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大海のアダム【5】大海獣殲滅戦へ

大海のアダム【4】の続きです。



********************************************

【大海獣殲滅戦へ】




 そこには何もなかった。

ただ、膨大な熱量が渦巻く途方もない海が天に広がるだけだ。


 形あるモノ全てを溶かす超高熱の海。

碧く滾る流体の渦がその世界の空を埋めつくし、熱く硬い鉄の大地には生命の営みなども有りはしない。もし仮にこの場所で生きれるものが居たとしたら、それを生命と呼べかは非常に怪しい。少なくとも地上で生きる者が足を踏み入れた場合、一瞬で蒸発して形も残さない事は間違いなかった。


 温度6700℃

 圧力350万気圧


 星の外核と内核との間に位置するこの場所では、物質の全てが地上1気圧の状態とは全く異なる様相を示している。


 温度による「分子が崩壊する方向」と、圧力による「分子結合を強化維持する方向」との間で、物質は液体となったり固体となったりするが、気圧の低い山頂では水が80℃で沸騰するのとは逆に、350万気圧という超高圧の世界ではどろどろに熔けた高温の鉄でさえ凝固し物質化する。つまり、“高温でも熔けない固体”が存在できる世界なのだ。


 その高温高圧の世界において、結晶の有り方そのものが変化する様を『相転移現象』といい、そこでは全ての物質が『金属化』して存在する。それが地球の中心核である《コア》が固体であり、金属である理由である。地球とは『鉄の星』なのだ。


 しかし、思想神によって作られたこの星は『地球』という宇宙でも極めて稀な奇跡的バランスにより創られた星をモデルとしていながら、大きく異なる部分があった。神界の稀少金属であるアダマンタイトを核に使用した事により、保有するエネルギーの限界値が『地球』よりも遥かに大きく、『相転移現象』も活発に行われていた。


 ツララのようにつき出した金属の結晶が、時おりはじけては雨のように降り注ぐ。内核の表面に落ちるとすぐに馴染んで鉄の大地と同化するが、その結晶が積もったとしても体積が増えたりはしない。体積はそのまま密度だけが増加し、圧縮された時に生じる熱量が星のエネルギーとなっている。熱は外側からではなく内側から生じており、ところどころ火山のような形状の突起物から吹き出している光りの粒が、上空の流体へと呑み込まれて行く不思議な風景を作り出していた。



 その温度7000℃に達する灼熱の大地に、赤い髪をなびかせて歩くひとりの女がいた。350万気圧という超高圧の影響を全く受けず、結晶化した柱が弾けて上から降り注ごうとも気にした様子もない。


 蛇王ヨムルと呼ばれていた魔王と全く同じ容姿をしながら、その者は全く別の未知なる存在だった。この場所で存在できる魔王など居はしない。それが神であったとしても同じ事だった。


 炎に属する神であるなら、この高温に耐えれる神も存在するであろうし、逆に活性化する者もいるだろう。だが、圧力は別だ。星の中心核に限りなく近い高温高圧の環境下でも行動可能な火神は、神々の世界においてもトップクラスの極限られた存在だけだった。


 神すら超える超常なる存在でありながら、彼女はこの灼熱世界から外に出るすべを知らない。気付けば何故かここに居て、出る方法も分からず7000℃の鉄の大地を歩き続けている。


 直径14キロに満たない小さな星のような大地は、彼女の足なら容易く一周できてしまうが、磁気の存在しないこの空間では方向感覚も定まらず、どこを見渡しても目印になる物がない為に何度も繰り返し周回していた。


「やはり、出口は何処にもない・・・」


 膨大な存在の力があるのに、その使い方が分からない。体の中には今まで慣れ親しんだ蛇気はなく、代わりに燃え尽きる事のない膨大な熱量を持つ神気の塊が躰中に満ちていた。


「ここは何処? 私はどうして生きているの?」


 そんな問いを何度繰り返した事だろう?

躰の異常に気づき腹の子の安否を心配したが、それは無用の行為だった。自分の身に起きたこの変質化は腹の子の力だったからだ。心臓の鼓動がふたつ聞こえる。ひとつは自分のものであり、ひとつは胎児のものだ。力強く響く胎児の鼓動は、彼女に喜びと同量の不安を与えていた。


 この胎児は、大婆様と呼んで慕っていたヤマタノオロチの転生体ではない。神の魂である事は間違いないが、大婆様よりも遥かに高次にある強大な力を持った神の魂が腹の子に宿っている。その正体が何であるか全く分からず、思い当たるモノも無ければ身に覚えもなかった。


 夫であるタクヤに関係する者の魂だったとしても、タケミカヅチが死んだとは聞いていないし、人の血筋に神がいるなどあり得ない。


 大婆様の魂はどこに行ってしまったの?

 転生が失敗したのなら、私はどうすれば・・・


 胎児がタクヤと自分の細胞から産まれた存在である事は間違いない。しかし、何かとてつもないカルマを背負って転生した存在である気がしてならず、腹の子の将来に大きな不安を感じていた。自分の力が全く及ばない世界で、どうやってこの子を育てたらいいのか?どうのように力になれるのか?


