蛇神の聖域【5】愛のかたち
スネて口を尖らした俺の肩を、そんな怒んないでよぉと言いながらポンポンと叩くゆかり。
「別に怒っちゃいないさ。無知なのは事実だからな。でも、仕方ないだろ。俺は5日前に召喚されたばかりなんだ。こちらの常識なんて分からないよ」
「おお、そうじゃった! あまりにも堂々としておるのでつい失念しがちじゃが、まだ5日目であったか!」
婆さんの目を見て「そうだ」と頷く。
「それを踏まえて見れば、ヌシの順応力は飛び抜けておるな。惚れ惚れしてしまう程に優れておる」
なんだ?下げておいて、今度は上げるのか?易く見られるようでいい気分じゃない。男なんて生き物はプライドで生きている部分が大きい。女性から見れば馬鹿馬鹿しいとか子供っポイとか言われそうだが、実際にそうなんだから仕方がない。
俺なんてまだマシ方だ。中にはプライドを取ったら何にも残らないなんて極端な奴もいる。俺の上司だった課長なんてその典型と言える。そのおかげて随分と苦労させられた。過ぎたるは及ばざるが如しで、何事もほどほどが良い。
「そうだよね。お兄ちゃんはまだこちらに来て5日しか経ってないんだ。お婆ちゃんの言う通り、これは凄い事だよ!」
「確かに凄いわ。規格外と呼ばれたゆかりですら、召喚されたばかりの頃は使い物にならないくらい精神的に不安定だった。現実を受け入れる事が出来ず、毎日のように部屋で泣いてたものね。今のタクヤとは比べ物にならない。やはりタクヤは普通とは全く違うのよ!」
蛇の姿のままのヨムルが話に加わる。
目を閉じてじっと動かず、今まで黙っていたから、回復の為に寝てるのかと思ったが聞いていたようだ。
「図々しい奴だとか言いたいのか? 態度がデカくて悪かったな」
正直言うと、それほど不機嫌じゃなかった。でも、褒められてすぐ機嫌を直したでは何だかカッコ悪い気がして口調がキツくなってしまった。こちらの方がずっとカッコ悪いのに・・・
「なんじゃ?笑われた事をまだスネておるのか?」
「ええっ、そうなの!?
そんなに怒るなんて思ってなかったよ。
ごめんなさい。この通り謝ります!」
ゆかりは動揺し、あたふたと頭を下げて謝った。そうまでされると、心の狭い奴みたいに思えて惨めな気分になる。早く話題を変えたいのにきっかけが掴めない。さて、どうしたものか・・・
「土下座までするな。別に怒っちゃいないから気にするな」
と言いながらも、さすがにバツが悪い。大人げなかったと反省してみる。
「普通はどうなんじゃ?ワシはここより外には出られんから、そういった事は全く知らん。ヨムルなら知っておるじゃろう?」
「はい、大婆様。私の知る限り、召喚された者の反応はふたつにひとつです。異世界に来た事を喜ぶか、帰してくれと泣き叫ぶかですが、人類側の『勇者』としてならともかく、魔族側の兵器としてでは人間にとっては裏切者も同然。泣き叫ぶ者の気持ちも分からないでもない。我ら魔王は、魔法の効かぬ異世界人の心を、かなり苦労しながらケアするのです」
「ほう?そのような話は初めて聞くな」
「大婆様におかれましては、今まで異世界人との接点など有りませんでしたし、興味もなかろうと思い話題にも出しませんでした。もし話したとしたらどうでしたか?」
「そうじゃな・・・。ゆかりを知る前であったら、全く興味を持たんかったであったであろう。魔族側に召喚されし者の能力は大したこと無いと聞いておったし、20年の短き間で居なくなる者の事など気にも留めんじゃろうよ」
「魔王ですらその傾向にある程ですから、大婆様がそう思うのは当然です。勇者に対する"弾除け"であって、ゆかりという規格外の存在が現れるまで戦力として重要視すらしていなかったのですから」
―――戦力として見ていなかった? ゆかり以外はそんなに弱かったのか?
スネ夫の件がうやむやの内に流れ、俺は少しホッとしていた。笑われた俺が謝るのもギクシャクしてしまいそうだったし、婆さんに感謝だ。
その後、婆さんが神装備について説明してくれた。あれは召喚武装には違いないが、物質ではないので質量はもちろん重さもなく、この限定空間に呼び出せる唯一と言っていいアイテムなのだそうだ。
「あれは、物質界に及ぼす超現象が具現化して見えている状態じゃ。じゃから法則には囚われないんじゃよ。このワシの姿もそうじゃ。目の前に見えておるじゃろうが、ワシの体はここにはない。ヌシらはワシという現象を見ておるに過ぎん」
「と言うことは、途中で見たあの石像が婆さんの本体か?」
巨大と呼ぶにはあまりにも大きい石像を思い出した。鱗ひとつが東京ドーム程もある、とてつもない大きさの大蛇だ。今が実体でないというなら、アレしか思い付かなかった。
「違う。アレはワシの腹にあったまま産まれ出る事なく死んだ胎児じゃ。ワシの姿は大き過ぎて視覚で捕えるのは不可能じゃろう」
「不可能?」
「大婆様の大きさは世界と同じなの。地表から遠く離れて距離を取っても、全体までを視界に収める事は叶わないわ」
「そんなにデカいのか!? でもそれだと、存在が重なってるって事にならないか? ヨムルの大婆様の躰って、いったいどうなってんの?」
婆さんに視線を移すと、ニヤリと笑ってウィンクして来た。意味わからんって!
