招かれし者【4】誤算
俺の気分は重かった。
「あの赤い星をチョイと破壊して来て欲しいの。
大丈夫!お兄ちゃんなら楽勝だよ!」
なんて笑顔全開でサラリと言う可愛い従妹の少女に、「出来るわけねェだろ!」と悪態をついて泣かせたあげく、逃げるようにゆかりシステムとのリンクを切った自分の大人げない態度に嫌気がさし、気分は最悪だったのだ。
すぐにキーワードを詠唱してみたが、なぜか個有空間に入る事もカケラの情報にアクセスする事も出来なかった。
使い方をしっかりレクチャーして貰わず、強制終了したのがまずかったのかも知れない。あれが相当にデリケートなシステムなら、手順を踏まなかった為に壊れてしまったか、作動不良を起こしてしまった可能性もある。
魔法などド素人の俺が今の段階で出来る事は何もなく、ただ心の中でゆかりに呼び掛けるのであったが、何度トライしても全く反応はなかった。
「ねえ、ねえ、ダーリン、難しい顔してどうしたの?」
召喚成功を祝す長ったらしい式典が終わると、二時間ほどおいて祝宴会がはじまった。その頃には、空を占領した赤い月が怪しげな光を放つ夜がやって来た。
式典は俺が召喚された事を国の内外に示し、士気を上げる役割を果たすとともに、人類側の諸国に対しての牽制と、ともすれば宣戦布告に等しい意味あいを持っている。魔王領に属する国々からの使者がひきりなしに訪れ、それぞれに祝いの品を手に祝辞を述べた。驚いた事に、そこには魔族だけでなく人間の国からの使者もいた。
魔王領の近隣の国々は中立国として争いなど一切関与せずの立場を宣言し、物資の提供の見返りに安全を確保していたり、完全に属国として扱われ、それでも滅ぼされるよりはマシとして服従している国もあるとの事。政治の事は分からないが、それぞれに生き残る事に必死なのだろう。
人類の使者達が俺を前にしたとき、揃って同じ反応をする。事前に情報を手にしていたに違いない者は尚更に驚き、俺の容姿を受け入れ難い恐ろしい者を見る目で見た。肉体が再構成するとは聞いていたが、見た目が若返ったのはヨシとしてもこの変化は予想外だった。
所々メッシュが入ったように金髪が混じった黒髪は腰まで伸び、目は黒と翠色とのオッドアイになっている。ゆかりとは従妹同士という事もあり元々雰囲気的に似てはいたが、双子と言われても誰も疑問に思わない程に似てしまって、中性的な印象さえ受ける。
肉体年齢は17歳くらいに見える。
細身で筋肉質なのは変わっていないが、肌の表面に生えたうぶ毛が金髪のせいで白い肌が一層目立つ。召喚の贄として居なくなった筈のゆかりと瓜二つの双子の兄と言った風貌は、彼女の影響を強く残すこの世界の人々にかなりの衝撃を与えたようだ。
「ねえ、ねえ、ダーリンったら~、素っ気ない態度されるとメリーサ悲しいよん!」
会場が宴の席に移ってからというもの、スタイル抜群、容姿端麗、羊の角を生やした超絶美少女が俺の左側にべったりと張り付いて離れない。ぐいぐいとその豊満な胸を俺の腕に押し当てて、潤んだ瞳と濡れた唇でフェロモン全開のお色気攻撃を仕掛けてくる。
「タクヤは疲れているのよ!少し離れなさい!」
対して右側を占領し、羊娘を叱咤するのは、一流企業の社長秘書も真っ青という知的美人でいて妖艷さをあわせ持つ、チート的極上美女の蛇王ヨムルだ。
ふたりの魔王は人目も憚らず、あからさまに俺の隣のポジションを争い他を寄せ付けない。ちなみにこの場合の隣のポジションとは位置的な意味ではなくパートナー的な意味である。
「皆の者、後は存分に楽しむが良い」と言葉を残し、大魔王ゾーダが宴の席を退席すると、俺のところには各国の有力貴族のご令嬢や容姿に自信のある魔族のご婦人、魔人、精霊族、獣人達がお近づきになろうとひっきりなしに挨拶に来た。
辺境領の天狗族の長などは挨拶のあと娘5人を俺に紹介し、全員に子種をくれとしつこく食い下がり、ヨムルに顔半分を吹き飛ばされて退席する始末。あれで死なないばかりか「相変わらずだのう」などと笑っていたのには感心したが、魔族ってのは子孫を残す行為に対して動物的というか、当たり前のように恥ずかしげもなく公衆の面前で交配を求めるのには正直面食らった。
ヨムルとメリーサが隣に居て露払いしてくれなかったら、次から次へと押し寄せる魔族の女達に俺はどう対応すれば良いのか勝手が分からず、右往左往していたに違いない。
「ゆかりの時もこんなだったのか?」
俺は正面を向いたまま独り言のように呟いた。
なぜ正面を向いたままなのかというと、それには理由がある。
どちらかに質問するような形になると、両側の美女がたいへんな事になるのだ。マジで!