―――ああ、タクヤ・・・タクヤに逢いたい・・・


 ヨムルは、自分の身に起きた不思議な現象よりも、腹に宿った新しい命と、数奇な運命に蜻蛉のごとく儚げな力で立ち向かおうとしている夫の安否が気に掛かり、烈火のごとき炎に身を焦がしながら歩き続けていた。


 その想いに呼応するように結晶柱の塊がいっせいに破裂し、破片が煌めく反射光で視界を覆い尽くす中を、出口を求めてさまよい続けるのだった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ポニ、しっかりしろ!」


 ゲルダゴス本体が放ったモノに少し遅れ、分裂したゲルダゴスが精神と肉体に重大な負荷を与え行動不能にする怪音波を放った。その間に挟まれた形で二重に負荷を受けたポニの小さな体は、痙攣を起こして口から泡を吹き白目を剥いている。


ーーー心臓が止まっている!?


「死ぬな!死んだらダメだ!」


 目の前に、黒く淀んだ海流のようなゲルダゴスの触手が迫って来る。その数14本。ポニの海流操作がない今の俺には、その数をかわす事は不可能だ。だが、避けなければ触手に呑まれて消化され俺もポニも死ぬ。絶体絶命の大ピンチに、俺には何の手札もなかった。


ーーー活路はあるはずだ! 考えろ!


 ゲルダゴスの触手が目前に迫る。

と、突然に景色が変わった。触手の動きがコマ送りのようにゆっくりと動く。


ーーー来たぞ! 思考加速だ!


 ヤマタノオロチの婆さんと対峙した時のように、俺の中の複数の俺が一斉に思考を開始する感覚が以前よりもはっきりと感じられた。


 ゲルダゴスの一撃目が後3秒程で俺に届く。

これは左に身を捩り、上か下かに移動すれば避せる。


 第2陣と3陣が上から来て、第4陣は下からだ。

選択するは下への移動だ。


 第2陣と3陣は俺を追って軌道を変えるはず。その場合、初撃の触手が邪魔で触手どうしがぶつかる。触手はぶつかると同化して太くなる。太くなると水の抵抗が増して早くは動けない。動きの鈍った触手では今の俺を捕らえるのは無理だ。ゲルダゴスもそれが分かっているから、捕らえられる速度で動かせるサイズに触手を細くしている。たぶん本能で。


 思考加速の状態の俺は、現在向かって来ている14本の触手の軌道を正確に計算し、どう動けば良いかをシュミレートしている。まだ一撃目が俺に届くまで2.1943秒ある。婆さんの攻撃に比べたらなんて事ない速度だ。


 思考加速が始まって0.64秒が経過した。この段階で思考のまとめ役をしているもうひとり俺にはかなりの余裕があるようだ。本体の俺は、答えが出るのを準備を調えて待てばいい。


 チーンという音は聞こえないが、計算が終了した。

 回避ミッション成功確率98.94%

 なんだ、マジで余裕じゃねぇか!


 左、下、左、上、下、右、右、上、回避する角度とそのスピードを思考まとめ役の俺の指示に従って確実にクリアして行く。触手の数が減るに従って余裕が出て来た。俺は触手どうしがぶつかるようにタイミングを合わせて避けながら、14本を1本にしてしまう回避ミッションに挑んで、それを易々と成功させた。


 ゲルダゴスもさぞ驚いた事だろう。

俺は、半径8㍍に満たない限られた領域内で前後左右上下にすばやく動き、紙一重で攻撃をかわしながら触手を1本にしてしまったのだ。太くなった触手の攻撃を回避するなど目を閉じていてもできる。デカイ本体や分裂した小ゲルダゴスの動きは散漫で鈍い。体が大きくなればなるほど、その四肢に意思を伝達するのに時間が掛かるからだろう。


 ポニの海流操作で鬼ゴッコをしていた時にこの思考加速が使えたら窮地に追い込まれる事もなかっただろうが、危機に瀕した状態にならないと発動しないのだから仕方ない。この思考加速にも何らかのデメリットやリスクがあるのかも知れないが、今はそんな事を気にしている場合じゃなかった。ゲルダゴスが次の攻撃の為に今の倍以上の触手を用意しているのだから。


 それに、俺にはすぐにやらなければならない事がある。

ポニの蘇生だ。心臓が止まって間もなく1分になる。早く蘇生させなければポニが死ぬ。俺には回復魔法など使えないから、人工呼吸と心臓マッサージを試す他にポニを救う手立てがない。医者じゃないから自信はないが、とにかくやってみなくては結果なんか分からない。


 手頃な岩場を見つけ、ポニを抱えたまま飛び込んだ。すぐに人工呼吸とマッサージを始めるが、背後にゲルダゴスの触手が水を切り裂きながら近づいて来る気配がした。


―――ダメだ! 時間が足りない!


 俺はポニを抱え直すと、触手を避けるためのスペースを確保できる場所へと移動した。こんな岩場にいたら、上を抑えられて挟み撃ちされれば一貫の終わりである。


 ゲルダゴスは32本の触手を用意していた。

先程の3倍近い数だ。それに、先程よりも触手を細くして早く動けるようにしている。確定だ。こいつには知性がある。先ほど失敗した原因を速度とみて対策をして来た。もしかしたら腹を立てているのかも知れない。


―――これは厄介だぞ! 毎回対策して攻撃され続けたら、すぐ追い込まれた状況に逆戻りだ。せっかく思考加速が発動できてるのに・・・


 俺は状況の変化に対応する為の方法を検討した。

ブレイン達が、軌道計算と回避運動の手順とそのタイミングをシュミレートして答えを出した。答えは、ポニを捨てろだ。ポニを捨てて回避行動に専念すれば、ミッション成功確率は触手が3倍に増えたとしても90%を越えている。


―――バカ野郎! ポニを捨てる選択肢はない。計算し直せ!


