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大海のアダム【2】大海獣ゲルダゴス

イラストは前回と重複していますので交換する予定です。

挿絵(By みてみん)

イラスト:「ボクはポニだよ!」



*****************************************



「どうしてこんな事になったぁ!」


 俺は叫んでいた。

 絶体絶命の大ピンチだ!


「知らないよ、全部自分のせいでしょう! つべこべ言わずにもっと速く足を動かして! 追い付かれたら死んじゃうんだからぁ!」


 昼下がりの南海沖の海底で、リアル鬼ごッコが行われていた。逃げるのは俺とポニ。鬼は言わずと知れた海の悪魔『大海獣ゲルダゴス』だ。作戦遂行のための情報収集のはずが、いつの間にやらこのようになってしまった。


 あの姿で知能があるとは思えないのだが、ただ原始的欲求や本能だけで行動していると決めつけるには奴の動きは賢すぎる。隠れてやり過ごそうにも、すぐに見つかってしまうのだ。


―――クソ! なんであの時、あんな軽口をたたいてしまったんだ? 自分でも信じられねぇ!


「やっぱり匂いだよ! セイレーンの匂いより、お兄さんの方が美味しそうな匂いを発してるんだ。それも強烈に臭うヤツを!」


「ひとをマタタビみたいに言うな! 臭うって言われても体臭なんか消せないぞ。既に水の中だし、洗うとか効果ないだろ!」


 逃げても逃げても追ってくる大海獣に、俺もポニもかなりの疲労感が見えている。かれこれ一時間以上は逃げ続けているのだから当然だ。俺は改めて自分の考えが甘かった事を痛感した。約束の時までにはまだ二時間近くある。休憩する暇すら与えてくれぬ敵に、俺とポニのふたりは次第に追い詰められて行った。


「クッソ〜! 分裂できるとか反則だろうがぁ!」


 鬼が2匹に増えた事で、俺とポニは予想よりも早く窮地に立たされる事になったのだ。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 王の間でセイレーン達に囲まれた俺は、ポニが仕掛けた罠にまんまと嵌められたのだと知った。ポニは、自分が有利になるよう、あらかじめ都合のよい情報だけを皆に伝えていたのだ。


 ポニに対する態度が劣悪で最悪だの、幼児虐待だの、ヘンタイ性癖クソ野郎だのと散々に言われ続け、俺はもう完全にキレかかっていた。弁明などを聞き入れる雰囲気もなく、ポニが嘘をついていると言えば火に油を注ぐようなもので、俺への批難中傷は更にヒートアップして行った。


 はじめのうちセイレーン王以外には四人しかいなかったのに、騒ぎを聞きつけた女たちがわんさと集まり、カン高い声で俺をブーブー罵り出す。謝れコールと、責任とって結婚しろコールが交互に飛び出し、大勢で囲み俺ひとりを責め立てた。


 このように、数にモノをいわせるようなやり方は大嫌いだ。悪くもないのに謝るのなんて言語道断もっての他だ! 俺はキレた! ついにキレた! そして、言わなきゃいいのに言ってしまったのだ!


「分かった! 責任取りゃいいんだな?

とってやるよ! とってやるとも!! ただし、結婚するとかは無しだ。1000年前のアダムがしたっていう約束を果たし、アダムとしての責任をとってやる。ゲルダゴスをぶっ倒し、お前らセイレーンが大召海の恐怖に怯えないですむ世界ってのを与えてやろうじゃねぇか! 大海獣がなんだってんだ。俺を嘗めんじゃねぇ!」


 罵りが歓声に代わる瞬間を満足気に眺める俺に、ポニは慌てて言った。


「な、なに言ってんの! そんなの無理に決まってるでしょ! 謝って撤回しなよ。本当に死んじゃうよ?」


「うるさい! 俺をここまで追詰めたお前が悪い。

付き合って貰うぞクソガキ! まさか、将来の旦那様が死ぬかも知れない場所に向かうのに、自分だけは安全な場所で高見の見物なんて事はないよな? 死ぬ時は一緒だぜハニー」


「むちゃくちゃだよ! 信じられないよ! クレイジーだよ! 無謀を通り越して、ただの自殺行為だよ! ――――ボクが悪かった。謝るから思い直して!」


「なんだポニ? 今さら命乞いか?

