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大海のアダム【11】師匠の師匠

「そこまでじゃ! 双方拳を納めよ!」


 声がした空間に老人が現れた。現れ方が普通じゃない。あれは天歩では!?


 師匠が使う天歩と同じ感覚をその老人から受けた。老人と言っても竜人ではない。体は小さいが、れっきとした竜臥の特徴を備えている。その老人は俺とダグロスが闘っている間に躊躇なくスッと割込み、両手を上げて俺とダグロスの攻撃を同時にイナした。とんでもない高等技術だ。師匠クラスの達人かも知れない。


 タララを踏んだ俺とダグロスが同時に振り返ると、鋭い眼光が二人に突き刺さった。完全にのめり込み半分トランス状態のような二人を、その眼光が現実へと引き戻したのだ。気付けば俺はかなりのダメージを蓄積しており、ゆかりシステムの警告アラームが視界に出ているのすら気付かず夢中になっていた。


 素体破損率32%だって!?

ヤベェ! 危うくゆかりシステムの緊急発動を引き起こすところだった!


 爺さんが試合を止めなかったら本当にそうなっていたかも知れない。こんなにも夢中になるとは自分でも思っていなかったので、数値を見て驚き唖然となった。


 俺は・・・マジでどうしちまったんだ・・・

 こんな事は今までになかったのに・・・


「老師! なんて危ない登場の仕方をするんですか!? 危うく殺してしまうところでしたよ!」


 ダグロスが叫ぶ。彼も同じように驚いていたので、俺とどっこいどっこいくらい我を忘れていたに違いない。


「殺してしまうところだと? たわけ者が! きさまなんぞにワシが殺せると思うか、このヒヨッコめ!」


 老人は手にした杖でポカポカとダグロスの頭を殴り出した。先ほどのイナシは凄まじかったが、飛び跳ねながらポカポカする動きは子供みたいだ。俺は自分の状態を確認しながらダメージをチェックしはじめた。


 かなり腱が傷んでいる。深刻なダメージこそ無いが、あのまま続行していたらどうなっていたか分らない。


「ラタニオン。お前がいながら何をしていたのじゃ! こいつ等の状態が側で見ていたのに分からんのか? その竜眼は節穴か、おい!」


「も、申し訳ありません老師。闘いに見入ってしまいまして・・・」


「言い訳をするな! 宰相にもなって何たる様じゃ。バハムルトの馬鹿は何をしている? もしもの時に止めに入れるのはあいつしかおらんじゃろう? それも分からず試合をさせたとか言わんじゃろうな!」


 凄い迫力の爺さんだ。宰相はタジタジ。竜王を馬鹿呼ばわりだ。いったい何者なんだろうか? もしかして竜王の親父さんとか?


 俺は少しびっこを引きながらポニ達のところに戻った。コルルのところにはラタニオンがいるし、あちらは男ばかりだからあまり近付きたくない。合流した俺はシールにあの爺さんが何者かを尋ねた。


「老師は先代竜王様の兄に当るお方です。武術の達人で竜王様のお師匠でもあります。たいへんご高齢なので最近はあまりお見かけする機会もありませんでしたが、お元気そうで安心いたしました」


「そうか、竜王の叔父さんか。ちなみにあの爺さんは何歳なの?」


「正確なお歳は分かりませんが、もう400歳は越えていると思います。竜臥は竜人より寿命が長いですが、平均が320歳ですから大変な長生きです」


「バカもん!ワシはまだ397歳じゃ! 3年も違うではないか! 生きた化石扱いするでない!」


 ラタニオンを説教していた爺さんがこちらを向いて怒鳴った。まだ耳は遠くないみたいだ。それにまだまだ元気である。俺からすると397も400もあまり違わないような気がするが、本人にとっては重要な事なのだろう。歳の話題はタブー扱いにした方が良さそうだ。


 ラタニオンに説教を続ける爺さんの後ろを、抜き足指し足で通り過ぎようとしていたダグロスが見つかった。


「おい、どこへ行くつもりじゃ?

