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人に不意打ち(1221)承久の乱

朝の光が砂を白く照らしている。潮の匂いが冷たく、波は低く寄せては返す。治彦は裸足で砂を踏み、胸の紙片をぎゅっと握っていた。紙片は冷たく、掌に刻まれた時間の重みを伝える。三日──氏治の声が胸の奥で繰り返す。


砂の上に黒い影が立っていた。人の形だが輪郭は暗く揺れ、空気が一瞬締まる。氏治の怨霊だ。声は胸の奥から響いた。

「聞け」

怨霊はゆっくり近づき、短く言葉を落とす。

「名は人の記憶に宿る。忘れられれば、すべては風に消える。だから我は――」


言葉はそこで裂けた。怨霊の輪郭が内側から崩れ、袖がほつれ、顔が波紋のように広がる。最後に一瞬、切実さと怒りが混じった瞳が治彦を捉え、光の粒となって弾けた。粒は潮のしぶきに混じり、風に散る。波の音だけが戻る。


掌の紙片が冷たく震える。氏治の囁きが続く。「三日だ」──期限の声に、同時に警告が重なる。当主の本当の願いを聞き入れれば、それが触媒となり恒久の願いとなる。歴史は血で書き換えられる。治彦はその意味を、まだ完全には飲み込めないまま立ち尽くした。


背後から馬の蹄が近づき、低い声が投げかけられた。振り向くと、八田知家が馬の手綱を引いて立っている。朝光に甲冑の縁が光り、顔は豪放だが目は真剣だ。知家はためらわず治彦の腕を掴む。

「お前、こんなところで何をしておる」

にやりと笑いながら続ける。

「久しぶりに鎌倉へ行く。昼から皆で集まるのじゃ。さあ、行くぞ」


抵抗する間もなく、治彦は半ば引きずられるようにして馬に促された。村人たちの視線が交差し、砂に残るしぶきの痕を指差す者もいる。治彦はもう一度、崩れかけた怨霊の残像を見返す。問いは胸に残ったままだ。


馬の背で揺れながら、治彦は知家の腕を見上げた。声が震える。

「なぜ、私のことを知っているんですか」


知家は豪快に笑い、馬の首を軽く叩いた。朝の光が跳ね返る。

「おかしなことを言うのう。八田家の六男坊であろうが、わしの子じゃ」


治彦はさらに問いを重ねた。

「今って何年ですか」


知家はまたも笑いながら言った。

「浜で頭でも打ったか。今は承久、承久二年じゃ」

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