↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/91

大海のアダム【12】リラン老師の贈り物


 ニコニコしながら俺の後にくっついて歩くコルル。何やら少し気味が悪い。言いたいことなどミエミエなのに、何だと聞けばモジモジしてて答えない。わけの分からん単語をゴニョゴニョ言ってるだけだ。


 俺はそんな感じのコルルを連れ、訓練施設があった塔とは反対側の居住区や宿舎が多く集まる西南エリアを歩いていた。ダグロスとの戦闘で負ったダメージは完全回復している。この異常ともいえる回復の早さは、魔法や使い魔による自己治癒力だけでなく、第三者の力による効果がとても大きい。第三者とは誰か?


 そう、アリシアが目覚めたのだ。

彼女が目覚めた事で癒やしの効果が発動し、半径700㍍以内の空間内ではあらゆる病気や怪我が非常に治りやすい状態となっている。あまりに突然の事で自分の身に起きた現象が理解できず、肉体的治癒能力そのモノのレベルが劇的に向上したのかと勝手に盛り上がったが、そうではなかったのだ。


 試合終了後、コルルに肩を貸してもらって医務室まで行った俺は、ベッドに横になりながら、このダメージは半日くらいじゃ抜けないのでは?と心配していた時にソレが起きた。回復のスピードが上がった事にコルルも気付き、アリシア姫が目覚めた事を俺に告げ、彼女の持つ固有能力(ユニークスキル)がどんなモノなのかを説明してくれた。


 アリシア姫を崇拝するコルルは、うんざりする程しつこく能力の説明と賛美を繰り返す。それで彼がこの能力に完全にハマっているのだという事も確認できた。アリシアのスキルの影響下で傷を癒した俺も、少なからず竜王の娘に対して興味が湧いて来たのだ。


 アリシア姫が予言に従って俺と結婚し、3人の子供を望んでいると聞かされても嫌な気分にはならなかった。そればかりか、このとんでもないスキル効果を無制限に垂れ流す事が出来るエネルギーの出どころと、その仕組みに興味が湧いた。


 短時間なら分かるが、意図して発動しなくても意識がはっきりしている間は永遠に効果が継続するスキルなど普通では考えられない。アリシアが龍神の末裔バハムルトの娘とはいえ、特別過ぎる神のごとき加護だ。おかげて助かったのだから感謝せねばならない訳だが、興味半分、少し怖ろしくも感じた。魔法ではないとするなら、何なのだ? まるで女神転生ではないか!?


 アリシアの事は後で確認するとして、今はコルルのこの状態をなんとかせねばなるまいと考えていた。はっきり言って鬱陶しい。何か言い出しては止め、またモジモジしてを繰り返している。はっきりしろ!と殴りたくなって来た。


 仕方ない。こっちから話を振るか・・・

早いとこ答えを知った方がコルルのためだろう。


 俺は足を止め、コルルを振り返り見ながら言った。


「おい、コルル。言いたい事があるならはっきり言え。俺は煮え切らない男ってのが一番嫌いなんだ。これからリラン老師のところに行くが、ついて来たいならそれもいい。だが、モジモジはやめろ。めちゃくちゃ気持ち悪いわ!」


「き、気持ち悪い? それはあんまりですアダム大老師!」


「アダム大老師ぃ〜? なんじゃそりゃ?

アダム殿とか言われるのも本当なら嫌いなんだ。名前を覚えて貰うのも面倒くさいから言わせるままにしてるけど、もう俺の名前は知ってるんだろ? 呼ばれるなら名字の方がいい」


「で、では速水大老師! ご一緒しても宜しいでしょうか?」


「もうついて来てるだろ? それに、たった今ついて来るなら来ていいと言ったばかりだ。お前おかしいぞ。あと、大老師は絶対にやめろ」


「しかし、アダム殿はリラン老師の師匠でしょ? ならば大老師ですよ!」


「では聞くが、コルル君はリラン老師の正式な弟子なのか? 門下生の名簿に君の名前はなかったと思うが?」


「た、確かに僕は正式な弟子入りを認められていませんが、教えは頂いております」


「そんなの当たり前だ。リラン老師は軍の格闘術部門特別顧問だろ? 軍人なら全員が彼の教えを受けてるはずだ。お前の理屈からすると、軍人全部がリラン老師の弟子になっちまう。少し格闘術を習ったからって弟子だとか言われたら老師の方が迷惑するぞ」


