招かれし者【3】成すべき事を知る
「そっか~、お兄ちゃんもいろいろと苦労したんだね」
「ゆかり程じゃないけどな。まあ、それなりにね」
「おかあさん元気にしてるみたいで、とりあえず安心したよ。私がいなくなって気落ちして、病気にでもなってたらと心配してたんだ」
「失踪して三年くらいは大丈夫かなって思う程痩せてしまって、周りも心配したみたいだけどね。まさか再婚するとは思わなかった」
「おかあさん昔からモテたから。でも相手が吉川さんだとは意外だったなあ〜」
母親の様子が分かり安心したのか、ゆかりは目に涙をうっすらと浮かべながら優しく笑う。もう二度と会えない肉親への想いは自分にとっても良く分かる心情だ。
「そっかぁ、私に弟が出来てたんだね。ああ、会いたかったなあ」
「ヒロユキの記憶をイメージするから読み取ってみろよ。顔が見たいだろ?」
「うん。後でそうさせて貰うけど、今はやめておくよ。なんか泣いてしまいそうで・・・」
そのあとも、ゆかりからの質問に答えながら自分が知る限りの姫城の実家の事や、親戚の事を話して聞かせた。と言っても、姫城と速水の家は祖父が亡くなって以降もあまり接点がなかったので、話も尻窄み的になくなってしまったのだが・・・
他に聞きたい事あるか?と聞くと、しばしの沈黙のあと真剣な面持ちでゆかりは口を開いた。
「お兄ちゃん、大切な事を伝えないといけないんだ」
「なんだよ?あらたまって」
一瞬、次の発言をためらうような様子を見せたが、うん。と勢いをつけるようにこぶしを握る仕草をして、俺の目をじっと見て話を続けた。
「この国には大魔王とそれに従う12柱の魔王が存在するんだけど、その中でお兄ちゃんの味方になってくれる魔王が3人いるの。猿王の孫くんと蛇王ヨムル、それに夢魔王メリーサというんだけどね。その他に、その3人にも伝えてない協力者がもう一人」
「もう一人?」
「彼については今の段階ではまだ誰にも知られたくないの。お兄ちゃんにもね。彼の役目は特別だから、彼と接触するのももっとずっと後になるわ。それは時が来たら教えるけど、とりあえず協力者は12人の内4人。それ以外の8人は場合によっては敵になる可能性もあるという事を覚えておいて欲しいの」
「大魔王は?」
「彼は私の計画については完全に中立的立場を貫くと約束してくれた。但し、国家や軍の立場を危うくする可能性があればそれは阻止すると言っていたけど、当面は黙認してくれるはずよ」
「計画について全てを知る前に情報がシャットダウンしてしまったから細かい部分は解らないんだけど、でもかなり無理があると思うんだが?」
「無理?どうして?」
俺は計画の大前提として絶対に外せない事柄が、俺自身の能力覚醒にあるという部分が最大の問題点だと指摘した。そもそも何故、何を根拠にしているのか分からないが、俺がこの世界で最強であると誰も疑わず事を進めているらしいのだ。しかも、ゆかりは8年も前から準備に入っている。
「どうして無理だと?」
「ゆかりが10年前に見たビジョンを俺もお前の記憶から見たけれど、あれだけでは俺の能力が何かとか、どれ程の力があるとか全く分からなかったと思うんだ。確かに召喚された時に凄い能力を顕現できるだけの、ちょっと反則技ぽい事をいろいろとしてくれたみたいだけど」
「ちょっとじゃないよ!
もう滅茶苦茶ゆかり頑張ったんだから!」
「だよな?あれじゃあこの世界ではマジで最強に近いかもしれないよ。でも覚醒しての話だろ?覚醒しなかったらどうするんだ?」
「お兄ちゃんは必ず覚醒するよ!」
「根拠は?」
「ないけど、お兄ちゃんは必ず覚醒する!ゆかりはそう信じてるもん!!」
う、う、う、と涙目になりながら俺を睨むゆかり。
でもね、ゆかりさん。それって、うちの子は外の子とは違う凄い才能があるとか、やれば何でもできる子とかいう究極の身内ビイキに聞こえてならないのだけど!と言いたいのをグッと堪えた。
何故なら、それを言い出せば話が進まなくなるのは目に見えていたからだ。
ゆかりが俺の為にいろいろ苦労して、チート能力覚醒に尽力を尽くしてくれた事は間違いのない事だ。後は俺がなんとか頑張る他に今は何も出来ないのだから。
「俺の最強能力の事はとりあえず置いといて、俺に伝えなくてはならないってのは、味方4人以外は敵になる可能性の他にもあるんだろ?」
「う、うん」
ここに来てまたも躊躇うゆかりの様子に、俺はなんとなく予想がついた。
「先程言った味方のうちの二人は女性なのね・・・。ヨムルとメリーサなんだけどさぁ・・・」
ああ、やっぱり。
「野犬に襲われて昏睡状態になったお兄ちゃんを助ける為に時空間を移動したとき、帰れなくなってしまったのを二人に助けて貰ったの」
「うん」
「でね?その報酬にお兄ちゃんの血を提供する約束をしたの」
「血を?」
「二人は、一族繁栄の為に強力な力を持った人間の血液を欲していたの。強い子孫を残す為に」
「それは、つまり・・・」
「お兄ちゃんとの間に子どもをつくるって事になるけど、相手は魔族だし、結婚とかそういうのじゃなくて・・・ね?」
最後の方は蚊の泣くような小さな声になりながら、ゆかりは本当に申し訳なさそうに告げた。
「血液があれば子どもがつくれるらしいから、魔族とか気持ち悪いだろうけど協力してあげて欲しいんだ」
「血液があればいいのか?」
「うん。ヨムルがそう言ってたから」
ヨムルってあの秘書風の妖艷美女の方だよな?