お前らは、自分達が餌になることを承知して受け入れていたじゃないか? 俺は、餌になる以外の選択肢を与えてやろうと言うんだ」


「急にどうしたのさ! まるで人が変わったみたいだよ! まさか追い詰めらて壊れちゃったの?」


「壊れた? ――――フフフ、そうかも知れんな。

たった今、俺の頭に凄い名案が浮かんだ。このまま行けば、どうせ明日の午前2時には全員が死んでるんだ。その命、この俺が有効利用してやる事にしたぜ!」


 俺は目の前のポニを押し退けて王の手をムンズと掴み「道を開けろ!」と威圧的に吠えながら囲んで騒いでいる連中どもをどかすと、王の手を引っ張ってズカズカと玉座に上がった。そして向き直り叫ぶ。


「おい、くそセイレーンどもよく聞きやがれ! 大召海を回避する作戦を教えてやる!」


 隣でおっかなびっくりして硬直しているセイレーン王に「ホレ、お前も俺に合わせて号令を掛けろ」と云わんばかりに顎をしゃくって合図をすると、その勢いに推されてかコクンと頷いた王は「アダム殿の声を聞くのだ!静粛にせよ!」と騒ぎを止め注目するよう命令を下した。


「皆も知っているだろうが、谷はあと17時間後に大海獣ゲルダゴスに襲われ南海から姿を消す。それに抗いもせず、お前らは運命と諦め自ら喰われる道を選んだ」


 俺が語りだすと、王の号令の後もザワザワと喋り続けていたセイレーン達もおしゃべりを止めて俺の言葉に耳を向けた。床に立つ者、フヨフヨと浮かぶ者、柱の陰にてポニと俺の騒動を眺めて傍観していた者も皆、俺に視線を集めて静かにしている。少し間を開け、その様子を確認すると、俺は自分でも驚くほど堂々と、しかもそうして注目されるのが当たり前の如き態度で演説をはじめた。


 大衆の面前で演説するなど初めての事なのに、俺の口からはスラスラと淀みなくゲルダゴスへの対処法とセイレーン達が担う役割が語られはじめる。その悪魔的発想に戸惑いを覚えながらも、成功すればゲルダゴスからの恐怖から逃れるだけではなく、永遠の平和が訪れ、その偉業を成し遂げたセイレーンの名は闇のアダムの名と共に南海の歴史に新たな伝説を残す事になるだろうと続く頃には、大衆の目に悲愴感は消え、代わりに興奮で上気した熱をおびた表情に希望の光か充ちあふれ出した。


「俺に従え! この闇のアダムが、お前達セイレーンに勝利と自由の喜びをあたえてやろう!」


 俺の声は、王の間はおろか宮廷全てに響き渡った。

そして暫くの沈黙の後に沸き上がる大歓声の嵐!また嵐!


「ファシストだ! とんでもない独裁者が召喚されてしまった・・・」


 横で震えているポニに向き直ると、俺はニヤリと笑いながらこう言った。


「敵情視察だポニ。俺を奴のところまで案内しろ。正午までには帰還し軍の装備を確認したい。王は俺の言った物を集めさせて出陣の準備を整えておけ。例の物の捜索も忘れるなよ? アレがなかったら話にならんからな」


 イエス、アダム!と、晴れやかな笑顔を浮かべて敬礼した王は、側近の4名に指示を出してから俺の命令をさっそく実行し始めた。ヨシヨシ、それでいいのだ。それから俺とポニは、ゲルダゴスが侵攻して来るという海域へと偵察に出掛けた。


