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18.

まだバートラム家の夜会の最中です。


よろしくお願いいたします。


ダンスの時間が始まり、コンラッドとダイアナも踊りの輪の中へ入った。

夜会には滅多に姿を見せることがなく、しかもダンスを踊ることなどほぼないコンラッドが、艶やかな赤い髪の侯爵令嬢と踊っていることに周囲が騒めき始めた。

コンラッドが巧みにリードし、二人の息の合ったダンスに周囲からはほうっと溜息が漏れる。


「……見られていますわね」


令嬢方からの視線が突き刺さるのを感じていたダイアナは、コンラッドに笑顔を向けたまま口を開いた。


「美しい君を狙っている男達には良い牽制だ」

「わたくしは、令嬢方からの視線が痛いですわ」

「君以外は目に入らないから気にしなくていい。私だけを見て、集中して」


何事か言葉を交わしながら踊っているコンラッドとダイアナに、周りからも、踊っている人々からもちらちらと視線が飛ぶ。

途中で頬を染めたダイアナに、黄色い声をあげる者、溜息を吐く者、鋭い視線を飛ばす者と様々だ。

続けて二曲目も踊りだした二人に、周囲からは軽くどよめきが上がった。

二曲続けて同じ相手と踊るのは、結婚しているか婚約している者のみだからだった。


「それでは、婚約しているのか…」

「そんな…いつの間に…」

「嘘でしょう…信じられないわ…」


周囲の人々から漏れる囁きも、コンラッドは意に介さない。

コンラッドの腕の中で二曲目を踊る意味を、ダイアナもよく理解していた。

あの令嬢方の中には、キャンデール家の力や財力欲しくて、コンラッドの隣を勝ち取りたいと思う者も、また本当にコンラッドに思いを寄せている者もいたかもしれない。

けれどコンラッドが自分を選んでくれた以上、自分も彼の隣に立つに相応しい存在でありたいーーー

そういう思いが、ダイアナの背筋を伸ばしてくれる。

コンラッドを見上げて微笑んだダイアナに、彼は少し困ったように微笑み返す。


「同じ相手と三曲以上踊るのは無粋だと判っているが、このまま君と三曲、四曲と踊りたくなってしまうな」


頬を染めて目を逸らした婚約者に、コンラッドは顔を近づけた。


「ディナ」


ダイアナが目を上げると、すぐ近くにコンラッドの顔がある。

空色の瞳がダイアナの顔を覗き込んでいた。


「これから君と踊るのは、私か親族の男だけだ。」


そう囁かれ、一瞬目を見開いたダイアナは、動揺して珍しく足を縺れさせた。

が、コンラッドが危なげなくカバーして、二人は軽やかに踊っているように見える。

それとなく視線を逸らせている婚約者の赤く染まった頬に、コンラッドは蕩けるような笑顔を向けた。

周りからは黄色い声と溜息が漏れる……。


本来はパートナーと目を合わせながら踊るのがマナーだが、コンラッドの独占欲の塊のような言葉に、ダイアナは彼に視線を向けることができず、踊っている人々に曖昧に目を遣りながら踊っていた。

と…。

見知った姿を認め、「あら」と彼女は小さな声をあげた。

コンラッドが彼女の視線の先を追うと、若い男女が踊っている。

向こうもこちらに気づいて、視線を送ってきた。

コンラッドは見覚えのある令嬢から見当をつけ、ダイアナに視線を戻すと、自分を見上げる彼女に判ったよ、という風に微笑んだ。


二曲目が終わると、早速先ほどの男女がこちらへ近づいてくる。


「ウォレン様、セルマ様、ご機嫌よう」


二人を迎え入れる形でダイアナが声をかけると、二人それぞれが挨拶を返し、ダイアナの隣の人物に視線を移す。

コホン、と咳払いをしてダイアナは友人たちに口を開いた。

心持ち頬に赤みが残っていることに、彼らが気がついたかどうか……。


「紹介いたしますわ。わたくしの婚約者のコンラッド・キャンデール伯爵です。伯爵、わたくしの学園からの友人で、アリソン公爵子息のウォレン様と、メンデル伯爵家のセルマ様です」

「ダイアナの婚約者のコンラッド・キャンデールです。以降、お見知りおきを」


如才なくダイアナのあとに続けて、コンラッドが二人に目礼する。


「ウォレン・アリソンです、キャンデール伯爵。知り合いになれて光栄です」


家格は下でも、キャンデール家は王国内でも有名な力のある家だ。

しかも当主であるコンラッドは年齢も上で、落ち着いた大人の雰囲気を纏っている。

ウォレンが臆することなく挨拶を返すあたり、さすがは公爵家の子息といえる。

セルマは少しの間、呆けたようにコンラッドを見上げていたが、ウォレンが挨拶を返すのを聞いて我に返り、慌てて膝を折った。


「セルマ・メンデルと申します。元はドノヴァン子爵家の娘です。現在は、メンデル伯爵家の養女として色々と勉強させていただいております」

「ああ、なるほど」


公爵家子息のウォレンと子爵家令嬢のセルマでは、いくらウォレンが望み、当主の公爵も認めたこととはいえ、家格が釣り合わない。

そこでアリソン公爵家縁のメンデル伯爵家に養女として入り、花嫁修行をすることとなった、とダイアナはセルマからの手紙で知っていた。

しかもこの縁組は、ウォレン自らお膳立てしたという。


「メンデル伯爵の末のご子息は、私と学院で同学年でした。確か、現在は法務省で働いてたと思うが…」

「ええ、法務省の事務次官をなさっています」

「ほう、それは凄い」


コンラッドがセルマと会話している間に、ウォレンはそっとダイアナにだけ聞こえる音量で囁いた。


「君の想い人は()だったんだね」


ダイアナは目を瞠って、ウォレンを見上げた。

しかしウォレンが頷くのを見て、いつもの笑顔を貼り付ける。

これ以上の会話はなし、ということだ。

ダイアナにウォレンの目が誰を追っているか判ったように、ウォレンもダイアナが誰かに思いを寄せていることに気がついていたということなのだろう。


(お互いに、想い人と結ばれることになって良かったわ。)


