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19.

よろしくお願いいたします。


ノックの音と断りの言葉と共に、侍女のマーシャが大きな箱を抱えてダイアナの部屋へ入ってきた。


「お嬢さま、キャンデール伯爵からお手紙とお届け物です」


マーシャと二人で箱を開けると、ダイアナの瞳と同じ美しいエメラルド色のドレスが現れた。

少し薄いエメラルド色の靴と、先日コンラッドから贈られ、バートラム家の夜会にも付けたイヤリングと同じ色合いの石が嵌められたネックレスが添えられている。


箱からドレスを出し、マーシャが広げて見せると、ダイアナの頬が赤く染まった。

ドレスの袖口には水色のレースがあしらわれ、裾にも濃い水色の薄いシフォン生地が幾重にも重なって、歩く度にエメラルド色のドレスから水色がのぞくようになっている。

また、ドレス全体には金糸で繊細な刺繍が施され、ドレスが動くのに従ってキラキラと輝きを放っていた。

ドレス自体はダイアナの瞳の色だとはいえ、飾りは全てコンラッドの色だ、彼の独占欲が窺い知れる。

そういえば、先日キャンデール家で行われたコンラッドの弟、ブルースの結婚披露の夜会では、ブルースの妻となったジリアンが全身ブルースの色に染められていた。

ブルースが独占欲丸出しの装いを妻に贈ったのは明白だったが、自分も同じ立場になろうとは。


絶句したままのダイアナに、マーシャが首を傾げて声をかける。


「どうしました…お嬢さま?」


それでも言葉を発しないダイアナに、マーシャが怪訝そうに言葉を繋げる。


「もしかして……お気に召しませんか?」


戸惑ったように云う侍女に、ダイアナは首を振った。


「そうじゃないわ。とっても素敵よ。ただ……とてもコンラッド様の色だなぁ、と思って……」

「愛されておいでなのですね!」


嬉しそうに云うマーシャの言葉に、ダイアナの頬がぶわりと赤らむ。

もちろん、マーシャだってそのことには気がついている。

でもいきなり、自分の色のドレスにしないあたり、マージャの中では今まで以上にキャンデール伯爵様の好感度が上がった。

あまりに伯爵様の色と判り易いものだと、お嬢さまはとても恥ずかしがるだろうから。


「お手紙はこちらです」


ドレスに気を取られて忘れられないように、マーシャは側に置いていた封筒をダイアナに手渡した。

ダイアナは急いで手紙を開封する。

いつものコンラッドの手紙らしく、時候の挨拶など抜きの、簡潔な内容のものだった。



愛するダイアナ


君の都合を聞かずにすまないが、三日後の午後の時間を空けてくれるだろうか。

ぜひ一緒に訪ねたい場所があるのだ。

制約のある場所なので、その時間を指定されている。

目的地は着くまでのお楽しみということで、私を信じて来てくれると嬉しい。


ドレスは、マダム・セリーナの店のものだ。

ローウェル家御用達の店だと知っていたので、君を驚かせたくて内密に注文していたものだ。

黙っていてすまない。

だが、ぜひ当日、このドレスを私のために着て来てもらえないだろうか。


永遠に愛している


コンラッド



内容は簡潔でも、コンラッドの手紙は書き出しと結び文がいつも甘い。

頬を染めながら手紙を胸に抱いたダイアナが、「お返事を書くわ。少し待ってもらえる?」とマーシャに告げると、彼女は「もちろんですとも」と微笑んで頷いた。


厳しい交渉の場を何度も熟しているコンラッドは、他者に有無を云わせない雰囲気や云い方も熟知しているはずだ。

だからダイアナに対しても、自分が希望することがあれば有無を云わせないようにできるだろう。

しかし、彼はいつも自分の希望を述べ、質問という形でダイアナの意見を聞いてくる。

コンラッドがダイアナに望むことに拒絶などする気は毛頭ないが、ダイアナの意思を確認してくれることが嬉しい。


ダイアナは急いで、ドレスのお礼と三日後に会えることを楽しみにしていると手紙に認め、丁寧に封をして侍女のマーシャに託した。



◆◆◆


三日後はあっという間にやってきた。

この日のために、エステバン語のレッスンは後日に日延べされ、ダイアナは朝から支度に勤しんだ。

もちろん、マーシャも付きっきりだ。


エメラルド色のドレスは、ダイアナの白い肌にも、艶やかな赤い髪にもよく映えた。

マーシャともう一人の侍女が、二人がかりでダイアナの髪を複雑に結い上げ、耳のそばで一房髪を垂らした髪型は、大人の色香漂う印象を与える。

もともとダイアナは髪の色に負けない華やかな顔立ちの造りなので、髪をアップにすると艶やかで妖艶な印象になるのだ。


ダイアナは以前に一度、背伸びをして髪を結い、大人っぽい化粧をして学院で年に何度かあるダンスパーティに参加したことがあった。

コンラッドの瞳に、少女としてしか映らない自分に思い悩んでいた時期だ。

いつもと印象の違うダイアナは、女子の間では概ね好評だったのだが、周りに人がいない時にウォレンが「その格好は止めた方がいい。必要以上に男を寄せ付けることになるよ」と苦笑しながら云った言葉に衝撃を受けた。