 俺はブレイン達の答えを即刻否定して再検討を命じた。ポニを抱えたままで32本の触手を避けきる確率は44.622%と出た。だがそれは俺が無傷で回避できる確率だ。少々被弾する覚悟があるならもっと成功率は上がるはず。


―――致命傷にならなければ被弾しても構わない。ダメージを受ける事を前提としたシュミレートをしろ! ポニにはダメージを受けさせるなよ! 取り扱い注意の重要な荷物を運んでる認識で再計算だ!


 答えが出た。

成功確率86.66%だ。


 ただし、注意事項が付いている。ダメージを負った場合その後の機動力が低下するので、今回は大丈夫だとしても更に数を増やしスピードを上げた触手の攻撃には対応できなくなる可能性が高いというのだ。


 そんな事は分かっている。

分かっているが、他に道はないだろうが!


 ゲルダゴスの触手攻撃がはじまった。

被弾するとどうなるか知らなかったが、奴の触手に触ってその効果が分かった。酸を浴びたように皮膚の表面が溶けるのだ。皮膚が溶け、肉が剥き出しになれば当然ながら出血する。


 32本の触手を避けきった俺の姿は、七ヵ所が軽いやけど程度のヒリヒリ感。皮膚の表面が酸で溶けて破れかけている場所が2ヶ所。血を流す程のダメージを負った場所も同じく2ヶ所だ。


―――思ったほどのダメージじゃ無いじゃねぇか! お前達は心配し過ぎなんだよ!


 俺はブレイン達の仕事に称賛を与えながらも、肉体へのダメージを極度に嫌う体質への苦情を洩らした。頭で考えるほど肉体はヤワじゃない。人間なんてモノは、急所さえ無事であれば意外にしぶといもんだ。手足がモゲても死なないし、腹から腸が飛び出していても流血さえ防げば即死はしない。カナダで生活してる時に狼の群れに遭遇して死にそうになった事があるが、あの時の怪我はこんなもんじゃなかった。手足の腱がちぎれかけ大量出血した状態で雪山を下り、生還を果たしたのだ。


 だが、これは・・・


―――ゲルダゴスの野郎、相当頭に来たみたいだな。こいつは流石にヤバいかも知れん・・・


 ゲルダゴスの触手が更に増えていた。

ダメージを与えた事でスピードは問題なしと思ったのだろう。今度は極端に数を増やして来やがった。200本以上だ。万全な体制であったとしても避けきれる数じゃない。


 ブレイン達は答えを出した。

 生存確率0.02%


 回避確率ではない。生存確率0.02%だ。

腕に抱いたポニの体から体温が急速に失われていくのを感じた。もう本当に時間がない。


―――くそ! ゆかりシステムの緊急モードを再び発動させてしまうのか!? それだけは避けたい。何か別の方法を考えろ! その為のブレインじゃないのか!


 思考加速は万能ではない。そんなの当たり前の事だ。状況から考えられる事柄を分析し、検討して打開策を見付けてくれるが、駄目なモノは駄目だという事は理解している。


 ゲルダゴスは、触手を用意しながらもなかなか襲って来ない。これだけの数を操作するのは能力的に無理があるのだろう。触手1本1本に小さな脳のような器官を作り、ある程度自立して行動できる触手を準備しているのだと推測できた。


―――REY! 聞こえているんだろう?


 俺はゆかりのサブシステムである『REY』に話しかけた。ゆかりはスリープモードだが、サブシステムはメインがダウンしていても動いていると聞いていた。


―――お前に頼みたい事がある。俺の思考を読め。可能なら右手の人差し指を動かしてみろ!


 右手の指が俺の意思と関係なく動いた。

REYは機動中だ。俺が試したいと思った事も可能だと確認できた。ならば、後は出たとこ勝負。一定のデータが出揃えば思考加速に組み込める。


 ゲルダゴスの触手に動きだす気配がある。予測では6秒後だ!


「アダム殿! 無事ですか!」


 イヤリング型の通信機にコルルの声が響く。


「コルル!?」


「間もなくそちらに到着します。合流して僕も闘います」


「来るな! 合流したら死ぬぞ!」


「しかし、たった二人では・・・」


「ポニが音波にやられた。投げて渡すから安全な場所に連れて行って蘇生させてくれ! 心臓が止まっているんだ!」


 そう言っている間にゲルダゴスの触手が動き出した。初めて試す方法だが、REYを信じてやるしかない。俺は体内にいるヨムルから貰った使い魔達から妖力を吸い上げ、自らの氣と混ぜ合わせてチャクラを回す。難しいコントロールなんかはREY任せだ。


 アリスとのリンク中に行った内気練鍛法を再現する。あの時もREYが機動していたなら覚えていると思ったが、出来るとの回答があった。妖力があれば『時止め』が使える。そしてもうひとつ、蛇気に圧力をかけて圧縮し濃度を上げれば、婆さんから教わった技が使えるかも知れない。今はそれに賭けるしかないのだ!