「うっ、それは・・・確かにその通り・・です」


「コルル君。先に言っておくが、俺は弟子を取るつもりはないからそのつもりで!」


「えええ〜っ、どうして僕が言おうとしてた事が分かったんですかぁ〜!?」


 そんな事はバレバレだ。変に熱っぽい目を向けて来やがるから、一瞬アッチ方面に目覚めたりしてないかとハラハラしたが、途中からそうでない事に気付いた。話題の中心が俺が使った格闘術が何であり、どうやって身につけたかに偏っていたからだ。


 しかし、危険性は何ら変わっていない。

角を触るのは厳禁だとポニには強く言っておいたが、俺の言葉など耳に入ってない様子でニヤニヤしていた。あれは間違いなくイタズラを思いついた時の顔だ。面白がってめちゃくちゃしそうだからマジで怖い。


 ちなみにその要注意人物のドМ変態幼女は、シールさんが自分の屋敷へと連れて行った。裸で城内をうろつくのはマズいからと、もう着なくなった娘の服をポニにあげるのだそうだ。窮屈だから服はキライだとあくまでも裸族を主張していたポニは、甘いお菓子があるよと言われると目の色を変えて喜んでついて行った。クラゲしか食わないって設定はどうしたって聞いたら、お菓子やケーキは別腹なんだそうだ。アイツの事はもうよく分からん。しばらく放置だ。


「バレてんなら言いますが、僕にあの拳法を教えて下さい。竜臥との体格差を物ともしない、あの不思議な格闘技を! アーキドゥとか言う凄い技を僕も習得したいんです!」


「アーキドゥじゃなくて合気道だ。君には無理だから諦めるんだな」


「何ですかソレ!! まだ何も試してもいないじゃないですか! 僕にも隠れた才能ってのがあるかも知れないですよ? そんな簡単に切り捨てないで下さい!」


「駄目なもんはダメだ! 習うならリラン老師から習え」


「いえ、僕は同じ体型である貴方から習いたいんです。何でもします。当然努力もします。ですから教えて下さい!」


 俺はコルルの熱意に驚いた。

冷たくすれば簡単に諦めると思っていたのに、思いのほか食い下り真剣であるらしい。先ほどのモジモジした煮え切らない態度も今はない。腹をくくったのか、正面から見つめてくる視線を逸らす訳にも行かず、俺はこの純粋で真面目な青年をどう扱うべきかかなり迷った。しかし答は同じだ。教えられるわけがない。


 なぜなら、『合気道』を教えたとしても俺のようには絶対に動けないからだ。理想を高く置けば絶望も深い。俺のように時間操作して時を止めたり、思考加速で軌道計算して予測したり、ましてや、オモイカネが作った人工知能でチートしまくった結果の全てを『合気道』という武術の強さだと勘違いすると、彼はずっと先の見えない暗闇の中を進まねばならなくなる。


 俺は反則行為をしているのだ。

確かに『合気道』は素晴らしい武術だと思う。しかしそれは人間を相手にする前提で研究された近代高等武術であり、関節の駆動範囲が大きく違うような生き物や、関節自体が存在しないアメーバ、骨が折れようが内蔵が破裂しようがお構いなしに攻撃をして来るような不感症のバケモノを相手にするにはおとなし過ぎる技なのだ。


 この世界で生き残るなら、この世界で発展して研究され進化した武術を習った方が絶対にいい。はじめからモンスターや特殊な生き物を含んだ敵を想定しており、自らの肉体的特性を活かした武術がそれぞれの種族に存在するはずだ。


 リラン老師から竜人向けの拳法を習う。それが強くなるには一番の近道だ。理想だけを膨らませた未来ある若者に、わざわざ遠回りさせる必要はない。


 俺は『合気道』を人類最強の武術のひとつだと思っている。だが実際に闘う時には空手も使うし、ボクシングやムエタイの技も使う。そして最近は、猿王から教えて貰った武術の型を多く使うようになって来た。それは猿王の武術がこの世界では一番通用するからだ。孫悟空を武術の神様と皆が賛美する理由が闘いを重ねる度に分かって来る。無駄がなく、汎用性が極めて高く、しかも柔と剛のバランスが芸術的に昇華されていて、つけ入るスキなど全く無い。