 奴は二時間と少しで発見できた。ポニもだいたいの場所を把握していたようで、探す必要もなく一直線にここへと到着し、安全な距離を保ちながら様子を眺めている。


『黒い海水のようなモノで体がない』

『取り込んだ生き物を消化し喰らう』


 確かにその通りのモノが、魚の胴体から手足を生した不格好な生き物たちの住みかを襲っていた。地底をゆっくりと進みながら魚人モドキの村の上にかぶさると、骨だけを残し全て喰らいつくしてしまった。勝てないのだからはじめから逃げればいいと思うのだが、知能の低い奴らなのか、魚人モドキは最後まで村を守ろうと戦って一匹残らず全滅した。


 奴の姿を見、その行動を確認した俺はピンと来た。やはり思った通りだ。薄暗い海底だからその全貌は確認できないが、ぼやけて海水と混ざり合って見える体の外周部にも明らかな生命反応がある。奴は体が無いのではない。海水との区別が非常につきにくいだけだ。


 海の悪魔ゲルダゴスの正体は、とてつもない大きさのアメーバだった。モンスター名に当てはめるなら、ギガントシースライムといったところだろう。伊達にゲームメーカーの下請け会社でモンスターハントのゲーム製作に関わっていた訳じゃない。客観的に見れるからこそ気づける事もあるのだ。


 普通に考えると、この手のモンスターに物理攻撃など全くの無意味だ。さっきの魚人モドキどもは手にした槍のようなモノで必死に抵抗していたが、そんな攻撃が通用しないのは当たり前だ。


 こういう相手に有効な攻撃と言えば電撃と炎だが、炎は海中では使えないし、かといって雷撃を使えば攻撃した本人をも巻き込む可能性が高い。海底にいる限りは、ほぼ無敵に近い存在で有ろう事は安易に想像できた。竜王でも手こずるというのも納得だ。倒すのなら地上に誘いだして叩くってのがセオリーで、それ以外の選択肢なんて有りはしない。


 ただしそれは、普通であるならだ。

俺には一撃必中殲滅の秘策があった。



「アダム殿聞こえるかな?」


 耳に着けた直径5㌢ほどの巻き貝から声が聞こえる。セイレーンたちは、ほぼ全員がこの巻き貝の耳飾りを着けているが、飾りではなく通信機の役割を果たすモノだった。女性体ばかりのセイレーンなら似合うだろうが、俺が着けるとなんか微妙に違和感がある。ポニは似合う似合うと手を叩いて喜んでいたが、馬鹿にされたようで気分が悪い。


「感度良好だ。よく聞こえるぜ?」


「先ほどアダム殿の言っていた例の物を見付けたぞ」


「よし、後は人間達の軍艦から火薬をうまく盗み出せるかだが、それは行けそうか?」


「想像していたよりデカいからのぉ。これにいっぱいとなると、相当な量の火薬になるじゃろう。南海沿岸の港に停泊している船にある分だけでは足らぬような気がするが・・・」


「ならブルーラインのセイレーンにも呼び掛けろ。北海の港にだって人間の軍艦はあるんじゃないのか?」


「むしろ北の方が船は多い。あちらには海洋国家レキトラがあるからな。しかし、ブルーの連中に手を貸せなどと言っても聞くとは思えん。ワシの言う事なら尚さらにな」


「南と北が仲悪いのは知ってるが、これは緊急事態なんだ! 北だって、大召海の被害はあるんだろう? なんとか協力させろ! アダムの名を出しても協力しないなら、蛇王の名を使え。協力しないのなら、蛇王ヨムルが北のセイレーンを一匹残らず滅ぼすと脅しても構わん」


「そんな勝手な事をしても大丈夫なのか? ワシ等が蛇王に滅ぼされる事になりそうじゃが?」


「大丈夫だ。ヨムルは俺の妻だ。俺にメロメロだから、俺の頼みなら何でも聞く・・・ような気がする。とにかくどんな手段を使ってでもこのミッションだけは成し遂げろ!」


 まだ何か言いたげなセイレーン王との通信を切ると、俺は再びゲルダゴスの力を探ろうと使えるようになったばかりの鑑定眼を駆使した。なるべく正確な情報が欲しいのだ。


「ねぇ! 今の話は本当なの!?」


「何が?」


「蛇王がお兄さんの奥さんだって話だよ!」


 隣でセイレーン王との話を聞いていたポニがふくれ面をして俺を睨んでいる。ガキのくせに嫉妬しているのか?


