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蛇神の聖域【18】奈落の蓋

 奈落の蓋


***************************



「さて、そろそろかな?」


 把倶羅は、タケミカヅチの存在力を喰らい半分程の大きさになった闇の深淵と、まだ開いたままの地獄門(ゲヘナゲート)を見上げながらそう呟き、大地に描かれた術式方陣の中で回復術を受ける義兄の寝顔に視線を移した。


 その首には、悟空から奪った心護珠が光っている。姉から聞いてはいたが、数珠が自分から外さないと外れないというのは本当だった。タケミカヅチの体を操って外す事は出来ても、把倶羅が外そうとしてもびくともしない。どういう仕組みか分からないが、良い研究材料を手に入れたと上機嫌だった。


 三貴神(さんきしん)という特別な加護を持つタケミカヅチは、守護する神界に身を置く限り衰弱死する事は絶対にない。その価値はこの『葦原の中つ国』と同様であり、お互いが存在力を分かち合っているからだ。


『闇の深淵』の中で汚染された精神部位を切り離し、正常な部分と少しだけ汚染された箇所を残して行うこの回復術は、姉の阿美羅が立案し把倶羅がタケミカヅチ用にカスタマイズした術だ。枯渇した存在力を補充する術の基礎になった知識は、巫女修行で培われた姉の知識であり、古来から天帝を補佐する櫛名田家に伝わる伝統技法であった。


「三貴神の加護ってマジで便利だな。他の神ならこんな急速充電は不可能だ。まあ俺の術が優秀であるからなんだが、このおっさんも流石にタフだ。普通なら三回は死んでるよ」


 義理の兄をおっさんと呼び、その扱いも決して丁寧とは言い難い。しかし、手を抜いたりは一切していない。彼は姉が大切にしている想い人であり、故郷の思想神界にとっても希望の光だ。


 姉が予知した通りタケミカヅチが『スサノオ』になれば、思想神界は全ての闇の脅威から解放される事になり、エネルギー事情も飛躍的に解決するだろう。


 思想神は肉体を持たぬ為、精神力と思考力においては肉体を有する神々よりも進化しており、その点だけを見れば三神界の神より高次元の存在と言える。だが彼らは、自身の存在を維持する為に大きな問題を抱えていた。それは、永続的なエネルギー不足である。


 肉体を持たぬ彼らが、なぜエネルギーを必要とするのか?それは人や動物が思考するのにカロリー消費が不可欠であるように、彼らにもエネルギーを消費して思想するというプロセスがあるからだ。当然、同じ思想神同士が食い合うなど出来ないので、食物連鎖の上位にいる者が下位のエネルギーを吸収するカタチで存在力を増し繁栄する。


 そのように有るが、思想神の世界は物質界の食物連鎖とは異なり、下位が圧倒的に多いというピラミッド式ではなく、筒のように長く螺旋を描く塩基配列のような形で絡み合いながら発達していた。だから数が増えたり減ったりせずに一定で、それでも増やすのなら外界の神界からエネルギー供給を受けねばならない。だから異世界の神々と交信し、与えた知識と引き換えに精神エネルギーをいただいていたのである。


 不足分を効率よく補う為に開発された物質世界との融合技術は、ある程度の効果を発揮したが、存在力を得るために召喚した物質に精神が捕らわれる事態が急増したため危険視された。安易に融合技術だけに頼るのは危険だと、新エネルギーの開発が求められるようになった。


 把倶羅の兄である想阿羅(ソアラ)は、思想神と同じく体を持たぬ存在なのに圧倒的なエネルギー量を持つ『闇』のエネルギーに着目し、その仕組みを知り、思想神界でも活かせないかと研究を重ねた。


 そして発明されたのが『闇結晶化融合技術』だ。『闇』を精神力で結晶化して安定させ、それから取り出した存在力を思想神界に適合するよう加工して融合する。しかし、普通の『闇』ではすぐに枯渇し消滅してしまうので、結晶体を大量に作らねばならず、製造に必要な精神コストを考えれば効率のよいシステムとは言えなかった。


