大海のアダム【1】セイレーン谷のポニ
ここより新章がスタートします。
「むにゃむにゃ、もうお腹いっぱいで食べれないよぉ〜 がぶり!! 」
「痛ってぇ! 何すんだこのガキ!」
寝ぼけて腕に噛み付いて来たポニの鼻をムニュと摘い挟み、呼吸のために口を開いたところを狙ってタイミング良く腕を引き剥がした俺は、何回目だバカ野郎!と怒鳴りながら両方の頬をギュンギュン引っ張ってやった。
「痛い、痛いよ〜! やめてよ~!」
ポニは足をジタバタさせるが、お構いなしに頬を引っ張ってやる。セイレーンの頬っぺたは面白いように伸びるのだ。柔らかいゴムのようにどこまでも伸び、俺が両の手をいっぱいに広げてもまだ余裕がありそうだった。
ポニはサメのような鋭い歯をガチガチさせて抵抗するが、容赦などしない。寝ぼけては噛みついて来るこのクソガキのおかげで、俺は三度も睡眠を邪魔されていた。別に寝起きが悪い訳ではないが、起こされ方にもよるだろう。今は腕だからまだマシだが、頭からガブリとやられた時は流石にキレた。誰だって、気持ち良く寝てるところを噛みつきで起こされたら腹が立つ。
俺はポニをポイ捨てして、再び眠りにつこうとゴロリした。とにかく今は眠いのだ。セイレーンの棲みかに招待されて食事のもてなしを受けながら、俺はどうしようもないくらいに猛烈な眠気に襲われた。そして、箸を握ったまま頭から料理の上に突っ伏して爆睡してしまったらしい。
叩いてもつねっても起きず、仕方がないのでポニが付き添って大きな二枚貝で出来たこの部屋の中で寝かされる事になった・・・らしい。
らしいというのは、ポニの最初の噛み付きで起こされた時に俺が「何でこんなところで寝てんだ?」と聞いたところ、ポニが状況を説明してくれたのだ。起こされるまでの約6時間半、俺は本当に何をしても起きなかったそうだ。
「ネェ、ネェ、また寝ちゃうの? ボクもいい加減、つき合って寝るのには疲れたよ。そろそろお姉さん達のところに戻らない?」
「俺はまだ眠いんだ! それに、何でお前が付き合う必要がある? 俺はひとりで眠りたい。噛みつかれて起こされるのはもう勘弁して欲しいぞ」
「だって仕方ないよ! お兄さんから何だか美味しそうな匂いがするんだもん!」
「なんじゃそりゃ? 水の中なのに匂いなんてするのか?」
「するよ、もちろん! ボク達セイレーンは匂いで獲物を探したり、状況を判断するんだ。深海に行けば行くほど光源はなくなるからね。視力なんてほとんど役に立たないよ。体を光らせたりも出来るけど、通信の為や餌を誘き寄せる為に使うだけで見る為じゃない。そんな事も知らないの?」
「知るか! セイレーンの生態なんて知るわけがない。俺はこっち来て8日? ん?9日か? もう良く分からんけど、とにかく日が浅いんだから」
「召喚の儀式から数えて8日目の晩だよ。もう16時間くらいは寝ているよ? もしかしてやる気ないの?」
「やる気ってなんだ? お前に連れて来られただけで深海には何の用事もないし、むしろ早く帰りたい。地上に大切な事をヤリ残したままなんだ。ヨムルは大丈夫だと言ったが、自分の目で確かめないと不安でならない」
「その言い方だと、蛇王様と一緒に行動してたとか? でも、ボクが見付けた時のお兄さんは独りで、しかも死にそうになってたよ?」
確かに俺は死にそうになっていた。あの嵐の海で体力を使い果たし、海に沈んでいく時にポニに救われたのだ。
「その事は感謝してるよ。助けてくれたお礼はするつもりだ。だから文句も言わずに、こうしてついて来てるだろ? なんかヤバそうな気がしたが、それでもな」
「お礼はいいよ。あと2年したらボクをお嫁さんにしてくれるなら充分だし、ボクはそれ以上求めたりするような欲張りでもないからね!」
「なぬ!? 俺はそんな約束してないぞ!」
「えええっ!? 2年後になって言ったじゃん! あのとき言った!絶対言った!確実に言った! 今さら婚約解消は許さないからね!」
「なんだそれ? 数年後にとは確かに言ったが、何であれが婚約になる? 誇大解釈も甚だしいし、勝手に2年後とか言ってんじゃねぇ! お前は結婚詐欺師か!」
「酷いよ! ボクの純潔を奪っておいてさ!」
「いつ奪った? 人聞きの悪いこと言うな!」
「ヘヘヘ。それはまだだけど、2年後にはするんだから同じ事だよ」
「するか阿呆! お前などに興味はないし、多少成長したとしても2年やそこらで大人になるとかあり得ん! 見た感じ幼稚園児だ。数年後と言ったのは認めるが、あれは社交辞令であって、小学生を相手に興奮するような変態おじさんではない。お前達の常識は知らんが、無理なもんは無理! そういう事は大人になってから言いなさい!」
「お兄さんは本当に何も知らないんだね。ボクはいま幼成体の状態だけど、あと2年で繁殖期に入って成体に変わるんだ。セイレーンという種族に途中はないんだよ。ボクはこう見えて今年で16期さ。あまり子ども扱いしないで欲しいなぁ〜」?