「大婆様はね、完全なる肉体の死が訪れる前に、卵細胞のいくつかをこの地に発生した原生魔族に植え付けたの。それらが進化し、今の私達のような蛇族となったんだけど、それまでには八千万年ほども時間が掛かったそうよ」
「という事は、婆さんは既に死んでるのか? 今見てるのは幽霊って事かよ!」
蛇族の発祥うんぬんより、婆さんが死んでいるという事に俺はびっくりした。神の聖域での事を聞かせて貰ったばかりだし、ここの星?の成り立ちの事で驚いても仕方がない。相手は神様なのだから不思議で普通なのだ。それより、死んでもこうして目の前にいる事の方がよほど神秘的に思えた。
「確かにな、ワシの肉体は何千万年も前に滅んだ。じゃが、神にとって肉体の死は半分でしかないのじゃよ。存在力を残せる依代があれば、それが朽ちて無くならぬ限り存在し続ける事が出来る。ワシの場合、自身の死体が依代になっているんじゃがな」そう言ってからヨムルに向かう。
「してヨムルよ。いつまでそんな格好をしとるんじゃ? もう妖力は回復しとるじゃろう?ワシらが神型で話をしておると言うのに、少々はしたないぞ」
――――ん? 神型って何だ? 俺の疑念を察したのか、ゆかりが耳打ちして教えてくれた。
「神型ってのは人間の姿の事だよ。ほら、神は自分の似姿で人間を作ったって私達の世界でも云われてるでしょ? この異世界でも同じで、人間の姿は神を生み出した創造神と同じなんだってさ。人と同じ姿になれるヨムルみたいな一族は意外に少ないんだよ」
「ヘ〜、そうなんだぁ」と言ってる間に、ヨムルはクルリと回ると人の姿に戻った。千切れた手足は完全に元通り。チャイナドレスに似たきわどいスリットの入った服装も健在だ。でも、色は黒から赤にチェンジしていた。
黒の時より胸元と背中の生地がかなり少なく、肩口が大きく開いたデザインと、胸元の優美なラインに思わずドキリとしてしまう。俺の視線を感じたヨムルは、微笑を浮かべると艶かしく流し目を送り返して来た。ペロリと出した真っ赤な舌が、紫色の紅をさした形のよい唇を強調させる。
それを見た婆さんの口からは「ほう」と感心するような声が漏れ、対してゆかりは、抗議の言葉を吐きながら俺とヨムルの間に体をねじ込んで来た。近寄って来たヨムルを阻止したかたちだ。
「ちょっとヨムル、何その格好! お兄ちゃんを誘惑するつもりなら許さないわよ!」
「あら?ゆかりにそんな事が言えるの?
透け透けの薄い羽織りに腰帯を巻いただけのその姿はかなりエロいわよ? スタイルに自信がないからって、女神のパーフェクトボディを借りてタクヤを惑わすのは反則じゃないかしら? 事ある毎にわざとらしく抱き付くし、さっきからタクヤの股間がたいへんな事になってるのに気付かないの?」
「ええっ!?」と驚きの声をあげたゆかりは、振り返りざま俺の股間を見るなり「まっ!」と目を丸くして顔を紅くした。
実は困っていたのだ。
一度こうなると簡単には治まらないし、ゆかりだと分かっていても姿は女神。しかも、神装備を解除した下は透け透け超極薄の羽織ひとつ。下着なんかも着けてないから、先程足をバタバタさせた時などモロに見えてしまった。
触れた肌は絹のようにスベスベで、まさにこの世のモノならざる極上の触り心地だった。見ているだけならまだしも、抱きついて乳を押し付けられれば興奮しない方がおかしい。
「お兄ちゃん、私に欲情したのね!」
「ば、馬鹿、変なこと言うな! 誤解されるだろ!」
本当の兄妹ではない設定を知らぬ者が聞けば、変態扱いされそうなセリフを大声で叫んだゆかりは、嬉しそうにきゃっきゃと騒ぎながらふざけてセクシーポーズを取る。変身して気が大きくなっているのかコスプレ気分なのか知らないが、やりたい放題だ。
ヨムルがイライラしながら睨んでいる。気づいた時には既に遅く、やはりという感じでバトルが始まってしまった。
「自分の事は棚上げして私を非難するなんてどういう神経しているの? タクヤを困らせて、そんなに嬉しいの?」
「別に困らせてなんかない! ヨムルこそ困らせてるでしょう?」
「どこが? 私のどこが困らせているというのよ?」
「お兄ちゃんが目移りしちゃってるわ。私が居るのに、わざわざそんな格好をしなくてもいいじゃない! 遠慮ってものを知らないの?」
「男が美しいものに目を奪われるのは自然の摂理。タクヤが私を見てそう思うのが困らせているとは思わない。でもあなたのは反則よ。偽りの姿で誘うのは感心しないわ」
「誘ってる訳じゃないわよ! 仕方ないでしょう? 私が神召喚で現界しなかったら、お兄ちゃんは死んでたわ。全てあなたが不甲斐ないからよ。色気ばかり振り撒いてないでちゃんと仕事してよね!」
それは少し言い過ぎな気がする。ヨムルはヨムルなりに一生懸命だったと思うんだが・・・
「なんですって!? 今のセリフは聞き捨てならない!すぐに撤回しなさい!」
耳を塞いでしまいたくなる。誰か助けてくれと叫びたいところだが、期待を込めた視線の先にいる誰かさんは、楽しそうに二人を眺めて仲裁に入る様子なんか全くない。座布団にちょこんと座り、どこから出したか分からない茶をニコニコしながらすすっている。
二人は徐々にエスカレートし、低次元な言い争いへと進化?して行った。そして予測した通りの展開になったのだ。
「ばーか、ばーか、ヨムルのばーか!」
「馬鹿という方が馬鹿なのよ! ゆかりのあんぽんたん!」
「淫乱エロエロおんなぁ~!」
「幼児体型のぺちゃパイ娘ぇ~!」
なにを~っ!!