つい先ほども一騒動あったばかりで、その度に会場が半壊しては流石に俺も気を使う。先程まで主賓席があった辺りの飛び散らかった料理やテーブルの残骸を片付け、行ったり来たりして忙しく働くワンダ族のメイド達の姿が見てとれる。その中にはゆかり付きの侍女であったミーチャの姿もあった。
ミーチャとは既に言葉を交わしている。
肉体の再構成が終了し目覚めた時、彼女は俺の前にいた。その姿もゆかりの記憶が入り込んだ俺にとってはよく見知ったものであったが、実際に目の前で見るとやはり感じるものがあった。
彼女らワンダ族は見た目そのままに犬だ。
ただし、二足歩行し服も着ている。手も本当の犬よりは人間っぽく機能するが、肉球もあり爪が目立つ。それ以外は元の世界でよく知る犬そのもので、くりくりしたつぶらな瞳が可愛く、両の耳をくいくい動かす仕草がたまらなく愛敬がある。動物好きの俺には、ワンダ族が可愛いペットにしか見えない。
確か10歳の頃のゆかりは、姫城の家でスピッツを飼って可愛がっていたと記憶しているが、ミーチャはゆかりの愛犬にそっくりだった。
彼女は血肉で汚れた部屋から俺を連れ出し湯あみをさせると、新しい部屋に案内してくれた。薄い翠色を基調にした唐草模様の織物が壁に貼られ、白いレースのカーテンや白大理石のテーブル、見事な細工の椅子やソファーに書棚には重厚な書き机。寝室と客室が別にあり、衣装部屋やシャワールームまで完備されている。おおよそ必要と思われる全てが揃っており、まるで高級五つ星ホテルのデラックススイートの一室のように完璧な部屋だ。
元の部屋に家具類がひとつもなかったのは、再構成が起こるときに部屋を汚す事もあるので、慣習として魂の定着が終了するまでは仮の部屋を使うのだそうだ。
バスローブから部屋着に着替え、座り心地の良いソファーに腰掛けて、薫りの良い紅茶で一息つくとミーチャは俺の前で床にひれ伏し深々と頭を下げた。
「先程はたいへん失礼を致しまして申し訳ありません。このご無礼、いかほどにも罰をお与えくださいませ」
失礼とは、あの視線に込められた怒りの感情の事だろうと直ぐに分かった。メリーサが開け放ったまま出ていった扉の向こうで俺を見ていた不思議に懐かしく母を思い出させた視線の主は彼女だったのだ。
「なぜ、謝る必要があるんだい?」
「はい。姫様の大切なお方があのようにされておられたのを見て、自分が分からなくなる程に動揺し取り乱してしまいました。タクヤ様は意識がないご様子なのは分かっておりましたのに、どうして拒んで頂けなかったのか、などと思ってしまい、自分があのような者を近付けさせなければ良かったものを、怒りの矛先をタクヤ様に向けるなどとんでもない事でございます。私が死ぬ程度でこの罪が償えるとは思いませんが、死で償えるのでしたら今ここで罰をお与えくださいませ」
俺は飲みかけの紅茶をテーブルに降ろすと、どうしてもわき上がる友愛の感情を抑えてミーチャに向かった。
「ミーチャは相変わらず大袈裟だなぁ。早く立ちなよ。土下座なんかしちゃダメだって」
いきなりのフレンドリーな口調に驚いたミーチャは、顔をあげてキョトンとしていた。
「ゆかりがキミにたいへん世話になったみたいだね。ありがとう」
「ど、どうして?」
「ああ、名前の事?ミーチャの事はゆかりから聞いてるし、記憶を譲り受けてもいるから君の事はよく知ってるんだよ。なかなか喋ってくれないから、まだ怒ってるのかと思って心配しちゃった」
それにしてもミーチャの入れてくれる紅茶は本当に旨いなあ。記憶通りだよ。などと独り呟いている俺を見ていた彼女の肩が震えだし、床にポトリ、ポトリと雫を落とす。
「本当に・・・本当だったんですね?」
「・・・・・」
「姫さまはおっしゃいました。姿は消えてしまうけれど、必ずミーチャの元に帰ってくると・・・」
「そうだね・・・」
「私には意味が分からなかった・・・でも、こういう事だったんですね?」
「ああ、その通りだよミーチャ。ゆかりの姿は消えてしまったけど、記憶は俺の中で生きている。俺は記憶の世界でゆかりと話をしたし、姿を見る事も出来た。いずれ俺が覚醒したら、ミーチャとも話が出来るようになるかもしれない。ゆかりもそれを望んでいるし、早くそれが出来るようになるよう俺も頑張ってみるから、少し待っていて欲しい」
その言葉を聞いたミーチャはぶわっと涙を吹き出し、それこそわんわんと泣き出した。俺はゆかりがよくしていたようにミーチャを膝の上に抱き上げると、ふさふさの頭を優しく撫でた。姫さまに会いたい、姫さまに会いたいと子どものように泣きじゃくる小さきミーチャを愛でながら俺の目にもいつの間にか涙が浮かんでいた。
この心の底からわき上がる愛しき感情はゆかりのものなのか、俺が感じている事なのか分からない。俺はただ頑張るからを繰り返し、ミーチャの気持ちいい毛並みを優しく撫でた。
ゆかりは俺の中で生きている。