 リラン老師が、目からウロコが落ち光の道が見えたと言った意味が今なら理解できる。俺も猿王拳をマスターしたい。いや、完全習得しなければならない。神界に乗り込み、この先のレベルで闘うつもりがあるなら、猿王拳をマスターしなければたぶん闘えないだろう。基本レベルがまるで違うのだ。


 猿王拳は神を相手とする事を前提に、無手で打ち勝つ術を気の遠くなるような長い年月を積み重ね研究された武術だ。不世出の天才孫悟空があみ出し、今もなお進化を続ける生きた超格闘術だ。これ以上の格闘術が存在しない事は、あらゆる種族の名だたる格闘家全てが彼に弟子入りして彼の拳法を己のモノとしたいと望んでやまない事からも証明されている。


 しかし俺は、猿王拳がどんなに優れていても『合気道』を棄てようとは思わない。俺のいた世界から俺が唯一持ち込む事が出来た闘う為の力『合気道』


「気を合わす道」と書くこの武術の凄いところは、あらゆる格闘技に合わせ進化する事が出来る無限の型があるという点だ。基本の型はいくつかあるが、組み合わせは自由であり、本人のセンスにより無限変化する。使う人物が異なれば同じ技でもタイミングの妙によりキレも威力も大きく変わるのだ。


『合気道』の道には果てがない。そして捨てたりもしない。これは俺が俺である事へのこだわりと言える。この先どんな拳法と出会い、どう変化するかは分らないが、基本は子どもの頃『三田道場』で習った合気道であり続けるだろうと俺は思っている。ある事件から一度は捨てた合気の道だが、結局俺はこの武術が好きなんだと今更に気づかされた。


 コルルの申出を断りながら歩き、リラン老師の部屋の前まで来た。扉の向うに気配は無いが、たぶん間違いなく中にいる。


 少し意地悪かも知れないが、コルルに宿題を出した。ノックして部屋に入り、無事に老師に挨拶出来たら弟子入りさせてもいいと言ったのだ。


 もちろん油断するなよとも言ったし、飛び道具などのトラップが仕掛けてある可能性も教えてやった。ついでに、わざとらしく扉の横に立て掛けてあった古びた板と棒を手渡し、これで何かが飛んできたら防御しろとも言っておいた。後はコルル君の運と実力次第といったところだが、ノックして3秒持たずにぶっ倒れてノックアウトだった。


「弾よけを連れて来るとは、おヌシもなかなかのワルじゃな?」


 部屋の奥から声がする。俺は無造作に部屋の中へと歩き出しながら言った。


「連れてきたんじゃなくてついて来たんだよ。弾よけに使うつもりもなかった。本当に飛び道具のトラップ満載とは思わなかったが、こいつは少し度が過ぎてやしないか?」


「過ぎてなどおらんよ。別に数を増やした訳でもない。いつもと同じ数がいつもと同じように発動しただけじゃ。何秒で通過するかを試すわけじゃが、こいつは見込みがないな。全弾クリーンヒットするなどは計算に入れておらん」


 布で包んだ大小様々な石が床に転がっている。数にして150個ほどだ。ひとつも避けらないとは俺も思っていなかった。少し可哀想な事をしたから、後で謝っておこう。


 部屋を進む度にあちらこちらから飛んでくる矢を指先で摘んでひっくり返し、正確に発射台へと返してやる。こんな事だろうと思って思考加速してあるから、このくらいの事は朝飯まえの単純作業だ。次弾を装てんする前に壊してしまえば、矢はすぐに尽きてしまう。


 最後に、椅子に腰掛けていた爺さんを模した人形が破裂して、パチンコ玉くらいの鉄球が数百個ほど飛んで来るのをコルルが手にしていた板で防御してポカリと棒で人形の頭を叩くと、ビヨヨ〜ンと首が伸びて部屋の仕掛けは終了した。


 フェフェフェ〜とヘンテコな笑い方をする爺さんが机の隅から顔を出したので、手にした棒をブンと顔面目がけて投げてやった。老師は何事もなかったかのようにそれを受け取り、手にした木片の頭に突き刺すと見覚えのある杖になった。