やるか~っ!?
むむむむむ―――っ!!
もう駄目だ。
お互いの胸ぐらを掴み、唾をかけ合いながら罵っている。ふたりの間に割って入るのはかなりの勇気が必要だったが、俺は重い腰を上げて仲裁に入った。
「やめてくれ!友達同士なんだろ? どうして喧嘩しなくちゃいけないんだ。その辺で止めとこうぜ!」
「なぜって決まってるでしょう! ヨムルが遊び半分にお兄ちゃんを誘惑するからよ。昔からそういう女って許せないのよ!」
「遊び半分?とんでもない誤解ね。私は真剣よ」
「真剣!? 自分が何を言ってるか理解してるの?明らかに契約違反だし、絶対に許さないわ!」
信じられないものを見るような目付きでヨムルを睨んだゆかりは、俺に下がっててと指示を出して退避させようとする。
「さっきは応援するって言ったじゃない。あれは嘘だったの?」
「よくある社交辞令じゃない。本心とか思ったわけ?」
ヨムルは妖艶な笑みを浮かべ俺の方を見た。それで気付いた。目の中に揺らぐ炎のような光が、今までの彼女のモノとは全く違う。色気にレベルがあるとすれば、今までのは初級者向けで、今からが上級者向けって感じだ。
「本心じゃない? なら本心は何なのよ!」
「申し訳ない気持ちもあるけど、嘘はつけないわ。大婆様の前でもあるし、いい機会だからはっきり言っておく」
嫌な予感しかしなかった。
こういった場面で飛び出す言葉が爆弾発言だったりなの世の常だ。
「ゆかりに宣戦布告する。タクヤは私が貰う事にしたわ」
―――ほら。やっぱり!
ふたりの背後でドドーンと波しぶきを上げる大海原が見えるような気がした。胸を反りくりかえしてポーズをキメたヨムルは、スポコン漫画に出て来るようなポーズでゆかりを指差して言った。
ビシャ!と雷が走り、突然に豪雨が吹き荒れる。
―――こ、これはヤバイぞ!! ゆかりがキレる!
「話を聞きましょう」
俺の予想に反し、取り乱した様子も見せず胸の前で腕を組む姿勢をとったゆかりは、普段は使わないような低いトーンでそう言った。ヨムルも負けじと語り出すが、いささか圧され気味に感じる。
「この気持ちに気付いたのは最近の事。はじめは確かに興味本意でしかなかったし、ゆかりが言う程の人物だとは到底信じられなかった。計画にしても、可能だなんて心の底から信じていたわけじゃない。駄目で元々、出来たら儲けモノ程度だった。メリーサのように、全てを掛けた情熱的行動は出来なかったわ」
メリーサの名前が出てビクッとが、ゆかりが気づいた様子はない。ヨムルもそれ以上の事には触れずに話を続けた。
「片鱗は確かにあった。だけど、ラヴェイドの策略にはまり、ホイホイと敵陣に誘い込まれて命を奪われそうになるなど、なんて愚かで思慮に欠けた男なのだろうかと呆れたのも事実」
―――悪かったな。猛烈に反省してるよ!
「隠れ里で彼を見つけたとき、すぐに連れ帰らなかったのは、1日で見違えるほど成長したタクヤに可能性を見たからよ。技術的進歩の裏には、アリスの力が深く関与しているとすぐに気付いたけど、それより、タクヤの瞳に宿る魂の力が尋常でない成長を遂げていた。本当に驚いたわ。このような短期間で、ここまで魂の力を上げる事が可能なポテンシャルに興味が湧いたの」
熱い眼差しに力が篭もる。その瞳に写ってる男は、首を横にブンブン振ってるんだが完全に無視だ。ゆかりととことんまでやり合うつもりなんだとしたら?考えただけでも寒気がする。今のゆかりは神と同じ力が使えるんだから!
