とか、冗談はよしてくれ!」と叫ぶ俺に、アリシアがクスクス笑いながら誤解を解いてくれた。
彼女達はキリングメイド(KM)と言われるスペシャルエージェントで、その中でもジャバオック(J)と呼ばている女性のみで構成された特殊工作部隊の中にあって特に優秀な者を集めた集団らしい。竜王の直轄部隊であり、姫の身の回りの世話を含む護衛任務を24時間体制で行っている。
本当なら、アリシアを絶対にアダムに近付けるなと命令されているから、情報なども完全にシャットアウトだった。しかし、アリシア大好き集団の彼女達は、竜王の命令を無視してアダムと姫をくっつける事に人生の全てを掛ける『恋愛成就応援部隊』と化していた。アリシアの悲しむ顔など死んでも見たくないと言う連中なのだ。
姫の笑顔の為ならいつでも死ねると俺の前で宣言し、死んでは成りません!と涙目でアリシアに言われ、死んでも死にませんと言い直す彼女達に「どっちなんだよ!」と突っ込むのも馬鹿馬鹿しいほどにアリシア狂だった。
俺は彼女達に、メリーサについての噂を調べて貰う事にした。『JK』のネットワークを使えば、明日の正午までには正確な情報が掴めるという。王の病気などは普通なら国家機密扱いなので、それを確認するにはそれなりの時間が必要なのだそうだ。
女神の本質をそのまま世界に現界させたようなアリシアは、全てに愛され、全てに愛情を注ぐ純粋無垢な存在だった。誰もが彼女の希望を叶える為なら何でもしようと考えてしまう中、竜王のみが娘の希望を阻止しようとするのは、ある意味凄い事ではないかと思う。竜王バハムルトは、神の力に対抗する精神力を持っているという証拠なのだ。
必ず敵となる定めの魔王バハムルト。
奴と闘う時がいつなのかは分からない。しかし俺は、その娘に好意を寄せ強烈に欲している。この気持はアリシアのスキル効果だけではなく、もっと根本的な何かで、逆らえるようなモノではない気がする。この気持の正体については後にアリシア自身の口から語られたのだが、知ってどうこうできるモノではなく、ゆかりやアリスに相談すべき内容だった。やはり、神が関わっていたのだ。
俺は彼女を神霊界の道先案内人とする事を考えていた。アリシアを連れ出せば竜王が怒り狂う事は確実だが、それでも彼女を案内人にするのが、ゆかりの依代を得る旅には一番確実であると思われた。メリーサがその旅に加わる事になったとしても、アリシアの知識は貴重なモノで、その計画をいつどの段階で告げるかはゆかりとのリンク回復後に相談して決めようと思っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「人払いを」
アリシアがそう言った時、俺は彼女がこれからしようとしている事が分かっていた。それは俺だけでなくJK達も当然に理解しており、アリシアの言葉と同時に部屋に居た10人と俺を攫った5人のメイドはまるで風のように姿を消していた。ふたりきりになった俺達の間にはしばし沈黙が流れる。
沈黙を破ったのは俺の方だ。
アリシアの雰囲気が先ほどと違い、脅えているようにさえ見える。リンクが完全回復する時刻とゲルダゴスの到着予定時間には一時間以上余裕がある。それはアリシアにも話したし、俺が余裕ぶっこいて茶を飲んでる理由でもある。ゆかりならこの状況を打破する方法を知っているはずだし、復旧した後なら魂の力を消費して無茶な戦い方をする訳じゃないから、俺も安心して闘える。
それに、俺がゲルダゴスを倒した時とは違い、今回は竜王軍の主力部隊が動く。一番小さな災害規模のゲルダゴスだったとはいえ、俺がひとりで倒せたモノを竜王軍の主力部隊とセイレーンの精鋭部隊、それに竜王配下の国々から集結しつつある凄い数の援軍が集まった上で倒せぬ道理はない。俺はそう考えていたので、アリシアが脅え焦っている理由が分からなかった。
「理由を聞いてもいいかい?」
「なぜここで、と言いたいのですね。ゲルダゴスを倒した後でも時間はあるから、それからでも良いのでは?と」
「ああ、その通りだよ。俺はゲルダゴスを倒したからと言ってすぐに消えてしまう訳じゃない。神殿の門を開き、神霊界へと向かう手段もまだ決まってないし、門は見つけたが方法が分からないままだ。それはさっき話したよな?」
