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蛇神の聖域【6】新たな可能性

「世界はホンの小さなひとかけらの(しずく)からはじまり、爆発的に増えて多様化したのち、一端は滅び、一端は進化し、株分けをするように分裂しながら成長し、やがて大きな単位での終焉を迎える。じゃがその終わりからも滴が生まれ、永遠に巡り、永久に繰り返すのじゃ。


 それが世界の(ことわり)であり、例外は無い。

神の世界であっても、そのサイクルは変わらんよ。今まで何度も滅びとはじまりを繰り返しておる。そのひとつがお主の世界と深く関わり、今この時に繋がっておるのだとして何の不思議があろう?


 思想は時間には支配されぬ。

国や物や生き物が滅びようと『伝える者』たちによって後生に受け継がれる。神の記憶もそうじゃ。名前や姿かたちが変わる事はあっても、その本質は受け継がれて行く。力のある神であればある程にその影響力は強く、存在力が示す通り永遠にな。


 おヌシは、それら神々と深き関わりがあるが故にこの地に呼ばれた。ゆかりにしてもそうじゃ。そう考える方が自然じゃと思わんか?」


 疑問符を残して話を終えた婆さんの瞳は、不思議な光をたたえ輝いていた。ヤマタノオロチと呼ばれた荒神の姿とは結びつかぬ知性と暖かみを秘めた瞳だ。難しい話だが、簡単に言えばこれは(えにし)が繋げた集まりだと言っているのだ。偶然でなく意味があるのだと。


「教えてくれ。神ってなんなんだ? こうして話しているあなたも神だ。だが、俺の国に伝わるヤマタノオロチとは違う。名を変え姿を変える事もあると聞いたが、神という存在をどう捉えたら良いのか分からなくなっちまったよ」


 今まで考えた事もない事を考えたもんだから、俺の頭はオーバーヒート寸前だ。こういう時こそシステムアシストが欲しいところだが、ゆかりがシステムのほぼ全てを使っている状態では期待できそうにない。


「質問に答えても良いが、それはせぬ方がいいじゃろう。何故なら、ワシは背神じゃ。敗残の神の思想を受け継げば、おヌシがタケミカヅチと相対した時にマイナスと成るやもしれん。過去を語って聞かせるのは良いが、神がどういう存在であるのかは自身が感じ、自身が考えねばならんとワシは思う。それに、おヌシにはそんな知識など必要ない。おヌシ自身がこれから神になろうというに、その限界を自ら定めてしまうなど愚かな事じゃろう?おヌシには無限の可能性がある。高天ヶ原に住まう全ての神を越え、超覚醒した絶対神となる可能性がな」


 賢者の心臓のカケラが全て揃うと、俺は神に等しい力を行使する能力を持つとゆかりは言っていた。相変わらず神になると言われてもピンと来ないが、絶対神という言葉に俺の心臓が沸き立ち震えた。


 別にビビった訳じゃない。熱い熱気のようなものがわき上がって来る不思議な感覚がある。それはタケミカヅチの存在力を使った神剣が依代である事が関係しているのかもしれない。武者震いなどした事はないが、こんな感じなのだろうか?


「絶対神! うん、いい響きだね!

お兄ちゃんには是非そうなって欲しいよ。で、お婆ちゃん。お兄ちゃんはいつごろ絶対神になれるかな?」


「ふおっほっほ〜。ゆかりは気が早いのお。早くて弐億年は掛かろうな。まあお主達の時間感覚での事じゃが。ワシらの感覚で数百年というところか」


「弐億年!? そりゃとんでもなく気の長い話だな」


 ゆかりなどは「そんなに待ってたらお婆さんになっちゃうよ!もう少し早くなんないのかな。それからこども作っても間に合う?」などと、自分が寿命で死ぬなんて全く考えてない。当然、弐億年先も生きているといった感じだ。