「16期!? 16歳って事か?」
驚いた。キューピーちゃんに緑色の長い髪の毛を着けたような感じなのに、あと2年で18歳? 繁殖期? なにやら非常にヤバい響きだ。
「何にしてもだ。今はとにかく寝かせてくれ。理由は分からないが、睡眠が必要なんだ。体がそれを強烈に要求している。お前らに言っても分からんと思うが、これはたぶん準備だ。俺の体は賢者の心臓を受け入れる為の準備に入っている」
「準備? また変なこと言って、はぐらかそうとしてない? お兄さんはセイレーン族の為に南海に来てくれたんだよね? 1000年前のアダムと交わしたあの時の約束を果たしに来てくれたんだよね?」
「約束? そんなもんは知らん!」
「そんなぁ〜、皆も凄〜く喜んでたのに・・・これでやっと安らぎが得られると思って本当に感謝してたんだよ? ボクたちを見捨てるつもりなの? お兄さんは伝説のアダムなんだよね? アダムなら約束を果たしてよ。ボク達を救ってくれるって約束を・・・」
わけの分からない事を言ってポロポロと涙を流しだしたポニに驚いた俺は、しばらく様子を見ながらどう話をしていいかを考えた。しかし・・・やはり駄目だ。物凄い眠気がして思考が纏まらない。こちらも聞きたい事があったような気がしたが、その大切な事が何かをどうしても思い出せない。
―――俺は何を聞こうと思っていたんだっけか・・・
ああ、そうだ・・・
眠る度に見る、あの奇妙な部屋の事をポニに聞こうとしていたんだ。俺が寝てる間に何かしたのかと聞こうと思って・・・
夢の中の俺は手術台に寝かされ、変な連中に身体を割かれていた。痛みはないが、ただ、とても哀しかった。心が押し潰されそうな深い哀しみでいっぱいだった・・・五体をバラバラにされながら誰かを想って泣いていたのだ。
バラバラにされながら?
なぜ俺はバラバラにされている?
分からない・・・・
あの部屋はこの谷の何処かにあるのか?
それとも全く別の場所で?