お前には言わねばならん事がある。夢中になるとダメージ食らっても回復もせんで闘い続けるクセは治っておらんようだな。試合だから良いが、戦争ならばこうは行かん。常に自分の状態を把握しながら戦えと口を酸っぱくして言ってもまだ分からんのか?」


「す、すいません師匠。久しぶりに全力が出せる相手でしたので、つい・・・」


「つい・・・ではないわ! お前は自分の立場がまるで分かっておらん。お前の役目はなんだ? 言ってみよ!」


「は、はい。わたくしめの役目は民を守る事です。竜王バハムルト様の隣に立ち、いつ如何なる時もあらゆる危機から人民を守る事。それがわたくしの使命です」


 ダグロスは姿勢を正しくして強くはっきりと言った。


「馬鹿かキサマは! そんな当たり前の事を今さら尋ねたりするモノか! ワシをボケ老人扱いしておるのではあるまいな? それでも本当に白竜将軍か? ああ、情けない。名誉ある白竜の名を汚しおって・・・ワシの後を継ぎ、白竜を頭に頂く戦士ならばもっと己の役目を理解せねばならん!もしや本当に分からんのか?」


「は、はぁ・・・」


 くそ、この歳になってまだ教えてやらねばならんとは・・・とブツブツこぼしながら老人は言った。


「よく聞け。ワシが教えてやれる時間も残り少ない。困った時に何時でも助言してやれるわけではないのじゃ。最強の騎士白竜将軍が役目は、いつ如何なる時も闘いの中に立ち、その力を兵士達に示して決して折れぬ事じゃ。普段どんなに強くとも、いざというときに傷ついた姿を見せるなどあってはならん事だ。お前が負傷すれば必ず軍の士気に影響する。どんな時も万全な姿で闘える事を示し、全ての兵が安心して闘えるようにしてやる事。それが白竜将軍の役目じゃ!」


「お言葉ですが、そのような事は今までも・・・」


「そうか? ワシにはそうは見えんが」


 そう言うと老人は、ススっとダグロスに近付き、杖の先をチョンと膵臓がある位置に当てた。まるで力を入れたように感じなかったが、ダグロスは「うっ!」と呻いて膝を折り、ガクガクと痛みに震えながら(うずくま)ってしまった。


「膵臓破裂、肝臓も内出血が激しい。左足の腱は切れる寸前。その他にも、少しダメージを入れただけで壊れそうな部位が16ヶ所もある。これでいつ如何なる時にも戦場に立てる状態なのか? ワシの目を欺けると思うなよ? 子供の頃から鍛えてやったのだ。お前の事など何でもお見通しじゃ!」


 こりゃ、スゲェ爺さんだ。

破裂した場所くらいは俺にも見えるが、ダメージを抱えて壊れそうな場所なんて流石に分らない。全く分らないわけじゃないが、自分の体でもないのに限界値を正確にとらえるなんて不可能だ。何かコツでもあるのだろうか?


「お前もお前じゃ!」


「え!?・・・俺??」


「名前は知らんが、お前は異世界から来た者だな? どうして手心を加えた? お前の体には七星門までを開いた跡がある。五星で留めて闘うとは、我が弟子を愚弄しておるのか? 返答次第では許しはせぬ。不詳の弟子に代わり、このワシが相手になるぞ!」


 七星門?チャクラの事を言っているのか?

