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招かれし者【5】孫悟空という名の魔王

挿絵(By みてみん)

イラスト:猿王・孫悟空登場!(2018年8月作製)

********************************************




「おう、ご盛況だな」


 岩のような体躯に、胴着に帯を絞めただけの粗末な格好。顔には額から頬まで走る大きな傷痕があり、片目は白く濁り機能していない様子だった。孫悟空という名の猿の姿をした魔王は、その凶悪な人相にそぐわぬ人懐こい笑みを浮かべながら俺の前に立っていた。


「こいつに用があんだ。悪いが借りていくぞ」


 言うなり俺の腕を掴むと、ポーンと空中に放り投げた。同時に自身も飛び上がり、壁を蹴って方向を変えると空中で俺をキャッチしてから、両陣営からかなり離れた床の上に音もなく降り立つ。まさに(マシラ)のごとき素早さだ。会場内に彼の動きを正確に追えた者が何人いたか?


 たぶん一人も居なかったと思う。

メリーサやヨムルでさえ俺を探す仕草を見せた。魔王のレベルに達していない者には全くと言っていいほど見えていなかったに違いない。


「このまま連れていく」


 俺を立たせてから、会場内に響く声で言った。俺の目を覗き込み、いいか?と聞くので頷くと、猿王さま、どこへ!?と叫ぶヨムルとメリーサ陣営を後に二人の姿は消えていた。それに遅れて再び声が響きわたる。


「史上最強の男はオラが預かった。心配はいらねぇ。朝までには返す」


 主役を奪われた会場が一時騒然とした事は言うまでもないが、それでも祝宴は夜を撤して行われ、一部の集団を除いて盛況なまま幕を閉じた。一部の集団とは言うまでもなく蛇王と夢魔王の一族だ。後でミーチャから聞いた話だと、こんな感じだったらしい。


「表に出ろや蛇女!痛い目に会わせてやる!」と、若い夢魔の戦士が声を張り上げた。それに対し口元を緩めて不敵に笑う蛇王陣営の女官は「やってみなさいな」と、からかうように若者に向かって言った。


 勝敗は呆気ないほど簡単に決した。

ヨムルの一族は個体数が非常に少ない。一生に一度しか子孫が残せない上に、全て女性体として産まれる。しかし、性別と数の不利を補って余りある程に彼女らは強く、同数で挑むなど無謀と言う他なかった。祝宴の席という事で手を抜かなければ、人数分の死体が出来上がっていた事は間違いないだろう。


「覚えておれよ蛇ども!我が娘の愛子らが必ずや貴様達を足下にひれ伏せさせるであろうよ!」


 父メザリックの捨て台詞を残して夢魔の集団が去ると、メリーサは座して涙に暮れたまま、次第に姿を薄すれさせて行った。


「ダーリンのバカ・・・どうしてアタシじゃなくヨムルなの?アタシじゃ役に立たない?アタシ、ダーリンのためなら何だってするよ・・・本当に何だって・・・」


 夢魔の王は精神界(アストラル)に存在を移し、やがてその姿を完全に消してしまった。彼女が流した涙の粒だけが空間に漂っていたが、それも後を追うように消えると会場に静寂が訪れた。


「メリーサ・・・あなたまさか?」


 ヨムルはライバルが座っていた椅子を見つめた。今朝のはしゃぎ様や、時おり見せるボーと遠くを眺める熱く潤んだ眼差し。フライングまでして婚儀を交わし、『交魂のしるし』を見せつけて幸せそうに振る舞うのも自分への当てつけだと思っていたが、今の様子を見る限りそればかりでは無いのかもしれないと思いはじめた。


 速水卓也がいくら最強の存在だとしても、20年という限られた間しかこの世に居られない異世界人には変わりない。本気になれば辛くなるだけだ。子種の提供者でしかない人間に本気になってどうするのか?


「まさか、はじめて?という事はないわよね?