「呼んでおいてコレか? かなり悪趣味だな。いまさら俺の実力を試す必要はないだろうに」


「先ほども言ったが、こいつはいつも発動する仕掛けじゃよ。老人の一人暮らしは何かと物騒でな。泥棒よけにもなっておる。ワシが部屋におらん時はこの数と威力が100倍になるから気をつけた方がよいぞ」


 確かに100倍はかなりヤバい。矢の尖端には矢尻がついていたし、パチンコ玉も100倍も威力があったら充分に人が殺せる。


「何でそんなに厳重な仕掛けを? どう見ても金目のモノなど無いように見えるが」


「おヌシの目は節穴か? 物の価値も分からんとはまだまだじゃな。 ホレ、そこに巻物があるじゃろう? なんだと思う?」


 口が悪いのは分かっちゃいるが、分かってても少しムカッと来る言い方だ。言われた場所を見れば巻物みたいな物が無造作に置いてあるが、皿の上でほこりを被っており、サイズも巻物のイメージよりは随分と小さい。葉巻タバコと同じくらいで、言われなければソレとは気付かないだろう。


「奥義の・・・書か?」


「書ではない。あのような大きさに奥義たる内容が纏まるものかよ。 あれは概念を形にした術具じゃ。『口火』もしくは『気付き』とでも言おうか? 修練を積んだ者が己の限界に当たり、それでもなお前に進もうと喘いだ先にある光。その概念を纏めたモノを奥義といい、積み重ねたモノが大きければ大きい程にその力は絶大なモノとなる」


「いきなり難しいこと言うなぁ〜 まあ、簡単には習得できないって事だろ? 奥義を渡すって言ってたからどんな形で渡すのか考えてたんだが、術や魔法みたいに式を覚えれば何とかなるってモノじゃないみたいだな? どうする気だ?」


 メリーサから『時止め』を渡された時は、奥歯に術式を刻み込み魂の内面に道を繋いで貰った。エネルギーさえ有れば即時発動可能なオートパイロット的なモノで、術の内容も仕組みも全く解らずとも使う事が出来る。しかし、奥義はそんな簡単なモノではなく、修練と努力と完全なる理解が必要だと言っているんだろう。


 ならば、渡されたからといって使えるかどうかは本人次第って事になる。未完成品なんか渡されても、一生かけてもそれを完成させられない可能性の方が大きいのではないだろうか?


「ワシは高齢じゃ。いつ両親や弟のもとに呼ばれても何の不思議もない。それが明日かも知れぬし、何年か先かも知れん。だが、もうお前さんが未完成奥義を完成させるのを見定めるほどの時間は残されておらん。それどころか、そこでホコリを被っておる奥義たちですら出来るようになるまでを付き合ってやれんかも知れん」


「・・・・・・・」


「そこにある奥義はな・・・」

「渡したくても渡せなかった奥義なんだろ?」


 俺はリラン老師の言葉の先を言ってやった。


「ほう?なぜ分かった。そう思った理由を聞かせてくれんか?」


「簡単な事さ。それらはホコリを被っていてあまり大切にされている様子もない。かなり古びた感じもする。という事は、今まで奥義を渡せるような才能ある逸材が現れなかったとも考えられるが、それはない」


 喋りながら皿の上の巻物を摘んでみた。思ったよりも軽い。芯は骨のような物で出来ているみたいだが、巻いてある物は紙じゃないようだ。種類は分からないが動物の皮膚のように思えた。


「ダグロスと言ったかな?

あいつは強いよ。なんでも、肉弾戦だけなら竜王とも闘えるそうじゃないか。それ程の達人がいながら奥義を渡せる人材が居ないなどという事は有り得ない。ならば考えられる事はひとつだ。あの大きな体では習得出来ない、若しくは習得しても使う機会が無い、爺さんと同じくらいの体格の者にしか利用価値のない奥義って事だ。 条件に合う相手が見付からず、渡したくとも渡せなかった。そう考えるのが妥当だろう。ここに来る途中、そこで気絶してるヤツから聞いたが、リラン老師の奥義ってのは国宝級の価値があるって話じゃないか? よほどの理由がなければ埃をかぶったままなんて事はあり得ないだろ?」