その言葉通り、そのあと用もないのに違うクラスの貴族の子息たちから声をかけられたり、お茶や観劇に誘われたりして、ダイアナは困惑した。

今まで侯爵令嬢のダイアナにそう気安く声をかけてくる子息たちもいなかったので、原因はあのパーティの時の容姿だったのだろう。

生徒会室で、溜息と共にダイアナがその状況を溢した時、周りの役員の生徒たちも相談に乗ってくれ、婚約者のいないダイアナが婚約者を探すことにしたと思われたのだろう、という意見に落ち着いた。

ダイアナはその意見に、密かに独りで落ち込んだ。

コンラッド以外の男性にそう思われても何も嬉しくない。

しかも、コンラッドの目には、やはり少女が背伸びをした姿としか映らないのだろうと察したのだ。


しかし、そのあとセルマが悪戯っぽい笑顔で云った言葉に、ダイアナは救われる思いだった。


「もっと大人になった時、ダイアナ様がこの方、と思った相手が現れたら、きっとその方もダイアナ様に夢中になりますわね」


セルマが自分を慰めるつもりで云ったことも、ダイアナがずいぶん年上の相手に想いを寄せていることは知らないことも判っていた。

それでも、コンラッドが夢中になってくれるような女性になれるといい……と少し気持ちが前に向き、成人する頃には、その容姿に見合う自分になろうとダイアナは決心した。

卒業パーティの時はウォレンのエスコートだったので、誤解を避けるために従来通りにしたものの、デビュタント・ボールでは、ダイアナは思い切って髪を結い上げてもらい、お化粧も以前より大人びたものにしてもらったのだった。




「お嬢さま、キャンデール伯爵様がおいでになりました」


扉の向こうから執事の声がした。


「今、参りますわ」


執事に応えて、ダイアナはマーシャたち侍女に笑顔で「行ってくるわね」と声をかける。

侍女たちも満面の笑顔のあとに、お辞儀をして「行ってらっしゃいませ」と声を揃えた。


ダイアナが階段の上に現れると、階下の玄関ホールには黒のフロックコート姿のコンラッドがおり、彼女の気配に気がついて顔を上げた。

一瞬、驚いたように目を瞠ったコンラッドは、そのまま目を細めて蕩けるような笑顔になる。

階段を降りてくるダイアナに、「やはり、よく似合っている」と、嬉しそうに声をかけた。


「ご機嫌よう、コンラッド様。美しいドレスを有難うございます」

「ご機嫌よう、女神のように美しいダイアナ。今日の時間を空けてくれて有難う」


笑顔で挨拶をするダイアナの手を取り、薄い手袋越しにコンラッドの唇が触れる。

もうそれだけで、ダイアナの頬は赤く染まった。


「それでは、行こうか」


腕を差し出したコンラッドに腕を絡めながら、袖から少しだけのぞくシャツにちらりと緑色が見えて、ダイアナは一人嬉しげに微笑んだ。

コンラッドはダイアナの視線を辿り、ああ、と気がついて腕を組んでいない方の腕を上げて目を遣る。

ダイアナの瞳と同じ、エメラルド色のカフスだった。


自分の色を贈るのは、身悶えするほどに恥ずかしい。

そう思いつつ、コンラッドの瞳の色と同じ明るい空色のイヤリングのお礼に、自分も何か彼に贈りたいと思い切って贈ったものだった。

身につけてもらえることが、こんなにも嬉しいなんて。


コンラッドが一瞬、ダイアナを見やり、そのままそのエメラルド色のカフスに口付ける。

それを目にしたダイアナの動きが一瞬止まり、そのままパッと顔を伏せたのはさらに頬の赤みが増したのが恥ずかしいからに他ならない。

恥じらうダイアナが可愛いくて、つい煽るような行動をとっていると自覚しつつ、止められないな、とコンラッドは心の中で呟いた。


お読みくださり、有難うございました。


あと一話で本編は完結です。

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