男の精気を餌にするサキュバスが処女とか、笑えない話だわ。でも、交魂の儀がはじめてなのは見たところ間違いなさそうだけど・・・」


 考え込むように独り呟くヨムルを、不思議そうに見つめていた女官のひとりが声を掛けた。


「ヨムルさま、何か心配事でも?猿王はああ見えて紳士な方です。約束通り朝までには婿様はお戻りになると思いますよ」


「その事は心配していないわ。何か理由があって連れ出したのでしょうし、それより知っているコモリナ?夢魔が本気で人間を愛したらどうなるかを」


「そうですね。古い文献によれば、真実の愛を人に捧げた夢魔は力を無くして塵となって消えるのではなかったでしょか?他種族の伝承ですし、あまり自信がありませんが」


「やはり、そうよね・・・私もそう記憶している」


 先程のいざこざが嘘のように、ヨムルは本気で戦友の状態を案じていた。椅子に座ったまま消えて行ったメリーサの姿が最悪のビジョンと重なり、拭いきれない不安が脳裏をよぎる。


 直情的で素直すぎる性格のメリーサが、今回の事をどのように受け止めているのかヨムルには分からない。あまりにも性格が違い過ぎるし年齢も違う。同じ魔王という立場上、存在の危機に直面するような事はしまいと思っていたが、そうではなかったとしたらどうすべきか?


「コモリナ、メリーサに監視を付けてちょうだい。アダムと接触する様子なら報告して」


「承知いたしました」


 消えたメリーサの跡を追い掛けるように姿を消したコモリナを確認すると、ヨムルは、調べものがあるから先に帰ると告げて会場を後にした。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 気づくと、俺は知らない場所に立っていた。

雲の上に突き出た岩山の頂上付近に建てられた、山小屋程度の大きさしかない石造りの建物の前にいた。一瞬の間に俺を伴い移動したのだとすると、テレポートなどの超能力か無詠唱の移動魔法だろうか?


「どうやって移動したのか気になるか?魔法じゃあねぇぞ。天歩という体術だ」


「心が読めるのか?」


「いいや。勘だ」


 猿王孫悟空。ゆかりの協力者であり、親友だという魔王だ。警戒する必要はないと分かっているが、あまりにも迫力がありすぎて思わず身構えてしまいそうになる。


「姫城ゆかりの記憶はどれくらい受け継いでる?」


 その気持ちを知ってか知らずか、猿王は少し距離をおくようにして岩の上に立ち位置を変えた。


「どれくらいと言われても、全部でどれくらいの量があるか分からないから答えようがないな」


「なるほど、今のでだいたい分かった。おめえ途中でリンクを切ったな?」


 ギロリと恐い顔で一瞥されて、俺は驚いた。なぜたったこれだけの会話でそんな事が分かるんだろう?やはり心が読めるのではないだろうか?


「心が読める訳じゃあねぇってさっきも言ったろ?勘だよ勘」


 勘だよって、勘でそんなに分かったら超能力レベルだろ?と言いそうになって止めた。思考には注意しなきゃならんようだ。


「面とむかって話すのは初めてだからな。警戒するのも分かるが、嘘なんて付いてねぇ。勘ってのに誤解があるようだから教えてやるが、勘と山勘は別物だ。おめえは山勘も勘も同じようなモンだと思ってるみてぇだな?」


「勘も山勘も、言い方が違うだけだろう?」


「いや、全く違う。勘ってのは今まで経験したデータの中から現在の状況を脳が瞬時に何万通りもシュミレーションして、最も確率が高いものを導き出したものだ。その状況に近い経験をした数が多ければ多いほど正確に答えを導き出す。場合によっちゃ計算するより正確な事さえあるんだ。そういう話をおめえの世界でも聞いた事がねぇか?」


「ああ、確かにね。熟練工や腕のいい細工職人とかはいちいち計測しなくても正確に仕事をこなしたり、複雑な計算式でないと出せないような数量を見ただけでほとんど誤差なく言い当てたりする。あれを勘と言うなら、それは凄い技術と言えるだろう」


