29.準備にドキドキする
借り者競争で午前の部が終わり、お昼休憩となった。
僕は教室で悠人と急いでご飯を食べる。
「あー、ダンス大丈夫かな……」
「もうどうにもならんだろ」
頭の中は午後一番初めにある応援合戦で頭がいっぱいだ。
作ってきたはずのカツサンドも手に持ったまま、僕はスマートフォンの動画に釘付けだ。
「直が食べないなら俺が食うからな」
そう言って、僕のカツサンドを隣で食べ始めた。
「んー、前より美味くなったな」
「もう長いことやってるからね」
「それもそうか!」
僕の父親が交通事故で亡くなってから料理を始めたから、毎日やっていれば自然と上手になる。
落ち込んでいた僕を変えたのも料理だし、悠人は勝手にお弁当の中身を突いて、味見をしていたからな。
「そういえば、直って王子先輩と仲が良いのか?」
「仲が良い……?」
僕は朝陽先輩のことを思い出す。
仲が良いのかはわからないけど、ここ最近は毎日会っているから、仲が良い方にはなるのだろうか。
「んー、毎日コロッケを食べに来るからかな?」
「そうなんだ」
「いつも我慢できずに僕の手から食べるからね」
「……それって本当に王子先輩なのか?」
僕は悠人の言葉に動画を止めて、視線を合わせる。
「……今、僕なんて言った?」
「直の手からコロッケ――」
僕はすぐに悠人の口を手で塞ぐ。
動画に集中して気づいていなかった。
バスケ部の後輩である悠人に、あまり見せない朝陽先輩の姿を話してしまった。
「今言ったことは聞かなかったことにしてね。朝陽先輩も人にはバレたくないだろうし」
「ふーん……」
悠人はそう言って、僕のカツサンドを食べていく。
「でも、直って鈍感だよな」
「何が?」
悠人は呆れたように笑う。
僕のどこが鈍感なんだろうか。
「そういうところだよ」
きっと僕が話してしまったことを言ってるのだろう。
勝手に人のことを話すなんて最低だからね。
「カツサンドが無くなってるの気づいてるか?」
「……なっ!?」
気づいたら僕のお弁当箱にはカツサンドがなくなっていた。
そういえば、目の前にいる親友もかなり大食いなのを忘れていた。
「今すぐ返せ!」
「吐き出そうか? ゲロゲローって」
「そんなのいらねーよ!」
僕が睨むと、悠人は笑っていた。
まあ、緊張しすぎて食べる余裕もないから別に問題はないけど。
「ほら、王子先輩が待ってるから着替えに行くぞ」
「ん? 朝陽先輩?」
「名前で呼んでるのか……」
悠人は僕の腕を掴むと、そのまま応援合戦の控え教室に向かった。
教室ではすでに同じチームの人たちが準備をしていた。
「ほら、お前たちもすぐに準備しろよー」
担任の先生に言われ、僕たちも学ランに着替えていく。
「直ちゃんは中学生のままでしゅかー」
僕の学ラン姿を見て、悠人はいじってくる。
中学生の時に着ていた制服をそのまま持ってきたけど、あの頃と何も変わってない。
「悠人だって大きさ変わらないじゃん!」
「くくく、よく見てみろ」
悠人の学ランを見ると、付いているボタンが違った。
「隣の高校から借りたの?」
「ああ、元バスケ部のやつから借りないと丈が足りないからな」
どうやら成長期は残酷なようだ。
あとは髪の毛をセットすれば準備は終わりだが、ここからが問題だ。
「あまり髪の毛を上げないから難しいね」
女子生徒はポニーテールに揃えて、男子生徒もオールバックのように髪を上げる予定になっている。
「こんなもんワックスで立ち上げてスプレーで固めたら……って笑うなよ!」
「くくく……だってなんか鶏みたいじゃん」
悠人は髪の毛を中央に集めて上げたためか、鶏のトサカみたいな髪型になっていた。
僕はさっきのお返しと言わんばかりに笑う。
さすがに鶏になるのは気が引けるからね。
「おっ、悠人……くくくお前なんだそれ!」
髪をセットしていると、バスケ部の先輩たちが朝陽先輩とともに教室に入ってきた。
「あんまりセットしたことないから笑わないでくださいよ!」
そんな先輩たちに悠人は怒るように叩いていた。
だけど、僕は隣にいる朝陽先輩に目がいっていた。
いや、きっと僕だけではないだろう。
普段は流している前髪を上げることで、いつもより男らしく見える。
バスケをしている時とも違って、どこか爽やかさを垂れ流しにしている。
「直はセットできる?」
「あっ……いや……」
普段とは違う姿にドキッとしてしまった。
それに学ランなのもあり、新鮮に感じる。
「やってあげるよ」
そう言って、朝陽先輩は手にワックスをつけて、僕の髪の毛をワシャワシャと触った。
「わっわっ!?」
僕よりも大きな手に髪の毛を触られて、気が抜けてそのままもたれてしまった。
「あっ……すみません」
慌てて離れようとするが、朝陽先輩が髪の毛を触っているから、あまり身動きが取れない。
「くくく、大丈夫だよ。そのままで」
普段は僕が朝陽先輩にご飯を食べさせているのに、僕が頼っているのが不思議だ。
「そういえば、ちゃんとご飯は食べた?」
「緊張して食べられなかったら、悠人に取られましたね」
僕の言葉に朝陽先輩の手が止まる。
なぜか悠人とバスケ部の先輩はビクッとしていた。
「朝陽先輩……?」
僕がチラッと顔を上げると、普段と変わらないにこやかな朝陽先輩がいた。
「おい、悠人。お前何したんだよ?」
「いや、俺何もしてないっすよ!」
隣で悠人と先輩がコソコソと話しているが、朝陽先輩は気にすることなく、僕の髪の毛を整える。
「よし、これでいいかな?」
朝陽先輩から離れて、僕はスマートフォンのカメラを使って髪型を確認する。
「さすが朝陽先輩ですね。似合ってなかったら……どうしたんですか?」
「いや、急に離れたからさ」
朝陽先輩は少し落ち込んだような顔をしていた。
そんなに僕の髪型を整えるのが楽しかったのかな。
「僕の髪の毛ならいつでも触ってもらって構いませんよ?」
「くくく、そうさせてもらうね」
少しだけ朝陽先輩の顔が明るくなったような気がした。
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