 20年間不老不死であったからか、神の肉体で受肉しているせいなのかは分からないが、今のゆかりの感覚にはとてもついて行けそうにない。


「ちなみに神様の寿命ってどれくらいなんだ? 平均寿命何歳とかあるの?」


 俺はちょっと聞いてみた。


「無いな。低級神や名も無き虚ろ神なら話は別じゃが、周智される存在となった時点で神は不死となる。自ら寿命を定め、生まれ変わりをする神は除外してな。大神ともなれば、例え何かの理由で死んだとしてもいづれどこかで蘇る。その時、ゆかりやアリスのように人の姿で受肉する場合もあれば、儀式などによって呼び戻されたりもする。今のワシのように存在力を別のモノにすげ替えられて縛られておらねば、一度無に帰してより復活する事すら可能なのじゃ」


「縛られて? どういう事だ?」


「ワシは土地神じゃからな。大地に縛られる事は珍しくない。豊穣を願う民により、恵みをもたらす大神として祀られる事はよくある事じゃ。特にワシは八穣叉と呼ばれた八属に股がり恵みを与える事ができた数少ない土地神であったから、それはもう大人気でな。どの時代、どの土地でも引っ張りダコだったわい」


「8属?4属性は知ってるが・・・」


 確か、炎、雷、水、風、だったかな?

そういや光と闇があるから6属性か? ゲームとかじゃお馴染みだが、婆さんの言ってるのは恵みの八属だからたぶん厄災に関係してる事だろう。炎は火事で水は雨、風は病かな?雷は何だろう?


「お兄ちゃん、そんな基本的な事も知らないの? 8属性って言ったら、火、氷、風、土、雷、水、光、闇だよ。ちなみに私は全部使えるけど、風と雷と光は特に得意なんだ。属性を交ぜ合せて使う事をリングマジックって言うんだけど、ふたつの場合は単純に合体魔法とか呼ぶ場合が多いかな? 3つのをサードリング、4つのをフォースリング、全て合わせるとパーフェクトリング。お兄ちゃんを召喚した時は、召喚陣に全属性の連結復層魔術式が組み込まれたフルスペック召喚だったんだよ!」


 ゆかりはへへーんってな感じで得意気に話すが、そりゃ魔法属性の事じゃないのか?と思って、そのままを口にした。


「同じでしょ? ね、お婆ちゃん」


「いや、残念じゃが不正解じゃ。魔法の8属性とは違う。先程ゆかりが言った順に言うなら、火、冷気、風病、豊作、生命、雨、太陽(気候)、星(重力)となる。豊作以外は厄災にもなる危うきものが含まれておるのが分かるじゃろう? ゆえに土地に縛り、災を退かせ豊作を願うわけじゃな」


 ガガーン!と衝撃を受けたゆかりが、がっくりと膝を折ってペタンと座った。ヨムルとふたり仲良く膝を並べるかたちだ。


「ほらみろ。恵みのご利益の話をしてるのに、魔法を当てはめるなってば。知ったかぶると今みたいに恥かくぞ」


 自分も最初は、ゲーム知識の6属性を思い浮かべたのも忘れて、俺はちょっと調子に乗りがちなゆかりにそう言ってやった。決して笑われた事に対する報復ではない。たまにはいい薬だと思っただけだ。


「存在をすげ替えられたって言ってたけど、その八属の恵みが関係してるのか?」


「いや、恵みは関係無い。ただ、この地を強化する必要があったのは確かでな。ワシがこの星の核となった事で不自由な思いをした者がおる。というより、その者がこの呪縛から逃げ出さないようにワシの神力が必要だったと言った方が良いじゃろう」


「その者とは?」


「猿王、孫悟空の事じゃよ」


 師匠の名が、ここで出てくるとは思わなかった。あの猿神様は、あの後どんな経験をしてこの地に閉じ込められたんだろう? 婆さんは途中で話を切ったが、師匠はタケミカヅチと闘ったはずだ。残酷な結末とは、いったいどんな・・・


「お婆ちゃんと孫くんはどちらが歳上なの?

孫くんの過去を知っていたという事は、孫くんのが先にこの地に落とされたって事になるんだよね? でも、お婆ちゃんはこの地の核になってる訳だし、先に核になってたら孫くんの過去を知ってるのは変だし・・・あれ? 私が変なのかな?」


「婆さんの話をよく聞けよ。師匠がここから逃げ出さないようにする為に婆さんの土地神の力が必要になって、星の核と存在をすげ替えられたって話だろ? なら、師匠が先にいたという事だ。何もおかしくはないぞ」


「師匠?」


「ああ、お前には言ってなかったか?