それ以上は何も考えられず、
俺は再び深い眠りに着いていた・・・
イラスト:「ボクはポニだよ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うおおっ! めっちゃイイ気分だ!」
起きた時の爽快感が半端なく、俺は大の字になって両手両足を広げながら思わずそう叫んでいた。体内に巡る力の質が変化しているのが分かる。ヨムルから貰った使い魔たちが与えてくれるエネルギーとは違う、全く別の新しい力だ。この力には借り物のような違和感はなく、アリスとリンクしていた時のような、自分自身の肉体から発生する確かな力の波動を感じる。正に、我ここに在りって感じだった。
ベッドに似た寝具から飛び降りた俺は、巨大な二枚貝であるこの部屋の端に手を当て“開け”と命じた。ゆっくりと口を開けるように開く壁の向こう側から冷たい海水が流れ込んで来た。ここに大気はないので、空気の代わりに水だ。爽やかな空気でなく、爽やかな朝の水って訳だ。
俺はその爽やかな朝の水を肺いっぱいに吸い込んで深呼吸をすると、周りを見渡してセイレーン達が棲むこの谷の様子を改めて眺めてみた。来る時にも同じ風景を見ているが、視力がアップしたせいで今回はかなり遠くまではっきりと見る事が出来た。
上から見るとグランドキャニオンのようにパックリと開いた渓谷が海底に刻まれており、亀裂の間に入りどんどんと潜った先にこの場所があった。その深さは3000㍍はゆうに越えていて、太陽の光など全く届かない真の暗闇だ。
だがセイレーンが棲みかにしているこの場所だけは、岩肌のあちらこちらに臼ぼんやりと光る発光体が夜空に光る星のように無数にあり、谷全体を覆うようにぼんやりと光っている。その光の正体は蟹だ。蟹の甲羅に寄生したイソギンチャクみたいな生き物が光っている。
俺が寝ていた二枚貝が座る岩棚の向かい側にも、同じように岩肌の凸凹にはまり込むようにしてあちらこちらに貝が見える。開いている貝もあれば閉じているものもあるが、そのひとつひとつがセイレーン達の個室のような物であるらしい。俺はポニの個室に寝かされていたという訳だ。
「おはよう! やっと起きたんだね、お兄さん」
「おはよう!―――って事はやっぱり朝か? 我ながらよく寝たもんだ」
「ほんとだよ。丸一日寝ちゃうだなんて、いくらなんでも寝過ぎだよ!」
両手に貝やらウニやら海藻やらを抱えながら、ポニが笑顔を浮かべて谷の上から降りてきた。どうやら朝食を調達しに行って来たらしい。
「おかげでスキッキリ爽快感、元気ハツラツって感じだ! 物凄く体調がイイ。嘘みたいに体が軽いよ」
「ふう~ん、それは良かったね。いちおう朝食は確保して来たよ。ボクは料理できないけど、これなら生で食べても大丈夫だろうから」
「わざわざ俺の為に? それは有難う。ちょうど腹が空いてたんだ。お前達はこういうの食べないんだっけ?」
「うん。ボク達はミズウリクラゲしか食べないからね。偏食とかじゃないから!」
「でも人間は食べるんだろ? 人食い肉食獣だな」
「肉食獣とか言わないでよ。人間を食べるのは繁殖の為なんだ。魂を取り込んで卵に変えるんだよ」
ここに来た時に王の前に通され、少し話をした。
王は年老いた感じのセイレーンだったが、その取り巻き達は若く何故だか皆同じ顔をしていた。当然だが、全員が女性体で服を着る習慣はないので全裸だった。老人の裸なんて見たくなかったが、長い髪の毛でほとんどの部分が隠れていたのでその点は助かった。セイレーンは濃い緑色の髪をしており、髪を切るという習慣もないから伸びっぱなしでかなり長い。歳を取ると色が落ちて薄い緑色になるようだ。
「そう言えば、俺が寝てしまう前に何か言ってたよな? 1000年前にアダムとした約束がどうとか?」
「ああ、その事はもういいよ。今回はタイミング的に間に合わないと思うし、召喚されたばかりのアダム様に無理はさせられないからさ。忘れてくれていい」
「そうなのか?」
「うん。気にしないで」
俺は、どことなく悲しげなポニの様子が気にはなったが、とにかく今は腹ごしらえをする事にした。貝はサザエみたいな巻き貝だった。ポニが鋭い歯でバキッとヒビを入れてくれたのを受け取ると、二つに割って中身を食べてみた。多少の毒を持っていても今の俺には関係なさそうだったから、そのままガブリとやってみた。