「言わなかったか?」


「聞いてないよ! 一緒に居たとは言ってたけど、結婚してるとは聞いてない。初耳だよ!」


「ヨムルとは少し前に結婚した。お前には関係ないだろ?」


「ナニ、しれっとバカ言ってんのさ! あるに決まってるでしょう! ボクと結婚するってさっき誓ったばかりじゃないか! 忘れたとは言わせないよ!」


「誓ってないだろ? 将来の事をちびっと口にしたが、未来なんて誰にも分からないからな。あくまで可能性ってだけだ。もちろん婚約でもないから、今のお前は赤の他人って事だ」


「ひ、酷い、乙女心をもてあそぶなんて! なんて極悪なんだ。まさに女の敵だよ!」


「くだらない事を言ってないで、少しでも俺の役に立て。俺は、お前達セイレーンの為に動いてるんだぞ? ゲルダゴスの移動能力が知りたい。魚やら早く動ける海洋生物を操るとか出来ないか? イルカみたいに知性がある動物なら一番いいんだが?」


「イルカって何さ? ボク達は海洋生物を操るなんて芸当できないよ? ローレライたちとは違うんだから」


「そうか、なら仕方ない。別の方法を考えるしかないな」


「セイレーンが得意なのは海流操作だよ。大波や渦潮とかは数が揃わないと出来ないけどね」


「ヒレも無いのにどうしてそんな速く海中で動けるのかと思ってたが、泳いでるんじゃなくて海流操作で動いてる訳か?」


「当たり~。海中を移動するだけなら竜王様よりも速いよ! 個人差はあるけど、時速200キロ以上出せるんだ!」


 えっへんと言う感じで無い胸を張るポニを他所に、俺はゲルダゴスの移動速度を探る手段を考えた。それを知る事は今回の作戦において最も重要な事なのだ。一見して鈍重そうに見えるから大丈夫だと思っていたのだが、もし仮にセイレーン並に高速移動できるなら作戦内容を根本的に変更する必要がある。


「今、時速200キロを水中で出せると言ったな? そんなスピードが出せるのに、諦めてゲルダゴスの餌になるのを受け入れてるって事は、奴はそれよりも速く動けるのか? お前達が逃げ切れない程に?」


「違うよ。逃げ切れない理由は音波さ。今は逃げる様子を見せてないから出してないけど、逃げ出した事を感知すると思考を鈍らせて逃げようとする意思を奪う音波を出すんだ。それをされると、痺れたようになってほとんど動けなくなる。王はその中で必死に抵抗して逃げ延びたひとりなんだってさ」


「なるほど。地球にも超音波で獲物を狩る動物や昆虫が存在するからな。奴は魔物だから精神干渉できる超音波を使って獲物を動けなくする訳か? そういう能力を進化させたって事は、移動速度に自信がないからって事も考えられるが・・・ポニを使って確かめたいところだが、超音波出されたら意味ないしなぁ」


「今、さらっと酷いこと言わなかった?」


「気のせいだ」


「いや、言った! 絶対言った! 確実に言った!