血液を欲しがってたのか?
そんな感じじゃなかったが・・・
「でね、ヨムルとメリーサが、お兄ちゃんが覚醒するまでの間は補佐し、助けるって約束してくれたの。だから・・・」
「分かった。覚えておく」
俺の今までの経験上、ここはさらっと流したほうが得策だと感じて、他にもあるんだろう?と話を進めるよう促した。ゆかりが約束した内容と、魔王の美女ふたりの思惑が若干食い違っているような気もするが、昏睡状態の俺を助けるのに協力してもらってるなら、俺にとっても恩人って事になる。
不可能な事を要求されるならまだしも、子どもをつくるのに協力するならまだマシだと思えた。これからゆかりが俺に要求する願いに比べれば。
「私が用意したお兄ちゃんへのギフトは全部で5つ。内の2つは既に渡してあるわ」
「賢者の心臓の事だな?」
「そう。賢者の心臓はカケラ7つを合わせて本来の力を発揮すると云われているわ。必死に探してみたけど、残り2つの居所は解らずじまいで召喚の日が来てしまったの」
「7つ集めるとどうなるんだ?まさか、神の使いが現れて何でも願いを叶えてくれるとか?」
猿王の事も合わせると、いくら何でも設定パクり過ぎだろ?と、思ったが、ゆかりはサラリとそれに近い答を告げた。
「神になるのよ」
「えっ?」
「正確には神のシステムを行使するための能力を得るという事らしいの」
「神の?システム?」
「例えば、この世界で当たり前に行われている異世界召喚。それにあの赤い月。あの月を見てお兄ちゃんは何か感じなかった?」
確かに異常にでかい月だった。あれだけの大きさの天体が接近したら普通なら引力や気候にもっと顕著な影響があるはずだが、ゆかりの記憶と照らし合わせても突然現れて消えるまでの20日間に、思われる程の影響は出ていないようだった。それに、奇妙な音が聞こえてきた気がするが・・・
「月から機械的な音がしていた気がする」
「うん、正解。あれには機械的な動きがある。それにあの赤い月と呼ばれているのは月ではなく、こちらが衛星であちらが本星くらいに考えた方がいい。つまりこの世界の方が圧倒的に小さいって事なの」
「そうなのか?」
「驚かないのね?」
「俺はこちらに来たばかりだからな。ここの常識とかは分からないし、そうだと言われたらそうと受け入れるしかないだろう?」
それもそうだね。と言いながらゆかりは話を続けた。
彼女の話を簡単に要約すると、この世界は赤い月と呼ばれている星の衛星のひとつで、本星には神の使徒による高度文明があり、その流刑地又は実験場としてこの世界が存在していると考えられる。
この世界には様々な世界から集められた神又はドラゴンなど、さながら神話の世界そのものの存在が閉じ込められ混在している。それらを永遠に闘わせ、2つの勢力バランスを調整し維持させるのが異世界召喚と呼ばれている行為の本質だと言うのだ。
「で、本星のシステムにアクセスする鍵になるのが賢者の心臓と呼ばれているモノで、7つ集めると正常に機能すると言う訳か?」
「私の調べた情報に間違いがなければね」
表情を見れば、よほど自信があるのだろう。情報の出どころが気になるが、それは追々分かるはずだ。それよりも一番気になるのは、神のシステムやらを手に入れて何を俺にさせたいのかだ。
超高度文明であるにしても、何でも出来る訳ではあるまい。高度に発達した科学は魔法と区別がつかないと言うのを何かの本で読んだ事があるが、俺の持つ魔法のイメージと科学とはやはり結び付かない異質なモノだ。
「で、ゆかりは最終的に俺に何をさせたいんだ?」
「あの赤い月をチョイと破壊して来て欲しいの」
俺の可愛い従妹はとんでもない要求をサラリと口にして、なぜだか胸を張りドヤ顔をしていた。