「おおかた欲しい答えに近いな。なら先程の事も理解できたか?」


「考えた事も長年の勘で分かるという事か?」


「その通りだ」


「ゆかりとのリンクを途中で切ったとなぜ分かった?しかもほとんどそれに関しての話はしてないのに」


「簡単な事だ。オラは姫城ゆかりがどんな人間かをおめえ以上に知っている。予定の情報量を渡していれば、おめえのオラに対する接し方も違っているはずだし、姫城ゆかりの経験値がおめえの行動を変えているはずだ。間違ってもあの場で『血の契約』という言葉は使わねぇ」


 痛いところを突かれ言葉に詰まったが、それすらも察して猿王は言葉を続けた。


「血の契約ってのは血液を渡す事じゃない。魂の一部をお互いに共有して、どちらかが死んだ場合は共有部分を含め、その大半を譲渡するという約束だ。夫婦、親友、主従の間柄でさえ血の契約まで交わすという事はあまりしない。究極の信愛の行為と言って差し支えない事なんだ」


「じゃあ、俺は?」


「そうだ。蛇王に魂の一部を握られ、場合によっては殺される可能性もあるという事だ。まあ相手にとっても同じ条件だから、あちらもおめえに殺される可能性があるんだがな」


 要するに裏切ったら殺すわよって事になるのか・・・なんだか、えらい事を約束してしまったと頭が痛くなって来た。この世界ではこの手の約束事が撤回できる事はまずない事はゆかりの記憶で知っている。俺のいた世界とこちらでは約束を反故にした時のリスクが全く違うのだ。


 一旦結んだ約束を撤回するには、内容に見合うだけの代償を必要とする。俺の場合お互いの命に関わる約束であるだけに、代償もたぶん命に匹敵する内容になるのはまず間違いないだろう。この世界での約束は、俺が想像する以上の制約力を持つらしい。


「ゆかりはアンタとどんな約束をしてたんだ?」


「なんだ、そんな事も知らねぇのか?おめえ何も知らねぇんだな。姫城ゆかりは何してる?リンクすりゃ会んだろう。もしかしてリンクも出来ねぇ状態なのか?」


「驚いた!アンタいったい何者なんだ?何でも知ってるんだな!」


「何でも知ってる訳ねぇよ。おめえが知らなすぎるだけだ。しかし早々にトラブルとは困ったもんだ・・・」


 しばらく考える様子を見せた後、猿王は懐から光る石のような物を取り出した。


「手ぇ出してみろ。」


 手を出すと、猿王はその光る石を俺の手のひらに乗せた。重さは無いに等しい。ほんのり赤く光っているソレは直径5㌢程の勾玉だった。


「これは、賢者の心臓のカケラか!?」


「ああ、肉眼で見るのは初めてか?これはおめえがこれから集める内のひとつだ」


「5つまでは見付けたらしいな?アンタが持っていたとは知らなかったが」


「勘違いするなよ?今ここでおめえにやる為に出したんじゃねぇ。ちょっと試したい事があって触らせただけだ」


 そう言うと猿王は俺に握らせたカケラをまた自分の懐に戻してしまった。


「コアが動いてねぇな。全く反応が無かった」


「コアが動いてたらどうなるんだ?」


「カケラがコアに吸収されて消えるハズだ」


「コアって召喚された時に渡たされたカケラの事か?あれはゆかりの記憶が入ってると言っていたが?」


「そうだ。コアとする事が出来るカケラには魂の情報が必要になる。魂には当然人格も付随してくる。姫城ゆかりは何年もかけて自分の魂の複製を造り、コアとして使用できる依代を造ったのさ」


「賢者の心臓って何なんだ?神秘的な力が宿る神級アイテムって事は分かるが、コアを造った時の事などゆかりの記憶にはなかったけど?」


「それは、姫城ゆかりが意識的に伝えなかったんだろう。おめえがショックを受けるのが心配だったんだ」


「どういう意味だ?」


「賢者の心臓ってのはな、文字通り心臓と魂を使って造り出す究極の能力増幅装置だ。おめえが召喚時に渡されたのは、姫城ゆかりの心臓で造ったコアだ」


「何だってぇ!?」


 俺はあまりの衝撃に足が震え、立っていられなくなって地面に膝を落としてしまった。


―――ゆかりの心臓を渡された?'