俺は猿王に弟子入りしたんだ。説得には苦労したけどな。そういや毎朝必ず来いって言われてたけど、いま何時なんだろう?アレンと試合したのが午前2時くらいだよな? その後ラヴェイドとヨムルが闘って、蛇に呑まれて高重力の洞窟を二時間ほど歩いて、その後ここで・・・やべっ!外はもうとっくに朝になってるんじゃないのか!?」


 俺はヨムルの方を見て時間が分かるか聞いてみた。返って来た答えは後2時間と少しで正午だということだった。いきなり練習をすっぽかした弟子にどんなペナルティーが与えられるのか?それを思うと憂鬱になったが、思い返せばめちゃくちゃに忙しい1日だった訳だし、ラヴェイドのおかげで命もマジで危なかった。


 理由をちゃんと話せば「そりゃてぇへんだったな。1日くれぇ休んだからって気にする事ねぇぞ」と言ってくれるだろうと、希望的想像で気分を紛らわし、それ以上考えないようにした。


「お兄ちゃんが弟子入りしたなんて初耳だよ。孫くんは弟子はとらない主義だったと思うけど、よほどお兄ちゃんの事が気に入ったんだね! お兄ちゃんは子供の頃から運動神経ばつぐんだったし、足もめちゃくちゃ速かったから、才能を見込まれたんだよ!きっと!」


 楽観主義のゆかりらしい意見に俺は苦笑を浮かべた。自分の才能なんて大したことないのは自分が一番よく知っている。確かに大怪我から生還して後の俺は、普通に考えられるより桁外れに高い運動能力とスタミナを有していたけれど、種あかしをすれば、ゆかりから与えられた『賢者の心臓』の力が大きく関係していたのは間違いない。俺の才能では決してないのだ。


 それに、召喚されてから効果が反転したように足かせとなってしまっている『賢者の心臓』のコアは、ゆかりそのものの心臓を使って作ったと師匠から聞いている。失踪し死んだと思っていたゆかりは、病室で意識を回復し奇跡的に助かったあの時からずっと俺を守り続けてくれていたのだ。


「俺に才能なんてないよ。ゆかりに守って貰い、アリスに助けて貰い、ヨムルやメリーサの世話にならなきゃ何も出来ないような最弱の召喚者だ。せめて師匠から武術を習い、自分の身くらいは自分で守れるようになりたいと思うけど、どこまで出来るかなんて正直自信がない。こうしてるのだって、ただのカラ元気さ」


「カラ元気? フフ、なんか懐かしい言葉だね」


 ゆかりは優しい笑みを浮かべて俺を見る。

座布団の婆さんを含め、俺以外の全員が座っている事に今更のように気付いた。俺も白い大地に腰をおろして胡座をかく。練習をすっぽかした事は、いま考えても仕方がない事だ。


 俺が婆さんを正面にして腰を降ろすと、左にゆかり、右にヨムルが近寄って来て、庵を囲むように座る形になった。


「孫悟空とワシとでは全く歳が違う。

あちらは先帝神の時代からの残り神、いわゆる古代神じゃ。先の最高神が新しき神域を創って従属神ごと引っ越したおり、ハヌマンの覚醒者であった奴は、関わり深き民達を残しては去れぬと単身残ったと云われておる」


 師匠が古代神? 先帝神ってなんだ?

そう言えば、ヨムルが古代神の事を言ってたよな?巫女は古代神を引寄せるから危険なのだと。つまり、師匠と同じ時代の神様たちの事か?



