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午後の軍議・決裂の芝居

古河館の大広間は、昼の光が薄く差し込むだけで、どこか張り詰めた空気に満ちていた。上段中央に公方・足利成氏が座し、その左右に小田朝久と宇都宮が控える。下段には結城・小山・那須らが列し、甲冑の紐はきつく締め直されている。誰もが「これから何かが動く」とうすうす察していたが、ここで見せられるのはあえて作られた「割れ」の芝居にほかならなかった。


成氏はゆっくりと顔を上げ、広間を見渡した。声は穏やかだが、その一言が場の重心を変えるには十分だった。

「今朝に続き、あらためて諸勢に問う。敵の陣火はいよいよ増し、この古河の前はすでに一大戦場の様相を呈しておる。対陣を続けるか、いずれかで決しを求めるか。常陸の小田、意見を申せ。」


小田朝久は一歩前へ出る。朝よりもさらに明確な声で、利根へ討って出るべきだと告げる。敵の囲みはまだ本気ではない、越後や信濃の助勢は揃っていない、今なら短期で決せる――その言葉は広間にざわめきを起こした。彼の覚悟は明確で、夜襲の先頭を引き受けるとまで言い切る。声の端に、茶室で交わした本音の熱が残っている。


成氏は小田の言葉を受け、しばし黙考した。やがてゆっくりと頷き、言葉を継ぐ。

「よかろう。小田の意見に賛する。敵の囲みが完全になる前に、こちらから動くのも一手である。宇都宮、汝の所見を改めて聞こう。」


その一言に、場の空気が一段と張りつめた。公方の賛同は、ただの追認ではない。公的な重みを帯びた言葉が出たことで、朝久の主張は決断の針を確かに振らせたのだ。


宇都宮はゆっくりと立ち上がる。甲冑の金具がかすかに鳴り、彼の影が畳に長く伸びる。顔には怒りが滲んでいたが、その怒りは茶室で詰められた台本の一部であることを、茶室にいた者たちは知っている。だが広間の大勢は、その怒りを本物と受け取るだろう。


「公方様」と宇都宮は声を張った。声は低く、しかし確かに震えている。

「小田殿の勇は疑いませぬ。されど下野の田畑は、ここ数年の乱で疲弊し、民はもう限界に近い。国中の兵を利根まで引き出すなど、我が務めに背く所業にございます。掟を破り、無謀に兵を出すことは、藤原一門を滅ぼすことにもなりかねぬ。宇都宮は、これ以上の出兵には与せぬ。」


その言葉の一つ一つが、広間の空気を切り裂いた。囁きが走り、視線が交錯する。成氏の顔に一瞬、困惑の影が走ったが、すぐに表情を引き締めた。彼は公方としての体裁を保ちながらも、内心では朝久の言葉を受け入れている。だからこそ、次の言葉が出た。


「宇都宮、汝の忠誠は知っておる。だが今は、坂東全体のことを考えねばならぬ。小田の提案に協力する余地はないか。下野の守りを損なわぬ範囲で、何らかの手を貸せぬか。」


成氏の促しは穏やかだが確実に圧力を含んでいた。公方の期待が、宇都宮の肩に重くのしかかる。広間の誰もが、その瞬間を見逃さなかった。


宇都宮の顔がさらに硬くなる。怒りは増幅され、声は一層高く、演技の輪郭を濃くした。だがその目は、ふと那須と交わる。那須は立ち上がり、短く一礼してから、声を張る。


「公方様、宇都宮殿の言は尤もにございます。下野を空にしては、民がどうなるか。だが、我らはただ守るのみではない。守るために動くこともある。されど、無謀な出兵には与せぬ。ここで我らが去るのは、己が務めを果たすためである。」


那須の声には冷たさと鋭さが混じる。彼の所作は怒りを装いながらも、どこか計算された余裕を含んでいる。宇都宮と那須は互いに短く目を合わせた。その一瞥に、茶室で交わした約束が確かに宿っている。


結城が立ち上がる。彼の動きは静かだが、言葉は重い。

「公方様。今のやり取りを聞き、わが胸の内も決まりました。常陸と下野、これほどに言葉を違える座に、これ以上、結城が座り続けることはできませぬ。ここでいったん、古河を辞し、自領と家の者を守る道を別に求めたく存じます。」


小山、那須が続く。三家は揃って頭を下げ、背を向ける。外から見れば確かな離反の所作だ。成氏は短く息を吐き、言葉を絞り出すように言った。

「結城……小山……那須……。ここで、古河を去るというか。」


結城は静かに答えた。

「“去る”というより、それぞれの坂東をそれぞれに守るのみ。このことを裏切りと記すかどうかは、のちの世の筆にお任せいたします。」


三家はそのまま大広間を出て行った。廊下の足音が遠ざかるたびに、広間のざわめきは一層大きくなる。噂はすぐに古河の隅々へと流れ、裏切りの種は敵の耳へも届くだろう。観衆の目には、これが真の決裂に見えた。


だが舞台裏では、別の筋書きが静かに動いている。茶室で詰められた所作と台詞、盃の受け方、袖の動かし方――すべては敵を欺くための細工である。結城はわざと目立つ旗を掲げ、古河を去る姿を人々の目に焼きつける。小山はひっそりと北東へ消え、那須は山へ帰るように見せかけて別の道を取る。三者三様の出立が、やがて利根の向こうに控える上杉の陣へと近づいていく。


成氏は軍議を締める。

「よい。これ以上ここで言葉を重ねても、傷を広げるだけであろう。宇都宮は下野へ帰国し、自領を守る支度をせよ。小田は古河に留まり、城と渡し場の守りを固めよ。この軍議は、これまでとする。」


宇都宮は一礼して、怒りを露わにしたまま廊へ向かう。広間の者たちは「ついに見限った」と囁く。だが廊を出る直前、那須は小さく振り返り、宇都宮と目を合わせる。その目には、これから夜にかけて動くべき場所と時刻が、言葉なくして伝わっていた。


場面はふと、障子を閉め切った小さな茶室へと戻る。湯気と浅漬けの匂いが満ち、畳に並んだ小さな膳を前に、朝久、結城、小山、那須、宇都宮、記録者の小田治彦が肩の力を抜いて座っていた。ここで交わされた本音と所作の詰めが、今の芝居を支えている。


「表向きの主張は皆の本意だ」と結城が言った。だが彼らはその本心を抱えたまま、敵の調略を逆手に取ることを選んだ。寝返るふり、怒って帰国するふり、旗を高く掲げるふり――すべては夜の一斉の合図へとつながる歯車である。那須は宇都宮と組み、後方から敵の背後へ回り込む伏兵を敷く役を引き受けた。合図は狼煙一つ、太鼓三打、松明三本。伝令は二人一組で動く。細部はすでに詰められている。


膳が片付けられ、雨音が屋根を小さく叩き続ける。五人は短く盃を合わせ、互いに軽く肩を叩き合った。芝居は芝居だと朝久は言ったが、覚悟は本物だ。民を守るために互いの命を預ける覚悟が、彼らの間に確かにあった。


二日後、寅の刻。結城・小山・那須は上杉陣の先鋒として動き、宇都宮は下野から山影に伏兵を敷き、那須はその側面から奇襲をかける。小田は古河から利根東岸へ夜の軍を動かす。表向きの分裂が敵を油断させ、裏での連携が一気に決着をつける――古河の午後は、静かに、しかし確実に戦の序章へと進んでいった。


広間の梁に残る影は長く、雨の匂いが夜の到来を告げる。舞台はまだ終わらない。観客には見えぬところで、歯車は回り続けている。

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