じゃあ、俺に心臓を渡したからゆかりは?


「おめえに心臓を渡したから姫城ゆかりが死んだんじゃねぇぞ?あれは、あいつの寿命だったんだ。むしろ消滅しちまう前に渡せて幸せだったと思うぞ?ただ、この事実を知ればおめえは今みてぇに自分のせいで彼女が死んだと思うだろう?本人がこの事を伝えた場合、おめえは自分のせいでないと信じれるか?」


 猿王は続けた。


「いいか、一度しか言わねぇからよく聞け。姫城ゆかりはおめえをこの呪われた世界で生かす為だけに『賢者の心臓』を復活させる事を決意した訳じゃねぇ。あいつにはあいつの夢があった。その為に死に物狂いで努力を重ねたんだ。

 あいつの努力が、ただ自己犠牲の自己満足ってんだったら、オラも協力しなかったろうさ。おめえの中には姫城ゆかりの心臓で造ったコアがある。コアの中にはあいつの魂の複製がある。分かるか?あいつの夢はまだ終わっちゃいないんだ」


「ゆかりの夢・・・?」


「そうだ!」


 武骨な猿王は、意外にも俺を気遣ってくれている。言葉は乱暴だが、彼の本質は見かけ通りではなく、繊細な神経の持ち主なのかも知れない。それに今の情報は俺の中に(くすぶ)っていたあの思い、ミーチャとの昨夜の会話の中でふと感じた漠然とした思いを確かな形へと導きつつあった。


「女が惚れた男の為に頑張る理由が自己犠牲だけである訳がねぇだろ?女ってなあ結構したたかで強い生き物だぞ?」


 ニヤリと笑う只ひとつ残された眼光は、確かに俺を励ましていた。


「見かけと随分違うんだな?アンタ俺を励ましてくれているのか?」


「ああ、励ましもするさ。オラはオラの目的の為にな」


「猿王の目的?」


「悟空でいいぞ、速水タクヤ。オラの目的は強くなったおめえとガチの勝負をする事だ。回り道は許さねぇ。一刻も早く強くなって貰わなきゃオラもいろいろ困るんだ」


「強くなるのと今の会話との関係が分からないんだが?」


「おめえには、強くなるための理由が見つからないみたいだったからな。姫城ゆかりに月を破壊してくれと言われてもイマイチ本気になれなかったろう?だが今はどうだ?」


「なるほど、そういう事か!」


 本当に凄い奴だ。

孫悟空・・・ゆかりが信頼を寄せるだけあるって訳だ。


「俺はどうすればいい?どれくらい強くなれば月が壊せる?」


「姫城ゆかりのギフトを全て受けとり、自分の力として使いこなせ。おめえは既に第一段階をクリアしている。再構成で何歳くらい若返った?」


「23か4だと思う」


「通常、召喚者は召喚された時から寿命まで肉体的成長はしない。そのまま歳をとらねぇんだ。それと同時に、肉体を鍛えてもほとんど強化されねぇのが普通だ。まあ、元々強い肉体に超再生能力、絶対的魔法耐性があるから肉体的成長は必要ないって事なんだろう。しかし、お前ぇは違う。鍛えれば強くなるし、元の年齢までは成長する。要するに召喚者の限界スペックを大きく超える事が可能な訳だ」


「ゆかりは肉体的成長もなく、どうやって強くなったんだ?」


「技術的な部分だ。魔術や幻術、妖術などだな?