意識して出た言葉ではなかったが、この言葉が俺にひとつの決断をさせる事になる。その想いが形を為すまで、まだしばらく時間が必要であったが・・・
「ところでミーチャ、全身が見れる鏡ってあるかなぁ?なんか手足もそうなんだけど、全身が再構成前とかなり違うんだよね。どうなってるのか見たいんだ」
ようやく泣き止んだミーチャを膝の上から降ろし、俺はそのように訪ねてみた。
「それでしたら、衣装部屋に全身を映せる大鏡がございますよ。こちらでございます」
ミーチャに案内され衣装部屋に入ると、正面に鏡があって俺が映し出された。だが、あまりの変貌に「誰これ?」状態でしばらく固まってしまった。
「えーと、この鏡って普通の鏡だよね?」
「はい。高級品ではありますが普通の鏡です」
「と、いう事は映ってるのは俺?」
ミーチャに訪ねるというよりは、自分に確認をするように俺は言葉を絞り出した。
「はい。さすがご兄妹ですね。とても似ておられます。肌も真っ白でとても綺麗。翠色の瞳などはアルエルメスの泉の如く、黒き瞳はサエルワ石のように深く神秘的な輝きを放ち、その艷やかな髪の美しさはあらゆる女性より存亡の眼差しを受けること間違いなく・・・」
ミーチャは宝石を愛でるかのように目を煌めかせ、俺の容姿を誉め称え続けた。彼女が使う比喩の内容はよく分からなかったが、とにかくその陶酔した様子から、この容姿が魔族や他の種族から見ても共通に美しいものであるのは間違いない様子だった。
「参ったな、こりゃ・・・」
部屋着の胸元が大きく開いていなければ、性別を判断する事すら困難ではないだろうか?ゆかりが俺に与えた2つの『賢者の心臓』のカケラの影響力を強く受けている事は明白だった。もしかすると、カケラを集める度に肉体に変化があったりするのだろうか?
これ以上の変化は勘弁してくれよ・・・
俺は心の中で祈ってはみたが、なんとなくその祈りが聞き届けられる事はない気がしていた。
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「ねえ、ねえ、それはメリーサに質問したんだよね?」
「違うわ、タクヤは私に訪ねたのよ!ね?」
普段のヨムルならメリーサの挑発をもっと上手くかわすに違いないが、どうやら今日は勝手が違った。どうも二人の力関係というか、立場が微妙に違うのだ。
それはメリーサの頬のタトゥーに関係があるらしい。両頬に左右対称に引かれた一本の線で、ほんのりと光る桜色をしているのだが、時おりそれを見せつけるかのような仕草をし、その度にヨムルがただならぬ妖気と怒気を発するのである。
そのタトゥーに何の意味があるのか聞いてみるべきか迷うところであったが、なんとなくそうしなかった。
「いや、いや、今のは俺の独り言だよ。どちらに質問したとかじゃないから。ゆかりの時もこんなだったらタイヘンだったんだろうと思ってさ」
「それはなかったわ。式典も行っていないの」
「ああ~!ヨムルちゃんまた抜け駆けしようとする!」
「何言ってるの!抜け駆けしたのはあなたでしょう。契約を交わしたのは私が先なのに!」
ガタンと椅子をはね飛ばし立ち上がったヨムル。それを余裕の表情で受けとめるメリーサ。その雰囲気を察した周りの者達が、波が引くようにサササっと離れて行った。先ほどと同じパターンだ。
「きゃ!メリーサこわ~い。ダーリン助けてぇ」
俺に媚びるように抱きついた羊娘を射殺すかのような形相で睨み付けたヨムルの眼光が更に鋭さを増し、黒き蛇のような妖気が一気に膨れ上がり会場内を包み込む。この毒気に耐性の薄い者などは、失神しバタバタと倒れはじめた。
「ヨムル、ちょっと妖気を抑えてくれないか?皆が怯えている」
このまま放置すれば会場内で死者が出そうであったし、正直なところ俺も妖気に当てられ軽い目眩を感じはじめていた。昨夜肉体の再構成を終えたばかりで、能力の覚醒もしていない状態だ。召喚者が共通に持つという魔素に対する抵抗力があるからこそこの場に居られるが、魔王クラスの二人が目の前で闘気をぶつけ合っていては、全く影響なしという訳にはいかないらしい。
「でも、メリーサが・・・」
「ゆかりとの契約の件は聞いてるよ。ちゃんと約束は果たす。だから二人とも仲良くしてくれないか?」
ゆかりは俺が覚醒するまでの警護と命の保障の代償に、二人に俺の血液を渡す契約を交わしている。俺の血が強い子孫を残すのに必要なのだそうだ。
「ヨムル、血の契約はしてやるから、頼むからこれ以上騒ぎを起こさないでくれ」
「え!?」
俺の言葉に二人の驚きの声が上がる。ヨムルはおそるおそるといった感で俺に聞き直した。
「私と『血の契約』をしてくれるの?」
「え? ああ、そのつもりだけど?」
ヨムルはぶるぶるっと身震いした後、急に上機嫌になり、ホーホホホと高らかに笑いはじめた。
「聞いた?メリーサ!これで立場は逆転ね!」
逆転?なんのこっちゃ?
