92.収納ポケット
収納鞄の量産化も着々と進行中。
それからしばらくして、七番街に新しい工房を造ったメロディたちから、わたしとユーリは呼びだされた。
収納鞄の初回生産分は完売し、購入者の評判はとてもよく、さらに追加注文で予約待ちだそうだ。
「今は数種類のデザインのなかから、人気があって大量生産に向いたものを選んで、生産ラインを整えているところなの」
「すごいですね!」
もうすでに手を離れたとはいえ、自分で作った魔道具で、初めて商品化されたものだ。それを聞いてうれしくなった。ミーナが黒い鞄の試作品を見せてくれる。
「ユーリが注文したユニセックスデザインもあるのよ。ちゃんと『ユーティリス』と名づける許可をもらったわ」
「もちろん、そのぶんのマージンは僕あてで。ライガの開発費にあてます」
ミーナが手にした鞄を見て、ユーリはにこっと笑う。
第一王子の鞄と同じものだなんて、爆発的なヒットの予感だ。本格的に売る気だな!
七番街にあった空き倉庫を探して工房に改装し、服飾系の魔道具師たちも雇い入れた。
ここではコワモテのビルが大活躍。おぃちゃん、黙って腕組みしているだけで迫力があるもんなぁ。
若い女性だけだと相手になめられることもあるし、アイシャもわかってて貸してくれたんだろう。
そして新しい工房で、ミーナたちが依頼してきたことに、わたしは小首をかしげた。
「収納ポケット?」
ドラえもんのではない。
「そ。軍服を扱う服飾メーカーとの共同開発なの。私たちも術式の刺繍と固定だけなら、設備投資もいらないし」
このあいだ作った携帯ポーションは、遠征部隊で管理してケガをした兵士に渡していたそうで。
収納鞄の術式を検討した軍上層部が、収納空間の安全性と安定性に目をつけ、携帯ポーションが入る収納ポケットを軍服に取りつけるよう、メーカーに持ちかけたらしい。
「収納鞄の術式を検討した軍上層部……って、ユーリ⁉」
「ライガの改良に使う研究費は、いくらでもほしいですからね」
わたしが驚いて横にいたユーリを見れば、彼はしれっといった。うわぁ……っていうか、いきなり共同開発って。
「トップダウンは話が早いわぁ……創業四百年の老舗が、ウチみたいな小さなトコに頭下げてきたのよ」
軍服製造メーカーのストバル商会は、格調高いデザインとその機能性や丈夫さに定評があり、ぜひ共同開発をとメロディたちに依頼してきたのだとか。
「ウチも魔法陣や術式を、服に組みこむ技術には長けているしね」
「それに収納ポケットも売れると思うの。女性には鞄っておしゃれアイテムだけど、鞄どころか財布すら持ちたくないって男性、一定数いるでしょ?」
ニーナが得意そうに胸を張れば、ミーナが冷静に分析して、メロディは手をたたいて笑った。
「いるいる!小銭ジャラジャラおじさん!」
こっちの世界にもいるのかよ!