もっとも、妖気を持たない召喚者に使える妖術などしれたものだが、魔術は凄いレベルだったぞ?全属性をマスターし、融合魔法も、反属性の融合まで可能にしていた。ただ、肉体的スペックの限界を超える負荷がある超極大魔法は全力では使用できなかったようだがな」


「ところで、今の俺はどれくらい強いんだ?第一段階はクリアしてるって事は相当なもんなのか?」


「いや、強いか弱いかなら最弱だろう」


「最弱!?」


「ああ、召喚者としては史上最弱だ」


 俺は耳を疑った。史上最強って話はどこへ行ったんだ?その為に完全召喚パーフェクトリングとやらをしたのではなかったのか?


「どういう事なんだ?おかしいじゃないか!」


「おかしくはないさ。オラは今、賢者の心臓のカケラをひとつ持っている。懐にしまっただけに見えたかも知れねぇが、体内に隠している状態だ。こいつを体内に入れてるのは相当に体力を使う。オラでさえ、こいつのおかげで2割近く弱くなっちまってる。おめえはコアを含めて2つのカケラを持ってるだろ?だから史上最強の召喚者も今のままなら史上最弱って訳だ」


「もしかして、カケラを集める度に俺はどんどん弱くなるって事か?」


「そうだ」


――――なんて事だ!これじゃとても目的なんて達成できそうにないぞ?どうすりゃいいんだ!?


 俺はあまりの情報に愕然となり、落ち込んだ。


「まあ、そんな暗い顔すんなって!その為にオラがついてるんだからよぉ。これから毎朝オラが直接稽古をつけてやる。肉体的な土台は出来てるんだ。後は努力さえすれば、おめえは必ず強くなる。驚くほどにな!」


 毎朝だって!?

朝は弱いんだよね・・・どちらかというと夜型なんだ。稽古は夕方にしてくれと言えるような雰囲気ではないし「良かったなあオイ!猿王直々なんて世の武道家なら泣いて喜ぶスゲえ事なんだぞ?」なんて言いながら、俺の肩をバシバシと叩きながら笑う彼には、これからも色々と頼るしかないのだ。


 まだ朝までには時間がある。赤い月の光で夜もそれほど暗くないから、さっそく稽古を付けてやると胴着を渡され、みっちり2時間しごかれた。


「これをやる」


 最後に竹で作った小さな笛のような物を渡された。


「なんだ?笛か?」


「ああ、それで早雲が呼べる。明日からはソレで来い」


「早雲?」


「論より証拠だ。吹いてみろ」


 俺は渡された竹笛を吹いてみた。

 音は出なかったが、程なく空から畳一枚分の大きさの雲が降りてきて俺の前に浮かんだまま静止した。なるほどコレね!孫悟空には必須アイテムのひとつだ。


「天歩が使えるようになるまではそいつを使え。天歩のが速いが、体力を使わねぇで済むから楽だぞ?」


「天歩って先程も言っていたが、何なんだ?」


「天歩は体術と妖術を組み合わせた移動術だ。魔法のように術式を組み上げる必要がないから、近接戦闘中にも使える便利な技だ」


「妖気がない召喚者には不向きなんじゃないか?それに簡単に身に付くものなのか?」


「普通の方法で修得するなら簡単じゃあねぇが、これはオラが生み出した技だ。オラにしか教えられねぇコツってのがあってな。それさえ分かれば比較的簡単に使えるようになる。妖気についても問題ねぇ。先程手合わせしてみて分かったんだが、おめえメリーサの奴からギフトを貰ってるな?夢魔は空間に干渉するのが得意な一族だ。天歩との相性はばっちりだぞ?」


―――ギフト?ああそうか!最初の晩、ギフトがなんだとか言っていた気がする。


「ついでに教えておいてやるが、おめえはメリーサと交魂の儀を交わしてる。頬に印も出ていたし、邪法ではなく正式なもんだ。アレが出てる内はあいつはお前ぇの妻だから、せいぜい大切にしてやれ」


 やっぱりか〜!?

