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湯けむり温泉郷【14】不満

 日付が変わって既に二時間余りが過ぎていた。二つの赤い月は位置を変えずに空に浮かび、その巨大な姿で地上を照している。この月が空にある10日の間は、夜といえど其れほど暗くはならない。夜に本来の闇が訪れるのは5日後、赤い月が消えてからだ。その月光りに照らされた岩の上では、大柄な兎族の戦士と大人子供程の体格差がある人間の男が闘いを続けていた。


 男の名は速水卓也という。

今より5日前、10年に一度の赤合の刻に召喚された『闇のアダム』である。夢魔王メリーサと交魂の儀を交わした彼は、挙式はしていないが事実上メリーサと夫婦という間柄にある。


 脚王ラヴェイドに拉致された夫を奪い返す為、蛇王ヨムルと協力して隠れ里にある脚王の屋敷に侵入を果たしたメリーサは、夢鏡という遠距離透視能力を使って脚王の息子『アレン』と試合う卓也を応援していた。



「バレちゃ仕方ない。ダーリンを強くしたのは実はメリーサちゃんなのだよ、うん!」


「そんな訳ないでしょ。冗談はよしなさい」


「うへ!? 即否定なの!!?」


「あなたがあの体術を伝授したとかあり得ないわ。私が言ってるのは妖気の事。あの妖気にはあなたたち夢魔特有の特殊な臭いを感じる。夢魔が使う古い呪術式がタクヤの体のどこかに刻まれているはずよ」


 『時止め』の存在に気付いた訳でなく、気にしてるのが妖気の事だと知って少し安心したメリーサは、ピョンピョンと可愛く跳ねたあと立てた指をくるくる回しながらヨムルに尋ねた。


「ヨムルちゃんってさぁ、本当にそういう呪い系スキルには超敏感だよね。なんでそんな事が分かっちゃうの?」


「あなたね、誰に向かって言ってるのか分かってる?現存する呪法術の約8割は、私たち蛇族によってもたらされたモノなのよ?」


「いやはや、そうでした!蛇と言えば呪い。呪いと言えば蛇だもんね。失敬!失敬!」


「なんだかモノ凄くバカにされた気分だわ。腹が立つからそのボテ腹を思い切り蹴飛ばしてやろうかしら?」


「わ、わ、わ〜、な〜んて酷い事を言う女なのさ!全く信じられないよ!」


 メリーサはぷっくりと膨らんだお腹を大事そうに抱えながら、ピョンと後ろに飛び退いた。マタニティードレスのような服装で目立たないようにはしているが、どう見ても妊娠中だと分かる体型はごまかしの余地がない。しかし、胎児の成長が早すぎやしないかとヨムルは思った。


 夢魔の子作りがどのように行われ、どのような経過を経て出産に至るかは他種族には知られていない。なぜなら、夢の世界で出産するため目撃例などが無く、彼らも口外など絶対にしないからである。個体の能力差で出産までの日数も変わるという噂もあるが、事実ならメリーサの子作り能力は飛び抜けて優秀なのかも知れない。


「ヨムルちゃんもこれから母親になろうって思ってるんでしょ?そんなひとが、そんな酷い事を口にするもんじゃないよ!バチが当たるよ!いい子が授かれないよ!」


 お腹を庇いつつガウガウと威嚇の表情で吠えるメリーサに、少し呆れ顔になってから「ふぅ」と息を吐いて気分を落ち着かせるヨムル。


 メリーサを前にすると何故だか緊張感が続かない。出し抜かれて腹立たしいはずなのに、酷く痛めつけて反省させてやろうなどとは思えなかった。これが彼女の能力による感情誘導だとしたら、夢魔という種族を軽く見るべきではないとさえ感じる。


 ヨムルは自分が圧倒的に強い事を自覚している。ゆかりが頼って来た理由も強いからだと思っている。寿命が縮むので全力を出して闘った事はないが、若干二名のチート能力者を除いてだが、本気でやれば誰にも負けない自信もあった。