意外に旨い。噛むほどに甘味が出て来て口内に広がる。味的にはアワビに近い。とりあえず3個食した。次はウニだ。これは絶品だった。指で黄色いミソの部分をすくって食べた。先程の貝よりもずっと味わい深く、塩けと甘さがちょうどよく絡み合い、寿司屋で食ったウニよりも格段に旨かった。数が少ないのが残念だ。次にテングサみたいな感じの海藻を食べてみた。これは灰汁が強くて生で食べるのには適してないようだ。口の中が渋柿を食べた時のように苦くなった。
俺は海水を口に含みガラガラペッをしながらポニに感謝し、ご馳走さまと言って手を合わせた。空腹が充たされると気分も更に上昇だ。ウニをもう一個くらい食べたかったが、腹八分目にしておこう。
「ところで聞きたい事があったンだが、寝てる間に手術室みたいなところに連れて行ったりとかしてないよな? そこで俺を解剖したりとか?」
「手術室? そんなのがある訳ないでしょ? 見て分からないの?」
「だよな。やっぱり夢か? 昨夜何度も同じ夢を見たんだよ。その度に哀しくなって、苦しくて泣きたくなるような夢だった。あれは何だったんだろうか?」
「お兄さんの夢の話をされても困るよ。ボクにどんな答えを求めてるのさ」
「確かにそうだ。そんな話されても困るよな」
ゴメンと謝りながら、これからの予定を聞いてみた。理由は分からないが、いきなり襲われて子種を奪われるような事もなさそうだし、とりあえずは安心して大丈夫な雰囲気だ。
「うん。いろいろ予定はあったんだけどね。景色の綺麗な場所とか、古い都を見せてあげられる時間はもうなさそうだから、今日の夕方までにはここを出て行こうと思ってる」
「出て行く? 俺を地上に帰してくれるって事か?」
「それもあるけど、ボク自身がセイレーンの里を出て行くのさ」
「里を出て行くって、お前また何か悪さでもしたのか? オネショしたとか?」
「阿呆!オネショなんかするか! ボクは16期だってば! 見た目はどうでも、子どもじゃないよ!」
「じゃあ、親の目を盗んでパケ代使いすぎたとか? ネットショッピングは詐欺も多いから気を付けろよ」
「もう! 訳の分からない事言って! 悪さなんかしてないし、追い出される訳でもないよ! ひとがシリアスに悩んでるのに!」
「なんだ、やっぱり悩んでたのか?」
「べ、別に悩んでなんてないさ! 仕方ない事だからね・・・ さあ、この話はおしまい! お姉さん達に挨拶に行こう。その後は帰り支度をしてお兄さんを地上に送るよ」
俺はポニに同伴されてセイレーン達の居住区を抜け、更に深い場所にあるウルトラ巨大な二枚貝の中にある王の宮廷へと移動した。まるで漫画みたいな建物だ。こんな巨大な貝が実在するとかマジ信じられない。中の建物がアンバランスに大きすぎて貝は閉じられないと思うが、その貝が生きているとも限らないし、本物ではなくデザインかも知れない。もうすぐ出て行く訳だし、体制には全く影響しないので、その事には別に触れもしなかった。
宮廷に着くと、若い成人のセイレーン達がフヨフヨと近づいて来る。何かを求めるような表情ではあるが、彼女達は何も言わない。無言で見つめて来るだけで、最初に来た時のような纒わり付くような妖艶な雰囲気もなかった。何か俺の知らないところで変化があったのではないかという疑問が湧く。ポニの様子も今朝と昨日とでは明らかに違っていた。
―――なんだこれは? この悲壮感はどこから来る?
「そう言えば、ソヨヨが無いね? 無くても普通に会話してるし、この深度でも平気みたい。アダムって不思議だね」
「あら?ほんとだ。いつの間にか無くなってるよ」
俺の頭に付いていたみっともない葉っぱは、いつの間にか抜け落ちたみたいで消えていた。カッコ悪かったから無くて平気になって良かった。こいつらみたいに首の後ろで髪の毛に隠れてるならいいが、頭のてっぺんに3本ピヨヨでは破滅的にダサイ。アダムの極端な親和性とやらに感謝だ。
間もなく二人は、昨日通された王の間に到着した。いかにも海の宮廷らしい真珠やカラフルな貝殻をあしらった玉座に、くたびれた感じの歳をとったセイレーンが座っている。何故だかこちらも元気がない。昨日はもっとエネルギッシュな感じの婆さんだったが、たった一晩で10年は歳をとった感じだ。
「よくお休みになられたようじゃな、アダム殿。ポニはお気に召されたかな?」