 そこで、より高純度で永続性の高い『深淵の闇』を使い、膨大な存在エネルギーを持つ『闇結晶』を造り出す計画が立てられ、世界中から優秀なブレイン達が集められた。


 新エネルギー開発プロジェクトのリーダーは、言うまでもなく『闇結晶化融合技術』の開発者である想阿羅であり、彼らの功績により今まで不安定だったエネルギー事情が一気に解決した。そして思想神界は大きく領域を拡大し、同族を増やす事が出来たのだ。


 しかし、数を増やせばエネルギーもより多く必要になり、以前より深刻なエネルギー不足が遠くない未来に必ず来ると予測した想阿羅は、さらに危険で、しかし成功したならば未来永劫エネルギー不足に陥る心配のない究極のエネルギー『スサノオ』へと研究のテーマを移行し独自で実験を繰り返していた。


 実験は失敗し、それによる厄災が今でも思想神界を荒らし回っている。把倶羅たちは自ら望んで特殊訓練を受けた。それはもちろん、兄の汚名を挽回し思想神界を『ナマナリ』の恐怖から救うためだった。


 スパルタ式に詰め込まれたそれらの戦闘技術は、ふたりの性格をかなり片寄らせてしまったが、大学教授の父と薬学と生物学の博士号を持ち世界三大企業エイバルクリスタルの主任研究員である母を持つ姉弟は他を圧倒して優秀であり、大いに期待され特殊任務を任された。


 ひとつは異世界の神界に渡り『ナマナリ』を倒せる可能性がある神を探す事であり、ひとつは、新しく開発したエネルギーシステムの運用実験とデータの収集である。


 ふたりが移動の手段として使ったルートは、他の神界の者が高度な知識を持つ思想神と交信する為に使うルートだ。もし仮に大人の思想神が移動に使えば、容量が足らずに間違いなく精神崩壊をしてしまう。だが、まだ子どもの阿美羅と把倶羅ならばギリギリ乗せて送り出す事ができた。


 ファミリアの期待を一身に背負い三神界(ミツガミノヨ)へと送り出された二人は、タケミカヅチと出逢い希望を手に入れた。そして計画は今のところ順調に進んでいるように思われる。


 把倶羅がそろそろだと言った『闇の深淵』が急速に縮み出すと、大気が震え気温が下がりだした。予知通り、孫悟空が自身の存在力を『深淵』に喰わした証拠だった。


 喰わす為には、先程のタケミカヅチが行ったように『闇』を受け入れ『闇』に染まる覚悟が必要になる。孫悟空は今まで、闇を廃除しようと光の力で攻撃をしていた。攻撃でなく相殺を目的に行動していたのなら結果は違うものになっていただろうが、その知識も技術もなければ不可能な事だ。


「知らないって事は罪だよな。仕方ないけどさ・・・」


 誰に言うでもなく呟いた把倶羅は、その『深淵』が腹を満たして消えて行く様を無表情で眺めていた。


 ゲートが萎み、内側に沈み込むように閉じていく。孫悟空は自ら出現させたゲートを、自らの存在力を喰わせる事で閉じた事になるが、出現させたからといって彼が開いたのではない。世界には意思があり、外界からの侵入に対し抵抗する。あのときの阿美羅による破壊行為がなければ、高い確率で開く事なく、神界が持つ回復力によって徐々にその姿を消していたのだ。


「来たな」


 把倶羅は、先ほど見せた小瓶を取り出し、蓋に刻まれた術式に霊力を送り起動させた。発動までには時間が必要で、はじめて使うのだらチェックも入念に行った。


 小瓶に見えるそれは、『闇の深淵』を結晶にして収容しており、エネルギーを抽出する目的で開発された『臨界反応炉』といわれるエネルギー循環システムだ。もちろん基本設計は兄であり、それに改良を重ねファミリアの博士達が製作したモノである。