嫌な予感はしていたが、そういう事になっていたのか!ゆかりは怒るだろうなぁ・・・。リンクが回復したらなんて言い訳したらいいんだ?


 俺は早くも、雲に乗ってどこか遠くへ飛んでいきたい気分になっていた。




 早雲に乗るって簡単に出来るのかな?


 雲の乗り方を教わる前に、俺は猿王に弟子入りを申し込んだ。猿王は「あいつの時と同じように友だちでいいじゃないか!オラは弟子はとらねぇ」と拒まれたが、これから毎朝稽古をつけて貰う訳だし、立場をはっきりさせた方が行動しやすいと思った俺は「そこをなんとか!」と食い下がった。


 ゆかりとは友達のように接してくれていたようだが、俺とゆかりとでは実力が違いすぎる。例えば世界チャンピオンにボクシングを教えてもらう事になった素人が、チャンピオンと友だちみたいに接する事が出来るかといえば、それはちょっと無理があるだろう。それと同じだ。猿王はよくても俺の方が恐縮してしまう。上下関係のはっきりした会社で生活して来た中年サラリーマンとしては、うやむやでナーナーなのはどうも苦手なのだ。


 まあ、半分はノリで申し込んだのだが、嫌がられると逆になんとかしてみたくなるのも営業職が長かったせいかも知れない。


「しつこいな。オラは弟子は取らねぇって言ってるだろ!」と、なかなか首を縦に振らない猿王に「ガチの真剣勝負をするなら師弟対決っていうシチュエーションの方が断然燃えるじゃないか!お互い手の内を知り尽くした者同士が闘うなら、やはりコレだよ!世界最強を決める世紀の師弟対決!想像するだけでワクワクしないか?俺はワクワクして来たぞぉ!」このセリフがことの他ツボにハマったらしい。


「よし、ならオラの全てを叩き込んでやる!オラを超えて見せろ!」ってな感じでもう途中からはノリノリだった。


 乗り気になってくれたのは有難いが、明日からの修行が厳しさを増しそうで少し心配だ。営業トークで乗せ過ぎたのを少し後悔したのだった。


 ゆかりから貰った『賢者の心臓』は、七つ手にいれて完成させるまでは存在の力を大量に消費して足枷となる厄介な代物だった。猿王に鍛えて貰って鍛練しなければ、正真正銘『史上最弱の召喚者』な訳だ。多少の不安要素は残るが、猿王が弟子にしてくれたからにはひとまず安心だろう。面倒見は良さそうだしゆかりとの約束を破る感じには見えない。


 それと、どうやら俺には妻が出来たらしい。

一方的に結ばれた交魂の儀ではあったが、既に魔王の間では知れ渡った事らしく、メリーサに印がある以上は撤回も出来ない。おまけに、帰ったらヨムルと血の契約も交わさなければならないときている。ゆかりとのリンクが切れている僅かな間にこれだけ事が起こると、回復後は一悶着起きるのは必至だろう。


 早くゆかりとのリンクを回復させないといけないが、回復した後の事を考えると気分は日本海溝よりも深く沈み、浮上する目処も立たなかった。


「師匠、ゆかりとのリンクはいつ頃回復するんだろか?」


 さっそく師匠と呼んで、反応を見てみた。


「そうだな。おめえは記憶と経験値を定着させるプロセスを踏まずにリンクを切った。それをせずとも時間が過ぎれば記憶と経験値は定着するだろう。おめえが次のステップを踏める段階まで自力で成長すれば自然に回復するはずだ。それがいつかはオラにも分からねぇがな?」


「師匠にも分からない事があるんですか?」


「当たり前ぇだ!オラは今の体で二万年は生きちゃいるが、姫城ゆかりのようなヤツに会ったのは初めてなんだ。あいつのやる事全てが理解できる程とんでもなくぶっ飛んじゃいねぇよ」


――――に、二万年!?それは充分とんでもないと思うぞ!