なんか変な言い回しだとは思ったが、まあ適当にな。と答えておいた。朝めしは旨かったが、寝てる間に何度も噛み付かれて起こされたのはマイナス点だ。少々の事ではプラスにならない。
「本来ならば、アダム殿を迎えて宴の席を設けるところであるが、そうも行かぬ理由ができた。我等は大召海の準備に入らねばならぬ。太陽が天にある内にここを出た方が良かろう」
「大召海? 何の事か分からないが、出て行く事に異存はない。一宿一飯の恩義は忘れないよ。ありがとな」
「よい、よい。別に何もしておらんしな。急だったから何のもてなしも出来ぬ内にアダム殿は寝てしまわれた。娘達に伽をさせるつもりでいたが、それも出来ぬままじゃ。心残りではあるが、次を待つしか在るまい。それが何百年先になろうと、いつか約束が果たされる日が来ると信じてな・・・」
「―――?」
この全体に漂う悲壮感の原因はどうやら大召海とやらにあるらしいが、俺が首を突っ込む問題ではなさそうだ。約束というのは1000年以上前にアダムと交わしたというモノだろうし、別に俺が交わした約束じゃない。下手に事情を聞けば、引き返す事が出来なくなる可能性がある。どこの誰とも知らない奴が無責任に交わした約束なんて俺には関係ないのだ。
その後当たり障りない会話を少し交わしてから「ではアダム殿、息災でな」と言うので「お互いに」と答え、その場を離れようとした。と、そのとき俺はセイレーン王に聞きたい事があったのを思い出して振り返り、また王の間に引き返した。
「なんじゃ、忘れ物か? 残念じゃが土産物は用意しておらんよ? それどころでは無くなってしまったからな」
「別に、玉手箱をくれって訳じゃないから安心してくれ。少し聞きたい事があったのを思い出したんだ。知っていたら答えて欲しい」
「なんじゃな? ワシに分かる事なら別に構わんよ」
「あんた達セイレーンは海の精霊だって話だけど、精霊王オベイロスの名を聞いた事はあるか?」
ダメで元々、聞くのはタダだからとりあえず聞いてみた。オベイロスの居場所を知っていて、会えるのなら早く会いたいのだ。その精霊王なら、ゆかりに依代となる体を与える方法を知っているとヤマタノオロチの婆さんが言っていた。かなりスケベで鬼畜な奴らしいが、メリーサに聞く前に聞いておこうと思ったのだ。
「精霊王オベイロスは知らぬが、精霊祖神オーベロス様なら知っておるよ。全ての精霊種の祖となられる偉大なる御方だからな」
「その偉大なる祖神様とやらに会いたいんだが?」
少し違うが、本人である可能性もある。
「会いたい? それは無理じゃろうな」
「なぜ?」
「セイレーンの数が足らぬのじゃ。ブルーの連中と合わせてギリギリというところに、今回の大召海じゃ。再び数が足りるようになるには、後30年は必要じゃろうな。足りたとしてもブルーの連中などと一緒に神の道を開くなどゴメンじゃが」
「数が足りていたなら確実に会えるのか?」
「ああ、たぶんな。ワシの先々代の王の時代に儀式をしたという記録がモノポリスに刻まれておる。ワシ等は文字を持たぬので、神殿にて重要な記録を記憶石に遺すのじゃよ」
「その神殿ってのはどこにあるんだ? この谷にはそれらしき建物はなかったような気がするが」
「勿論ここにはない。神殿はオリバーロックの梺にある聖地エスタシアスにある」
「ここからは遠いのか? あんた達の神殿って事は、海底神殿なんだよな?」
「無論そうじゃが、セイレーンの神殿という訳ではないぞ? 数多の海の精霊達が集まる聖なる場所じゃ。行くにはワシ等のスピードでも最低3日は掛かる。アダム殿ならばどんなに急いでも半月は掛かろうな」
イルカのスピードが時速80キロくらいだったか?セイレーンはそれより速いのか遅いのか知らないが、海の魔族って事はかなり速いんだろう。今の俺はかなりのスピードで泳げるような気がするが、試した事がないから分からない。でも海の精霊よりは遅いと考えるのが普通だ。
「数が足らなくなるとは?」
「大召海の事は今回のアダム殿には荷が重いと思い詳しくは話さなかったが、結局話す事になってしまったか・・・これも運命かも知れんな?」
「―――――?」
「この海には大海獣と呼ばれとるとてつもない悪魔が三種いる。メデューサオクトパス、ギガントシーラ、そして大召海を引き起こす最強の魔物ゲルダゴスじゃ。他の二種は単体ではないし、1体であるなら倒す事も出来る。じゃがゲルダゴスは違う」