 これは、『闇の深淵』以外の力を使って同じように存在の力を抽出できないかと考案された新型反応炉であり、中に収容するのは『闇結晶』でなくても良かった。基盤となる結晶の素は既に収容されており、瓶に入れた対象の存在力を結晶に移す術式が組み込まれている。ほぼ無限に近い収容力があり、結晶の素が壊れない限りはエネルギーを取り出す事が出来た。


 簡単に言えば、瓶の中に何でもいいから存在力の高い物なり神様をぶちこんで、それから永続的に存在エネルギーを抽出するというリサイクルシステムみたいな物だ。


 しかし、普通に入れただけでは大したエネルギー量が抽出できないので、瓶の中の時間は三神界の約272倍、把倶羅の故郷である思想神界でなら100倍の速度で流れ、ぶちこんだ生き物が増えて何世代にわたり生命活動を続ければ、その分の存在エネルギーが流用可能な量に達するという仕組みだ。


 まだ実験段階であり、実用化の目処は立っていない。この三神界で採取した動植物や、自然界の成長に欠かせない精霊などを捕まえて既に瓶の中に収容してあるが、実験場はまだまだ寂しい状態であり、エネルギーの抽出などずっと先の話である。まだ大きな力を持つ神などを入れた事はないが、孫悟空をその第一号として収容する予定だった。


 移動しながら空を見上げていると、ゲートが完全に消えた辺りから小さな影が落ちてくるのが見えた。


「あれだ、あれだ! 猿が空から落ちて来たぜ」


 把倶羅は焼け野原を駆けて行き、孫悟空が落ちてくる場所に向かった。ドシャンという音と派手な土煙が上がった場所には、背中から半分地面にめり込んだ状態で横たわる悟空の姿があった。


「元の猿神に逆戻りか」


 目視で姿を確認した把倶羅は、落下時の衝撃で出来た小さなクレーターのような窪みの底にゆっくりと近づいていく。


「生きているってだけでも大したもんだが、これじゃ流石に意識はないよな」


『闇』に捕らわれた状態で分身術を使い、分身の方に汚染された細胞と餌となる存在力を移した悟空は、その力のほとんどを切り放してしまった為に超神としての力はおろか、土地神としての存在の力すら危ういほどに野生の猿に近い状態になってしまっていた。


 存在力を限り無くゼロに近い状態にした為に、以後触手に襲われる事はなかったが、閉じはじめたゲートの向こう側に行くための体力すら乏しく、悟空は本当にギリギリの体力で元の世界へと続く空間へダイブした。気力のほとんどを使い果たし、朦朧とした意識の中では受身の体勢をとるだけで精一杯であり、落ちても死なない自信などは全くなかった。こうして生きていたのは、まさに奇蹟ともいえる。


 姉から気絶した状態で落ちて来ると聞いていた把具羅は、全く無警戒のまま接近して悟空の顔を「どれどれ?」と覗き込んだ。


「!?」


 途端、カッと目を見開いた悟空の右手が把倶羅の胸ぐらを掴むと、くるりと回転してあっという間にマウントポジションを獲った。


 把倶羅は慌てた。

あまりにも素早い動きに、自分に何が起きたのか理解できていない。気付けば、狂暴に歯を剥き出した孫悟空の顔が目の前にあり、大地を背にして腹の上に孫悟空の体が乗っていた。


「うっご!?」


 口を開こうとしたところに悟空の指が素早く入り込み、舌を固定されて声が出せない。呪文詠唱をさせないつもりだ。手にしていた瓶は、いつの間にか蹴り飛ばさられて15㍍ほど先の地面に転がっていた。