 一撃目が来た。まだチャクラは回っていない。

動き出した触手の軌道をブレイン達が計算して最低限の動きで避けれるルートを表示する。ゲルダゴスは様子を確かめているのか、まだ最速の動きをみせていない。あちらも初めての試みなのだろう。お互い試運転の状態だ。


 第一のチャクラが回り出した。

体内に気が廻りはじめる。アリスとのリンク中に感じたモノとほぼ変わらない感触だ。これなら行けるかも知れないと希望が膨らんだ。すぐに第二のチャクラと第三のチャクラが同時に回りだす。この先が難しいが、REY にこの微妙なチャクラコントロールが可能かがひとつの焦点だった。


―――よし!クリアだ。

4つ目のチャクラが回り出したぞ!


 ここから先は少し時間が掛かる。4つのチャクラに圧力を加え氣を練り上げて濃度を増さないと5つ目を回せない。普通はここで氣力が尽きてしまうので、5つのチャクラを回すのは内気練鍛法を極めた達人であっても毎回できるとは限らない。アリスの補助があってはじめて可能だった事をREYとで試して可能なのか?そこが賭けであった。


「アダム殿~!」


 触手の攻撃に曝されはじめた俺の姿を、目視で確認したのだろう。声の調子から分かる。


「その位置から動くな!」


 俺は手短に叫んだ。本来は内気を練り上げている時に声を出すなど絶対に出来ないが、REYが思ったより上手く機能してくれているおかげで少し余裕がある。


 チャクラによって活性化された運動機能が、触手の攻撃を避ける作業にも反映され、生存確率の数値がぐんぐんと上がって行く。それにしたがい回避ミッションの成功確率に数値が示されはじめた。今までゼロだったのが少しずつ上がっていく。



―――来た、来た、来た、来たぁぁ!


 5つ目が回った。

昇華された練気が、体内に爆発的エネルギーを送る。


―――驚けゲルダゴス! ここから先の俺はひと味違うぜ!


 婆さんに教わった技。それは内電圧操作だ。

筋肉などが電気で動いている事は知っているだろう。生物は微弱な電気を発生させて肢体をコントロールしている。細胞のひとつひとつが微かだが電気を作り出しているのだ。その微弱な電気の圧力をコントロールして高圧電流を生み出す。それが内電圧操作の技術だ。


 婆さんの得意技『雷牙』の基礎技法。

これが出来ない事には、あの超大技は一生使えない。


 ゲゲゲのなんたらさんが使うのと同じモノだが、この内電圧を攻撃に使うつもりはない。ゲルダゴスがあまりにも巨大過ぎて、俺が発生させた程度の電気では致命的ダメージを与えるなど絶対に不可能なのは分かっているからだ。


 なら、どう使うのか。


―――こうやって使うんだよ!


 俺は体をピンと真っ直ぐにしてスケートの選手が回転ジャンプをきめる時のように素早く回り出した。ただし、トリプルアクセルどころの回転数ではない。電極のプラスとマイナスを交互に変化させて、帯電した体を電気モーターの軸のように高速で回転させる。


 目が回るから三半器官の機能はカットだ。方向感覚が麻痺するが、ブレイン達が予測したゲルダゴスの触手の位置情報とREYのサポートでなんとかなる。


 高速で回転をはじめた俺の周りに海流が起こる。この回避方法は、ポニの海流操作をヒントに思いついた事だ。海流でゲルダゴスの触手と俺の体の間に流動する壁を作る。これで少々触手に触れても、強酸性の奴の細胞が取り付く前に吹き飛ばせるはずだ。


 奴は海水に触れている体の表面に粘着性の分泌液を出して、触ったモノの動きを封じてから体内に取り込む。取り込まれたら強力な消化酵素が皮膚を破り侵入して来るが、取り込まれずとも小さなスライムみたいなのがくっついて来て獲物にダメージを与える。


 俺や竜人達は防護服があるが、裸のセイレーン達は少しでも直接的に触れられたらアウトだろう。小さなスライムみたいなゲルダゴスが体内に侵入して、体の内側から内臓を喰われてしまう。まさに天敵だ。


 だからかも知れないが、セイレーン達は自身の周りに海流操作で渦を発生させて鎧の代わりにしている。触手に触れられても水ならば酸に侵されボロボロに傷む事もないし、重たい鎧より使い勝手がいいのかも知れない。俺はその様子を見て、俺なりにアレンジを加えてパクらせて貰った。


 小さなつむじ風のような俺が、触手攻撃の隙間で動き回る。今まで触れる危険性を考慮して安全マージンを払い回避していた動きに変化が生じる。隙間がなければこじ開ければいいのだ。電流を纏った小さな竜巻の俺は、触手程度の体積の物なら弾き飛ばすまでは行かなくても退かす事が可能になった。それに、移動速度も先程までとは段違いだ。ポニの海流操作能力の限界より速いかも知れない。


「受け取ってくれ!」


 少し離れてこちらの様子をハラハラしながら眺めていたコルルに、回転を加えたポニをピストルの弾のように投げた。少し手荒だが、触手が周りにあるからスピードがないと捕まってしまう。コルルはおっかなビックリでなんとかポニをキャッチすると、ゲルダゴスの触手が届かない岩場まで後退してさっそく蘇生に取りかかる様子だ。魔法が使えるのだから俺がやるよりはずっとマシだろう。