「満点とは言えんが及第点だな。その通りじゃよ。ダグロスはワシが育てた中でも最高傑作と言って差し支えない男じゃ。少々頭が弱いのは残念じゃが、アイツは躰にも恵まれ、生まれながらにして強靭な筋力とバカバカしい程のスタミナを持っておった。戦災孤児を拾って育てた内弟子でな。ワシの全てを叩き込んだ我が国最強の格闘家じゃ。 しかし、そのダグロスにも渡せぬ奥義がある。生まれた時から小さく非力なワシが、ワシの為にのみ開発した技の数々。アイツの恵まれた躰には必要がなく、また修練しても実戦に使えぬ以上は習得までに至らぬ奥義じゃ。それにな、あれらを身につける為には猿王拳が必要なのじゃよ」


 喋りだすと長くなるのは老人の特色か?俺は黙って聞きながら、奥義の概念とやらをどのように渡すのか考えていた。


「ワシは猿王から演武を教えて貰ったが、正式には弟子ではない為、それを他の者に伝える事が出来なかった。武闘家としてしてはならん最低限のルールじゃ。伝えるなら猿王殿の許可がいる。だから、開発したが誰にも渡す事なくこのまま消える定めにあったモノだという事じゃよ」


「俺が猿王の正式な弟子だから渡せる奥義で、しかも小柄な体格の者にしか習得不可能な技の数々・・・そういう事か?」


「その通り」


「要するに、超近接戦闘向けのショートレンジ攻撃や、密着した状態で使うゼロ距離打撃。俺達のように、捕まれて抱え込まれる可能性がある小さな体格の者に必要になる技って事だな?」


「100点じゃ。そこに放置されておる奥義は相手の懐深く潜り込み、ほとんど距離がない状態で使う技ばかり。なかなか察しがいいな。頭も悪くない」


 リラン老師は上機嫌になりニヤニヤ笑っている。

ニコニコじゃなくてニヤニヤだ。何か企んでる感じがして怖い。このトンデモ爺さんは孫悟空師匠と共通する雰囲気を持っており、犠牲者を見つけるとこんな顔になるようだ。諦めていた奥義が残せるとなれば、逆の立場なら俺も同じ表情をするかも知れない。


「で、具体的にはどうするんだ? 奥義を渡されても習得に至るかどうかは保証できないぞ? ゲルダゴスの件もあるし、俺には俺の予定がある。長く海には居られないんだ」


「その事じゃがな。師弟の絆もあるし、たぶん大丈夫じゃと思うから、ある儀式を行う許可をして欲しい。おヌシには絶対に損にはならん話じゃ。どうかな?」


「儀式? 内容次第だけど、俺の体は特別製だから受け入れられないモノもあるぞ? 同居人にも聞いてみないといけないから、今この場で俺の一存では決められない」


「同居人? ならそやつに早く聞け。 ワシが欲する儀式とは『血の契約』じゃ。ワシが死んだ場合、ワシの経験値と技の熟練度をおヌシにやろう。既にダグロスに渡した奥義については対象外じゃが、これから渡す奥義に関する技術はワシが死ねば自動的におヌシの物となる。損な話ではないだろう? まさに出血大サービスじゃ!」


『血の契約』と聞いて苦い経験が蘇る。

この契約は、片方が死んだ場合、経験値を含む全ての能力が遺された側に遺産相続されるという絆契約の最上位に位置するものだ。爺さんの遺産がどれ程のモノかは分らないが、武術の達人の経験値を全て受け継げは、俺はいきなり世界で数本の指に入る達人となってしまう。


 普通なら、二つ返事で泣いて喜ぶような申し出だろう。しかし俺の場合、抱えているモノが大き過ぎてその逆のリスクを考えずには居られない。俺が死ねば俺の遺産、つまり『ゆかりシステム』を含む『賢者の心臓の欠片』が爺さんに渡る事になる。


 アリスは『血の契約』はゆかりとしろと言っていた。それが必要になるというような事も口にしていた。爺さんがあとどれくらい生きるか分らないし、やはり下手な約束は出来ない。


 師弟の絆がどれ程の効力と拘束力を持つのかは知らないが、こうして普通にしていられるという事は、特別な制限などは発動しないのだろう。しかし『血の契約』となると・・・


「なんじゃい? 何をそんなに迷う事がある? もの凄いラッキーな申し出なんじゃぞ? ワシは死期が近い明日をも知れん身の上じゃ。本当に明日の朝には死んどるかも知れん。そんなジジイが莫大な遺産を無条件で全部やると言っておるのに、迷う馬鹿がどこの世界におるよ?」