ゲルダゴスの名が出た途端、周りの空気というか水温が急に下がった気がした。隣にいるポニも震えて俺の腰にしがみつく。フヨフヨと浮かんでいた成人女性のセイレーンもキャッと短い悲鳴を上げて柱の陰に隠れてしまった。それほどに恐ろしいという事か。
「ゲルダゴスには体がない。黒い海水のような物で、中に取り込んだ物を吸収して喰らう。普段は死の谷と呼ばれている渓谷の底にいるのだが、30年から50年の間に一度渓谷から出て来て海遊するのじゃ。そして理由は分からんが、そのルートには必ず我等セイレーンの棲みかとしている場所が含まれる。ここも46年前にワシが見つけて移り住んだ場所じゃが、前に居た谷は大召海によって死滅した」
「まさか、1000年前のアダムとの約束ってのはそのゲダゴスを倒すとかって言ったんじゃないだろうな? 体のない訳の分からん怪物を倒せとか俺に言っても無理だぞ? それにここは海底だ。海底の事なら竜王のおっさんに頼めよ。専門外も甚だしいぜ!」
「勿論、そんな不可能な事を当時のアダムとて約束したりはせんよ。あれは竜王様ですら手を焼く程のバケモノじゃ。下手に刺激して眠りを妨げるような事をすれば、大召海がいつまで続くか分からん。アレは腹が満たされれば死の谷に戻り、再び起きるまでしばらく眠りにつく。我等は黙って餌になるしかないのじゃ」
「じゃあ、アダムは何の約束をしたんだよ? 倒す訳ではないのなら、何をすると言ったんだ? 話が見えて来ないんだが?」
大昔に勝手な約束を勝手にしたアダムに義理立てするつもりもないし、竜王ですら退治できない怪物を俺がどうのこうの出来る筈もない。竜王はヨムルと同じくらい強いという話だし、言わばこの世界の最大戦力のひとりだ。師匠ならどうにかしちゃうかも知れないけど、海の中にまで入って来て深海でバトルするなど、無敵の孫悟空であってもちょっと無理がある気がする。
「当時のアダムはこう言ったそうじゃ。
「キミ達を地上でも生きられる存在に変えてあげよう」とな。アダムには種の変革をもたらすアダム因子がある。アダム因子を宿した子が地上に出て地上で暮らせるように体質改善されたのなら、もう大召海に脅える生活から逃れられるとな」
「なに!?―――そんなのは体質改善とは言わない。もはや違う生物だろう? セイレーンが海から離れて暮らせたら、イルカだって道を歩いてショッピングモールで買い物するぜ! あんた等の体はほとんど水だよな? 生物学的に違いすぎる」
「今は確かにそうじゃ。じゃから、一代でそのような変化を求めている訳ではない。アダム因子を持って生まれた子と交わって貰い、更なる進化を促す。アダム殿の寿命は20年じゃから、二代目までは行ける。それで地上にて生存できる時間が40日を越えさえすれば、とりあえずは大召海をかわせるのじゃ。今の我等は3日と海を離れたら死んでしまう。ゲルダゴスはセイレーンを匂いで追ってくる。海に戻る瞬間を待ち伏せされたらそれでアウトじゃ」
「自分の子どもと交わって子を作れってか? 言う事が相変わらず鬼畜だな。それを約束したアダムってのは更に鬼畜だ! モラルはないのか、モラルは! 近親相姦だぞ!」
ゲルダゴスを倒せと言われた方がまだまともだと思われた。こちらの世界の感覚ってのはどうも馴染めない。ひとを完全に種馬扱いしている。アダムを何だと思ってるんだろうか?勇者に対する抑止力じゃないのか?
俺はアダムという存在が昔からどう思われていたのかなんて知らなかったから、その時はマジで腹が立ち気分が悪くなった。後でポニからアダムの歴史について聞かされた時は口をあんぐり開けて呆れたモノだが、今はまだ其を知らない。
「モラルというが、アダム殿は幼生体のポニと交わって夕べなど1日中楽しんでおったのじゃろ? ひとの趣味をとやかく言うつもりはないが、性に対しアバウトなら今回は期待できると今朝方までは喜んでいたのじゃ。先日の地殻変動でゲルダゴスが起きてしまい、既に明日の午前2時にはこの谷に来ると分かったので、その期待も潰えてしまったのじゃがな・・・」
「ちょ、ちょっと待てぇ!! 今、とんでもないこと言わなかったか!?」
「ん? 午前2時にはゲルダゴスがこの谷に来るという話か? 確かにとんでもない事じゃ。明け方前に漁に出た者が気づかなかったら、それこそ心の準備もできず大パニックになるところじゃった」
「ちが〜う! ゲルダゴスなんてどうでもいい!