―――頼んだぞ!あんなクソガキでも死んだら夢見が悪い。


 俺はそんなツンデレ的な事を思いながら、両手があいた事で更に細かな移動が可能になった事を確認した。生存確率は100を越えて表示はされなくなった。成功率も8割を越え更に上昇中だ。


―――あの小さい方のゲルダゴスだけでも、なんとかしたいところだが・・・


 窮地に追い込まれた原因でもある小ゲルダゴスの方を見た。大型のタンクローリーを2台合わせたくらいの体積だが、小さい分本体よりも動きが速いし、形を変形させて泳いだりもする。触手攻撃に加わらないのは有りがたいが、退路を塞がれるのは非常に厄介だ。後ろにいるというだけでも相当なプレッシャーになる。


 ブレイン達は不可能と言っているのに、REYは可能だと答えた。いつの間にか視界に、ゆかりが現界していた時のような複数のパラメーター表示が浮かび上がっている。あの時のようなロボっぽい声までは聞こえないが、REYの意思が文字で表示される。


―――本当に出来るのか!?


―――Yes. No problem ・・・・


 REYの立てた作戦と指示が英語表記で示された。

英語の読み書きが出来ない訳じゃないが、細かなニュアンスは日本語表記の方が理解しやすい。3年間カナダにいたからヒヤリングや話すのは問題ないが、文字となると話は別だ。専門用語を使われるとアレ?なんだっけ?となる。


 俺の思考を読んで日本語表記に変わった。

 はじめからそうしてくれよ。


―――理解した。やってくれていい。


 ゆかりの緊急モードが発動したあの時と同じだ。

許可を出すと、霊道をはじめとする道門の扉が開き出した。あの時の俺は、ほとんど死んでいた状態だったからどうやっていたのかさっぱり分からなかったが、今回は違う。


 こいつはまさにチートだ。

何をしているのか簡単に言うと、ドロボウしている。俺の内側に開いた道門へ、霊、仙、神の陽の気と、妖、幻、魔、の陰の気を各領界内から強制的に召喚して混ぜ合わせ、特殊な精神エネルギーを作っているのだ。量的には僅かなモノだが、儀式的な事は何もしてないし、対価も払ってないのだからドロボウと同じである。


 どんな技術によるものか分からないが、先程まで第五まで開いていた俺のチャクラが、その精神エネルギーの流入でいきなり第七まで全て開いた。回り方も半端じゃない!そのエネルギーのプラーナは更に何かを求めて複雑な螺旋を描き、蛇のようにうねりながら昇華して行く。


―――おい、おい! 何をしようとしてるんだ!


 REYがしようとしている事を朧気には理解しながら、俺は信じられぬ思いでいっぱいだった。チャクラを使って現段階での限界値を体現させると表示されていたが、ここまでやる必要が本当にあるのか?


 ゲルダゴスから受けた傷口からドッと血が吹き出した。別に慌てる事はない。これはREYがしている事だ。渦巻く海水に血液を混ぜて、放電量と電圧を高めても血を混ぜた海水から外へと電気が逃げないようにする為の準備だ。


 同時に俺は、逃げ回るのをやめていた。

触手を避ける必要はなくなっていたからだ。


 赤い竜巻の水流壁に流された電流によって、触手どもは触れる事も近付く事も出来やしない。触れれば超高圧の電流に焼かれて細胞が死滅し、黒い灰になって海に消えていくだけだ。攻撃が通用しないと分かってからのゲルダゴスは、それ以上の触手を失う攻撃を止めて様子を伺っている。


 硬直状態の後、俺は全ての準備が調ったのを感じた。二匹の蛇が絡み合うような複雑な螺旋を描きながら力の密度を上げていたエネルギーのプラーナが、最下のチャクラのそのまた下まで勢いよく降り、回してはいけないと云われる伝説上のチャクラ鬼骨を回した。


 そして、その勢いのまま天位第七チャクラまで一気に駆け上がると、それを突き抜けてしまい、人には存在するはずのない神位チャクラに到達してソレを回したのだ!


―――――――!?


 プツンと、電源を落としたテレビ画面ように目の前が暗くなった後、パンと弾けるように全てが光に包まれる感覚に襲われた。


 意識が飛んだ。

いや、正確には体から意識が離れたと言った方がいいのかも知れない。幽体離脱したような感覚と、時間の流れを含む世界の摂理から外れた自分を感じていた。


 目下には世界が見えている。

俺がいて、ゲルダゴスがいて、コルルとポニがいて、遠くで合流するセイレーン達と竜王軍の上級騎士達がいて、更に拡がった視界には、港に停泊していた軍艦から火薬類の全てが無くなったのに気付いて騒ぎだした海兵の姿や、小さな街ほどの大きさがある長方形の白い石の箱や、俺が召喚された時の石舞台の横に開いた大穴の周りの森で仲間割れ起こして闘っている鼠達や、ゾーダの城に向かって進む30数名の見た事ある顔のウサ耳女性達を乗せた馬車やらが一度に見え、どういう訳か会話まで聞こえた。


―――なんだ、これ!? どうなって・・・いる?


 そして視界は地脈に潜り、複雑に絡み合う二匹の蛇―――先程のチャクラの螺旋と酷似する形状でつくられた龍脈と蛇脈を辿って星の内核へと降りて行った。



―――ヨムル!?