「確かにその通りだと俺も思う。今さっき会ったばかりの俺にどうしてそこまでしてくれるのか理解できないほどだ。でもゆかりに聞いてからでなくては、すぐには返事が出来ないんだ。ふたりにとっても重要な事だから」


「ゆかり? さっき言っとった同居人か?」


「ああ、そうだ。彼女と俺は一心同体で命が繋がってる。俺にもしもの事があれば、彼女の魂も死んでしまうんだ。だから俺は絶対に死ぬ訳にはいかない」


「なるほど。超ラブラブという訳じゃな。確かに彼女に黙って遺産相続の話など決められんわな。もしかして結婚しとるのか?」


 超ラブラブとか言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい。式の時のゆかりの喜んでいた様子を思い出すと、少し胸がキュンとした。あと数時間もすればリンクは復旧するはずだ。


「ま、まぁね・・・3日前に結婚した」


「なんじゃ!新婚ラブラブカップルかよ!

アダムは羨ましいのぉ〜! ヤリ放題、孕ませ放題じゃからなぁ。これからアリシアとも結婚する訳じゃし、寝とる暇もないのぉ〜」


 ツンツンと杖で突いて来るトカゲ老人に、どうしたものかと反応に困る。俺とゆかりは普通に愛し合えるような状態ではない。どんなに近くにいても、腕に抱いて存在を感じる事も出来ない、心の中だけにいる純粋無垢な想像上の彼女と変わらない状態なのだ。


「もっとも、異世界人はこっちの世界じゃほとんど寝る必要もないらしいがな」などと言いながら、爺さんはゴソゴソと机の引き出しをあさり始めた。


「おお、あった、あった。虫に食われてはおらんようじゃ。まだまだ使えるわい」


 何やら古びた布切れを取り出しすと、パンパンと叩いてから状態を確かめ「ホレ!」と言って俺に向って差し出した。


「なんだコレ?」


「闘技場でイイものをやると言ったじゃろう? ワシが若い頃に愛用しておったモンじゃが、別に傷んどらん。結婚祝にお前さんにやろう。スタミナの問題を解決する超激レアアイテムじゃぞ?」


 超激レアアイテムと聞いて興味を持って見てみるが、これはどう見ても・・・


「これって、もしかして・・・アレ?」


「腰帯じゃ。フンドシとも言うな。若いころスタミナをつける為に毎日これを着けて修行したんじゃ。効果バツグン!さすがは猿王殿が下さった帯!」


「師匠がフンドシをくれたのか!?」


「最初は胴着の帯じゃったが、いつも胴着を着とる訳にもいかぬからな。妻が糸を解してフンドシに作り直してくれたのじゃ。下着ならずっと身につけていられるし、不自然もない。このアイテムは普段少しづつ己の気を貯めておく事ができ、いざという時に貯めた気を使う事が出来る優れモノじゃ。身につけている時間が長ければ長いほど効果が高い。さっそく今から着けてみると良いぞ! 妻の形見でもある大切な品じゃが、おヌシにはこれから必ず必要になるじゃろう。大切に使ってくれれば死んだ妻も喜ぶ」


 死んだ奥さんの事を思い出したのか、爺さんは涙目になりながら手を添えて俺の手に握らせ、その上から力を込めた。


 うぐっ、これをどうリアクションしろってんだ!?


 胴着の帯のままなら喜んで受け取っていただろう。しかし今はフンドシだ。しかも、毎日着けていたという古びた腰帯を、どんな顔して受け取ればいいのか? 洗ってあっても触る気にもなれん! それを今から着けろとか、どんな拷問だよ!って話だ。


「ん?どうした? フンドシを着けた事ないのか?」


「あ、いや・・・そのぉ・・」


「仕方ないヤツじゃのう。どれ、ワシが着け方を教えてやろう!」


 そう言って爺さんは俺のズボンに手を掛けた。


「奥さんの形見なんて大切なモノ、流石に貰えないよ!」


 そう言って抵抗する俺に「遠慮するな。男同士なんじゃから恥ずかしがる事もあるまい」と言って無理やりズボンを脱がそうとする。流石は竜臥だ。老人とは思えぬ力でズボンを脱がされてしまった。


ーーーうぎゃ!マジか!? 俺って下着つけたよな??