「ぐぬぬ、ヨムルちゃんズルい!」
何か言い方を間違えたか?確か血を渡す契約をしてたはずだが?メリーサはズルいズルいを連発した後、俺の腕を取ったままブンブンと揺すりだした。
「ダーリン、正妻はアタシだよ!それを差し置いてヨムルちゃんと『血の契約』をするだなんて酷すぎるよ!」
「は???」
「アタシ達がもう婚姻の儀を交わしてるのは皆に知れて渡ってるんだから、これじゃあアタシの立場がないよぉ~」
婚姻の儀を交わした?
いつの間にそんな事になってんだ?
だいたい血の契約って意味が、俺の意と違うのか?
うぇぇん、と泣き出したメリーサを勝ち誇った目で見下ろすヨムル。今までその二人を少し離れた位置から遠巻きに見ていたそれぞれが束ねる一族の出席者達がぞろぞろ集まって来て、俺の周りは瞬く間に人だかりが出来てしまった。
あまり気にしていなかったので気付かなかったが、二人はやはり魔王なのだ。当然側近の者が同席しており、ここに来るという事はそれぞれが一族を代表する実力者なのだろう。もの凄い圧力が2つの種族の間でバチバチと火花を散らし、この状態をおさめる術を知らぬ俺は、言葉を発する事も出来ずに天に助けを求めた。
あるいはここに大魔王ゾーダがいれば、直ぐにでも場をおさめたであろうが、彼は退席してしまっている。メリーサ陣営の若者などは親の敵を見るような目で俺を睨み付け、今にも飛び掛かって来そうな勢いだ。逸る若者を諌めて老骨ながら屈強な戦士そのものといった男が、ずいっと一歩進み出て俺の前に立った。
「婿殿におかれましてはご機嫌麗しく、この度のご生誕、心よりお喜び申し上げます。一族を代表し我が娘との婚姻を祝う由にて参上つかまつりましたが、先程の話が信実であれば、それは娘にとってあまりに酷い仕打ち。どうぞお考え直し下さいますようお願い申し上げます」
それだけ言うと、俺にひざまづき戦士の礼節を示した。
「それは貴方が進言出来るような事ではありませんよメザリック殿。闇のアダム様は今ここで我が姫と『血の契約』の約束をなされたのです。恥をかきたくなければ早々に下がられた方が賢明と思うが」
ヨムル陣営は女性ばかりで、皆がそれぞれに美しい容姿をしていた。その中でも飛び抜けて気品のある初老の婦人が老骨の戦士を嘲るような目で見ながら冷たくいい放つ。
この一幕を見ただけで2つの種族があまり友好的な関係にない事は明白で、それぞれ7人づつ計14名の魔族との間には殺気に似た妖気が渦巻き、それは徐々に増大しつつあった。
誰でもいい!誰かなんとかしてくれ~。
俺は争い事が苦手なんだって!
その切なる願いが届いたのか、普通では近付く事も憚られるこの状況の中を、立ち塞がる両陣営など眼中にないかのごとくずかずかと割って入って来た者がいた。
「おう、ご盛況だな?」
そこには岩のような体躯に粗末な胴着をはおり、帯を絞めただけの、おおよそこの祝宴の席には相応しくない格好をした岩猿が、その凶悪な人相にそぐわぬ笑みを浮かべて立っていた。
俺は彼の事を知っていた。
ゆかりの記憶の中でひときわ輝く友愛の主。
猿王を冠する魔王、『孫悟空』そのひとである。