確かに第七天位チャクラまでを回したが、あれはREYが勝手にした事だ。やり方も分らないし、アリスとの訓練では第五位までで精一杯だった。何をするか分らないから、REYには俺の知る範囲の第五位までで留めておくように言ってあった。


 実際には後二つ、禁忌のチャクラと神様にしかない神位チャクラを回して合計九つのチャクラを回しちゃった訳だが、あれは完全にチートだからカウントしない。体への負担も大きいし、今の俺には第五位までが本当に限界だ。しかし、それを説明するにはREYやゆかりの存在を明かさなくてはならなくなる。爺さんとは闘うつもりもないし、正直ダメージが半端なくてこれ以上戦うのは絶対に無理だ!今は誤魔化すしかなかった。


「な、何の事だか分らないな・・・

買いかぶり過ぎだよ。俺は出し惜しみなんてしてないし、あれが精一杯。限界ギリギリだって、本当に」


「凄いね、竜のお爺ちゃん! なんでそんなの解っちゃうの!? 確かにゲルダゴスを倒した時のお兄さんはそんなもんじゃなかったよ! 黒い稲妻を纏ってピューンって感じで飛び回り、小さいゲルダゴスを一瞬で黒焦げの消し炭にしてから、デカい方の中に潜り込んで核を吹き飛ばしてしまったんだ! もう、本当に凄かったよ!」


 ぬあにぃぃ〜!!

ポニの奴、見てなかったんじゃねぇのか!

しかし、なんでこのタイミングでそれを言うかなぁ?

お前、マジもんの疫病神か? もう勘弁してくれぇ!


 俺の心の叫びが届くわけもなく、睨んだ俺にイェ〜イ!と言ってピースサインを送ってくる。もうどうにでもなれだ。


「なんと!? ゲルダゴスを倒したのか?」


「そうです老師。僕たちはそう主張したのですが信じては貰えず、結果的にこうしてアダム殿の力を試すことに・・・」


「アダムじゃと!?

貴様は勇者ではなくアダムの方か!」


「そりゃそうだろう? 勇者が乗り込んで来たとか思っていたのか?」


 これは俺のセリフだ。


「ああ、そうじゃ。過去にアダムが強かった例はないからな。あの勇者も古株じゃから、そろそろ世代交代して新しいのが来たのかと思った。戦争の時は敵じゃが、それ以外の時は別に魔族を殺そうとしない勇者も何人かおった。職業勇者というヤツじゃ。フリーの時は勇者という身分を隠してフラフラ武者修行の旅にでる輩もおったのよ」


「ホントか!? 勇者ってそんなに自由なの? なんか羨ましいなぁ〜」


「そういうおヌシは、そんなに窮屈な生活を強いられておるのか?」


「ん、俺か?・・・言われてあらためて考えてみると、好き勝手してるよな? 城に一日としておとなしくしてた事もねぇし、あっちこっち行ってるし、ゾーダが探してるみたいだけど連絡も取ってないし、勝手に結婚したし、子供も・・・」


「子供? アダム殿は既に子供を?」


 コルルとポニが睨んでくる。ポニの歯がガチガチと音を立て、コルルまでもが俺の背後に回ろうとジリジリと包囲網を縮めて来た。コイツら遂にタッグを組んだか!?


 フェフェフェ〜と老人がヘンテコな笑い方をする。


「面白いヤツじゃ。こんなアダムははじめて見たぞ!」


「そりゃど〜も」


「しかし強い。このワシにすら底が見えん。戦闘力をどのようにしてそれほど完璧に隠せるのかが不思議じゃ。目を瞑れば実体がどこにおるかさえも分からんくなる。これではダグロスもやりにくかったろうな?」


「はい、老師。とても闘い難い相手でした。相手の力を利用した体術は老師の技と大変似ております。時折見せる時間操作もかなり厄介でした。こちらの必殺の威力がそのまま自身に返されるのは正直なところ脅威です。どうしても返された時のダメージを思って手が竦みます。恐ろしい拳法ですよ」


「うむ、かなりの修練度じゃ。それに猿王拳も混じっておる。どうして知っておるのか知らんが、あの動きは間違いないく猿王様の拳法じゃった」


「老師はご存知ないのですか? アダム殿は猿王様の正式な弟子だそうです。城下でも噂になっておりますよ?」


「なんじゃと! そんなバカな!?