「私は試してみたくなった。あなたの言っていた通り、この世の全てを変える救世主となるのではないかと小さき期待が生まれた。そして、大婆様に四肢をもがれながらも一時たりと諦めぬ彼の姿を見たとき、期待は大きく脹らみ心を揺らした。そして、猿王の話を聞いてから期待は確信へと変わったわ。ゆかりを魂の依代として、超神の体から作り出された剣を肉体の依代にして召喚されたタクヤは、特別という言葉が陳腐に聞こえる程の奇跡の存在だった」
ゆっくりと近付いて来たヨムルは、ゆかりを無視して俺の手をとり優しく包みこんだ。
「私はこの地獄から一族を救いたい。奈落の呪縛から大婆様を解放し、全ての者があるべき姿へと戻れる本当の世界を取り戻したい。そのためにタクヤと契りを交わし、必ずや神格を手に入れる。タクヤとならばそれが出来る。彼が唯一無二の運命の男と確信したの!」
沈黙が静寂を包み、それはしばらくの間つづいた。目を閉じたまま最後まで話を聞き終えたゆかりは、ゆっくりと瞼を開く。その瞳に宿るのは怒りか、それとも愁いか?表情からそれを知る事は出来なかった。
「なるほどね・・・話は分かったわ」
感情のない機械的な声。俺はその声に背筋が凍るほどの冷たさを感じた。こんなゆかりを見るのは初めての事だ。いつもの、笑ったり怒ったりている姿からは想像も着かない厳しい雰囲気が漂っている。
「分かった事。それは、あなたが私を信じていなかったという事実。あれほどお願いしたのにお兄ちゃんから目を離し、結果、命の危険に晒したという事実。アリスの協力を知ったあなたは、その後どうしたの? あなたの事だからきっと、成り行きを観察しながら最後まで手を出さなかったんじゃないの? アリスが利用できる存在なのかどうかを測っていたのでしょう?」
ゆかりはヨムルに向かって歩き出し、俺の手を握る彼女の手を払うようにして外した。
「そして今、あなたは神格を得る為にお兄ちゃんが欲しいと言う。愛しているというなら、私もこんな気持ちにはならなかったでしょう。しかし、あなたの口からは期待する。必要だ。そんな言葉しか出て来ない。
ひとつ教えといてあげる。
お兄ちゃんは自分の利益や、欲望の為に苦痛に耐えて必死に足掻いた訳ではない。お兄ちゃんは、アリスの無償の愛に応える為に、そして私を生き返らせる為に必死に生きようと頑張ってくれたの。あなたに利用される為では絶対にない!」
ちょっと待て! ゆかりがなぜ、アリスの事を知っている?
「あなたは、気持ちに気付いたのが最近だと言ったけど、それはお婆ちゃんの話から超越神と同格の存在力を持ち得ると知ってからよね? 最近なんかじゃなくて、たった数分前の事じゃない!」
「・・・・・!?」
「そんなあなたに宣戦布告されて動じると思う? 馬鹿にしないで欲しい。私と同じ土俵に立てるとしたら、それはアリスちゃんだけ。あの子は凄い。もしあの場にアリスちゃんが居てくれなかったら、お兄ちゃんは死んでいたかも知れない」
知っている! ゆかりはアリスの事も、アレンと闘う事になった経緯も全て知っている! だが何故だ? あのとき既にゆかりシステムは機動していたのか? なら、頭の中でしたロボットみたいな声のやり取りはなんだったんだ?
「私はあなたを信じ、護衛をお願いして死んだ。この気持ちがあなたに分かるかしら? 最愛の人を前にして、直接守ってあげる事が出来ないこの悔しさが!」
声は次第に大きさを増し、容赦なく断罪するように叩きつけられた。ヨムルは目を大きく見開き、凄まじい圧力を発するゆかりの姿に脅えるように肩を震わせた。
「出来るはずがないわ!
あなたの頭の中は自分の事でいっぱい。
タクヤは私が貰うですって? ちゃんちゃらおかしい!そんな事があなたに出来る訳がないでしょう! あなたはひとを愛した事など一度もないのだから」
「愛した事など・・・ない?」
「そう。人を愛した事のないあなたに資格は無い! あなたの言う愛は愛なんかじゃない! あなたはね、愛というモノを全く知らないのよ!可愛そうなひと・・・」
畳み掛けるような言葉に、ヨムルは地面に崩れ落ちるように膝を折って座りこんでしまった。腕をタラリと下げた彼女の肩は力なく震え、恐れおののくように瞳を揺らして項垂れている。
「完敗じゃの。ヨムル」
再び訪れた静寂に老婆の声が響いた。
「ゆかりよ。もうそれくらいにしてやってくれ。
このようであっても可愛い孫なのじゃ。ゆかりが指摘した通り、ヨムルは人を愛した事がない。生まれ出た時より同族の連れ合いがおらぬゆえ、自分にとって利となるかならぬかで生殖相手を撰ぶ傾向が強いのじゃ。ワシが呪われたばかりに、子孫たちには不憫な生き方をさせてしまった。ヨムルに罪はないのじゃよ」
「大婆様・・・」
ポタリ、そしてまたポタリ。
白い大地を濡らす涙が、ヨムルの頬を流れて落ちる。
「泣いておるのかヨムル。――――お前にその涙の意味が分かるか?」
老婆の声は深く、そしてとても温かだった。
「分かりません。私はどうして涙を流して泣いているのでしょう? 本当にどうしてしまったのでしょうか? 傷を負った訳でもないのに、胸が張り裂けそうに痛むのです」
「――――不憫よな。人の百倍も長く生きておるというに、その意味すら分からぬとは・・・」