ダイアナが改めて二人の友人に目を向けると、ふと会話が途切れて一瞬の間ができる。

彼女は「そうでしたわ」と呟き、目の前の友人たちを交互に見ながら口を開いた。


「お二人のご婚約後、お会いするのは初めてでしたわね。ウォレン様、セルマ様、ご婚約おめでとうございます」


セルマとは頻繁に手紙のやり取りをしているので、ウォレンと婚約したことやメンデル伯爵家に養女に入ることは知っていた。

自分も返事の手紙で、祝いの言葉を伝えてはいる。

しかしダイアナが彼らと会うのは久しぶりで、直接お祝いを伝えていなかったのだ。


「有難う。キャンデール伯爵、ダイアナ嬢、お二人も婚約おめでとうございます」

「本当に、お祝いがまだでしたわ。ご婚約おめでとうございます」


ウォレンとセルマも口々にお祝いを述べると、コンラッドが穏やかな笑みを浮かべて二人に返した。


「有難う。ダイアナの友人ですから、コンラッドとお呼びください、メンデル伯爵令嬢、アリソン公爵子息殿」

「それでは、わたくしのことは、セルマと」 

「私のことも、ウォレンとお呼びください」


コンラッドが自分の友人たちに友好的に接するのを嬉しげに見て、ダイアナはセルマと手を取り合って、ふふふっと笑い合った。


「この夜会へは、叔父さまが招待したのね?」

「はい。ダイアナ様もいらっしゃるだろうから、と。でもまさか、婚約者の方が、キャンデール家のコンラッド様だとは…」


まだ直接コンラッドと呼ぶのは気後れするらしく、セルマは遠慮がちにコンラッドの名前を口にする。

そんなセルマを微笑ましげに見下ろしていたウォレンが、思いついたように口を開いた。


「夜会といえば…来月、メンデル家で夜会が開かれるのですよ」

「あら、そうなの?」


反応したダイアナに、セルマがはにかんだ微笑みを浮かべた。


「メンデル家とごく親しい方たちをお呼びしての内輪の会ですの。メンデルの義母(はは)が、夜会には慣れた方がいいだろうと仰って、色々とお手伝いをさせていただいておりますわ」

「私ももちろん参加します。良かったら、ダイアナ様もいかがですか?」

「まあ、それはぜひ。でも、わたくしのような部外者が伺ってもよろしいのかしら」

「部外者だなんて…!ダイアナ様がいらしてくださったら、わたくしも心強いです。ぜひ、お越しください!」


婚約者同士の友人二人に誘われ、ダイアナは問いかけるようにコンラッドを見上げた。

さっき、コンラッドにはダンスの相手は、自分か親族の男性だけだと云われたばかりだ。

ダンスは踊らない、という選択肢もあるにはあるが、ダイアナは踊ることが好きだった。

コンラッド以外の男性にエスコートしてもらう気はないが、彼にその気がないなら、兄のレナードに聞いてみるしかない……。

上目遣いに見上げてくる婚約者に、コンラッドは愛しげに目元を緩める。


「招待状をいただいたら、日にちを調整しましょう」


パッと顔を輝かせたウォレンとセルマに、コンラッドは考えを巡らせた。

公爵家の令息が子爵家の令嬢と婚約を結んだという時点で、公爵家側が子爵家の令嬢を望んだことは容易に想像できる。

恐らく政略結婚ではなく、ウォレンがセルマを望んだのだろう。

だが、子爵令嬢が公爵夫人になるのは、並大抵のことではない。

ダイアナもそのことをよく理解していて、友人たちの力になれるのならば何でもしよう、と思っているに違いない。

ならば、自分はさらにその後ろから、そっと背中を押すくらいのことはしてもいいだろう。


「招待状は近々、必ずお送りします」と約束して、ウォレンとセルマが辞したあと、ダイアナはコンラッドを見上げて微笑んだ。


「一緒に行くことにしてくれて有難う」


二人だけで言葉を交わす時には、ダイアナもだいぶ砕けた云い方に慣れてきた。

うっすら上気した顔で微笑む婚約者に、コンラッドは彼女を抱きしめたい衝動を、腰に腕を回してやり過ごす。


「そう思うなら、礼が欲しいな、ディナ」

「お礼…?」


それには答えず、バートラム伯爵を探し出すとコンラッドは手短に暇乞いをし、キャンデール家の馬車にダイアナと乗り込んだ。

帰り道、馬車がローウェル侯爵家に到着するまで、コンラッドはダイアナを膝の上に抱えたまま、その甘い唇を存分に堪能したのだった。


お読みくださり、有難うございました。


あと二話ほどで本編は完結です。

近々に投稿する予定ですので、よろしくお願いいたします。^-^

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