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兵学館極秘評定

封が解かれた瞬間、古い和紙の香りが静かに広がった。

治彦は慎重に最初の一枚を取り出す。

紙質も筆跡も、これまで読んできた公文書とは違う。

「直筆……。」

思わず呟く。

「複写ではありません。」

「評定の席で、その場で書き留められた記録です。」

氏治も身を乗り出した。

「誰が書いた。」

治彦は裏書きを確認する。

「兵学館書記官。」

「評定に同席した者だけが閲覧を許された記録ですね。」

氏治は小さく頷く。

「ならば飾りはない。」

「本音だけが残る。」

最初の頁には年月が記されていた。

『兵学館第五期卒業評定』

氏治は目を細める。

「私がまだ生きていた頃か。」

「ええ。」

治彦は読み進める。

そこには卒業生の成績ではなく、それぞれの進路について議論した記録が残されていた。

『奥州へ帰す者、今期は六名。』

『伊達家より再び留学生を望む書状あり。』

『拒まず。学ぶ意思ある者は国を問わず受け入れるべし。』

氏治は静かに笑う。

「私らしい。」

「学びたい者を断る理由はない。」

治彦も微笑んだ。

「ええ。」

「ですが、この先です。」

頁をめくる。

しばらくは同じような評定が続く。

農政。

築城。

医術。

語学。

留学生の受け入れ。

どれも兵学館らしい内容だった。

しかし、一枚だけ筆圧の強い記録が現れる。

部屋の空気が変わる。

治彦は無意識に息を止めた。

そこには一文だけ、大きく書かれていた。

『伊達は、学ぶだけでは終わらぬ。』

氏治の表情が変わる。

「これは……。」

治彦は続きを読む。

『彼らは教えを守るだけでなく、自ら改め、自ら新しきものを生む。』

『いずれ兵学館に並ぶ学府を築くであろう。』

『その時、坂東と奥州は、師弟ではなく並び立つ国となる。』

収蔵庫に沈黙が落ちた。

氏治は腕を組んだまま目を閉じる。

「喜ぶべきことではある。」

「教え子が師を超える。」

「本来、それは望むところだ。」

治彦も静かに頷く。

「ええ。」

「ですが、評定はその先も議論しています。」

さらに頁をめくる。

今度は複数人の意見が並んでいた。

『友であり続けるべし。』

『力が均衡すれば争いは避けられる。』

『否。二つの大国はいずれ理念を競う。』

『敵ではない。だが同じ道も歩まぬ。』

氏治はその最後の一文を何度も読み返した。

「理念を競う……。」

「戦ではなく、考え方の違いか。」

「そうだったんですね。」

治彦もようやく腑に落ちた表情を見せる。

「展示室で見た三勢力。」

「坂東。」

「西国。」

「奥州。」

「誰も悪ではありませんでした。」

「目指す国の形が違っただけなんです。」

氏治は静かに史料を閉じる。

「私は秩序を築こうとした。」

「西は天下を一つにまとめようとした。」

「伊達は……。」

治彦が言葉を継ぐ。

「理想を広げようとした。」

「だから三つの正義がぶつかった。」

その時、一枚の紙が史料の間から滑り落ちた。

封筒にも綴じられていない、小さな覚え書きである。

治彦は拾い上げる。

そこには短く、しかし力強い筆跡で記されていた。

『最も恐るべきは、兵ではない。思想である。』

署名はなかった。

だが氏治は、その文字を見た瞬間、静かに目を見開いた。

「……この字。」

「見覚えがあるのですか。」

氏治はゆっくりと頷いた。

「ああ。」

「これは、私自身の筆跡だ。」

治彦は驚いて氏治を見つめた。

四百年前の氏治が、自ら残した言葉。

その真意を知ることが、歪んだ歴史を解く次の鍵となろうとしていた。

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