う、嘘じゃろう? そんな事はあり得んわい!」


 この爺さんも同じ反応だ。

ゲルダゴスを退治した事より驚くとは、いったいどうなってるんだ? 正直、世間の師匠に対するイメージがもの凄く悪いみたいで心配になって来た。誤解してるなら、弟子として少しでもイメージアップしておかなくてはならんだろう。


 要らぬお節介だと言われそうだが、師匠が悪く思われるなんて我慢できない。本当は凄くいい神様なのだ。どこの世に創造神から見捨てられて置き去りにされた世界をひとりで護ろうとして身を削る神がいる?そんな神様はハヌマン神孫悟空だけだ。彼だけが闇に包まれた世界に残された唯一の光だった。のちにイザナギ神イザナミ神の国造りの夫婦神が現れるまで、師匠はひとりで生命の種子を護ったんだ。俺はその姿を実際にこの目で見て来た。


 それは婆さんの語りの中での事だか、オモイカネ神から見聴きしたという情報は俺とゆかりに伝えられた。その婆さんが居ない今、俺とゆかりだけが本当の彼を知っている。


「猿王・・・師匠の事なんだが、皆はどう思っているか知らないけど、彼は本当はとても優しい男なんだ。辛い過去を乗り越えて今も目的の為に頑張っている。世間で言われているような、偏屈で誰にも心を開かないような冷たい男ではないよ」


「なんじゃと? おヌシは何が言いたいんじゃ」


「いや、だから・・・世間で言われているイメージと実際は違うと・・・」


「そりゃ、お前さんが弟子にして貰ったから言える事じゃ! 本当の猿王をなぜお前が分かる? いい加減な事を口にするな!」


 爺さんはかなりご立腹だ。

何をそんなに怒る理由があるのか分らないが、俺の話を遮って声を更に荒くする。俺より背が10㌢以上は小さいのに凄い迫力だ。ダグロスや他の皆がタジタジになるのも分かる。


「ワシがまだ若き頃の話じゃ。腕に自信があったワシは、ある年のこと猿王に弟子入りを申し込んだ。当然のごとく断わられたが、簡単に諦めるワシではない。己を鍛え直し、何度となく猿王の元へ足を運んだ。


 結局、何度弟子入りを申し込んだか知っとるか?

147回じゃ! 180年の間に147回、ワシは弟子にしてくれと懇願し頭を下げた。確かに武闘家としては未熟であったが、自分で言うのもなんじゃが、かなりイイ線まで行っておったと思う。何が不足なのかと聞いたら何と言ったと思う?


「自分で考えろ」じゃ!


 ワシは言われるままに考えた。

考えて、考えて、そして考えられる限りの方法で修行し、強くなって再び弟子入りを申し込んだ。その度に断られ、理由を聞けばまた同じく「自分で考えろ」じゃ!」


 ついに爺さんは自分の過去を語りはじめた。

長くなりそうだが、途中で誰も声を挟めない。アドレナリンが切れて、蓄積したダメージが強烈に痛み出したが、座って休めるような雰囲気でもない。こいつはまいったぞ・・・


「はじめて断わられた時から数えちょうど100年目の事じゃ。猿王は、なぜそれほど強くなりたいのかと尋ねて来た。武闘家が強さを求めるのは当たり前の事じゃ。だからワシは武の頂点を目指しているからだと答えた。 次の年からまた「自分で考えろ」と言われて追い返えされた。それから何年か過ぎた頃、ワシは毎年のように弟子入り志願しに行くのをやめ、高齢な父から魔王を継がぬかと言われて父の仕事を手伝うようになった。見習い魔王のようなモノじゃ。