「タクヤ?・・・タクヤなの!?」


 地殻の遥か下、マントル層と外核を越えた高熱高圧の超空間にヨムルがひとり歩いていた。


―――お前、どうしたんだ!? その姿と髪の色は?


「分からない・・・私は自分の身に何が起きているのか分からないの。一度死んで、気付けばここにいて、こんな姿になっていた。もう私は、タクヤが愛してくれた時の私ではなくなってしまったの・・・」


―――何を言っているんだ? 一度死んだだって?


「でも安心して! タクヤと私の子は生きている。元気にこうして育っているわ。しかし、この子は大婆さまでは・・・」


 真っ赤に焼けた灼熱の大地。うねる熔岩のような不思議な空からつき出した、焼けた鉄の色をした光るツララのような結晶柱があちらこちらに見える。その見た事もない世界に、黄金に光る肌をした赤い髪のヨムルが裸で立ってこちらを見ていた。視線が交わっている感じがするが、ヨムルからはこちらがどう見えているのだろうか?


「タクヤはどうやってここに? 私には出口が分からないの」


―――待ってろ! 今来たルートをお前に・・・


 いきなり、夢から醒めたように現実に引き戻された。目の前にゲルダゴスがいて、俺は戦闘準備をしている。


「おい、REY! 今の場所に戻せ! ヨムルが・・・」


 俺の言葉が終らぬうちに体が勝手に動き出した。

意識が体から離れている間に、纏った血の渦がとんでもない事になっている。血に混じって黒い蛇の形をした電撃が凄い勢いで回転していたのだ。


―――いつの間に!?


 それは雷牙だった。規模は小さいが、婆さんが教えてくれた雷牙をREYがコピーして発動させている!


 そして飛び出した俺は、一直線に小ゲルダゴスに向かって突っ込んだ。俺の意思ではない。REYの奴が勝手に俺の体を動かしているのだ。本能的に危機を感じた小ゲルダゴスが回避行動を取ろうとしたが、それよりも早くゲルダゴスの核(心臓)を捉え、体当りで破壊してから雷牙で焼き殺し消滅させた。めちゃくちゃに呆気ない。1秒も掛かってないのではないだろうか?


 だが、REYは止まらなかった。

小ゲルダゴスを消滅させたあと反転して速度を増し、ゲルダゴス本体に向かってまたも体当りで突っ込んで行く。そして核まで1㌔以上はあるゲルダゴスの胎内に穴を穿ちながら突き進み、核の中心に侵入すると血の混じった雷牙を纏う海水を全方位に向け爆散させるように飛び散らしたのだ。


 凄い事が起こった。

俺が胎内に侵入した時、ゲルダゴスは核を移動させて分離しようとして逃げた。それを追って正確に撃ち抜いた雷牙の渦が爆散したので、核から遠く離れた部位の一部分を残して風船が弾けたようにゲルダゴスは吹き飛んだ。退治不可能と云われた大海獣は、粉々になって吹き飛びながら雷牙の黒い雷撃に焼かれ消滅したのだ。


「おい、おい。 勝っちまったぞ・・・」


 小ゲルダゴスと同じくらいの体積がある残骸がいくつか残ってはいるが、核がないのでほとんど無害だ。ただの動かないゼリーみたいなゲルダゴスがべたぁっと海底に広がって行く。


 各種エネルギー残量がゼロを示していた。

過熱した道門の冷却が終わり次第、メンテナンスの為に一旦接続を切るとのメッセージが流れ、REYは体の主導権を俺に戻した。確かに凄いが、一介の人工知能が俺の意思に関係なく勝手に体を操作するなんて事があっていいのだろうか?ゆかりがやるなら分かるが、REYはただのプログラムだ。


 俺はメンテナンス状態に入ったREYに対し、一抹の不安と言い知れぬ恐怖を感じた。自分の力が全く及ばない未知の存在だからかも知れないが、分からないモノが体の中にいる不気味さは本人でなければ分からない。ゆかりの意思が介入できない状態のREYに、俺個人が何かを直接頼むのは控えよう。このとき俺はそう思った。


「お兄さぁぁ〜ん!」


 蘇生したポニが凄い勢いで飛んで来る。

ゲルダゴスをひとりで倒してしまった俺に、抱きついてキスでもするつもりなのかも知れない。


「あの竜人ヘンタイなんだ!

ボクのおっぱいをモミモミするんだよ! おまけにキスまでして来る幼女趣味のド変態なんだ!」


「なぬ?」


「ご、誤解です! 僕は蘇生の為に!」


「うるさい変態! ボクに近付くな!」


 飛んで来たポニに少し遅れてコルルが慌てて泳いで来る。

頬っぺたに紅葉みたいに小さい手形がくっきり浮かんでいるところを見ると、ポニにまともに平手打ちを食らったのだろう。騎士のくせに情けない奴だ。


 魔法が使えるのに、わざわざ人工呼吸と心臓マッサージをしたのか? 別にコルルがヘンタイだとは思っていないが、ポニの嘘で人生を台無しにされてしまう青年の未来を思うと少し面白くなって来て意地悪したくなった。俺もやられた当事者だから「お前も仲間になれ!」ってな感じだ。