「理解しております。方法が見つかるまでは滞在して下さると私も思っています。ですが、その前にコレは必要になるのです。2日前、大地が揺れ嵐が起こりました。べつに嵐自体は珍しいモノではなく、地震の規模もそれほど大きくはありませんでした。しかし、私はその嵐の夜にとても悪い胸騒ぎがしたのです」
「悪い胸騒ぎ?」
「はい。その胸騒ぎの直後、父は天界に呼ばれました。私には秘密にしていたようですが、父は天界に出向く前に大魔王ゾーダ様と連絡を取り、闇のアダムが南海に居ることを確認していました。自分が戻るまでは絶対にアダムを近付けさせるな。なるべく遠ざけ、出来るなら地上に戻せと配下の者達に命じたそうです」
「なんだ、はじめからバレてたのか?」
「命令を受けていたのは秘密裏に動かせる者だけだったようですが、私のメイド達が詳しく教えてくれました。アダム様が海底火山の噴火口より丸い船に乗って南海に現れたと」
「凄い情報網だな! じゃあ、セイレーンと一緒に行動していた事もバレバレだったのか? それにしてはコルル達は何も知らなかったようで、俺の姿を見てもすぐにアダムだと分からなかったようだぞ?」
「それはそうでしょう。シールさんの部隊は私専用の護衛小隊です。指揮系統が違うので情報も伝わりません。竜王軍の中にありながら竜王軍ではなく、唯一私が動かせる隊ですが、実際には何の権限もありません。ほとんどが退役軍人か、皇族貴族の関係者であるのは、闘う危険もなく出陣する機会もほとんどないので安全だからでしょうか? 皆さん普段はのんびり過ごしていらっしゃいますよ」
「コルルが『お飾り小隊』って言ってたのは本当だったのか?」
「そうですね。父が対外的な意味で作った部隊ですから。私が籠の鳥ではなく、専有部隊の指揮権まで与えられて自由であると外界に示したかったのでしょうね。実際とは大違いですが・・・」
「胸騒ぎの正体はゲルダゴスか?」
「いえ。ゲルダゴスと速水様が闘う事です。セイレーンと関わらなければ闘う事にならなかったと思いますし、闘う事にならなければ1800年前の大召海の歴史をなぞる事もなかった。もう今更ですが、アレとは関わってならないのです」
「自然の摂理うんぬんの話はコルルからも聞いたよ。増え過ぎた生き物の数を減らして食物連鎖のバランスを保つ為とか?」
「いえ、それはただの詭弁です。アレに手を出してはいけない理由は別にあります。速水様が戦われた時どう思われました? アレが見た目通り単細胞生物だとお感じになりましたか?」
「いや。脳があるように見えないのに学習能力が高く、こちらの動きを先読みするなど、明らかに知性があった。本体が別にあって、胃袋にあたる部分だけが出て来るそうだけど、胃袋に考える能力があるのかと不思議に思ったよ」
俺は倒したゲルダゴスの動きを思い出す。
移動速度に似合わぬ触手の素早い動き。分裂する能力。神経毒を吐き出し、逃げようとする思考を読み、超音波によって獲物を動けなくする能力を持つ。総合するとかなり強力なモンスターだ。思考加速とREYの能力が発動しなければ確実にヤラれていた。
考えてみれば、単細胞生物に追い込まれるとかあるのだろうか?思考を読みとり超音波を出すということは、ゲルダゴスはこちらの思考を理解しているという事だ。ただの胃袋がか? それはあり得ないだろう。
「アレは見た目通りのモノじゃないのか?」
「はい。全く違います。それに、アレは絶対に倒せないのです。アレの正体は神なのですから」
「神だって!?」
「そうです。アレは異界の神『ダゴン』と呼ばれていたモノの細胞の一部を実験場であるこの『アビス』で培養し、複製を作れないかと、この世界を創った神が試験的に設置したモノです。不死である事はもちろん、高い知性を持っていて、自分の細胞のひとつを殺した速水様に強い殺意を向けています。それに、アーティファクトの鎧を着て現れた私に対してもです。アレはここに閉じ込められた事に恨みを懐き、この世界の神に対して復讐を誓っていますので」
「なんだって!? 君はどうしてそんな事まで知ってるんだ!」
「そんな事とは『ダゴン』の事ですか?