 その二人とは勇者と猿王だ。

この特別な二人の存在はこの世界において明らかに別格であり、何があろうと敵対して戦うべきではないと本能が告げていた。


「言ってみただけよ。私だってそんな酷い事しないわ。ごまかさないで何をしたのかを話しなさい。正直に言えば何もしないから」


「・・・本当に?」


「本当よ」


「本当に、本当?」


「本当に本当よ!これ以上"本当"を繰り返すつもりなら本当ではなくなる可能性がもの凄〜く高くなるわよ?」


「うぐ!?」


 後6回くらいは最低でも続けようと思っていたメリーサは、先に釘を刺されてしまいとても残念そうにうなだれた。上目遣いにヨムルを見ながら、じゃあ教えるけど怒らないでねと念を押してから話し出す。


「ダーリンには貞操帯を着けておいたの。わが家に代々伝わる超強力な極大呪術だョ。だから、なん人たりとダーリンから精子を奪う事は不可能なのさぁ。ラヴェイドの奴は奥の衆を使って最強遺伝子を摂取しようとしたみたいだけど、逆に精力と妖気を奪われて、ダーリンを強くしてしまったってところダネ!」


「なるほど。優秀な女達を集めたが為に良質な妖気をごっそり奪われてしまったって訳か・・・これでタクヤが大量の妖気を纏っている理由が分かったわ」


「結界を食い破ってるとき『アダム因子』の事を心配してたみたいだけど、だから大丈夫だよ。簡単に解呪できるような呪術式じゃないし、念には念を入れて重ね掛けしておいたから、呪い同士が複雑に絡み合って掛けた本人でも解呪は不可能なんだよネ〜!」


 自分でも解けない状態ダと自慢するメリーサに、またも溜め息がとび出た。後先考えないで行動するところは、性格なのか単に頭が悪いのか分からない。


「ふううん・・・、今回は確かに役に立ったみたいだけど、その呪式は私への対策でしょう?重ね掛けして複雑にしておけば解呪出来ないって思ったのかしら?」


「うっ!? って、その通りなんだけどね」


「珍しく正直ね?おおかた蛇気に対して強力に作用するよう仕込んであるんでしょうけど、そんな事をしても無駄よ。呪いをわざわざ解かなくても、無効にする方法なんていくらでもあるんだから」


「ええ〜!? そんな方法あるなんて初耳だけど?」


「例えばあなたの仕掛けた貞操帯だけど、式を反転させれば夢魔に対して強力に作用する呪いになるし、反転出来なくてもより強力な呪式を上書きすれば無効化できる。ただし、上書きに彼の体が耐えきれるかは保証できないけどね。でも、解呪できなければそうするしか無いわ」


「な!? ダーリンを傷つけるつもりなら許さないからね!命に代えても絶対に阻止してみせる!」


 メリーサの気が爆発的に膨らみ、頬に走る赤い線が光々と輝くと肌が金色に光り出した。ユニゾン状態で行った臨界バーストの模倣だろうが、真似されるとは思っていなかったので少々慌てた。


「バ、バカ! こんな所で喧嘩でもする気? 冗談に決まってるでしょ。とにかく落ち着きなさい。いくらなんでも気づかれてしまうわ」


 フーフーと荒く息を吐き、戦闘モードのまま睨み付けて来る相棒の姿に面食らったヨムルだったが、あのおちゃらけアイドルがこれ程までに一途で、直情的になるのを全く予想していなかった事を迂闊であったと反省した。


ーーーこれは本当にヤバいかも知れないわ。

この娘、自分の置かれた状況が分かっているのかしら?そんなに想いつめたら『種の呪い』が発動してしまう。そうなれば、如何な私でも解呪できないのよ!



 メリーサたち夢魔族にはタブーがあった。

タブーを侵した場合、呪いが発動して命が無くなる。それは夢魔族という魔族に掛けられた宿命という名の呪いであり、ヨムルの一族に掛けられた女系の呪いと同種の絶対に消せないモノだ。


『人を心から愛し全てを捧げた時、汝は泡となり消える去る事だろう』これは古代神の言葉を記したと伝えられている『旧聖魔約書(ロストバイブル)」に書かれた一節だ。ヨムルはメリーサの行動にその兆しがあると感じ、自分自身で旧約書の原文を詳しく調べてみた。


 古代文字で書かれたその内容を全て解読する事は出来なかったが、発動してからではその現象を止める方法はない事は確かなようだった。


―――これ以上メリーサをタクヤに会わせられない!