「アリスの事じゃが・・・残念じゃが、頼みを聞いてやる事はワシにはできん。ワシより高位の神格に達するであろう存在に覚醒を促す事は、神力の関係上不可能なのじゃよ」


 それ以上は今話しても理解出来ぬじゃろうと神々の話をうち切り、婆さんは話を戻した。アリス覚醒の件だ。


「して、ヨムルよ。なぜにアリスの覚醒を望む? ライバルに塩を贈るような事を頼むとは、何を考えておるのじゃ?」


 正直俺も驚いた。悪いようにはしないとは言っていたが、その為にこの場所にまで足を運び、骨を折ってくれるなんて思ってもいなかったからだ。


 チョロスの捜査が及ばぬような場所、例えばこの空間のような場所に一時的にアリスを隠すくらいの事は考えたが、まさか大婆様に会いに来た目的がアリスの覚醒だったとは。


「それは・・・」


 ゆかりをチラ見したあと、ヨムルは瞳に力を宿して婆さんに向かった。彼女らしさが少し戻って来ている感じだ。泣き腫らした瞼は、それを感じさせないほど回復している。


「あの娘は、覚醒前にも関わらず魔王に匹敵する能力を持ち合わせていました。あのような短時間で基礎能力ごとタクヤの力を上げてしまうなど、現存する魔王の誰にも出来る事ではありません。詳細を知っていた訳ではありませんが、タクヤがアリスを必要としているのは彼の態度を見てもすぐに分かります。

 魔王は覚醒者です。ならば同じ覚醒者となったアリスと、私のどちらが真にタクヤの力になる事が出来るのか、それを確めてみたくなったのです。それに、アリスが巫女として覚醒する事は、タクヤの安全にも繋がります。まさか聖天とは思いもしませんでしたが、知ったからといってタクヤとの約束を無くする理由にはなりません。私は誇り高き蛇王。最も古き一族の(おさ)なのだから」


 ヨムルの瞳に迷いは感じられない。涙を流し、自身を振り返って何かを掴んだのだろう。吹っ切れたような爽やかな笑みが彼女の整った容姿に浮かび、それは妖艶さとは違う純粋な美しさを引出し輝きはじめていた。


 その変化に気付いたのは婆さんも同じだ。いや、俺なんかよりずっと深く彼女の変化に感心を持ち、恵みの神らしい暖かな光を宿した眼差しを愛する孫に送っている。


「うむ。お前がまだ諦めた訳ではないと知ってワシは嬉しい。やはり運命の歯車は回りはじめているのじゃな」


―――運命の歯車?


「ゆかりよ。ヌシは『賢者の心臓』を作ってくれとワシに頼んだな? ワシはそれを承諾したが、条件はまだ言っていなかったはずじゃ。その時の事を覚えておるか?」


「もちろん覚えてるよ。そんな大切な事を忘れるわけないじゃん!」


「賢者の心臓を作れば、ワシは存在力をほとんど無くし不死ではなくなる。依代であるワシの骸を維持する力も無くなり、やがて大地に同化するとともに、ワシという存在は完全に消えて無くなるじゃろう」


 なんだって!? ゆかりはそんな事を頼んでいたのか?それでは、事実上、命を差し出せって言ってるのと同じだ。それを承諾しただって?自分が死んでしまうのに? 俺は言葉を飲んだ。いや、声が出なかったのだ。


「準備だけはしておいた。あとはワシの心臓で作ったこの神珠に存在力を移せば『賢者の心臓』は完成する」


 そう言って紅く光る珠石を胸元から取り出し、婆さんは手の平に乗せて見せてくれた。師匠に見せられたものとほぼ同じ大きさの石が、鈍い光りを放っている。


「大婆様!? それでは大婆様が!」


 ヨムルは、賢者の心臓がどのように作らるかを知り、大きく取り乱して叫んだ。当然の反応だろう。


「いいのじゃ。これはゆかりとワシの間で交わした約束。ワシに話した通りの者を召喚する事に成功したなら『賢者の心臓』を渡すと約束したのじゃ。2年前、この場所でな。

ゆかりは、ワシの想像を遥かに越える存在を召喚してみせた。目の前に座るこの男は、枷の全てを外した時、オリジナルをも越える可能性を秘めた存在となる。じゃが、そうなるまでには想像もつかぬ苦労が待ち構えておるじゃろう。だが、この者ならばという期待を不思議と感じてならない。この枯れたワシでさえ、胸が高鳴る程にな」


 皆の視線が俺に集まる。

 めちゃくちゃ照れくさい。


「その為には先ず『賢者の心臓』を七つ全て集める必要があり、道のりは長く厳しい。確かに、アリスの覚醒が成れば心強いじゃろうが、きっかけを与える事くらいしかワシには出来ぬ。ゆかりも常にその力が使える訳でなく、メンテナンスとやらの時を狙われたら、真の敵から守りきれるか? 心配は尽きぬ・・・」


 真の敵?