「オラの数珠を返せ! このまま咽を突き破ぶられてぇか!」


 強烈な殺気を含んだ悟空の声が把倶羅を威圧する。本気である事は間違いなかった。拒否すれば、躊躇なく実行するであろう事に確信があった。


 しかし、


「やれよ。やって見ればいいさ」


 組伏せた悟空の背後から声が聞こえた。もちろん把倶羅の声であり、その調子からも本人であることは間違いなかった。


「それは人形だってことを教えてやらなかったか?」


 声は背後からだが、気配は組み敷いた方にある。把倶羅の目が、口に手刀を突っ込まれた状態でニタニタと笑っていた。


「クソッ!」


 悟空は言葉通りに手刀を押し込んで、脊椎に当たる部分を破壊しようとした。だが、本来あるべき脊椎は無く、手刀はそのまま何の抵抗もなく紙細工のような後頭部を突き抜けてしまった。


 その突き抜けた腕を振り回し、把倶羅の体を地面に激しく叩き付ける。その衝撃で首がちぎれ、口から悟空の腕を生やした頭を残して、体の方は派手に大地を転がり途中の岩にぶつかって土煙を上げた。


「ったく、ひでぇ事しやがるなぁ〜。さっきくっつけたばかりなのに、後頭部にでっかい穴まで開けやがって。綺麗に直すのって意外に手間なんだぜ? 知ってるか?」


「これも思想神の賢能か!?」


「超神の時ならともかく、今のお前じゃ何をしても俺には勝てない。諦めて素直にオネンネするなら良し、抵抗すれば痛い目に遭うだけだ」


 首から上を失なった把倶羅の体がムクリと起き上がり、すぐ近くの地面に転がっていた小瓶を拾った。悟空は知らなかったが、把具羅は小瓶が転がっている方角に体が飛んでいくよう首が千切れるタイミングを操作したのだ。


 悟空は腕にくっついたままケタケタと笑う把倶羅の頭を振り払い取り除くと、腰を落とし戦闘体勢を取った。諦めるなどという言葉は孫悟空にない。どんな相手だろうと生きている限り闘うのみだ。


「へぇ、抵抗するの? 馬鹿だなお前。この実力差が分からないのか?」


「うるせぇ! オラはぜってぇ諦めねえ!」


 今の悟空に神としての力はほとんど無く、存在力も稀薄だ。動けるだけでも奇跡なのに、この状態で最上位神に立ち向かおうとする行為そのものが把倶羅には全く理解できなかった。


「あ〜やだ、やだ。俺はそういう熱血スポコン的なのって大嫌いなんだよ。本気で腹が立つぜ。努力で何とかなるとか無いから! 世の中には、努力してもどぉ〜しようも無い事ってたくさんあるんだぜ?」


 首の無い把倶羅は瓶の蓋を開けると、無造作にそれを悟空に向けた。


「―――?」


「―――あれ? 何で発動しないんだ?」


 悟空を吸い込んで終わりの筈が、何故だか術が作動せず、把倶羅は瓶の口の部分を逆さにしてポンポンと手のひらの上で震動を与えた。


「おい、おい、マジかよ! 壊れちまったのか?」


 よく分からないが、悟空にとってこれはチャンスだ。しかし、把倶羅の言う通り実力差は如何ともし難く、どうして埋めようにもその手段が思いつかない。余りにもパワーが違い過ぎる。今の悟空を1とするならば、把倶羅の存在力は7000000を裕に越えていた。殺そうと思えばいつでも出来るであろうに、それをしないのは何か目的があるからだ。


―――オラを使ってまだ何かするつもりか? 今のオラにそんな価値はねぇはずだ。分からねぇ。何考えてやがる?


