12月、兵学館をあとに
十二月。
冬の冷たい風が霞ヶ浦を渡り、兵学館にも一年の締めくくりが訪れていた。
開校当初は右も左も分からなかった学生たちも、それぞれの寮で自分の居場所を見つけ始めている。
馬庭球の順位も、おおよそ固まりつつあった。
首位は白虎寮。
上泉伊勢守、塚原卜伝、疋田らの武道教育によって、学生一人ひとりの身体の使い方が大きく変わり、守備と攻撃は一体となった。武器への理解も深まり、四寮の中で最も完成度の高い戦いを見せていた。
そのすぐ後ろには玄武寮が続く。
勝敗だけを求めず、一年生や編入生へ積極的に実戦経験を積ませる姿勢は変わらない。
育成の日と決めた試合では、接戦になっても主力を投入せず、最後まで新人へ任せ切る。
「負けることを学ぶ。」
「接戦を学ぶ。」
朝基のその考えは、寮全体へ浸透し始めていた。
兵学館全体の学生数が増えたことで、推薦制の玄武寮にも志望者が増え、測量、天文学、考古学、野外資源管理学を志す学生が着実に集まり始める。
白虎と玄武は互いに競い合いながら、兵学館を代表する二つの強豪となっていた。
少し離れて朱雀寮と青龍寮が続く。
朱雀寮では朝綱が誰よりも試合へ出場し、自らの背中で後輩を導いていた。
古典、歴史学、教育学を学び、人を育てることを第一とする学風は、兵学館の土台として揺らぐことはない。
青龍寮は鹿島の移籍で馬庭球では苦戦したものの、休暇制度の充実によって自主航海が盛んになり、その人気はむしろ高まっていた。
鹿島衆の船へ乗り、港を巡り、商人や宣教師から世界を学ぶ。
「教室の外に世界がある。」
ホアンの言葉どおり、青龍寮には未知の世界へ憧れる若者たちが集まり始めていた。
二年生たちもまた、来春から始まる専門課程へ向けた準備を進めていた。
朱雀は奉行や教育。
青龍は航海と交易。
白虎は武芸と武具。
玄武は調査と研究。
それぞれが、自ら進む道を見据えて学び始めている。
兵学館は、もはや氏治が細かく指示を出さなくとも、自ら学び、自ら育つ学び舎となっていた。
治彦は引き続き兵学館へ常駐し、監督教官として学生たちを見守る。
各寮の教官と協力しながら授業を整え、歴史や教育学を教え、兵学館全体を支える役目を担うことになった。
ある日の夕暮れ。
氏治は兵学館の門の前で立ち止まり、校舎を振り返る。
遠くでは木剣を打ち合う音が響き、天文台には赤井が学生たちを集めて星を指さしている。
港へ向かう青龍の一団が手を振り、朱雀では朝綱が一年生へ声を掛け、玄武では朝基が調査記録を囲んで議論していた。
その傍らでは、治彦が教官たちと来年度の授業計画について話し合っている。
氏治は静かに笑った。
「兵学館は任せたぞ。」
治彦も力強く頷く。
「こちらは私が守ります。」
「殿は安心して小田へお戻りください。」
氏治は馬へまたがり、北を見据えた。
その先には小田城がある。
来年はいよいよ戦の年。
兵学館で育ち始めた若者たちの未来を守るため、自らは戦支度を整えなければならない。
「では行ってくる。」
「春には、また成長した兵学館を見に来よう。」
そう言い残すと、氏治は小田城への帰路についた。
学び舎を治彦へ託し、自らは坂東の未来を守るため、戦の準備へと歩みを進めるのであった。