「お婆ちゃん!? もう奴らが動き出してるって言うの? お兄ちゃんの存在力は『賢者の心臓』が完全に抑えてるから、今の段階で気付かれる事はないはずだよ! 準備が整うまでは、絶対に知られる訳にはいかないんだ。その為に孫くんが動いてくれているはずなんだけど!!」


 ゆかりは慌てた口調で婆さんに詰め寄った。その様子から、ただ事でないのは分かる。


「仮にの話じゃ。まだ気付いてはおらんじゃろうが、パーフェクトリングで召喚した者が全くの無能では怪しまれる可能性はある。用心して、し過ぎる事はないじゃろう?失敗は許されんのじゃからな」


 予想せぬ方向に話が進み、俺は再びハテナマークを浮かべながら会話を聞く事になった。真の敵とは何だ?人類軍の事ではないような口ぶりだが、俺にはさっぱり判らない。


「それも踏まえての話じゃが、ワシが『賢者の心臓』をゆかりのお兄ちゃんに渡すのには条件がある。対価というやつじゃ」


 ここで一呼吸置き、ヨムルと俺を交互に見たあと、婆さんはゆかりの顔をじっと見つめて言葉を続けた。


「おヌシのお兄ちゃんと、孫のヨムルとの結婚を承諾してくれんか?」


―――な!?

―――え!?


「大婆様!?」


 声を出したのはもちろんヨムルだ。

俺は口を大きく開けて驚き、ゆかりなどは目を見開き、口をパクパクさせて声にならない声をあげている。


「これがワシの条件じゃ」


「ダメ!ダメ、ダメ、ダメだよ、お婆ちゃん!!

そんな条件おかしいよ。なんでそうなるのぉ〜」


「おかしいか?」


「おかしいよ!って言うか、そんな条件は卑怯だよ! 確かに、対価の事は決めてなかったけど、ヨムルの恋事にそこまで口を出すのはおかしいし、第一、お兄ちゃんの気持ちはどうなるの?お兄ちゃんの一番はアリスちゃんなんだよ!」


「うげっ!!」


「うげ?」


 思わず声に出てしまった俺に、ゆかりが素早く反応する。そして、お兄ちゃんも言われたままで居ないで反論しなよ!でないと好きでもない相手と結婚しなきゃいけなくなっちゃうよ!と俺の肩を揺すりながら強い口調で叱咤して来た。


「なぜ、その事を!?」


「その事って、お兄ちゃんがアリスちゃんが好きって事? そんなのバレバレだよ! 日記にもたくさん書いてあったし、毎晩添い寝して一緒に寝てたんでしょ? あんな献身的に尽くしてくれる可愛らしい子と47日もふたりきりで生活してて好きにならない訳ないもんね? 私もはじめ、日記を読んだ時は「何この子!何でお兄ちゃんと一緒に暮らしてんの!?」ってマジで腹が立ったけど、知ってみると本当にいい子だった。


 私宛の手紙を読んで、ああ、なるほどな〜って納得したよ。お兄ちゃんの性格も、癖も、考え方も全て分かってて、まるで長年連れ添った夫婦のように信頼しきっている理由が分かった。私だって負けてるとは思わないけど、アリスちゃんが今のお兄ちゃんの中で一番なのは当たり前の事で、それは私も認めてるんだ!」


 嫉妬深いゆかりとは思えないアリスへの高評価に驚くと同時に、俺の気持ちを知って尚、それほどにショックを受けていない事に正直驚きを隠せない。リンクで心の内まで知られる事を恐れていた自分の小ささが情けなく感じるほどだ。


 ゆかりは俺が思っていた以上に大人であり、女性としても成長している事に全く気付いてなかった。再会した時の外見が16歳のままであった事もあって、子供扱いしていた事を認めなくてはならない。


 考えてみれば、ゆかりは俺と4つしか歳が変わらない。外見が成長しない召喚者であっても、内面は違うのだという当たり前の事に今更のように気づく。


「すまない」


「なんで謝るの? お兄ちゃんは私を蘇らそうと懸命に頑張ってくれている。私は、お兄ちゃんから愛されている事をちゃんと知ってるよ。窮地に追い込まれる度に私の姿を思い浮かべ、死んでたまるかって立ち上がってくれたお兄ちゃんの事を知っているよ?