ボクを囮にしてゲルダゴスの移動速度を計ろうとした!」


「しっかり理解してるじゃないか。俺の話を聞いていた証拠だ。頭を撫でてやろうか?」


 ナデナデしてやろうと手を伸ばした俺を睨んで、ガルルと牙をむき出して唸るポニ。はじめて会った時もこういう顔をしていたなぁとその時のシーンを思い出しなから、とても不思議な気分になった。出会ってまだ2日しか経っていないのに、俺はこいつとペアを組んでバケモノ大海獣と闘おうとしている。


 ゆかりとのリンクが回復するのにはあと16時間が必要で、ヨムルも突然に姿を消したまま戻らない。俺には現在、手を貸してくれる魔族はポニしか居ないのだ。こいつとあの嵐の夜に出会わなければ、俺はまた死にそうになって『ゆかりシステム』の緊急モードを発動させていただろう。


 緊急モードが発動すれば、ゆかりは魂の力を消費することになる。体のないゆかりは、魂の存在力を減らしたら元の状態に回復するすべがない。体というモノは魂の入れ物であると同時に、魂を安定した状態で維持させ、場合によっては存在力を補填する役割があるのだ。だからこそ八叉大蛇の婆さんは、ゆかりに早く依代を与えろと教えてくれた。ゆかりの性格だと、俺がピンチになれば自身が消えてしまうかなど気にせずに力を使い、結果、消えて無くなってしまうだろうと忠告してくれたのだ。


 リンクが出来ない今の状態で動くべきでない事は承知している。大召海の件がなければ、ゴロゴロと寝て過ごしリンク回復までの時間を稼ぐ事に専念していた事だろう。


 あの極度の疲労感と睡眠欲から解放された俺の体は、以前に比べ格段に強くなっている。しかし、竜王ですら手を焼くバケモノを相手に闘うにしてはやはり力不足だ。誰もがそう思うし、ポニも俺の力量に疑問を持って無理だと決めつけている。


 当然だ。俺からは威圧される程の存在力など微塵も感じないだろうし、事実、凄いスキルが使えるようになった訳でも力が強くなった訳でもないのだから。回復力と体力が上がったくらいで戦闘力が増した訳でもない。倒してやると言った俺に従うセイレーン達の方が普通に考えておかしいのだ。だが、彼女達は俺の演説に感動し涙を流しながら『アダム』の名を連呼した。誰も俺の力を疑っていないし、何か不思議な力でこの前人未踏のミッションを成し遂げてしまうのだと真剣に考えている。


「お兄さんが(おとり)になればいいじゃないか! ボクは絶対にやらないからね! 音波出されたらすぐ捕まって食べられちゃうよ! まだ男も知らない生娘なのに、喰われて死んじゃうなんて絶対にヤダ!」


 そう。あの場にいた誰もが真剣に信じ、陶酔している。

 俺の目の前にいる、このガキんちょ以外は全て。これはただの直感だが、ポニが俺の影響力を受けない理由は“かぶりつき”ではないかと思う。コイツは微量だが俺の血肉を食っているから耐性菌が出来ているんじゃないだろうか?


「逃げる事を考えると音波出すんだろ? なら、逃げるんじゃなくて鬼ゴッコしてると思えばいいんだ。ある一定の距離を保ったまま遠くに離れず、クルクルと奴の周りを廻れ。先程の魚人モドキが闘っていた時は音波を出してなかったよな? 奴らは誰も動けなくなってる様子はなかった」


「簡単に言わないでよ! 確かにあの時は音波を出してなかったけど、ボクの時も出さない保証はないじゃないか!」


「そんなに嫌か?」


「嫌だよ!怖いんだよ! 音波出して来なくても身がすくんでしまう程に怖いんだ。こうして遠くから見てるだけでも手足の震えが止まらないよ。本能的に逃げたくなるのを抑えて、今こうしているだけで必死なんだ」


 そう言われて見れば、ポニは具合が悪そうにして心なしか震えている。そんなに無理をしていたとは気付かなかった。


「分かった、俺が囮になる。

もしもの時は海流操作で助けてくれ」


「本当にやる気なの!?」


「仕方ないだろう? 他に方法がない」


「で、でも本当に? 捕まってしまったら食べられちゃうよ? 凄く苦しいよ? 骸骨になって死んじゃうんだよ?」


「俺だって死にたくない。捕まるような下手はしないさ。それに、ここまで来るとき見ただろう? 今の俺は結構速い。水中にも馴れて来たし、ソヨヨが無くなってからの方が調子がいいんだ」


「何を馬鹿なこと言ってるの!?