 ヨムルはそう確信し、その為にメリーサからどれほど嫌われようと、悪者にされようと彼女から愛する者を奪うと決めた。


 幸いタクヤは、知ってか知らずか『血の契約』の事を口にし、約束した。タクヤには契約を理由に今後一切メリーサとの接触を禁ずるつもりでいる。


―――これはあなたの為でもあるの!子が産まれれば、会なくてもそれほど辛くなくなるわ。私が大丈夫と判断するまで、あなたとタクヤを会わせられない。そう考えていたのだ。


「次で勝敗が決まるわよ。見てなくていいの?」


 下で動きがあったようだ。

更にボロボロになったアレンと右目を負傷した彼が、今まさに最後の技を放つための膠着状態にある。


「ダーリンが怪我してる!! 何があったの!?」


「分からないわ。あなたが興奮して変に威嚇するものだから、いい場面を見逃してしまった」


 内容までは分からないが、アレンが何か特殊な技を出したのは確かだ。その技の発動で、再び白熱したアレンコールが巻起こっている。


「なにこれ? アレンばっかり応援してさ!」


「仕方ないでしょう。自国の英雄を応援するのは当然の事だわ。私としてはむしろ、兎女どもにタクヤの応援などして欲しくないけど?」


「確かにそうだね」と言うメリーサの言葉とほぼ同時に試合終了のコールが上がり、勝負は呆気ないかたちで幕切れとなった。


「あれれ?ダーリンが降参しちゃったョ」


「――――――――」


「なんで?なんで? ダーリンが圧倒的に優勢だったのに、なんで降参しちゃうのさ?おかしいよ!」


「少し静かにしなさい。今タクヤの状態を確認しているから」


 そう言って額に手を当て集中するヨムル。彼女が難しい顔をして目を閉じているのを心配そうに見つめていたメリーサは、突然夢鏡を解除すると試合会場へ移動しようとした。


「ダメよ!約束したでしょう!」


 空間移動しようとしたメリーサの足首に数匹の黒い蛇が素早く巻き付き、彼女の移動術式をあっという間に食べてしまった。


「だって、ダーリン負けちゃったんだよ?何かトラブルがあったに違いないんだ!あの右目の怪我が見た目より酷かったのかも知れないし、もしかしたら毒系の攻撃を受けたのかも知れないじゃない!早く行かなきゃ手遅れになっちゃうよ!」


「落ち着きなさいメリーサ。毒を受けてもいないし、右目の怪我もかすっただけで大したことないわ。でもあの時点で降参したのは賢明な判断だったと言えるでしょう。いえ、よくぞあそこで踏みとどまったと賞賛すべきかも知れない」


「――――――どういう事?」


「今説明してあげるから夢鏡を戻しなさい」


「うん」


 再び上空に戻ると、熱戦を繰り広げた両者が握手を交わすところだった。会場は割れんばかりの拍手が続き、アレンコールに混じってアダムコールも聞こえて来る。興奮によって上気した女性達の声は、鳴り止む事なくしばらく続いていた。


「あなたの目にもタクヤの状態が見えるようにしてあげる。少し痛いけど我慢しなさい」と言うと、ヨムルの髪から飛び出した極細の蛇がメリーサの耳に入り込んだ。「うぎゃぁ!」と悲鳴を上げるその慌てっ振りにクスッと笑うヨムル。