 REYのメモリーを再生した時、涙が出て来た。お兄ちゃんは私が何も伝えてないのに自分の意思で私を蘇らそうとしてくれていた。リンクがダウンして不安だったろうに、ひとりでラヴェイドに立ち向かってくれていた。本当に嬉かったよ・・・


大好きだよ、お兄ちゃん。

お兄ちゃんを心から愛してる!」


 今にもこぼれ落ちそうなほど涙をいっぱいに溜め、ゆかりは俺を見つめる。普通ならここで抱きついて来てもおかしくないし、俺もそういう素振りがあれば抱きしめるつもりでいた。しかし、ゆかりはそうしない事を俺は知っている。おちゃらけてふざけている時は出来ても、こういうシーンではやはりゆかりはゆかりなのだ。控えめで、特にこういう事には奥手な娘なのだ。俺がこうしてゆかりの手を握ると、顔を真っ赤にしてモジモジしてしまうようなウブなところは昔から全く変わってない。


「おほん!」


 俺とゆかりの間に割って入るように婆さんが咳払いをした。ゆかりはうるんだ瞳を婆さんに移すと、はっきりとした口調で言い切る。


「と、言う訳だから、お兄ちゃんはヨムルには渡せないよ。さっきも言ったけど、同じ土俵に立ちたいなら私達と同じくらいお兄ちゃんを愛してなきゃ無理だね!」


「だからじゃよ。ヨムルが愛を知る為にはおヌシのお兄ちゃんが必要なのじゃ。ワシの受けた呪いの為に、ヨムルは本当の愛が何であるかを知らぬ。知らねばいつまで経っても同じ土俵には立てぬであろう? ワシはヨムルにも普通の恋愛をして欲しいと願っておる。我が一族だけがこのような理から外れた性を送らねばならんのが不憫でならぬのじゃ」


「だからって、話が飛びすぎじゃないかな?

確かにヨムル達の事情には気の毒に思うところもあるけど、お兄ちゃんと結婚するとか有り得ないって思うんだよね。お兄ちゃんの事を考えてくれてるのは分かるけど、どうしても利己的に思えてしまうんだ」


「そうかな? ワシはそうは思わん。 ヨムルはアリスの命を救う為に、魔王に課せられた呪いに逆らってまでここに来た事をゆかりは知っておるか?」


「呪い? 何の事なのか分からないけど?」


「そうじゃろう。ゆかりは魔王の啓示に立ち合った事はなかろうからな。あれは契約という形をとってはおるが、力と加護を与える代わりに魔王を縛りつける為の『呪い』なのじゃ。一方的に神から下される辞令のようなものと捉えた方が正しい。逆らう事は不可能なのじゃからな」


 俺は思い出す。アリスを見逃せばそれ相応のペナルティを受けると知りながら、俺が悲しむところは見たくないと言った時のヨムルの顔を。


「それってどんな命令なの? アリスちゃんの命を救ったってどういう意味?」


「魔王達にはな、巫女を見つけ次第殺せという指令が下されているらしいんだ。巫女は神の敵となる存在、ヨムルは古代神と言っていたが、それをこの世界に引寄せる危険な存在だから排除せよ。というものらしい」俺はヨムルから聞いた事をゆかりに話した。


「なにそれ!? アリスちゃんが危険な訳ないでしょう! どこのどいつがそんないい加減なことを命じているの? 撤回しないなら存在ごと消してしまわなくてはダメね!」


 ゆかりはご立腹だ。かなり頭に来たらしく、あからさまに不機嫌になって物騒な事を口にする。


「もちろん奴らじゃよ。赤い月と呼んでおる星に住み、ここを監視し管理しておる『神の使徒』を名乗る連中じゃ。ゆかりも一度くらいは接触しておるのではないか?この星にも数名が駐屯しておるからな」


―――ここにも駐屯してるって?


「その連中が真の敵? いったい何者なんだ?」


「この地ではこう呼ばれておる。森の大聖人(ハイ・エルフ)とな」





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