「別にいいじゃないか? 減るもんじゃないし」


「減るよ!ダダ減りだよ! ボクの清純なイメージ急降下だよ!」


「何言ってんだ? みんなの前で経験者宣言してたじゃないか? お前の清純なイメージなんてとっくの昔にないだろうが?」


「それとこれとは話が別だよ! こっちはリアル変態なんだってば!」


「だから、僕は変態でも幼女趣味でも有りません! 時間が経ちすぎて魔法だけでは蘇生が難しい状態でしたので、医学的検知から有効な手段を取ったまでのこと。疚しい気持ちはありませんって、これを何度言わせるんだよ!」


 コルルも半分キレかかっている。

こちらに来る前も蘇生措置をした岩場で言い合っていたに違いない。おかげで重大な事を見落としたようだ。今世紀最大の奇跡を前に、功労者である俺に一言も無しとはどうかしているとしか思えない。


「君たちは重大な事を忘れてやしないか?」


「重大な事?」


「忘れてないさ! この変態竜人には近づいちゃいけないって重大な事をボクは一生忘れない!」


「まだ言うか! いい加減にしないと温和な僕でも流石に怒るぞ!」


「怒って何をするんだよ! まさか、暴力でボクを支配する気なの? 縛ったり、吊るしたり、ムチで叩いたり、頬っぺたをつねって伸ばしたり、あんな事やこんな事をしてさ! ボクを調教して性奴隷にでもする気なんだね!」


 頬を染めてモジモジしながら興奮するドM幼女。

 どっちが変態だ!って言いたくなる。


 ポニとコルルはなかなかの名コンビぶりを発揮して、どつき漫才をはじめた。お前ら夫婦漫才で売り出したらいい所まで行くんじゃないか?


 ふたりの事は取りあえず放置して、俺は時刻を確めた。すぐにでもヨムルと連絡を取りたいところだが、REYはしばらくは出てこないだろうし、ゆかり不在の状態でシステムを使用するのはなんだか危険な気がした。だから、ゆかりとのリンク復旧までの時間を確めたのだ。


 まずは婆さんから預かっている賢者の欠片をゆかりのコアに取り込むのが優先だろうが、そのあと俺はヨムルを迎えに行く。あんな場所にどうやって行くのかが非常に大きな問題だが、腹の子の事もあるし、あんな危険な高温高圧の世界にひとりにされておく訳には行かない。


 誰も生きていられないような灼熱の環境下で、ヨムルも腹の子も今のところ命には別状ないらしいが、全く影響なしとは思えない。何か言いかけていたし、婆さんの転生体である子にとって良い環境へ戻してやらなければ心配だ。


 あれが何者かに閉じ込められたなら、閉じ込めた本人がどこかにいるはずだ。そいつを見つけ出せば、あの場所にわざわざ行かなくても助け出す事は可能かも知れない。


 しかし、それは望み薄だ。あの状態のヨムルを、あんな場所に閉じ込めて封印できる者が普通である訳がない。神の子を宿せば神格を得ると言っていた言葉通り、ヨムルは神の力を持っていた。それを封印する者もまた神に匹敵する力を持っていたとして不思議はない。その場合、俺ひとりではなんともならないから師匠に相談する。


 想像ばかりで申し訳ないが、本当に今の俺では何も分からないのだ。ゆかりとのリンク回復まで約11時間半。午前4時にはメンテナンスは終了する。ゆかりならいろいろと知っているだろうし、お得意の召喚魔法でこちら側に呼んでしまうという手もある。


 いわゆる『口寄せ』というヤツだ。

ゆかりはチートの塊りみたいなヤツだから、口寄せだって出来るに違いない。出来なければ別の方法を考えるしかないが、取りあえずヨムルにはリンク回復まで待ってもらう他にないだろう。


 その後アリスに会いに行く。

ヨムルの変質化が使い魔に与える影響は未知数だが、俺の中にある使い魔に特別な変化はない。なら、アリスの母親と姉にくっついている使い魔達も健在で、存在感知のジャミングを続けていてくれていると考えてもいいと思う。しかし、実際に逢って確めないと気が気ではないのだ。


「あれ? ゲルダゴスが居ないよ?」


―――今ごろ気付いたのか!


「ほんとですね〜 海底にべたぁと広がっているのは死んでるみたいで動きません」


―――コルル、お前もか!?


「本気で言ってるんじゃないだろうな? ゲルダゴスを倒した俺の勇姿を見てないとか、マジであり得ないだろ!」


「僕は蘇生に集中していましたので・・・」


「ボクは変態にイロイロされてタイヘンでした!」


 ふたりは本気で見てなかったらしい。

別に見て貰いたかった訳じゃないけど、少しがっかりした。


「あのゲルダゴスを倒してしまうとは、本当に凄いですね! 今回はヴェール級であったとは言え、とてつもない快挙です。どうやって倒したのですか?」


「ヴェール級? どういう事だ?」


「ご存知ありませんでしたか? ゲルダゴスは出現した規模によって呼び方があるのです。直径3㌔以下のものをヴェール級、8㌔までのものをミズール級、それ以上のものをへルブル級と呼ぶのです。今回は出現時期が早かったせいか、ヴェール級規模のゲルダゴスでした」


「ちょっと待て! じゃあ何か? ゲルダゴスは一体じゃなくて複数体存在してるって事か?」


「いえ、ゲルダゴスは一体だけです。詳しい生態は分かっていませんが、何十年かに一度死の谷の底にいる本体から胃袋に当たる部位が分離して現れるのです。空腹の度合いによって規模が変わるのだと云われています」


「じゃあ、俺が倒したのはゲルダゴスの胃袋だけって事か?」


「そうなりますね。でも、一度出現した後は何十年かは出て来ませんので、取りあえずの危機は去ったと言えます。本当に凄い事ですよ。流石は予言に記された伝説のアダムです」


「まだ生きてるんだから勝手に伝説にするな!」


「へへへ、凄いでしょ? ボクのお兄さんは普通じゃないんだ。今までのアダムと同じにして貰っちゃ困るよ!」


 ポニは嬉しそうに言って『えっへんポーズ』をきめている。だが、お前のお兄さんになった覚えはない。そこはハッキリと否定して置かねば!