 悟空は何か方法はないかと思考を巡らせた。


―――くそう、何も思い浮かばねぇ! 何かないか? 一瞬でもいい。アイツの存在力を超える方法があれば・・・


 悟空は力を求めた。カラダひとつで闘ってきた彼にとってそれはとても珍しい事であったが、普通に考えれば極々当たり前の事だ。どんな強敵であろうと、拳ひとつで倒して来た孫悟空という存在が特別なのだが、彼にその自覚は全くない。したがって悟空が他の何モノかに力を求めたのは本当にこれがはじめての事だった。


―――なんだ!? オラに呼び掛けて来るこの波動は・・・


 気配がする訳でもないのに確かにその存在を感じた悟空は、キョロキョロと周りを見廻した。気配がないのに存在感はある。その不思議な感覚は戸惑いを生んだが、それが悪しきモノではない事だけは確信できた。


―――あっちだ。あの向こう側にオラを呼ぶ何者かがいる!


 消し炭となった木々のすき間から焼けただれた岩肌を見せる土地の向こう側に、自分を呼ぶ確かな存在を感知した悟空は、把倶羅の様子を警戒しながらタイミングを窺い、瓶に夢中になっているのを確認すると気配を殺して分身を残しその場を去った。


 すぐに気づかれてしまうだろう。あっという間に見つかって殺されるかも知れない。しかし、それでも確めねばならなかった。悟空は気配を殺した状態で走り、その途中で気づいた。変わり果てて見る影もないが、ここが悟空の住んでいた村の敷地内であることは間違いなかった。そしてソレは、進むにつれ存在感を増し、近付くにつれ確信を与えた。


―――そうか、オラを呼んだのはお前だったのか!


 そこは悟空が切られた場所だった。

ここで倒れ、そして炎の巨神となったのだ。


 焼けた地面に転がるちぎれた数珠。

家族を封じ、そして奪った魂破珠の残骸だった。神力を完全に失なった珠は、光を無くし焼けた硝子のようになっている。心護の聖珠となった九つ以外は、炎の巨神となった時に体から落ちてバラけてしまったのだろう。


「トト・・・」


 妻の名を呼び数珠を拾う。

どれがトトを封じ、どれが3人の子供たちを封じていた珠なのかも分からない。その焼けた硝子玉の虚しき姿に、悟空の心は行き場の無い怒りに震え、そして自分を責める気持ちで再びいっぱいになった。


 孫悟空の頬を涙が濡らし、大地にその跡を残す。


「必ず取り返す。オラの子供達は誰にも渡さねぇ!」


 悟空は数珠を握りしめ、奪われた九つの心護珠奪還を死んだ家族と妻に誓った。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ったく、ナニしてるの。孫悟空は逃げたわ」


 悟空を瓶に入れて戻ってくるはずの弟が、予定の時刻になっても姿を現さないのに心配になった阿美羅は、何故だか白目を向いて立ったまま気絶している天馬を置いて自分の足で把倶羅のもとに来ていた。


 小さくクレーターのように凹んだ大地に、焼け野原を背にした把倶羅が座り込んで何かをしている。乱雑にくっつけた首には酷い傷痕があり、後頭部には大きな穴が空いていた。


「姉貴か・・・困った事になったぜ」


「姉貴か、じゃないわよ! あなた、その首の傷と頭の穴はどうしたの?」


「どうしたも何も、孫悟空の奴にヤられたに決まってるだろ? 姉貴の予知が外れたぜ? 奴は気絶などしてなかったし、信じられない事に俺に一撃を喰らわした。そして姿を消しやがったよ」


 把倶羅は姉の方を見もせず、瓶の口元の縁に刻まれた術式と蓋に刻まれた陣を分解して作動不良の原因が何なのかをチェックしていた。しかしどこにも不具合は見当たらず、こうなったら研究室(ラボ)に戻って本格的に調べなきゃ駄目かと思っていたところに姉が現れたのだ。


