巡を刻む日々
揺の形を見取り稽古した日からも、氏治の日々は変わらなかった。
朝、礼をし、木刀を握る。
上泉が静かに構える。
「巡。」
その一言だけで稽古は始まる。
上段。
下段。
左払い。
右払い。
氏治は教えられた通り、一つ一つ受け、さばき、打ち返す。
それを何十度、何百度と繰り返した。
翌日も。
その翌日も。
秋が深まり、朝霧が兵学館を包んでも、稽古はただ巡だけだった。
ある日、氏治は気付く。
上泉の太刀が、昨日よりわずかに速い。
一歩が深くなり、間合いが近い。
氏治は必死に追いつく。
汗が畳に落ちる。
「止めるな。」
ただその一言だけが飛ぶ。
さらに数日。
今度はもっと速くなる。
木刀が風を裂く音が耳元をかすめる。
氏治は受けるだけで精一杯だった。
やがて冬が近づくころ。
上泉は何も告げずに順番を崩した。
上段。
――と思った瞬間、刃は途中で止まり、右払いへと変わる。
氏治は反応が遅れ、肩を打たれる。
「もう一度。」
次は下段。
受けようとした瞬間、左払いへ変化する。
また一本。
さらに次は、
上段。
下段。
右払い。
上段。
左払い。
下段。
順番はまるで存在しない。
氏治は覚えた型を思い出そうとするほど、体が遅れる。
「違う。」
初めて上泉が口を開いた。
「覚えた順をなぞるな。」
木刀を下ろし、氏治の胸を軽く叩く。
「ここで考えるな。」
今度は額を指でつつく。
「ここでもない。」
最後に木刀の切っ先で氏治の腹を軽く示した。
「巡とは、順を覚えることではない。」
「相手を見て、体が先に巡ることだ。」
「敵は、お前の覚えた通りには斬ってはくれぬ。」
そう言うと、上泉は再び構えた。
「来い。」
その一言で、終わったはずの稽古がまた始まる。
氏治は深く息を吸い、構える。
もう順番を数えることはやめた。
目で見て。
肌で感じ。
足で運び。
腹で受ける。
木刀がぶつかる乾いた音だけが、冬の兵学館にいつまでも響き続けていた。
この後さらに進むと、上泉は意図的に「巡」では対処できない間合いや崩しを混ぜ始め、氏治が自ら「破」の必要性に気付く流れへとつながります。