 履いていた。

 履いてて良かったブリーフ下着。


 ヨムルが用意してくれた服は、下着もちゃんとセットになっていた。ヨムルさん本当にありがとう!


 俺は最後の砦だけは死守し、今回は練習だからと言ってパンツの上からフンドシの巻き方を教えて貰う事にした。ブツブツ言いながら老師は俺の腰にフンドシを着ける。 最悪だ。めちゃくちゃにカッコ悪い。


「まあ、こんな感じじゃ。なかなか似合うな。ワシの若い頃を見るようじゃ」とウンウンと満足げに頷く老人の背後でコルルが立ち上がった。


ーーークソ! なんて間の悪いヤツだ!

普通このタイミングで目覚めるか? また気絶しろ!


 念だけで気絶させるスキルなど俺にはない。

コルルはデカいタンコブをさ擦りながら立ち上がると、周りを見渡したあと俺を不思議そうに見つめて、目をパチクリとさせている。こんな恥ずかしい姿を見られたからには仕方ない。少し可愛そうだが闇に葬るしか道はなさそうだ。記憶をたどり、人気のない通路の位置を確認しておいた。


「うわぁぁ!」


 コルルが大げさに声を上げる。

 俺は爆笑するコルルの姿を想像した。


「それはフンドシじゃないですか!? 実際にしてる人を見るのは初めてです! めちゃくちゃにカッコいい!」


 ぬぁにぃぃ〜っ!こいつマジで言ってんの??


「そうじゃろう。最近は誰もせんくなったが、男児たるものやはりフンドシじゃ! お前にも分かるか?」


「はい、分かります! 僕も一度は着けてみたいと思っていたんですが、もう作っている会社もなくてネット通販でも手に入らないんですよ! ああ、いいなぁ〜! 羨ましいです。もしかして老師のお下がりですか?」


「そうじゃ。ワシが若い頃に使っておったモノじゃよ。今ではたいへんな貴重な品じゃ」


「絞りと少し銀糸が入ってますね・・・あれ?

このデザイン、どこかで見たような・・・!?、も、もしかして伝説の針師、防御下着(ガードアンダー)のパイオニア『ココシノジュンコ氏』の作品ではないでしょうかぁ!」


「ほほう・・・お前、なかなかいい目をしているな。妻の作品と気づくとは感心なヤツじゃ」


 何か、わけ分かん会話をしだしたぞ?

 逃げるなら今がチャンスか!?


「ジュンコ氏がリラン老師の奥様だったなんて知りませんでした。王家御用達のデザイナーで、数々の名品を遺された伝説の針師。今や常識ですが、彼女が開発した戦闘用防御下着『カードアンダーΑ㌁シリーズ』のプロトタイプは帝国博物館に並べられているほどの名品。絶対に入手不可能な品です!」


「お前、名はなんと言う? 軍人か?」


「は、はい。コルルと申します。シール隊長のもと姫の護衛の任についております。先々月付けで騎士見習いから正騎士となりました」


「今の若いモンには珍しく、なかなか見所のある奴じゃ。 ん?お前の顔、どこかで見た気がするな?」


 信じられない会話を続けながら、急速に打ち解けて行くふたり。俺には何が起きているのか全く理解できない。フンドシ談話で盛り上がる変人どもを、まるで白昼夢を見ているかのように見ているだけだった。


「思い出した。闘技場におったヤツか? へばってフラフラだったアダムに肩を貸していたじゃろう?」


「はい。兄シリウスと共にあの試合を観戦させて頂きました。あまりに凄過ぎて目で追う事も出来ませんでしたが・・・」


「そう言えばシリウスの奴もあそこにおったな。すっかり忘れとったわい。兄という事はラーカイド兄弟の末弟か? 三人兄弟だとは知らなんだわ」


「兄と違い、僕は竜臥として産まれて来ませんでしたので・・・」


 目を伏せて声のトーンを落とすコルル。

竜臥として産まれて来なかっ事を恥じている様子だ。それが彼のコンプレックスでもあるのだろう。老師ほどの者になればそのような心の動きを察するなど容易いだろうが、話は続いた。