今のスピードが出せてるのは、ボクが水圧と抵抗を減らして推進の補助をしているからだよ! お兄さんの力だけじゃないんだ」


「だから、海流操作で俺を助けてくれと言っている。今ので全力じゃないんだろ? 多少は手荒な事をしても大丈夫だから、いざと言う時は宜しく頼む。気絶しないよう踏ん張るからさ」


 俺がそう言って、ポニがまた言い返そうとした時だ。クルリと後ろを振り返ったポニは驚きながら言った。


「見て! 誰かがこちらに向かって来る!!」


 ポニが指差した方を見ると、全身を黄金に輝く鎧で被った騎士を中心に、銀を基調にした鱗柄の鎖帷子のような甲冑を身に付けた一行が馬に乗ってやって来るのが見えた。馬にも甲冑がついている。というより、あれは天然の鱗なのだろうか?馬の形はしているが全身が鱗で覆われていて、顔はタツノオトシゴみたいで骨ばっていてゴツゴツしていた。色も、黒っぽいのやら白っぽいのやら赤っぽいのやらでバラバラだ。


 そんな馬に乗った騎士が20騎と、ひとりだけ明らかに違う美しい姿をした馬に乗って真ん中で護衛されている黄金騎士を含めた21騎が、ゲルダゴスに向かって進行している。俺達はそれをかなり上から眺めている形だ。


「あれは竜宮城の上位騎士達だ! 真ん中のキラキラしたのは隊長かな? それにしては、かなり小柄だけど?」


 ポニの言う通り、黄金騎士は小柄だった。

兜の後ろから水色の髪が伸びている事からして、もしかしたら女性なのかも知れない。兜には竜の彫り物のような飾り装飾がされていて、何となくガンプラみたいな感じをうけるスリムでカッコいい鎧だ。全体的にはシンプルであるが、肩当てがやたらと大きく、あれでは動きにくいのでは?とも思える。しかしデザインのセンスはいい。


「あいつら闘う気か? 騎士達はかなり強そうな雰囲気だが、ゲルダゴスを相手にするには数が少なすぎるぞ」


 俺の言葉と同時に、騎士達は構えた槍を前につき出し魔法陣を展開した。続いて黄金騎士が放てといった感じに手を前方につき出すと、その先端から尖った氷の槍が次々に飛び出してゲルダゴスを襲う。高速の氷撃魔法のようだ。


「氷槍の弾幕か。効果はあるだろうけど、人数が少なすぎる。あれではゲルダゴスの核まで届かないぞ」


「ゲルダゴスの核が分かるの!?」


「ポニには見えないのか?」


 俺は当然ポニにも見えていると思っていたので、不思議そうにそう返した。


「見えないよ。黒く濁ったような海水の塊が見えているだけで、大きさも形も正確には分からない」


「あの馬鹿でかいアメーバがポニには見えてないのか? うっすらと内臓みたいなモノも見える。ドクドク脈打ってるのが心臓だろうから、あれが核なんだろうな」


「それがアダムの力なの? ボク達セイレーンにはそんな事までは分からないよ!」


「いや、別にアダムだからじゃない。俺の体は皆から貰った物の寄せ集めみたいなモノなんだ。左目も神様から貰い承けた形見だからな。俺だけが見えるとしたら、それは婆さんのおかげだろう」


「婆さん? 神様? どっちなの?」


「神様の婆さんだ。スゲー強いんだぞ? 婆さんなら、あんなアメーバなんか指先も動かさずひと睨みでイチコロなんだろうけど、俺にはまだその力は使えないんだ」


 もっとも雷牙(ライガ)を使った場合、この海域全ての生物なんて簡単に死んでしまうだろう。あの力は強力すぎて水中では使えない。もちろん使った本人も無事では済まないが。