「なに壊しちゃってるのよ! それは大切な・・・」


「ああ、分かってる! いま話し掛けるなって、集中してんだからよぉ。見て分からないか? 壊してるんじゃなく直してるんだって! 作動不良の原因を調べてんだよ!」


 把倶羅は、細かい作業の連続にイライラしていた。姉の口調がいつも以上に勘にさわり、言葉を乱暴にさせている。


 こうした言葉使いや態度からは想像もつかないだろうが、こう見えて把倶羅はとても優秀なエンジニアだ。手先が生まれつき器用で、モノを造るといった作業にとても適している。対して姉の阿美羅は計画立案や設計デザインなどに才能を見せ、その卓越したセンスは一目置かれていた。設計を阿美羅が、製作を把倶羅がと役割分担しているのだ。


 したがってメンテナンスなども把倶羅が一手に請け負い、姉の阿美羅には弟が現在どんな作業をしているか何となくしか分からなかった。


 それに小瓶に見えるそれは、実際はこんなにも小さくないし、思想神界では六階建てのビルに相当する大きさがある。しかし、それでは持ち運んだり出来ないし、神界を移動する時にも面倒なので、特別な方法で存在を圧縮して現象を書き換えてあるのだった。


 もちろん、これだけ高度で複雑な技術を把倶羅と阿美羅に出来るはずもなく、全てはファミリアの狂科学者(マッドサイエンティスト)たちの手によるものだが、把倶羅にしてもメンテナンスは出来ても製作は不可能で、本格的に壊れでもしたらおしまいだった。


「駄目だ! こいつはマジでわかんねぇ!」


 把倶羅は集中力が途切れ(さじ)を投げた。後頭部に穴が空いててスウスウするのに、頭はもう完全にオーバーヒート状態だ。


「ハードに問題があるんじゃなくて、ソフトの部分にトラブルがあったのかも知れないわよ? 作動手順をもう一度確認して一からやり直してみたら?」


「そうかな? 昨夜チェックした時は異常はなかったんだ。設定そのものは変更してないんだから、あのとき正常に作動していて今動かないってのはおかしいと思うんだけどな?」


「とにかく、ここで今こんな事してても始まらないから、先ずはやれる事からやってみましょう。ハードをこんな場所で解体して、組み直す時にゴミでも入ったら大変な事になるわ。壊れたら代わりは無いのよ?」


「分かってる。分かってよ、そんな事は!」


 阿美羅は自分の予知が外れた事に動揺しながらも、『過去見』の賢能で実際に起動させた場面から悟空に向けて瓶の口を向けた所までの経緯をチェックする事にした。


『過去見』は『巻き戻し』とは違い、見るだけなので臨場感に欠けるし、その時に使わなかった感知能力を使う事は出来ない。『巻き戻し』は2分が限界の能力で、ふたりの力を合わせても6割程度延長してさかのぼるのが精々だ。10分以上前のアクションを巻き戻す事は不可能だから、どちらにしても使えないのだ。


「あれ?」

「あっ!!」


 姉弟の声が重なった。ふたり力を合わせ、情報量を増やしてより鮮明にして行った『過去見』の中で彼らは見つけた。


「第27式のd-208列と、b-208列が逆になってるわ」

「うおお、何故だ! 何でこんな初歩的なミスを!?」


 把倶羅は大きく声を上げ「マジかよぉ〜」と叫んだ。


「ほら見なさい! やっぱりこんな事だろうと思ったわ。シュミレーターでは問題なかったんだから、これは単なる写し間違いというやつね!」


 ハードに問題無し。起動ソフトの写し間違いが原因と指摘され、把倶羅は頭を抱えて地面に(うずくま)りながら叫んだ。まさかの痛恨のミスに、精神的に大ダメージを負う。勝ち誇ったような姉の態度が、それに追い討ちをかけた。


