「五カ年計画、最後の評定」
夏の終わり、小田城では五カ年計画最後の一年を迎える追加評定が開かれた。
城は築かれ、港は栄え、街道と水路は結ばれた。
兵学館は第一期生を送り出し、坂東はようやく自ら歩き始めていた。
氏治は静かに家臣たちを見渡す。
「新たなことを始めるのではない。」
「残る一年は、すべてを磨き上げる。」
その言葉を合図に評定が始まった。
最初に進み出たのは笠間幹永である。
「北浦よりご報告申し上げます。」
「かつて導入いたしました韓牛は、幾年もの選別と交配を経て、今では『坂東肉牛』としてこの地に根付きました。」
肉は風味豊かとなり、革は厚く丈夫となる。
軍の盾や鞍、履物の材料として欠かせぬものとなり、町でも評判の食肉となっていた。
しかし幹永は首を横に振る。
「乳につきましては、肉牛とは別に乳用として選別しておりますが、牛本来の力を棲み分けているに過ぎませぬ。乳量そのものを飛躍的に増やすことはできませんでした。」
そして少し遠くを見るように言った。
「西方の彼方には、さらに多くの乳を出す牛がおるとも聞きます。」
「されど、そのような家畜を世界の裏から連れ帰るのは、今の坂東では叶わぬ夢にございます。」
氏治は微笑んだ。
「ならば今ある牛を極めればよい。」
「坂東肉牛だけでも、十分に坂東の誇りとなろう。」
幹永は続けて水牛について報告した。
「温泉、防風林、移牧、水牛街道、飼料の改良。その積み重ねにより、水牛もまた北浦に根付きました。」
運び込まれたのは巨大な盾。
幾重にも重ねられた水牛革は黒く輝いていた。
「この革により、精鋭銃盾隊への配備を始めております。」
真壁幹久は盾を持ち上げ、小さく笑う。
「まるで城門だ。」
氏治も頷いた。
「武具とは鍛冶だけでは作れぬ。」
「牛を育てる者もまた、軍を支えている。」
続いて陳猛哲が試作のホイールロック短筒を差し出した。
火縄を使わずに放たれた銃声に、評定の間はどよめく。
陳は穏やかに言う。
「競技であれば十分に使用できます。」
「また、その美しさから贈答品としても申し分ございませぬ。」
しかし、その表情はすぐに引き締まった。
「ですが、これを戦場へ持たせるかと問われれば、私は『はい』とは申し上げられません。」
静まり返る評定。
「泥を浴び、雨に打たれ、馬上で揺られても確実に撃てるだけの耐久性が、まだございません。」
機関部を指しながら続ける。
「より強く、より小さく、それでいて折れぬばねが必要です。」
「あと十年。」
「世界中の鋼と鍛冶、時計職人の技を集めれば、実戦配備も夢ではございませぬ。」
氏治は静かに頷いた。
「それでよい。」
「人の命の重さを思えば、使えると言える日まで、使えると言ってはならぬ。」
陳は深く頭を下げた。
「その日まで、改良を続けます。」
報告が終わると、評定の間には静かな満足感が漂った。
五年前には夢物語だったものが、今では坂東の日常となっている。
その時、宇都宮尚綱が諸将を代表して立ち上がった。
「殿。」
「この数年、誰よりも働き続けられたのは殿にございます。」
真壁、宍戸、鹿島、水戸、結城、笠間らも静かに頷く。
「政は我らにお任せください。」
「どうか、しばしお休みくだされ。」
氏治は一人ひとりの顔を見渡した。
皆、自ら考え、自ら動く将へと成長している。
それこそ、自分が目指した坂東だった。
やがて氏治は穏やかに笑う。
「……そうだな。」
「皆がそう言うなら、しばし甘えるとしよう。」
「北浦へ赴く。」
そこには学長モンケが治める兵学館があり、白虎寮では治彦が若者たちへ歴史を教えている。
氏治は静かに席を立った。
夏の終わりの風が、小田城を吹き抜ける。
五カ年計画最後の一年は、一人の当主が束の間の休息を得ることから、静かに幕を開けた。




