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17.

少し間が空いてしまって申し訳ありませんでした。

よろしくお願いいたします。

コンラッドとダイアナの婚約が調って間もなく、バートラム伯爵家からの夜会の招待状がキャンデール家へ届けられた。

前回のような堅苦しくない夜会なこと、ぜひ出席して欲しいという一文も添えられ、忙しさを理由になかなか夜会に姿を見せないコンラッドも、これは伺わなければいけないなと思わざるを得ない。

日頃から何かと世話になっているバートラム伯爵はダイアナの叔父であるし、ダイアナが友人のために一計を案じたのもその叔父の夜会の席だった。

確認してみると、ダイアナにも叔父から招待状が届いているとのことなので、これは二人で顔を見せろということなのだろう。


ある日、夜会へ行く打ち合わせ、というのを口実に、コンラッドはダイアナを王都のカフェの個室に誘い出していた。

貴族を相手にすることも多いこのカフェには個室があると、王都に詳しい弟のブルースから情報をもらっていたのだ。

二人の前には、温かいお茶と色とりどりの茶菓子が並べられていた。

少しの間、あれこれと思考を巡らせていたコンラッドに、ダイアナが微笑みかける。


「コンラッド様?」

「堅いな。様を付けないで呼んで欲しいと云ったら?」


コンラッドはダイアナの手を取り、彼女の瞳を見つめながら指先に口付けた。

ダイアナの頬が赤く染まるのを満足げに見て、そのままテーブルの上で彼女の手を握り込む。


「…いきなりは無理です…」

「では慣れていってくれ。私は君を愛称で呼びたい。ディナ、と呼んでも?」


ダイアナの家族は、彼女のことを「ディー」という愛称で呼んでいる。

そのことはコンラッドも聞いて知っているだろうに、敢えて違う愛称を口にするあたり、彼の特別な思いが感じられて、ダイアナはまた新たな熱が首から上がってくるのを感じた。


「お好きなように」


心臓の音が煩くて、ついぶっきらぼうな云い方になってしまう。

しかし、コンラッドはくすりと笑い、蕩けるような瞳を向けてくるだけだ。


「本当は、夜会のためのドレスを君に贈りたいところだが、あいにく今回は時間がない」


コンラッドの言葉に、ダイアナは僅かに目を見開く。

夜会のためのドレスを、婚約者や愛する女性に贈ることはよく行われていることだ。

とはいえ、つい最近までコンラッドは、ダイアナにとってまだまだ遠い存在だと感じていたのだ。

ようやく気持ちが通じて婚約までしたことも夢のようだと思っているのに、その彼が自分のために夜会用のドレスを考えていたなどとは驚きでしかない。


「そこで、今度のバートラム家の夜会にはこれを身につけて欲しいと思うのだが、どうかな?」


そう云いながら、コンラッドはビロードが貼られた化粧箱をダイアナの前に置いた。


「これは…?」

「開けてごらん」


コンラッドに促されるまま、化粧箱の蓋を開けてダイアナは息を呑んだ。

大振りの、雫型のイヤリングはコンラッドの瞳を思わせる美しい空色だ。

自分の目や髪の色の宝石の付いた装身具を、思い人に贈ることもごく普通に行われていることだが、これだけ大振りのものにはコンラッドの独占欲が見て取れる。

この大きさと色合いの宝石は、そう簡単に見つからないに違いない。


「あの…?」


いつものダイアナらしくなく、言葉少なに問いかけてくる婚約者の赤く染まった頬に、コンラッドは手を伸ばした。


「いつか、君が私にハンカチをくれたことあっただろう。礼は何がいいか、ずっと考えていたのだ。これは先般、隣国へ行った際に見つけてね。君の耳を飾るところを想像して、すぐに購入してしまった」

「あんな…ただのハンカチですのに」

「君が刺繍を刺した、ね」


コンラッドの手はするりとダイアナの頬を撫で、そのまま耳へ移動した。

赤く染まっている耳の輪郭を彼の指が辿り、耳朶をくすぐるように愛撫する。

ダイアナの中にぞくりとした感覚が走り、潤んだ瞳がコンラッドに向けられた。


「もらってくれるね?」

「有難う…ございます」


蕩けるような微笑みを向けるコンラッドに、ダイアナは礼を述べるのがやっとだった。

少し躊躇いがちに、コンラッドが問いかける。


「また、刺繍を刺したハンカチをくれるかい?」

「ハンカチなどで…良いのですか?」

「君がくれるものなら、何でも」


遊ぶようにコンラッドの指がダイアナの唇をなぞっていたが、不意に身を乗り出した彼の顔が近づき、ダイアナはそっと目を閉じた。

柔らかい感触が唇に触れ、ゆっくりと味わったあと離れていった。

離れた感触が寂しく感じられる……。


すると、すぐに体がふわりと浮いた。

いつの間にか、テーブルを回ってきたコンラッドの腕がダイアナを抱き上げている。


「下ろしてください…!」

「却下だ。婚約者となって二人きりでいられるのに、それを最大限に活用しない手はない。大人しく、首につかまって」


云い聞かせるような口調に、ダイアナは開きかけた口を閉じ、大人しくコンラッドの首に腕を回して顔を彼の胸に埋めた。

顔が赤いのは自分でも判る。

こんなに甘くなったコンラッドには敵う気がしない……。


そのまま自分の席に戻ったコンラッドは、満足げにダイアナを膝に坐らせると、再び彼女の唇を堪能し始めた。



◆◆◆


「婚約おめでとう。しかも、王命とは凄いことだな」


バートラム家の夜会に到着し、コンラッドとダイアナが連れ立って現れると、開口一番、バートラム伯爵はコンラッドに悪戯っぽく微笑いかけた。


「バートラム卿、勘弁してください。私はただ、陛下に問われるまま、ダイアナ嬢に求婚するつもりだとお伝えしただけです。わが家にも王家の使者が来て、驚いたくらいですよ」