それとも、ここ『アビス』が実験場である事ですか?」
「両方だ!」
「ダゴンの事は母から聞きました。だからゲルダゴスが起きた場合、絶対に触れてはならないと強く言われています。実験場である事は父は昔から知っていたようです。だから神を無条件に信用するなとよく言われました。神が用意した男などと結婚する必要などないから、予言など無視しろとも・・・」
なるほど、そういう事か・・・
アリシアが『ゆかりシステム』の事や『賢者の心臓』の事など、神に関わる話をしても驚かなかったことや、異常に理解が早いことの理由が分かった。
彼女は、はじめからかなりの知識を持っていたのだ。母親が神であった分、ゆかりよりも深い知識を持っていても不思議はない。龍神の末裔の娘として産まれ、神の存在を近くに感じながら育ち、神々がこの『アビス』で何をして来たのかを知っている。
「君はこの世界の神をどう思う?」
俺はこの質問の返答如何によってはアリシアを諦める気でいた。しかし彼女は、俺が求めた答えと寸分変わらぬ答えを返した。
「全ての神がそうとは言いませんが、少なくともこの『アビス』を創った神に私は好意を持てません。歪み捻じ曲げられた世界。争いの為に成長を続ける“出来レース”を強いられた混沌の歴史。もし仮にこの世界の創造神に会う事が出来たのなら、貴方は間違っていると私は言いたい。そして、この絡み合う負の連鎖を断ち切りたいと心の底から思います」
「それは、この世界の創造神を倒すという事か?」
「いえ、違います。アビスを創った神にも創った理由があったはずです。それが何かは知りませんが、その理由となった根源を断てば再びこのような世界が創られる事もなくなるでしょう。でも私には力がありません。とても悔しく哀しい事ですが・・・」
驚いた事に、彼女は誰も知らない筈の真理に近づこうとしていた。今までどんな生活を送り、何を考えていたのかは知らない。だが、限られた情報の中でここまで辿り着いたのだとしたら本当に凄い事だ。俺は素直に感動した。だから、早くゆかりやアリスに会わせたいと、そう思わずにはいられなかった。
「素晴らしいよアリシア。益々君に興味が湧いて来た。しかし、それが今から君を抱くという事には繋がらない。共に旅をする事になるにしても、俺には既に運命の同伴者がいるんだ。賢い君にはもう分かっていると思うが?」
「はい、分かっています」
「同じ質問を繰り返すようだが、なら何故いまこのタイミングなんだ? 焦る必要などない。黙って君の前から消える事なんてしないよ。約束が欲しいならそうしよう。この世界では順序や約束はとても重要なんだろ?」
「速水様が思っているほど私は物わかりのいい女ではありません。嫉妬もするし嫉みもします。なぜ私がアリスさんや他の女性より先に速水様に会えなかったのかと思うと、心に独善的な専有欲が強く湧き上がります。私が一番に会っていれば・・・と、今ここで口にしても仕方のない事を思ってしまうのです。しかし、敢えて申します。 今、ここで私と契を交わして下さい。でなければ・・・」
「でなけば?」
「私も速水様もゆかり様も死にます。ゲルダゴスには絶対に勝てません!」
「それは予知か何かか? ゆかりとリンクした状態の俺は相当に強いぞ? たぶんアリシアの取り越し苦労に終ると思う。ゆかりは『神召喚』ができる最強の巫女なんだ。ゲルダゴスが『ダゴン』の細胞から造られた実験動物ならぬ実験神だとしても、本物の神を召喚できるゆかりの敵ではないと思うが?」
「予知・・・ではありません。ただの勘です。やはり、女の勘だけではアテになりませんか?」
「残念ながらな。順序立ててゆかりに理解して貰ってからの方が絶対にいいと思う。リンクが切れてる時に関係しちゃったら、それこそ印象が悪くなって、今後ゆかりとは一緒に行動できなくなる。あいつはかなり嫉妬深いからな。アリスとは関係してないからすんなり受け入れられたみたいだけど、あれが関係してたらああは行かなかったと思う。男の勘だけどな?」
しょんぼりしたアリシアは諦めたかと思いきや、「分かりました」と言いつつ服を脱ぎ始めた。「おい、おい、どこが分かりましただよ!」と言う俺に構わず、産まれたままの姿になり、恥ずかしがって顔を赤くしながらも少し胸を隠す程度に片腕をあてがい、強い意志をこめた瞳をこちらに向け立っている。
外国人並みのプロポーションであったメリーサやヨムルと違い、日本人女性が持つ美しい曲線美に近い体型。胸も腰もお尻も主張し過ぎておらず、しかしハッキリとそれぞれの存在をアピールしていた。
透き通るような白い肌に、緩やかにウェーブした赤み掛かったブロントヘヤーが、腰の少し上あたりまで伸びている。恥じらいながらも笑顔を向け、モジモジしながら上目遣いで俺を見る視線がとてもキュートで可愛かった。
「あ、あのぉ〜、ど、どうでしょうか?」
「ど、どうでしょうかとは?」
思わずゴクリと喉が鳴りそうになるのを必死におさえ、俺が返した質問にもまたモジモジする。アカン!! めちゃくちゃに可愛いぞ! コイツはもう反則技だ!!
「変じゃありませんか? 気に入らないところとか・・・」
気に入らないところがあったらどうするのか知らないが、アリシアは恥ずかしいけど見て下さいとでも言うように、胸に当てた腕をどけて全てを俺に晒した。美しい。本当に綺麗だ。まるで芸術作品みたいで文句の言いようがない!
「変なところなんてない・・・ 凄く綺麗で、どう表現していいか分からないけど、とにかく美しい限りだ」
ボキャブラリーが乏しいから、恥ずかしくなるようなセリフしか出て来ない。イタリア男ならこんな時に女性が喜ぶようなセリフを連発して朝までだって褒めちぎるんだろうが、俺は残念ながら普通の日本男児だ。綺麗だとか美しい以外に言葉が思いつかない。つくづく思うが、日本人の男って誉めるのが苦手だよな? 何か気の効いたこと言えよって、自分で自分に突っ込み入れたくなった。