ポニと俺が何だって? なんか凄いこと言ったろうが!」
「ああ、凄い楽しんだという事だな? ポニから聞いた」
俺の腰にしがみついてムニュムニュしているガキんちょに、殺意を込めた視線を強烈に叩きつけてやった。道理でこの宮廷に入ってからというもの、女性達の視線に何やら憐れむような冷たい雰囲気を感じたはずだ。俺を幼児しか興味のない哀れなヘンタイ野郎と思ったのだろう。
「ポ~ニ~、てめぇはヨォ~、なんて噂を流してくれるんだ! クールガイ速水卓也のイメージをめちゃくちゃにしやがって!」
驚いて逃げようとしたポニの動きよりも早く、ガシッと襟首を捕まえた俺は頬っぺたをつねりながら思いっきりグイグイと引っ張り、最高記録に達するまで盛大に伸ばしてやった。痛いとわめこうが知るもんか! 今回ばかりは許さねぇ!
「やめてよ! 頬っぺたが元に戻らなくなったらどうするのさ! その時は責任とって貰うからね!」
「うるさい! 頬っぺたの前に俺の失われたイメージを戻せ!」
「大丈夫だよ! 大人になったボクをお嫁さんにすれば、幼児が好きだったんじゃなくて、ボクが大好きで大人になるまで待てなかっただけだって皆も気づくからさ!」
「何で俺がお前の事が大好きって事になる! お前なんて嫁にするかよ!」
「えええ~! じゃあ、本当に幼児好きでボクを手込めにしたの!? 酷いよ!遊びだったなんてさ! あんなに激しくしておいて!」
ザワザワザワ
「いつ俺が激しくした? 人聞きの悪いこと言うなと何度も言ってるだろ!」
ザワザワザワ
「したじゃないか! ボクがハムハムする度に激しくさ! 最初は痛かったけど、もう平気だよ。ボク頑張るからさ」
ザワザワザワ
ザワザワザワ
「ハムハムだと?
てめぇは寝ぼけて噛みついただけ・・・?」
周りが不穏な空気に包まれていた。
ザワザワが止まらない、マイナスシャワーの嵐だ!
周りの女達から強烈な批難を浴びせる視線が突き刺さる。
「な!? キ、キミ達は誤解をしているぞ! 俺は!」
「アダム殿!!」
俺の弁明を遮るように鋭い視線を送りながら、王が玉座から立ち上がり俺のすぐ目の前まで進んできた。
「ここにおる娘達は我が娘も同様、全て愛すべき同胞ですじゃ!戯れにしては度が過ぎる。いくらアダム殿と言えど、許される事と許されぬ事があるぞい! セイレーンを軽く見られておるようですが、我等とてプライドというものがある。ポニは優しい子じゃ。何の不満がお有りなのか、納得の行くかたちで説明して頂きたい!」
「え? う!?」
「そうよ! 今朝も、早くからアダム様の為に食事を運ぶポニを見たわ。とても幸せそうで羨ましくも感じたのに!」
「アダム様がそんな方だったなんて幻滅だわ。私だって愛して欲しいと思っていたのに、そんな事を考えていた自分が恥ずかしくなる」
「ポニが可哀想! まだ体も小さいのに、頑張って殿方を受け入れたのに! あんなに小さいんだから初めてはさぞかし・・・ううう」
―――おい、おい、おい。マジかよ!
何でこんな展開になる? 俺は呪われてるのか!?
俺の頬っぺたつねりから脱出したポニが、批難を浴びせ掛けるお姉さま達の前に両手を広げ立ち塞がった。
「ボクの旦那さまを虐めないで! 少し照れてるだけなんだ! 本当は優しい人なんだよ。ボクは旦那さまを信じてる!」
その健気な様子に、皆の目には涙が浮かび、ザワザワがすすり泣く声に変わった。この場を完全掌握したクソガキは、俺の方に首をひねって目が合うと、パチンとウィンクしてみせやがった。
―――クソ! まんまとハメられた!
地の利を生かされたら、俺に勝ち目はない。
完全アウェーの大ピンチだぜ!
この完全包囲網から脱出する目処がたたず、俺はポニのニヤニヤした顔を見ながらこの場をどう切り抜けるかを必死に考えていた。
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次回は「海獣大決戦」をお送りします。
仕事が忙しくなりそうなので時間を見つけてはチマチマ書きます。
応援下さっている読者の皆さんに感謝しつつ、ブックマーク宜しくと言う作者でした。これからも応援宜しくお願いします。ペコリ。