膝を折り、顔を手で隠して肩を震わせるヨムルの姿を俺はただ見つめていた。超越神タケミカヅチの呪いにより男子が産まれぬ一族に生を受けたヨムル。自然の理から外れ、孤独な性を強要され続けて来た彼女たち蛇族の気持ちは俺には分からない。それはゆかりとて同じだろう。真実を突き付け、完膚なきまでに打ちのめしたゆかりに晴れやかさは全く感じられ無かった。
重く沈んだ空気が流れる中、口火を切ったのは俺だ。
「ゆかり、お前はなぜアリスの事を知っているんだ?あの時すでにリンクは復活していたって事か?」
ゆかりに表情が戻る。少しぎこちないが笑顔も戻って来た。
「リンクは今も復活してないよ。これは緊急システムが作動して一時的に繋がってるだけなの。お兄ちゃんへの負荷は急ピッチで改善しつつあるけど、まだ正常なリンク状態に戻すにはしばらく時間が掛かりそうなんだ。
アリスちゃんの事はね、お婆ちゃんの話を聞きながら確認したんだよ。外部からのリンクを受け入れた形跡があるのは現界してすぐ気付いたんだけど、確認する間もなくバトルに入っちゃったからね。ウィルスを含んだ物でないのは分かってたから、一段落つくまで放置してたの」
「ウィルス?」
「ほら。この私が本人の疑似人格プログラム、魂のコピーだって事は話はしたよね? 私以外の人格がお兄ちゃんに入り込んだ時の用心に、システムには強力なセキュリティが仕込んであるんだけど、そのリンクにはそういう危険なモノは含まれてなかったの」
なるほど。催眠暗示などが全く効かなかったのは、免疫がある訳じゃなくてそのセキュリティーやらの効果か? なら、アレンの精神が入り込んで来ても自動的に消去されていたって事?
「じゃあ、その跡をたどってアリスの事を知ったって事なのか?」
それにしては知りすぎている気がする。「私と同じ土俵に立てるのはアリスちゃんだけ」なんてセリフは、かなり詳しく俺とアリスの関係を知っていないと出て来ない言葉だ。形跡をたどるだけでそんな事まで分かるのだろうか?
「違う違う。日記とメールだよ」
「日記とメール? どういう事だ?」
「私のストレージの中に、アリスちゃんの日記と私宛の手紙が入ってたんだ。何これ?いつの間に?って思ったんだけど、危険な感じはなかったし『REY』も安全だって言うから読んでみたの。
本当にビックリしたよ。アリスちゃんは私にも出来ない事を当たり前のようにこなし、あんな完璧な仮想現実世界を構築して、しかも時間の流れを外界からほぼ完全に隔絶していたんだ」
――――ん? なんか初めて聞く名前が出てきたぞ?
「レイって誰だ? セキュリティの事か?」
「違うよ。システム管理用のサブシステムの名前だよ。私じゃシステム全てを運用するのは無理だから、サポートしてくれたりメンテナンスしてくれるの。人工知能って言えば解るかな?」
人工知能? そんな言葉を何でゆかりが知ってるんだ? ゆかりがこの世界に召喚された20年前にはそんな言葉はなかったはずだし、そもそも『ゆかりシステム』ってなんなんだ?
俺は魂の定着時、はじめてリンクした時の事を思い出した。そういえば、ゆかりは俺の持つ知識を共有して言葉にしていたような気がする。今もその状態なのだとしたら疑問も解消されるが、どうもあの時と今の感じは違う気がする。ゆかりの知識が新たに入って来る様子もないし、一体感が全く違う。
「アリスからの手紙ってのもメッチャ気になるけど、そもそも『ゆかりシステム』って何なんだ? お前が作ったのか? 俺達がいた世界観そのものだし、こちら側の誰かが作ったって感じじゃないけれど、それにしては凄すぎる気がするんだ。お前にそんな才能あったとはとても思えないんだよな」
「うん、正解。私がこんな凄いプログラムを作れるはずないじゃん!これは『レイ・ジョブズ』さんが作ってくれた『霊子演算自立型思考プログラム』なんだよ。私の場合はゆかり本人の魂をコピーしてベースにしてるから、言動や癖なんかもオリジナルと全く同じだし、思考パターンもそっくりそのままなんだよ」
「『レイ・ジョブズ』? 誰だそれ?」
「お兄ちゃんの体と魂は『ゆかりオリジナル』の存在力を贄として召喚してるから、素材は"ゆかり"なんだけど、私の計画を実行するにはオリジナルの存在力だけじゃ全く足りなかったの。だから、重ね合わせて依代にするのに良いものはないかと聖遺物の召喚を試していたんだ。そんなある日、召喚陣から偶然出てきたのがジョブズさん。――――知識生命体っていうのかな? 肉体はないんだけど、霊的エネルギーはとんでもなく凄まじかったよ。単純計算でお婆ちゃんの七倍以上は確実にあった」
ゆかりは、横で肩を落として泣くヨムルの姿をチラリと見た後、そのまま話を続けた。
「私はお兄ちゃんの肉体強化に使える耐久値の高い聖遺物、または神様の"脱け殻"を探してたんだけど、現れたのが精神力だけがずば抜けた知識生命体。こんなの使えないよってポイしようとしたら、滅茶苦茶に怒ってね。
『オモイカネ』と呼ばれる我がそのような扱いを受けるとは侮辱も甚だしいって言って、帰っていいよって言ってるのに帰らず大暴れしたの。っていっても依代がある訳じゃないから、天変地異で洪水を起こしたり島をいくつか沈めたり、火山の10、20を爆発させた程度だったんだけどね」
―――な!? それって、とんでもない事じゃないか!