「ん? ・・・待てよ」


「ナニよ? 原因が分かったなら早く直しなさいよ」


「そう言えば、この辺りって姉貴がやってくれた所じゃないか? 最近徹夜続きで辛いだろうからって、仮眠を取ってる間に代りに写してくれた所だよな?」


「え!? そ、そうだったかしら・・・」


「そうだよ!思い出した! なんなら『過去見』で確めてもいいぜ。間違いない。この辺りは姉貴がコピーした所だ!」


 形勢逆転。立ち上がった把倶羅は、目を真ん丸にひんむいて姉ににじり寄った。顔が怖い。マジで怖い。まるで般若(はんにゃ)の面のように恐ろしい顔で睨んでいた。


 阿美羅は「許してぇ~」と言いながら、両手を頭に抱え込むように縮こまってしまった。姉の面目丸潰れだ。先ほどの弟にした態度が何倍にもなって返って来た感じだ。


「まあ、今回だけは許してやるよ」


「へ!?」


「姉貴もアレだろ? 赤子が夜泣きするから寝不足が続いてたんだよな? 別に悪気があってしたことじゃないし、馴れない事してミスったのは仕方ない。徹夜なんて慣れっこなんだから気を使う事もなかったのにさ。今日の為に少しでも体調を調えさせてやりたいって気持ちからした事なんだろ?」


「ど、どうしたの急に! あなたらしく無いわ。頭に穴が空いておかしくなっちゃったの!?」


「ひでぇな、マジで傷つくぜ。俺は元々こういう奴だろ?」


「全くよぉ」と言いながら、はにかむような笑顔を見せる弟に、阿美羅もつられて明るく笑顔を作った。


 そうだった。ファミリアでの数年が彼に残虐とも思える冷たい戦士の顔を植えつけはしたが、弟は本来とても優しく感受性の豊かな泣き虫な男の子だった。小さい時は姉の後ろにくっついて何処に行くにも一緒の甘えん坊だった。


 兄の不幸さえ無ければ普通に大学に通い、大好きな霊子科学工学の道へと進んでいた事だろう。モノ造りが好きで、将来は最先端の霊子技術を応用した意思と魂を持った人形『オートマター』を造るのだと夢を語っていた。


「早く悟空を追いましょう。気配を消していて正確には感知ができないけど、そんな遠くには行っていないはずよ。『過去見』を使えば足取りを追えるわ」


「ああ、そうしよう。だが、姉貴の予知が通用しないなんて、とんでもない奴だ。いま見逃せば、将来どうなるか分かったもんじゃない」


「そんなふうに捉えていたの?『未来視』が外れた要因が私にあるとは思わなかったの?」


「思う訳ないだろ。姉貴の予知が外れた事は過去一度もない。順序が逆で驚いた事もあったけど外れた訳じゃないし、『未来視』の映像が時間通りに順序立てて見えるもんじゃないって事も言ってたじゃないか。このイレギュラーとは根本的に違う。たぶん別モノだ」


 阿美羅は、自分以上に冷静に分析している弟の観察力に感心すると同時に、頼もしくも思った。自分には『未来視』という力があるからかも知れないが、見えた未来と少しでも違うと過敏に反応してしまうところがある。


 少しの事で心が揺れ、知らない未来に対し恐怖さえ抱く。未来は分からないのが普通であるのに、誘導してくれる道しるべがない状況が不安で仕方ないのだ。精神的に疲れている時などは、外に出る事さえ恐くなり足がすくむほどに。


 一見、何のリスクもないように思われる『未来視』という賢能は、精神的に不安定になり、依存度が増す度に必要もないのに使わざるを得なくなるような中毒症を起こす。未来とは、先であれば有るほど不安定で一度見た未来が変わる事など普通にあるのに、それすら気になって仕方ないのだ。


 接近した近未来であれば変わる事はないが、対象とする者が自分を遥かに超えるような存在であった場合、それすらも確定できないことが今回の件で確認できた。


『オモイカネ』の事はもちろんだが、『闇の深淵』に対してのアプローチの結果や、悟空が超神となった後の行動などは阿美羅の未来視はその力をうまく発揮できなかった。不確定な部分は、タケミカヅチや把倶羅に起こる未来から、孫悟空の行動を予測したに過ぎない。