 そこでワシは見た。自国の民達が戦火に焼かれ死に行く様を。抗う事の出来ぬ、神から押し付けられた争いの火種を。なんと理不尽で不毛な世界なのかと絶望する反面、民を護る為には何者にも負けぬ強い意志と体が必要なのだという事を悟った。ワシは弟に魔王の仕事を継ぐように言って、再び修行の道に身を投じた。己の為にではなく、民を護る為に絶対的強者にならねばならんと思ったからじゃ。ワシは変わった。同じ修行の時を過ごしても、護る為に強さを求める修行はなぜかワシに力を与えてくれた。


 その時じゃ。

瞑想し、感覚を研ぎ澄ませ内なる世界で己を磨く修行の最中、猿王が忽然と目の前に現れた。今まで会う事すら至難の技であった彼が、彼の方からワシの目の前に現れたのじゃ。信じられぬ事であったから、コレはワシ自身が作り上げた幻しなのだと思った。


 その彼はとても優しい目をしていた。

ああ、やはり幻しだとワシは思った。厳しく何者も近づけまいとする彼の眼光とはまるで別の、慈愛に満ちた深く澄んだ眼差しに神の姿を見たからじゃ。


 そして彼は無言のまま頷くと、ワシに演武を見せてくれた。淀みなく流れる流水の如き動き、時に激しく、時に緩やかに、しかし留まる事のない美しき動き。ワシの知る拳法とはまるで別次元のモノだった。目から鱗が剥がれ落ち、目の前には光の道が示されていた。


 瞑想から覚めたワシは、今の不思議な体験を確かめる為に猿王が棲む大剣山へと向かった。何度か猿王と会った岩場の、彼が座っていた場所に白い帯が置かれていた。そして地面には「前に進め」と書いてあった。


 ワシは自らの修行の場に戻り、演武を頭に浮かべながら同じ動きが出来るようになるまで何度も繰り返し繰り返し修練を重ねた。あの動きと同じ事が出来るようになるまで8年掛かった。


 別に弟子入りを懇願する為でなく、演武が出来るようになったのを見て貰おうと猿王に会いに行った。その日は呆気ない程にすんなりと彼に会う事が出来た。彼はワシの目を見据え「見せてみろ」と言って厳しい眼光を放った。厳しいが暖かい光じゃった。


 ワシは緊張しながら演武を行った。

 終わった後、しばらく沈黙が訪れた。


 沈黙の緊張感に耐え切れず、思わず膝か震えるのを恥ずかしく思っていると彼は破顔して言った。


「よく頑張ったな。お前ぇはお前ぇの道を進め」と、


そしてワシは国ヘ戻り、弟に押し付けた魔王の仕事を手伝いながら戦火から民を護る事に全力を尽くし、己の拳法を若い者達に教え育てた。


『弱き者を護る為の拳を伝え遺す』

これがワシの武道であり、生きる目的じゃった。


 ワシは最後まで猿王の弟子にはして貰えなかったが、それはそれで良かったと思っておる。こうして多くの弟子を育て、最強の戦士を世に送り出す事が出来た。ワシは自分の生き方に満足しておるし、悔いはない・・・


と、今の今まで思っておった!」


 いい話だなぁと思って聞いていた俺に、爺さんはいきなり杖の先をビシッと向けた。ビームが飛んで来そうな勢いだったので反射的にその直線上から半身を外すと、俺の後ろの壁がドカ〜ン!と馬鹿みたいに大きな音を立てて砕け弾け飛んだ!ぶ厚い壁に大きな穴が開いている!


 オイオイ!マジかよ!?

避けなかったら死んでたぞ!


「ズルいぞ、アダム!

ワシが永年思い続けても成し遂げられず、諦めて心穏やかに死を迎えようとしておったのに、お前はぁ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今のはヤバいってマジで! 当たったら死んじゃうってば!」


「嘘を着くでないわ! ゲルダゴスを倒したほどの強者(つわもの)がワシの無空波ごとき技で死ぬモノか! この妬ましい罰当たりめ! ジジイの嫉妬をナメると本当に殺すぞ!」


 自分で嫉妬とか言っちゃってるよ!

