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未整理史料

翌朝。


小田大学構内は、夏の日差しに包まれていた。


学生たちがミュージアムの前を行き交い、館内では開館準備が進んでいる。


だが、その喧騒は地下収蔵庫までは届かない。


治彦は、学芸員証で認証を済ませると、地下最奥の保管区画へ向かった。


氏治も静かに後ろを歩く。


「昨夜の続きをするのか。」


「ええ。」


治彦は頷く。


「データベースにあった『伊達家寄贈文書』が気になります。」


「これまで読んだ史料は、すべて整理・研究されたものでした。」


「でも、未整理史料は違います。」


氏治は興味深そうに聞き返す。


「どう違う。」


「研究者の解釈がまだ入っていません。」


「つまり、誰も気づいていない事実が眠っている可能性があります。」


収蔵棚の一角には、「未整理」と書かれた木箱が何段も積まれていた。


その中から治彦は、一二三番の箱を慎重に取り出す。


蓋には色あせた墨で、


『伊達家寄贈文書』


とだけ書かれている。


「寄贈されたのは、いつだ。」


氏治が尋ねる。


治彦は管理票を確認した。


「今から三十年前です。」


「伊達家旧蔵の文書が、一括して小田ミュージアムへ寄贈されたようですね。」


「三十年もそのままだったのか。」


「量が多すぎたんでしょう。」


「それに、優先順位の高い史料から研究されますから。」


治彦は木箱を開ける。


中には巻物や書状、覚書がぎっしりと詰められていた。


どれも保存状態は良い。


伊達家で大切に保管されていたことが分かる。


「これは……。」


一通の書状に、氏治の視線が止まる。


宛名には、はっきりとこう書かれていた。


『小田兵学館 御中』


「兵学館へ送られた書状か。」


「ええ。」


治彦は封を開き、丁寧に広げる。


筆跡は見慣れない。


しかし、文章は驚くほど率直だった。


『兵学館にて学びたる我らは、坂東を第二の故郷と思う。』


『願わくば、末永く友邦たらんことを。』


氏治は静かに目を閉じた。


「やはり最初は友だった。」


「はい。」


治彦も頷く。


「しかも、この頃には敵意どころか深い敬意があります。」


さらに数通を読む。


どれも内容は似ていた。


兵学館への感謝。


教師への礼。


坂東への憧れ。


戦乱の時代とは思えないほど、温かな言葉ばかりだった。


「ますます分からなくなりましたね。」


治彦は書状を閉じる。


「ここまで親密だった両国が、なぜ後に理念を競うようになったのか。」


その時だった。


箱の底から、小さな革表紙の手帳が現れた。


他の和綴じ文書とは明らかに異なる。


「日記……?」


治彦が表紙の埃を払う。


そこには簡潔に題名だけが刻まれていた。


『兵学館留学日録』


その下には、一人の名前。


『伊達政宗』


氏治は思わず立ち上がった。


「政宗本人の日記か。」


治彦も息をのむ。


「もし本物なら……。」


「これまで誰も読んでいない可能性があります。」


四百年の時を越え、伊達政宗自身が兵学館で何を学び、何を感じたのか。


その答えが、この一冊の中に眠っていた。

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