「なんと! 一年と8ヶ月前に、レグロイド地方で起きた大災害はゆかりのせいであったか!? 非文明の蛮族と魔獣しかおらぬ未開の土地だから良かったものの、ウェルイド大陸で起きたらとんでもない被害が出ていたぞ?」
婆さんが口を挟む。俺も同意見だ!
「私だって馬鹿じゃないよ? 危険な召喚実験を文明都市がある大陸でする訳がないでしょ?魔獣達にはちょっと気の毒だったけど、彼らはタフだから滅多な事で絶滅したりしないし、事実絶滅した種類はいないと思うよ。『オモイカネ』もその点は分かっててやったんだと思うし」
とんでもない事をサラリと言う奴だ。
やはりゆかりはゆかりである。普通の尺度で彼女を測れば疲れるだけだ。神様の婆さんにしても師匠の孫悟空にしても、ゆかりの事を規格外だと言っているのだから。
だいたい『オモイカネ』ってアレだろ?
古代日本史で卑弥呼が出て来る時代にマツリゴトに使われたと云われる巨大な銅鐸じゃなかったか?それって神様の名前だったか?
「しかし『オモイカネ』が関わっていたとは驚きじゃ。物質界に興味を示したり、協力するような神ではないんじゃがな」
婆さんは『オモイカネ』の事を知っているみたいだ。俺は自分の知識との違いを確認したくて、その事を聞いてみたくなった。
「『オモイカネ』って、神様だったのか? 俺の国にも古代史にその名前が出てくるけど、神様の名前だとは知らなかったよ」
「オモイカネは"思想神"と書く。別の神域ではトト神、又はトート神とも言うが、呼び名はあまり意味がない。奴らは個人でなく何百万、何千万といわれる無数の精神知性体が集まって形を成した最古の『智恵神』なのじゃ。
奴らの興味は神界でもなく、ましてや物質界でもない。優秀な知性と思考力を持つ者の魂を自らに取り込み、思考の海の中で果てのない問答を繰り返すのが目的じゃ。ゆかりの召喚陣に現れたのも、召喚されたのではなく自ら出て来たとワシは思うぞ? おおかた、何やら変わった事をやっている者がおるから顔でも見てやるか程度の気まぐれで現れたのであろう。もしかしたら、ゆかりの魂を取り込むつもりでおったのかも知れん」
―――魂を取り込むだって?おいおい、かなり物騒な話じゃないか!取り込まれたら死んじゃうんじゃないの?
俺はその事を質問しようとしたが、ゆかりが先に喋りだした。
「確かにそんな事も言ってたけど、お前を仲間に入れたらインテリジェンスが下がるとか言って誘わなくなったよ。誘われたのは最初の一回だけだったかな? ジョブズさんは『オモイカネ』の一部だったんだけど、私の計画を話したら凄く興味を持ってくれて、システム完成まで付き合ってくれたんだ。なんでも、私のいた世界にも浅からず関わっていたらしくて、究極の人工知能を作るってノリノリで協力してくれた。メガネをかけてて、無精髭の似合う優しいおじさんだったよ」
メガネをしてて無精髭の似合うジョブズさん?俺達の世界に関わってた? で、情報システムや人工知能に詳しいって言ったら俺の頭に浮かぶのはアノ人物しかいなかったが、名前が違うから別人だろう。考えれば考えるほど頭が痛くなりそうだったから考えるのはやめた。
「でね。システムが破損した時に修復したり、メインが何らかの原因でダウンした場合の一時的な代わりをしてくれるプログラムとして、人工知能『REY』を加えて『ゆかりシステム』は完成したんだ。 でも、お兄ちゃんが召喚された時の初期状態と、第一次覚醒時の差が予想してた以上に大きくて、システムの調整が間に合わずにリンクファイルの重要な部分が破損しちゃったの。破損した状態のまま大容量のデータを落としちゃったから、整理して領域を確保してから修復しないとデータが飛んじゃうんだよね。
ご迷惑をお掛けしまして、本当にごめんなさい!」
ーーー何だって!? じゃあ俺が原因じゃないんか?
「ちょっと待て。俺が一方的に切ったのが原因で不具合が起きたんじゃないのか? てっきり、俺のせいでこうなってるとばかり思ってたし、猿王もそんな感じの事を言ってたから・・・」
「ない、ない、それは無いよ。 お兄ちゃんの方からリンクを切ろうが切るまいが、そんな事で壊れたりしないし、そんなの関係ないんだから」
「関係ない? 関係ないってどういう事だ?」
俺はゆかりの言い方に少しむっとした。今の今までずっと負い目を感じて来たのは何だったんだって感じだ。
「まだシステム権限の譲渡はしてないし、お兄ちゃんの生活は当面私が管理するつもりでいたからね。リンク切ってもシステム自体は動いてるんだよ。表に出るか裏で作業してるかの違いはあるけど、状態は常に分かるようになってる。 "アダム因子"が狙われる事も予想してたし、魔族の女たちがお兄ちゃんの子種を欲しがるのが分かってるのに、飢えた狼の群れに独り放置するような事を私がする訳ないじゃん? 寝てるところを襲われる可能性だってあるんだしさ。ただシステム上、定期的にメンテが必要だから、その間だけはヨムルや孫くんにお願いするしかなかったんだよ」
既に襲われた後なんですが!