ではナニか? あのリアクションも怒りも、自分が弟子にして貰えなかった猿王の弟子に俺があっさりと収まった事に対する妬みか!?


 こりゃ不幸の手紙どころじゃないぞ!

こういう事になるのが師匠には分かっていたってこと?


 嫌われてるどころか、あんたメチャクチャ憧れられてるよ! この爺さんもアンタの信者じゃねぇか!


 こいつはマズいぞ・・・俺はさっき火に油を注ぐような事を言って爺さんの嫉妬心に火を着けちまった! 信者の前で、自分だけが本当の猿王を知ってるみたいな発言は完全にタブーだ。今の状態でこのトンデモ爺さんと闘えば、ゆかりシステム緊急作動間違いなしだ!


 俺は必死に打開策を考えるが、こんなピンチなのに思考加速が発動しない。さっきのダグロスとの試合には使えたのに何故だ!


 相手はダグロスよりヤバいかも知れない猿王拳も使える伝説級格闘家だ。口からでまかせでもいいから、なんとか気をそらして嫉妬心をおさめて貰わないとゆかりの魂が消費されてしまう。


 そこで俺はとんでもない事を思い付いた。

後先考えずに行動すると、後で痛い目をみるのも知らずに。しかし、口から出ちまった事を引っ込める事は不可能だ。


「め、名案があるんだが聞いてくれ!」


「名案?」


「爺さんを猿王の弟子にする名案がある。確実で、しかもすぐだ!」


「デタラメを言って誤魔化す気じゃな? それ程にワシと手合せするのは嫌か!」


「嫌とかそんなんじゃなくて、今は少しマズいんだ。ゲルダゴスもこっちに向って来てる。後少しで復旧できるのに、今ここでシステムを使う訳には行かないんだよ!」


「また、訳の分からん事を!

まあ良い。その名案とやらを聞いてやろう」


「師匠の師匠の事をなんて呼ぶ?」


「いきなり質問か? ここでは師匠とは呼ばず老師と言うのじゃ。老師の老師は大老師。老師が門派を築いており、多くの弟子がおる場合はその指導者を聖老師と呼ぶ。それがどうした?」


「例えばだ。俺が弟子を取った場合、その弟子からみた猿王は何になる? 猿王は俺の師匠だ。師匠の師匠も師匠だろう?」


 むちゃくちゃな論法だが、闘いを避けるにはコレしかない。後で師匠に怒られるだろうけど、ゆかりの魂が減るよりマシだ!俺は爺さんの反応をドキドキしながら待った。馬鹿にするなと怒り狂えば逃げるしかない。


「なるほど! そりゃ盲点だったわい!

そうか、ワシがお前に弟子入りすれば猿王はワシの師匠、つまり大老師となる訳か!? 素晴らしいではないか! ワシの永年の願いが叶う! 想い焦がれてもなし得なかった願いがこんなにも簡単に叶うとは何たる幸運!」