「これで見えるでしょ?」


「これがヨムルちゃんのいつも見てる景色?」


「いえ。鑑定、感知、分析に特化させた時の状態よ。慣れないと目が回ると思うけど、大丈夫?」


「なんとかギリギリって感じだね。こんなに目まぐるしく情報が変化したらどこ見ていいのか分かんなくなっちゃうよ」


「私の思考とリンクさせるから力を抜きなさい。まずは妖力、次は体力と体内透視、そして存在力、魔力は感じないから脚下したわ。これで分かった?」


「体内組織のダメージが酷い。筋肉繊維はブチブチだし、腱もかなり痛んでる。妖力はほとんど底をついてるし、存在力は・・・・こんな事ってあり得るの?」


「分からない。今までちゃんとタクヤの体を調べた事はなかったから。私の鑑定眼はマスターレベルよ。チョロスには負けるけど、魔王の中では2番目。情報の誤差はほとんどないわ」


「やっぱりこれってアレのせいだよね?」


「そうね。たぶんアレのせいだと思うわ」


「どうやってこの状態でアレンと闘っていたんだろう?もしかして無茶苦茶に無理をしていたのかな?」


「でしょうね。立っていられるのが不思議なレベル・・・とんでもない負荷に耐えながら闘っていたのでしょう」


 サラリと言うヨムルの言葉に、衝撃と後悔の念がメリーサを襲った。事情を知っている自分ならば、少し考えれば分かったはずだ。彼に渡したスキル『時止め』は燃費が悪い。あれほどあった大量の妖気がわずかな間にほとんど底をついている。技の使用限界を超えて酷使していたに違いないのだ。


 それに彼は、何か特別な手段を用いて試合をしていた。でなければ豪脚アレンを相手にあれほど一方的に試合を運べるはずがない。


――――ダーリンごめんなさい。

あたしがもっと早く気づいて試合を止めていれば、そんな無理をさせずに済んだのに・・・やっぱりあたしは馬鹿だ。思慮深さが全然足りない。こんなんじゃお嫁さん失格だよね・・・



 メリーサは大きな失敗をしてる。

アダム失踪のため召集命令が出ていた時、転移魔法のゲートで城の近くのなるべく人目のつかない一本杉の丘に送った。


 しかし、戒厳令の発令により、本来なら影響のない範囲である一本杉の丘にまで侵入不可の防御結界が張られ、メリーサが発動させたゲートを弾き飛ばし、どこだか分からない郊外に転送してしまったのだ。


 その事にすぐに気付いて迎えに行っていればこのような大事に成らずに済んだ。しかし、子種を確実に着床させようとすぐに瞑想状態に入ったメリーサは、その大失敗に全く気付いていなかったのだ。


 数時間後、完璧に妊娠したのを確認したメリーサは、その事を愛する夫に報告しようと部屋を出た。そこを待ち構えていたヨムルに捕り、彼女の口からアダム捜索がまだ続いている事と、存在が全く感知できない事を聞かされたのだ。


 腹の子が産まれるまで会わない事を条件に、ヨムルはメリーサのしでかした大失敗の事は伏せて協同捜索する事を約束した。しかし、全く存在が感知できない状態での捜索は二人の力を持ってしても難航し、手掛かりとして見つかったのは、蝕王の領内を通る街道に転がっていた折れた歯と血痕、そしてそこから7㌔程離れた場所にあった不自然な空間の歪みと、街道の敷石に刻まれた二足歩行の何者かが超高速で駆け抜けたような焦げ跡だけだった。


 ヨムルのユニゾンスキルを使い、高速飛行呪文(スカイ・ハイ)で3時間以上必死に捜索を続けたメリーサ。だが、絆による共鳴感知を使っても気配を見付けられないままに時は過ぎ、やがて日付が変わろうしていた。


 そんな時、短い間だが共鳴感知に反応があった。

反応があった場所に転移すると、そこはラヴェイド領内であり、地図には記載されていない街があった。


 異常なまでに存在感が稀薄なその街が、ラヴェイドの『隠れ里』である事は間違いなかった。視覚阻害の他にも方向感覚を狂わせる誤方位術式や、飛行による探査から逃れる為の空壁呪式、地中を這う虫の類いにまで誤感術式が刻まれ、ありとあらゆる探査及び侵入行為を妨害していた。逆にここまで入念に存在を隠されれば、よほど知られてはマズい何かがあると考えるのが普通だろう。