とは、言う勇気はなかった。言えばメリーサがとんでもない被害を受けるのは間違いなさそうだからだ。俺は現在思考リンクしてない事を確認する為に、ゆかりが気にしているであろうバッドワード《ペチャパイ》を頭に浮かべてみた。だが全く反応がないところをみると大丈夫なようだ。
俺はその事に心底ホッとした。
男女の間で、何でもかんでも分かるという"思考リンク"はかなりのリスクが伴う。相手の事が分かると勘違いしているからこそ、男と女が同じ環境で生活できているのだという事をゆかりはまだ知らないだろうからだ。人としてならともかく、好きという感情を持つ相手との感情の共有は、時として相手を傷つける事になり兼ねない。
ゆかりは俺の事を大切に想い、まさに命を掛けで愛してくれている。たぶん、結婚して子どもが欲しいと思っている。でも俺はゆかりに対してそのような感情を持てない。
幼少の頃から、それこそ赤ん坊の頃からゆかりを見てきた俺は、ゆかりを本当の妹のように想い、そして家族として愛してる。俺の家族はもうゆかりしかいない。俺の全てを賭してでも守るべき対象であり、唯一無二の存在なのだ。
ゆかりを復活させた後、ふたりが離れる事はないだろう。もしも俺に力があるなら、いや無かったとしても、ふたりを再び引き裂こうとする障害が現れた時は俺が闘う。
俺の命を救ってくれた彼女を、今度は俺が守る。
それは何があろうともだ。
しかし、ゆかりが求めている愛のかたちと、俺の愛のかたちは違う。それを知ればゆかりはきっと傷付くだろう。神の姿であれ、肉体を持って現れたゆかりを見て、俺は本当に嬉しかった。この現象が時間限定の一時だけのものだと分かっていても、本当に嬉しかった。だからではないが、俺はゆかりが悲しむ顔を今この場で見たくないのだ。
俺はアリスが好きだ。
ゆかりがその事に何か気付いていたとしても、今はそれを知らせるべきではない。
「俺の生活を管理するとか、まるで財布を握られた旦那のような気分だな。でもプライバシーは守ってくれよ。頭の中まで全てお見通しなんて事になったらまともに話も出来ないし、窮屈で死んでしまうよ」
俺は少しキツメの口調で、しかし顔は笑顔いっぱいにそう告げた。彼女は子供の頃から『お節介なお姉さん傾向』があるのは知っていたし、良好な関係を続けて行く為には、相手を信じ放置する勇気も必要だという事を知って欲しかったからだ。先ずは相手を信じる事から信頼関係が生まれてくる。ゆかりの事は信用しているが、『親しき仲にも礼儀あり』だ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、不満気に「ええ~、なんでぇ?」と声を漏らしたが、「ゆかりをずっと好きでいる為に必要な事なんだ」と答えると、顔を赤らめ下を向きモジモジしながら「じゃあそうするよ」と言った。
「俺のせいで壊れた訳じゃないと分かってほっとしたけど、完全復旧はいつになりそうなんだ?それに緊急モードって標示されてたけど、その姿ってどうなってんの?」
俺は雰囲気を変え、明るく質問した。
「それはワシも聞きたいと思っておった。ゆかりが巫女だとはワシも知らなかったからな。知っておればワシを"お婆ちゃん"と呼んだ時点でゆかりと気付いたやも知れぬのに、なぜ黙っておった?」
婆さんが座布団ごとスススーと寄って来てそう言った。
「完全復旧はあと少し先だけど、リンクは3日後になると思うよ。この姿はアテナの聖遺物を使っての『神体召喚』なんだけど、お婆ちゃん、私って巫女なの?」
ズッコ!!
婆さんが座布団ごと顔から地面に激突した。
なかなか器用なこけ方をする神さまだ。座布団をくっつけたまま逆さに地面に突き刺さって足をバタバタさせている。
「当たり前ぢゃろうが!!
巫女以外に誰がそれを出来る? しかも"神呼神胎体"つまり、受肉した神を下ろしたのぢゃぞ? 凄い事だと意識しておらんのか?」
「そうなの? でも私だけの力じゃないよ。システムアシストなしじゃ絶対出来ないと思うし、アテナの聖遺物はもう無いからこの姿はこれキリなんだ。本当はもっと大切な場面で使いたかったんだけど、それを言っても仕方ないよね・・・」
ゆかりは最後にやろうと楽しみに取っておいた打ち上げ花火を、間違って使ってしまった子どものように残念そうな顔をした。
「オモイカネの置き土産が手伝ったとしても、巫女の素質が無ければそれは出来ぬよ。奴は何かそれらしき事を言っておらなんだか?」
「う~ん。そういえば、オモイカネは私をテンパの娘って呼んでたかな? 私はストレートヘアなのにさ」
あれ何の意味だったのかな?と顎に人指し指をあてコケティッシュに首を傾げるゆかり。驚いたのは婆さんだ。身を乗り出し、只でさえ大きな目が更に見開かれる。
「テンパ!? ゆかりよ、そりゃ天覇の事じゃ!