「ろ、老師!? 待って下さい。それでは我々もアダム殿の弟子という事になってしまいます。白竜将軍がアダムの弟子になるなど前代未聞!」


「細かい事など気にするな。考えても見よ。あの武神猿王の門下となるのだぞ? 格闘家としてこれ以上の誉れがどこにある?」


「し、しかし・・・」


「ワシはもう決めた。当然じゃが、ワシの弟子入りを断るなどせぬよな? そちらから言い出した事じゃ。責任は取ってもらうぞ?」


「当然だ。強い弟子が増えるのは大歓迎だからな。爺さんの弟子入りを大歓迎するよ」


 俺は、師弟の契りに正式な形や儀式が必要なのかも知らない。孫悟空との時は握手して互いに名を名乗っただけだ。だからその時と同じように右手を差出し名を名乗った。


「俺は速水卓也。あんたを正式な弟子とする」


「ワシの名はリラン・バルチネス・リュウケン。速水卓也殿を師と定め、その教えをこの身に刻もう」


 握手してお互いの名を交したが、爺さんは手をまだ放そうとはしなかった。他にも何か必要なのかと思っていると、あまりにもあっさりしていてつまらんから何でもいいので誓いの言葉を言ってくれと言われた。こう言う時に俺はよく地雷を踏む。セイレーン王の時もそうだし、ヨムルの前で『血の契約』という言葉を使い大変な事になりかけた。俺がもたもたしていたせいか、爺さんは龍神の血に誓うと言った。ならばと俺はアダムの血に誓うと返し師弟の契約は完了した。


「これでワシはアダム殿の正式な弟子になった訳じゃが、ワシの方が経験もあり武術の腕は上のようじゃ。これではサマにならんから、ゲルダゴスの件が終わったらワシから師匠殿に奥義を渡そうと思う。弟子より弱い師匠など格好がつかんしな。そこでひとつ頼みがあるんじゃが聞いてくれるか?」


「何か凄い事をさらりと言われた気がするけど、俺に出来る事ならいいよ。言ってくれ」


「実は、渡す奥義の中に未完成のモノがある。その奥義を完成させバハムルトの奴に渡して欲しいのじゃ。アリシアを妻に娶ればおヌシにとって奴は父親になる訳じゃが、ワシの師匠であるからにはバハムルトもおヌシの弟子のひとり。なんの問題もないじゃろう。それは最終奥義となる特別な技じゃから、師匠から直接渡して欲しいのじゃ。まあ完成した暁にはという事じゃがな」


 竜王までが俺の弟子になってしまったと気づいて、師弟対決を約束した俺の師匠より竜王との師弟対決が先で、それが確実になってしまった事に内心「またやっちまった〜!」と自分の浅はかさを呪った。でもあの場合、仕方なかったと諦めるしかない。竜王と俺はいづれは闘う運命にあったのだ。


 それに、敵として闘うよりは師弟対決の方が少しマシな気がする。免許皆伝を言い渡せば闘いが終了する可能性があるからだ。皆伝する為の奥義を完成させるという大仕事が待っているが、今ここで心配したところで何も変わらない。先ずはゲルダゴスを何とかしないと何もかもが消滅してしまうのだ。


 俺は奥義の件を了承してから、ゲルダゴス殲滅プランを話そうとして急に目眩に襲われた。痩せ我慢が限界に来たのだ。フル回転でヨムルから貰った使い魔達が傷の回復に当たっていてくれるが、エネルギーそのものが足りていない。治癒に使うエネルギーは、体力の回復とは別モノなのだ。


 竜臥ほどの体躯があれは話は別だろうが、小さな体つきの俺には外部からのエネルギー補填がないと実際かなりキツい。チャクラを回す時に使い魔の妖力を大量消費した事が主な原因ではあるけれど、闘う為には必ず必要になるプロセスだし、今後この課題をクリアしないと本当に窮地に陥った場合どうしようもなくなる気がして心配になった。


「ど、どうしたんですか? 急に顔色が!?」


 コルルが駆け寄り、ふらついた俺に肩を貸す。せっかく弟子が出来たのに少しカッコ悪い。


「やっぱり竜臥の体力は凄いな。体が小さいのは不利だぜ。正直疲れた。もうヘロヘロだ」


「確かにそれは大きな課題じゃな。ワシも小さな体には苦労した。だがそれを解決する方法はある。アダムの体にも有効かはわからぬが、良いものをやろう。役に立つかも知れん。体力を回復させたらワシの部屋へ来い」


 そう言って老師は、現れた時と同じく瞬きする一瞬で姿を消えた。どう見ても魔法じゃない。師匠と同じ天歩にしか見えなかった。



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