「師匠は不死なんですか?」


「いや、不死じゃあねぇ。老いもするし、死にもする。ただ代謝をコントロールして仮死状態で長期間眠ったり、それでも肉体的に限界が来たら卵に戻ってやり直すんだ。生まれ直すとまた最初から体を鍛えねぇとならないから本当はやりたくねぇんだが、老いには勝てねぇからな。仕方ない事だと割り切ってる」


――――ふぇぇ、なんだか凄い話だな。その師匠にとんでもない呼ばわりされるゆかりってどんだけ?俺の知ってるゆかりとはかけ離れすぎて想像も付かない。


「そろそろ夜が明ける。朝までには返すと約束しちまってるから今日のところは帰れ。道は早雲が知っている」


 そして俺はおっかなびっくりで雲に乗り、風圧で飛ばされそうになりながら必死にしがみついて、ようやく離宮へとたどり着いた。行きはヨイヨイ帰りは怖いとは正にこの事だ。


 自分にあてがわれた部屋のテラスに降り立つと、早雲を空に帰して部屋に入った。そこには既に朝食が用意されており、俺の鼻孔を擽る。考えてみれば宴の席でもまともに食べていなかった。見た目がグロテスクなこの世界の料理に食欲が湧かなかった事もあるが、最大の理由はヨムルとメリーサの強力な魔素に当てられてそれどころではなかったからだ。


 料理が置かれたテーブルに近くと、それを察してミーチャが隣の部屋から顔を出す。


「お帰りなさいませ。昨夜はたいへんでしたね」


「ただいま。それから、おはようミーチャ」


 ミーチャを前にすると、何故だか俺は凄く安らいだ気分になる。ゆかりの心臓を持っているせいもあるだろうが、彼女にはそういった緊張を解すような不思議な雰囲気があるのだ。


「美味しそうだね。この料理はミーチャが?」


「はい。姫さまの時と同じメニューと味付けですが、お口に合いますでしょうか?少し心配です」


 ミーチャが用意してくれた朝食は、ご飯に味噌汁、小魚の焼いたものと玉子焼き、それにサラダが少々と野菜の煮付けだった。匂いも見た目も日本食そのものだ。知らず知らずのうちに口内に唾が溜まり、お腹がぐうぐうと音を立てた。


 音を聞いたミーチャはくりくりした可愛い目に笑みを浮かべ、首を横にくいっと曲げてクスクス笑いをした。


「すぐにも召し上がって頂きたいところですが、かなり汗をかかれておいでですから、シャワーを浴びてスッキリなされてからの方が良いでしょう。着替えもご用意いたしておりますので」


「なんだか致せり尽くせりって感じだね。じゃあ、そうさせて貰うよ」


 勧められるままにシャワーを浴び、部屋着に着替えるとミーチャの作った料理に舌鼓を打った。


「旨い!凄く旨いよ!これは完璧な味付けだ。味噌なんて調味料はこちらには無いでしょう?ご飯ももちっとして、ひとつぶひとつぶがしっかりして最高の炊き具合だ。米はこちらにもあるの?」


「いえ。近しい穀物はありましたが、これは姫さまが品種改良を重ね作り上げた新種でございます。お口に合ってなりよりです。味の好みもご兄妹だけに同じなのですね?」


 ミーチャは俺とゆかりが本当の兄妹だと思っているようだったが、別に差し支えないのであえて訂正はしなかった。それよりも食べるのに忙しく、俺が何度もおかわりをするものだから、炊いた米が足らなくなりそうでミーチャをかなり慌てさせた。


 最後に紅茶を入れて貰い一息落ち着くと、昨夜から一睡もしていなかったこともあってか、強烈な眠気に襲われてソファーに座ったままいつの間にか寝入ってしまった。






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