「女性もホラ、化粧室へポーチを持っていくのが恥ずかしい……って人もいるし」
なるほど。
「ネリアは術式をコンパクトにまとめるのがうまいでしょ?なんでそのスキマに⁉って思うような場所でも、文字列突っこんじゃうし」
えぇまあ、スキマ収納とかテトリスで鍛えましたから。ほいほいっとスキマにはまる快感がたまりません。
「大きな空間じゃなくていいの。縦横二倍ずつでじゅうぶん」
「術式を布地へ固定するのは私たちに任せて。どうかしら、できそう?」
「そうですねぇ……」
ポケットの大きさが七シム四方だとしたら、魔法陣はもっと小さなものを用意しないといけない。
術式が実行する命令は同じでも、書きこむスペースが狭くなるため、魔法陣を小さくするのって実は難しい。
空にでっかく魔法陣を描くほうが楽なのだ。
過酷な環境にさらされる軍服の術式は、女性向けの鞄と違って、すぐほころびるようでも困る。
複雑な術式ほどほころびやすいから、魔法陣に使うとしたら、術式は簡単なものがいい。
けれど機能を持たせるほど、書きこむべき術式は増えて複雑になっていく。それを簡単に小さく……ううーん。わたしは即答できなかった。
「持ち帰って検討します。軍服の布見本をわけてもらえますか?魔法陣との親和性を見るので」
「すぐ用意するわね」
ニーナたちが布見本を用意するあいだ、わたしたちはひと息ついてお茶を飲む。
「ユーリって、軍にも顔が効いたんだね」
すると彼は軽く肩をすくめた。
「僕はこれでも成年王族ですから。有事の際には大将として国軍を率いますし」
「国軍を率いるのは、デゲリゴラル国防大臣じゃないの?」
「デゲリゴラル大臣は文官で、指揮権はありません。まぁ、あくまでも有事の際なわけで……国軍だけでなく竜騎士団もいるので、僕もこうして錬金術を続けていられるんですけどね」
ああ、そうかぁ……大臣はあくまで事務方なのね。指揮権は王族が持つのかな。ユーリは手元にあった収納鞄の術式をなでた。
「だから本当は竜騎士団や魔術師団に入るべきだったんですが、ライアスやレオポルドがいたってだけじゃなく、やっぱり魔道具が好きなんですよ。魔導列車にも憧れてました」
うん、それはわかる。ユーリは本当に魔道具が好きだ。メロディのお店でも目がキラキラ輝いてたもん。
「魔獣もいるこの世界では、生き抜くだけでも大変で、人間同士が争うことは滅多にない。けれど歴史からいって戦争は決してなくならない」
戦争を生みだすのは人間の欲だ。けれど欲があるからこそ、人類の歴史は発展した。そういう意味では戦争は決してなくならない。この世界でもそうなんだ……。
「竜王の加護があるエクグラシアは、大きな戦乱に巻きこまれることもなく発展しました。縄張り意識が強いドラゴンたちは、この国からでることはない。けれど豊かな土地や竜王の加護は誰だってほしい。だから僕はライガの研究をするんです」
話をするユーリの横顔は、すでに為政者のそれで。
「ライガのもつ制空権の可能性に、ユーリは気がついたんだね」
「ええ、それでネリアは僕にライガを任せたんでしょう?」
「そこまでは……でもそうだね」
「人間が竜王を倒せるだけの力を身につけるとしたら、それは他の誰にも渡せない。かならず僕が手にいれる」
遠い昔、人間はドラゴンに勝てなかった。大空の覇者はドラゴンで。だからバルザム・エクグラシアも、ドラゴンと共存する道を選んだ。
でもドラゴンよりスピードをだせるライガが完成し、爆撃具を使いこなせるとしたら……。人とドラゴンが戦う未来なんて想像したくないけど。
わたしたちは未来への希望と、破滅する世界への恐怖、両方を抱いてこの大地に立っている。
だから使いかたによっては恐ろしい結果を引き起こす魔道具は、せめて心ある者の手にゆだねたい。
ユーリはふいに真剣な顔になり、こちらを見つめてきた。
「気をつけて。ネリアが錬金術師団長として認められるほど、その身は危険になります。これまでとはべつの心配が増えるから、本当は誰の目にもふれないよう、王城にしまっておきたいぐらいです」
「へっ?過大評価すぎるよ。収納鞄はニーナたちが作るんだし、ライガの実用化はユーリが進めるんだもの。わたしにはグレンのような実績だってないし」
「そうですね。そういうことにしておいたほうが……ネリアは安全です」
ユーリはふっと笑ったけど、そういうことに……って実際そのとおりだから!
わたし今だって、たこパと珊瑚礁の海しか考えてないからね?
あっ!転移魔法陣、覚えなきゃ……。