「シリウスの奴は兄より恵まれた体格と才能を持っておる。しかし残念な事に、努力という一番重要な才能に欠けておる。その点トーマスは真面目でコツコツ努力を重ねるタイプじゃった。全くの凡人でありながら、親衛隊の副隊長にまで出世した。お前も見習うならトーマスを見習え。お前はトーマスとタイプが似ておる」


 しかし言われたコルルに覇気がない。フンドシ談話ではあれほど生き生きとしていたのに、兄達の話が出た途端にしょぼくれてしまった。コルルの兄はふたりともリラン老師の正式な弟子だ。名簿にラーカイドの名が三名あり、ひとりは死んでいる事を示す赤い線で名前が消されていた。コルルの親父さんかも知れない。


 貴族出身の気まじめな青年の過去がどのようであったかなどに興味は無い。取り上げられたズボンを、どうやって取り戻そうかと真剣に悩んでいた。このままゲルダゴスと闘えとか言われたら俺は帰る。いや、地上に帰るにしても一張羅を取り返さなければ帰りたくても帰れない。こんな方法で俺を縛るとは、流石と言うべきか恐ろしい爺さんだ。


 しばらくの漫談のあと、俺とコルルは再び通路を歩いていた。来た時とは逆に、俺が彼の後ろを歩くかたちだ。コルルより一回り小さい俺は、背中に隠れるようにして周囲に警戒しながら慎重に歩を進めていた。


「どうして、そんなに小さくなって歩いているんですか?」


「分からんのか、お前は!」


「先ほどからしきりにカッコ悪いと口にしますが、僕にはそうは思えません。フンドシ姿は男らしくてカッコイイと思いますが?」


「アホかお前は!時と場合を考えろ!

『裸祭り』の時ならいいさ。周りも全員フンドシ一丁だし、女衆もそれを見に来てる。だけどな、祭りでもなんでもないのにフンドシ一丁で歩く馬鹿がどこに居る! 先ほどすれ違った奴らも俺を見て凄く可哀想なヤツを見る目をしていたぞ!」


 そうなのだ。

俺はリラン老師に残りの服を剥ぎ取られ、フンドシ一丁の裸にされてた。俺の一張羅は度重なる戦闘により痛んでおり、娘に渡してそれを直してやるというのが理由だが、着替えも無いのにひん剥かなくても良いだろうと俺は言いたい。もう最悪を通り越して喜劇である。


 4時間後に開始予定のゲルダゴス最終殲滅作戦までには必ず直すから安心しろとは言っていたが、それまでこの姿のままでは外を出歩く事もできない。セイレーンの部隊とも打ち合わせしなくてはならない用事があるし、ダグロスとも共同戦線の作戦指揮を具体的にはどうするかを話し合わなければならない。部屋でじっと服が返ってくるのを待っている時間はないのだ。


「そうですか? 気付かなかったなぁ〜」


「それはお前が浮かれているからだ。周りの状況なんて見えてないだろ!」


「嫌だなぁ。そんなに浮かれてるように見えます?」


「無茶苦茶そう見えるわ! ヘラヘラ笑いやがって!」


 コルルが浮かれている理由はふたつある。

ひとつは『フンドシ』を貰う約束が出来た事だ。リラン老師の娘は母親の後を継ぎ『COCOSHINO』を経営しており、彼女自身もたいへん有名な針師だった。


 小さな下着メーカーからはじまった『COCOSHINO』は、初代ジュンコの名声と娘ジュンナの経営手腕により、あらゆる分野に進出して成功した巨大企業だ。魔族側だけでなく人類側にも支店を構えるトップブランドで、主力商品である戦闘用下着『ガードアンダーγ㌏シリーズ』は今や多くの種族に愛用されているらしい。


 量産タイプはそれ程でもないが、一品モノとなると目玉が飛び出る程の値段がするそうだ。コルルは老師の娘さん、つまりオーナー自ら縫製した特注品を貰える約束を取付けて上機嫌だった。


 あとひとつは、老師が弟子入りを認めた事だ。

主に鞄持ちだろうが、付き人を命じられて有頂天だった。やめろと言うのに老師に手を貸し、俺を羽交い締めにして服を剥ぎ取るのに協力しやがった。


 コルル許すまじ!

 ポニを焚き付け、恥ずかしい目に合わせてやると心に強く誓った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。