落ち着いた声で説明するコンラッドは、バートラム伯爵ジョナスに内心感謝した。

王命での婚約だという噂が一人歩きし始め、かといって面と向かってコンラッドに問いかける者もなく、勝手に邪推された尾鰭がついていく噂話に辟易としていたのだ。

わざわざ周りに聞こえるように少し大きめの声で話しかけてくるあたり、ジョナスの思いやりを感じて、コンラッドも有難く乗せてもらった。


「まあ、君たちを見れば相思相愛の仲というのは一目瞭然だが、私もそれを聞いて安心したよ。陛下の粋な計らいに感謝するのだね」

「そうですね。彼女との婚約が、円滑に進んだのは確かです。本当に、感謝していますよ」


会話の間に、ジョナスは姪の輝いた顔に目を留め、声を落としてダイアナに囁いた。


「気持ちが通じて良かったな、ディー」


ぶわり、とダイアナの頬が赤くなる。

叔父には、自分の気持ちがバレていたらしい。

父や兄も気がつかなったのに。

何年かコンラッドと顔を合わせない時期もあったのに、どこで判ってしまったのかしら……。

疑問が顔に出ていたのだろう、叔父がクスリと笑って続ける。


「遠目から伯爵を追うお前の目は、恋する乙女のものだったぞ」


扇で顔を隠しても、さらに赤くなった顔は隠し切れていない。

そんな姪の様子に、ジョナスは目を細めた。

あれは…何年前だったか。

所用があり、まだ健在だった前キャンデール伯爵を訪ねた時だった。

よく晴れた庭のテラスで二人の少女がお茶をしていた。

そのうちの一人が姪のダイアナだと気がつき、そちらへ足を向けようとした時、彼女が屋敷のある一点に視線を向けたのだ。

おや、と思ってジョナスは足を止め、彼女の視線の先に目をやる。

そこにはただ窓があり、人がいる気配は感じられない。

それでも窓に振り向けるダイアナの顔は、自分に見せるどの顔とも違い、その上気した頬と切なげな瞳がジョナスは忘れられなかった。

あとで、それとなくダイアナが見ていた窓の部屋の主人の名を召使いから聞き出す。

大変な相手を思ったものだ、とジョナスは姪の明るくない未来を想像して溜息を吐いたものだった。

それが、どうだ。

いつの間にか、姪は思う相手の心を掴んだらしい。


「コンラッド殿、ダイアナが父親に、暫く縁談を全て断って欲しいと直談判したことはご存知ですかな?」

「ほう…そんなことが」

「叔父さま…!」


声を潜めてコンラッドに話しかけるジョナスに、ダイアナは目を見開いて抗議するように彼に呼びかける。


「交換条件として、然るべき時には、父親が選んだ相手と婚姻する、と云ったそうですよ」


ダイアナに目を遣りながら、ジョナスはコンラッドに続ける。

これ以上声を上げることは憚られ、抵抗を諦めた彼女は、いかにも窓の外に気を取られたという風に二人から視線を逸らした。

だが、二人の会話に彼女が神経を集中させていることは明らかだ。

コンラッドの眉間に皺が寄ったのをチラリと見て、ジョナスの口角が片方だけ上がった。


「年齢は下だし、血の濃さは否めないが、『その時』が来たらわが息子の妻に欲しいと、兄に願おうと私は考えておりました」


思いがけない言葉に、ダイアナは顔を振り向けて叔父の顔をまじまじと見つめた。

ジョナスは片眉を上げて彼女を見返し、その目をコンラッドへ向ける。

そこで一層声を低くしたジョナスの、コンラッドを見る目が射るようなものに変わった。


「コンラッド殿、身内贔屓と思われるかもしれないが、姪はそれほど私が見込んだ女性なのです。彼女を悲しませるようなことが起きたら、攫いに行きますよ」


視線をどこへ向けて良いか判らず、俯きがちになったダイアナの目が見開かれた。

さらに思いがけない叔父の言葉に、再び顔を上げて二人を見やる。

そこには、ジョナスの視線を正面から受け、口元に笑みを浮かべるコンラッドがいた。


「ご心配なく。そんなことは永久に起こりませんよ」


ダイアナの胸に、じわじわと熱いものが込み上げてくる……。

叔父がこれほどまでに、自分のことを大切に思っていてくれたなんて。

コンラッドがこんなにも深く、自分のことを思ってくれているなんて。


「叔父さま、わたくしは幸せ者ですわ。コンラッド様にこれほど思われ、叔父さまにも大切にされておりますもの」


ダイアナは叔父のジョナスに向けてそう云うと、隣のコンラッドを見上げて花のように微笑んだ。

ジョナスは、姪に愛しげに微笑むコンラッドを認めて満足げに頷くと、側を通りかかった給仕の盆の上のグラスに手を伸ばす。

シャンパンのグラスをコンラッドとダイアナにも渡し、ジョナスが杯を上げた。


「お祝いだ。婚約、本当におめでとう、ダイアナ。そしてキャンデール伯爵」


お読みくださり、有難うございました。


後ほど、あと一話投稿します。

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