「形見って事は、その神様は死んでしまったの? 神様なのに?」


「ああ、そうだ。俺に全ての存在力を託して死んでしまった。でも、あと数ヶ月もすれば甦るんだけどな」


「また訳の分からないこと言って!」


 俺達の会話を他所に、一方的に魔法攻撃を続ける竜王の騎士達と一方的に攻撃されるゲルダゴスの勢力図が変わりはじめた。氷弾を受けて凍りついてしまった体の部分を盾にするようにゲルダゴスが前進をはじめたのだ。


 竜王の騎士達は回り込んで全体に氷撃を当てようとするのだが、散開すると触手攻撃に晒され、ひとり又ひとりと捕らえられ喰われてしまう。結局は弾幕を薄くする訳に行かず、皆が塊まって攻撃する他なくなってしまった。


「隊長の指示が悪い。散開してもいいが、バラバラに各個撃破を命じたのは痛恨のミスだ。無意味に兵の数を減らしてしまった」


「じゃあ、お兄さんならどうするの? 亀の甲羅みたいに凍った体を盾にしたゲルダゴスにはこれ以上の氷撃魔法が通用しないよ?」


「だから数が足らないと言ったんだ。それでもこの数で闘う気なら囮部隊が必要になる。攻撃してきた触手を凍結させてジワジワと奴の体積を減らすしかない。時間が掛かりすぎて凍結させた部分が溶けて元に戻ったらアウトだけどな」


「ああ、またひとり殺られた! ヤバそうだけど助けてあげないの?」


「なぜ?」


「なぜって聞かれても・・・アダムだから?」


「アダムだと竜王軍の騎士を助けないといけないのか? 勝手に来て勝手に始めたんだ。俺は知らん」


「う~ん。まあ、お兄さんがそう言うならそれでもいいんじゃない?」


 ポニも意外に軽い。助けるのは諦めたようだ。


「あっさり諦めたな? 本当に助けなくていいのか?」


「ボク達セイレーンは竜王軍には属してないし、保護しても貰える立場にはない種族だからね。大召海が起これば必ず標的になるボク達を竜王様は毛嫌いしてて、竜宮城の近くには絶対に住まわせて貰えないんだ。迫害されたりはしないけど、近付けば殺されちゃうし」


「そうだったのか? それは知らなかった。竜王のおっさん、あんなナリして意外に肝っ玉が小さいんだな」


 俺は式典の時に見た竜王の姿と、あの低く威圧的なダミ声を思い出した。ゆかりが必ず敵になる相手だと言うのでそのように見てしまっただけかも知れないが、気に入られてない気がしたし、やたらと威張っていていけすかない感じだった。わざわざ敵対しようとは思わないが、仲良くしようとも思わない相手だ。


「あ、騎士のひとりがボク達に気づいたよ。こっちを指差して隊長に報告してるみたいだ」


「お前の海流操作で視覚的には見えない筈だろ? ポニの存在力は大したことないし、俺のはゼロ以下だから、視覚で捕らえなければ見付かるわけがない。特殊感知能力者か?」


「みたいだね。隊長にくっついてるから参謀役?」


「見付かるとは思ってなかったから高みの見物を決め込んでいたが・・・これはマズイな。こっちに向かって来るぞ」


「ここから逃げる? でも、逃げようとする思考波がゲルダゴスに感知されると、音波出されて動けなくされるかも知れないよ?」


 そうだ。それはマズイ。ポニの海流操作の補助がなくなれば、この海域から逃げ切るのは困難になる。今の俺には人間としての限界を大きく超える泳ぎが出来るが、海を住処としている魔族相手に単純な運動能力で勝てる訳がない。向かって来る3名のスピードを見てもそれは明らかだった。


「怖くても逃げるなよポニ! お前は絶対に殺させない」


 震える手を握り、俺は自分の背後にポニを隠した。





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