時を刻む音、光を磨く夢
坂東軍制についての評定が終わると、張り詰めていた空気はわずかに和らいだ。
氏治は机に肘をつき、何かを思い出したように陳猛哲へ視線を向ける。
「そういえば陳。」
「一年前に頼んでいたガラスや時計は、どうなった?」
治彦もその言葉に反応した。
「ああ、あの件ですか。」
陳は少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「時計職人は見つかりませんでした。」
「ガラス細工の名工も探しましたが、縁がありませんでした。」
氏治は少し残念そうに笑った。
「やはり難しいか。」
すると、それまで静かに話を聞いていたモンケが口を開いた。
「細工師はいません。」
「ですが、ガラスそのものなら作れます。」
広間が静まり返る。
真壁が思わず聞き返した。
「ガラスが作れるのか。」
モンケは落ち着いて頷く。
「砂、灰、そして良質な炉があれば、透明なガラスは作れます。」
「ただし、美しく削り、磨き上げる技術はありません。」
治彦が身を乗り出す。
「素材があるだけでも十分です。」
「加工技術は、これから育てればよい。」
氏治は嬉しそうに立ち上がった。
「では、陶工や細工師を集めよう。」
「焼き物の職人なら、窯の扱いにも慣れているはずだ。」
宍戸はすぐに筆を走らせる。
「土浦に工房を設け、育成を進める、と。」
鹿島政道も頷いた。
「新たな産業になるな。」
氏治は満足げに笑った。
「名前も決めてある。」
「坂東切子だ!」
真壁が苦笑する。
「まだ一つも切っておらぬのに、気が早い。」
広間に笑いが広がった。
陳はふと氏治へ尋ねる。
「ですが、氏治殿。」
「なぜそこまでガラスを欲されたのですか。」
氏治は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「最初は、坂東筒に付けられないかと思っていたんだ。」
「眼鏡のように覗いて、もっと遠くを狙えたら面白いだろう、と。」
治彦は苦笑した。
「発想としては間違っていません。」
「未来では、実際にそうしたものがあります。」
広間の全員が治彦を見る。
真壁が驚いた。
「本当にあるのか。」
治彦は頷く。
「あります。」
「しかし、今の技術では難しいでしょう。」
「ガラスの透明度も十分ではありませんし、衝撃にも耐えられません。」
モンケも同意した。
「今の坂東筒には適しません。」
「射程も短く、得られる利益より失うものの方が大きいでしょう。」
宍戸が整理する。
「つまり、軍備への利用は見送る。」
モンケは頷いた。
「時期尚早です。」
氏治もあっさりと笑う。
「では却下だ。」
「きれいな物を作って売ろう。」
「土浦の名物になれば、それで十分だ。」
鹿島政道も賛成した。
「武器だけが国を豊かにするわけではない。」
「産業もまた、国を支える。」
その話がまとまると、氏治はもう一つ思い出した。
「あ、時計は?」
陳はモンケを見る。
モンケは荷物から、丁寧に包まれた木箱を二つ取り出した。
蓋を開ける。
中には歯車が幾重にも組み合わされた、小さな機械式時計が収められていた。
広間は息を呑む。
治彦も思わず見入った。
「……機械式時計。」
未来では博物館でしか見られないような品が、今、自分の目の前にある。
モンケは二つとも氏治の前へ静かに置いた。
「私が持つ時計は、この二つだけです。」
「自由都市土浦への祝いとして献上いたします。」
氏治は目を丸くした。
「いいのか?」
「そんな大切な物だろう?」
モンケは穏やかに微笑む。
「ええ。」
「ですが、ここでは私より、あなた方が持つ方が価値があります。」
真壁が尋ねた。
「お前は困らないのか。」
モンケは肩をすくめ、珍しく冗談めかした口調で答えた。
「時計があると。」
「寝坊したときの言い訳ができませんから。」
一瞬の沈黙。
そして広間は大きな笑いに包まれた。
真壁が腹を抱えて笑い、鹿島政道まで口元を緩める。
治彦も思わず吹き出した。
「それは未来でも同じですよ。」
さらに笑いが大きくなる。
氏治は時計を大切そうに抱えながら言った。
「ありがとう。」
「これは土浦の宝にする。」
モンケは静かに頷いた。
「時計は、人を急がせるための道具ではありません。」
「皆が同じ時を知り、同じ時に動くための道具です。」
宍戸はその言葉を書き留める。
「武器は軍を変える。」
「時計は国を変える。」
治彦は規則正しく時を刻む音に耳を澄ませた。
ガラスは、やがて土浦の工芸となる。
時計は、土浦の未来を刻む。
武器を求めて始まった改革は、いつしか国そのものを変える改革へと姿を変え始めていた。