 タケミカヅチの予知が可能なのは、たぶん彼との間に確かな絆があるからだと思う。同じ超神のアマテラスや月詠の事は全く分からないが、夫の未来だけは分かる。タケミカヅチの存在力が兄の月詠やアマテラスとほとんど変わらない以上、絆がある無しが要因と考えて間違いないと思われた。


 阿美羅は最近、朧気なる未来については口にしない事にしている。下手に口にすると変わってしまう事があるし、類似した未来の断片が前後逆転して起きる事象が増えるからだ。「ああ、やっぱりな」と思う事はたくさんあるけど、口に出来る事は変わらないと確信できる事柄だけだった。


 超神でなくなり、阿美羅と比較して確実に劣る状態となった孫悟空に対する予知が外れた原因は分からなかった。思い当たるとしたら『オモイカネ』が口にした『特異点』という言葉だ。初めて聞く言葉であり、どういうモノかは分からないが。


「ねぇ、把倶羅。あなた『特異点』って知ってる?」


 知らないと分かっていたが聞いてみた。


「特異点? 特に異質な点だろ?」


 分かってはいたが、がっかりした。もう少し深く突っ込んだ回答ができても良さそうなモノだが、その子供みたいな返事に「頼もしく感じたのは勘違いだったのね」と、漏らさずには居られなかった。


「今、何か言ったか?」


「別に。何となく聞いただけだから気にしなくていいわ」


「変な姉貴だなあ。何となくかよ? 反応炉は直ったけど、すぐ悟空を探しに行くか?」


「そうね。予定外なんだけど同行するわ。今日の分の予知はもう出来ないから、何かあった場合はあなたが守ってね? 当然だけど、私は戦闘タイプじゃないからほとんど闘えないわ」


「分かってるさ。俺も戦闘タイプじゃないんだけど姉貴よりは随分マシだし、女を守るのは男の役目って決まってるからな」


「あらそう?そうでもない未来が私には見えてるけど、女はやはり男に守って欲しいと願うのが本来の姿だと思う。期待してるから精々頑張ってちょうだいね」


 いつもの調子に応え、「へい、へい、分かりやした! 姉貴は俺の後ろで紅茶でも飲んでてくれ」と言って、把倶羅たちは悟空の足取りを追いはじめた。


―――ん?そういえば、姉貴の奴、馬はどうしたんだ? タケミカヅチのところにでも置いてきたのか? 良血統の高級種なんだから、大切にしてくれないと困るぜ!




 そのころ・・・


 気絶したまま空に浮かんでいた把倶羅の愛馬『雪風ユキカゼ』は、徐々に高度を降ろして森の中にポッカリと空いた平原のような場所に着地していた。


 夜明けに近い時刻ではあったが日が上るにはまだ少し早く、森の中には野生の肉食獣達がその牙にかかる弱き犠牲者を探して徘徊していた。そこに天からご馳走が下りて来たのだ。彼らは歓喜して平原に集まると、ご馳走の正体が聖獣と呼ばれる天馬であると知って更に興奮し、興奮し過ぎてウレションを流していた。


 その肉を食べた者は神格を宿し、不老不死になると噂される伝説の食材『天馬』! 口の中に入れた途端とろけるように甘い肉汁が口内を満たし、深い味わいは天にも昇るようなこの世のモノとは思えぬシロモノらしい。


 獣達は、そのとてつもない天からの贈り物に対し神に感謝すると、牙から大量の唾液を滴しながら『雪風』の周りをグルグル回りながら飛び掛かるタイミングを計っていた。


『雪風』危うし。

 どうなる『雪風』!


 彼の運命はまさに風前の灯火であったが、それを知る術は把倶羅にはなかった。このあと天馬がどうなったかという事は、出来れば聞かないで頂きたいと思う。そして話は、再び戦場へと戻る。






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