 この隠れ里の存在を知らせてくれた物質は、森の木々を数本なぎ倒して、姿を半分ほど地中に埋没させた状態でそこにあった。


 それは"丸い岩"だった。

直径3.5㍍ほどの岩は、硫黄の臭いと共に微かな妖気に混じり愛しいひとの香りを含んでいた。その岩が結界の内側から打ち出されたのは間違いない。


「ヨムルちゃん急ごう!この岩が飛んで来た方向にダーリンがいる!あたしには見えるョ!この岩が通って来た軌跡がはっきりと一本の線となって山の中腹にある屋敷まで続いている!」


 この後二人は、今まで体験した事もない程の強固な結界を突破するのにとんでもなく苦労したのであったが、こうして愛しいひとの無事を確認できた事に喜び浮かれ、彼がどれ程のリスクを背負ってアレンと闘っていたのかを見誤ってしまった。


―――あたしはどれだけ失敗を重ねれば気が済むんだろう?


 呆然と愛しい男を見つめたまま声を失なうメリーサに、ヨムルはあえて冷たい口調で言い放った。


「あなたに出来る事はもうないわ。約束した通り、彼とはここでお別れよ」


「―――――――――」


「後始末は私がやっておくから、あなたはすぐにでも体を休めた方がいい。ユニゾンの反動で動けなくなる前にね」


 3時間以上をユニゾン状態で飛行した上に、結界の突破でかなりの体力を消耗している。これ以上の無理は妊娠中のメリーサには少々厳しいと言えた。


「でも、ラヴェイドがダーリンに変な事したら・・」


「大丈夫よ、その心配はないわ。私の能力は知ってるでしょう?あんなザコに遅れを取ると思うの?」


「思わないけど・・・」


 ラヴェイドが変な事をするかもしれないなど口実だ。目を見れば分かる。彼女の目は必死に彼に会わせて欲しいと訴えかけていた。


「ひとことだけでもお話しちゃ駄目かな?今回の事はあたしの失敗からはじまった事なんだ。だから会ってきちんと謝りたいんだよ!お願いだよ、ヨムルちゃん!」


「駄目よ。魔王同士が交わした約束は、例え口約束でも契約に近い影響力があるのは知ってるでしょ?破ればそれ相当のペナルティが魂に刻まれるわ。あなたは私にまでペナルティを背負わさせる気なの?」


「ペナルティは全てあたしが負うよ!ヨムルちゃんに迷惑は掛けない。だからお願いだよ!ひとことだけでいいんだ!」


 ヨムルの意志は堅い。メリーサがどれ程必死に頼もうと絶対に会わせないと誓った以上、その意志を曲げるつもりはなかった。


「あなたはそれでいいかも知れないけど、お腹の子に烙印が刻まれでもしたらどうするの?親の罪をその子供が背負って産まれたって例は実際にあるのよ?そういう話を聞いたことがない訳じゃないでしょう」 


 事実、そうした話はよく聞く話だった。親の因果が子に報いというやつだ。


「聞いたこと・・・あるょ」


「なら考えるまでもないと私は思うけど?」


「・・・分かったよ。

あたしは帰るけど、くれぐれもラヴェイドの奴には注意しておいてね。あいつって、追い詰められると何をするか分からないタイプだから!」


「そんなに心配なら、使い魔をしばらくそのままにしておいてあげる。私から離れたら二時間もしないうちに死んじゃうと思うけど、それまでは私の見聞きした情報を共有できるわ。これ以上の譲歩はしない。いいわね?」


 未練タラタラなのがまるわかりの様子で頷くメリーサ。去り際に貞操帯の呪式を外す鍵となる言葉を白状させられ、メリーサは夢鏡を残留思念で発動するよう切り替えてから上空から姿を消した。


 使い魔を貸し出すなんて私もアマイわね。

 未練を残すような事は一切しないつもりでいたのに・・・


 メリーサが残した夢鏡の中で、ヨムルはそう呟く。


 月の光に照らされた岩の上では、ラヴェイドによる勝敗の結末を告げる略式の儀式と、敗者に対しての条件を提示し、それを承諾させる調印式のようなものが執り行われようとしていた。





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