天覇來明、最も位の高い巫女神の事を言っておったのぢゃ!」
婆さんはそう言うと、うんうん、と頷いてひとり納得した様子。それから座布団の上に正座し直すと言葉を続けた。
「ゆかりの規格外の力が何であったのか、それがやっと分かったわい。巫女神の神霊力を源としておったのならいろいろと納得がいく。異世界からの召喚者という事に目を奪われてワシとした事が本質を見誤っておったようじゃ」
婆さんの口調は静かで深みのある落ち着きを取り戻す。ゆかりは全く動じた様子もなく今まで通りだが、俺は巫女という言葉にアリスの姿を重ね、心が不安で揺らいでしまうのを感じた。
別れてから4時間程経っているが、彼女は大丈夫なんだろうか?命に別状はないという事だし、母親と姉がついてはいるが、やはり心配だった。ヨムルは悪いようにはしないと言ったが、どうするつもりなのかも聞いていない。
「大婆様にお願いがございます」
俺の考えを見越したようなタイミングでヨムルの声があがる。彼女は瞼を泣き腫らしたまま婆さんの前に進み出ると、面前で正座し手を地面について畏まった。
「実は巫女がもうひとり地上に現界しています。先程名があがったアリスという娘です。天啓の巫女アニエスの子にして消失血統の純血者。私の見立てでは、天孺の巫女ではないかと思います。お願いとは、そのアリスを大婆様のお力で覚醒させて欲しいのです」
―――え? アリスを覚醒させる?
「なんと!? 天覇に続き天孺か?それはまた伝説級の大盤振る舞いじゃな。出現期がこれ程に重なるとはまこと珍しい。これは偶然ではないぞ。何かの前兆と考える方が正しい」
「違う。アリスは聖・・・」
「アリスちゃんは聖天の巫女だよ、お婆ちゃん。本人がそう言ってたもん!」
予想外のヨムルの発言に驚いた俺は、半テンポ遅れゆかりに先を越された。
「ぬぁにぃ!! 聖天ぢゃと!?」
婆さんは、後ろ向きにひっくり返るほどの尋常でない驚きようを見せた。それはヨムルも同じで、婆さんとその孫は漫画のように目をボヨヨーンと飛び出させて驚いている。
「おヌシら、聖天が何を意味しとるのか知っておるのか?」
俺とゆかりは揃って首を横に振る。
「聖天照大御神の事じゃ!
その巫女とは天鈴女命のことを指す。彼女は天照大神が最も愛し、心を許した踊神じゃよ。まだ聖天の大照神となられる前の天照様は、つらき事や悲しき事があると内戸に隠る癖があったそうじゃ。それを楽や舞で慰めたのがウズメと呼ばれる『踊り神』であった。主である天照様が大神に昇神なされた時、同じくして天を頂き天鈴女となったが、その主従関係は少々特殊だった。ウズメはオオテラシガミ様よりもずっと古く、カノおひとり神様方が産み出した完成神だった。詳しく知っておるのではないが、母神を亡くした大照神さまを育てたのはウズメだと云われておる。つまり乳母神が変じウズメとなったとな・・・」
―――むむ?難しいぞ。関係が覚えられん!
じゃあ何か?アリスの前世は神様ってことか?
天鈴女命の転生者だったって事なら、確かに凄い力を持っていたとしてもおかしくはないのかも知れないけど、そんな事が実際あるのだろうか?この世界は本当に分からない事だらけだ。
俺の国に伝わる神様の名前が、そのまま出て来るのも理由が分からない。イメージしやすいのは助かるが、それについて説明できるなら教えて欲しい。頭がこんがらかって来たぞ・・・
「ちょっと聞きたいんだが、アマテラスにしてもウズメにしても大婆様にしても、俺のいた世界に同じ名前が伝わってるのはどういう事なんだろう? ここは俺にとって異世界だし、生態系も全く違う。それなのに神の名が同じである理由が分からないんだ」
「おかしいか?」
「俺にはそう思えるよ」
うむ。そう感じるのも仕方ない事か。と、独り言のように呟いた婆さんは俺に向き直り神妙に話し出した。
「お主はこの世界とお主のもといた世界、そして神の住む世界が全く関わりがないと思っておるようじゃ。 だが、ワシからすると全く関わりがないと思う事の方が不思議に思うぞ。関わりがあるからこそお主はここにおり、ワシもゆかりも孫のヨムルも今こうして話を交わしておるのじゃ。全ては繋がっておる。何故なら、真のはじまりはひとつであったからじゃ」
大婆さまヤマタノオロチの話は続く。
それは、全く違う世界観の突飛な話のように思えたが、不思議なことに懐かしさが湧いてくる。俺の躰を形成する依代となったタケミカヅチの肋骨から作られし剣の記憶が流れ込んで来るように・・・
今回は切れる部分がなかったので、二話分の長さになりました。毎回読んで下さり、本当にありがとうございます。お気付きの点などありましたら遠慮なくご指摘下さい。これからも応援よろしくお願いします。