「今までのアダムってどうだったんだ? セイレーン王は進化をもたらすアダム因子がどうのと言っていたが?」


「簡単に言えば、種付け専門職の異世界人だよ」


「そうですね。そういう認識を世間一般ではしていると思います。城に戻れば過去の記録が残ってますよ」


「え? ・・・な、マジでか?」


「はい。記録では20年の間に最低でも500人の子を残していると思います。その中には飛び抜けて優秀な者も産まれるそうで、各種族の間で取り決めを行い順番待ちになっているのです。抜け駆けして部族間で争いが起きた場合、当事者のみで解決する事も暗黙の了解とされています」


「つまり、どういう事?」


「正当なアダム因子の取得権利を持たない種族がアダム殿との交配を求めた場合、力ずくもしくは全滅させられても文句は言わないって事ですよ。ちなみに、今回の権利を持つ種族は我々海の種族です。竜族を中心とした海神の末裔もしくはそれに列なる者達に権利があります。今回のアダム降臨に、マーメイドやローレライ達などはかなり興奮していまして、竜王様への貢ぎ物の数が半端ではありません。まだ9日目だと言うのに城の倉庫がいっぱいになって置き場に困っている有り様です」


 呆気にとられている俺に、ポニが続けて言った。


「本当ならボク達セイレーンがアダム因子にあやかれる確率は限り無くゼロに近かったんだ。だけど、お兄さんと直接契約出来たのは凄いラッキーだったよ! ボク達は城に近づいちゃいけないというルールがあるから、アダムには会えないと思って諦めてたんだから」


「直接契約? 俺はそんなものをした覚えはないぞ?」


「何言ってんの? 王の間で玉座に立ち、王の手を握って俺に従えって言ったでしょ? 王はそれを受諾し下僕になった。事実上、今の最高権力者はお兄さんなんだよ? 自覚してなかったの?」


 なんて事だ・・・そんなつもりはなくとも、そういう種類の儀式的行為をしていた訳か? あれは王の手から支配権を譲り受ける儀式として認識されていた訳だ。俺はマジで独裁者になっていたらしい。


「アダム殿は姫の婚約者ではありますが、まだ儀式を済ませた訳ではありません。本来ならセイレーンがした事は許されぬ行為ですが、アダム殿自らがそうしたのなら我々も何も言う事は出来ませんよ。城に入られ姫と契りを結ばれましたら、今回のような勝手をされては困ります。自重されますようお願いしますよ。今後の予定は、既に宰相様がお決めになっているはずですから」


「王が健在なのに宰相がいるのか? それに、今後の予定ってなんだよ?」


「王は魔王でもありますので、国のまつりごとは宰相様が主となって治めています。今後の予定とは、アダム殿の交配の予定に決まっています。皆が良家のご令嬢や、各部族を代表する優秀な遺伝子を持つ女性ばかりだと聞いています。海の部族発展の為に頑張ってたくさん子どもを増やして下さい。僕のような普通の者からすると羨ましい気もしますが、それがアダム殿のお仕事なのですから」


 この世界に来てからの凄い違和感のひとつが解決した。アダムとは、はじめから交配の為に呼ばれた存在だったのだ。当たり前のように子作りを求められるのは、この世界の倫理観の相違だけではなかった。アダムの役割とは、各部族に優秀な者を残し発展させる種付け役だったのだ。種馬扱いするなと事ある毎に文句を言って来た気がするが、扱いではなく本当に種馬だったとは・・・


―――ゆかりやアリスは、この事実を知っているのか?


 もちろん二人は知っていただろう。

ゆかりは、お兄ちゃんの遺伝子を狙って夜這いが絶えないからヨムルに露払いさせる気で契約をしたと言っていたし、アリスも俺が目の前でたくさんの同族女性達と交わったのに全く動揺する様子もなかった。それに、仮想現実世界で一緒に生活している時、俺にはたくさんの子どもとたくさんの妻が居てとても賑やかだとも言っていたではないか!


 アダムの役割を理解してなかったのは俺だけだったのだ。


「マジかよ・・・?」


「何がですか?」


 コルルは不思議そうな顔で俺を見た。俺が自分の役割を何も知らされていないとは思ってもないのだろう。召喚されて2日も経たないうちに部屋に戻らず、あっちこっちほっつき歩いているのだから、大魔王ゾーダから聞く機会がなかったのは仕方ないが、式典の時に少し教えてくれても良かっただろうに・・・あのとき誰も何も言わなかった。


 あの時知らされたとしても何かが変わる訳じゃないだろが、俺はこの世界に召喚され9日目にしてはじめて、自分の置かれた立場を正確に理解したのだ。





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