63.竜王神事
マッグガーデン様よりコミカライズ決定!WEBコミック『MAGKAN』にて月刊連載されます。
エクグラシアの夏の建国行事である『竜王神事』とは、エクグラシアの祖バルザム・エクグラシアが『竜王』と契約した故事に基づいた行事だと聞いた。
その中で師団長同士が協力して魔力を竜王に捧げる……という神事が毎年行われることになっており、わたしもその説明を受けた。
魔力を捧げ儀式の主役を務めることで、わたしの『師団長』としての正式なお披露目にもなるらしい。生きていれば、グレンがやるはずだったものだ。
この日のために、王城の服飾部門が丹精を込めて仕上げた、式典用の師団長のローブは、普段の機能性を重視した、実験着としても使う白いローブとは全然違っていた。
羽のように軽やかな光沢のある白い生地で出来たローブの背中には、青の彩色で魔法陣と、錬金釜と天秤をあしらった錬金術師団のマークが描かれ、さらに精緻な刺繍が銀糸で施されている。
見た目も涼やかだが袖を通してもふわりと軽く、夏だというのに暑さも感じない。
ソラとヌーメリアに手伝ってもらってはじめて着た時は、動くたびに飾り帯やローブの裾の銀糸が煌めいて光がこぼれ、まるでドレスを着ているみたいで、テンションが上がった。
団員達の『式典服』のローブもやはり、優美なデザインになっていた。
ユーリがとことこと、わたしの側にやってきた。
「ネリア、『式典服』が似合いますね!」
「ありがとう!ユーリも赤い髪が白に映えて格好いいよ!」
「ネリア、仮面被っちゃうのもったいないんじゃない?折角可愛いのに」
オドゥはそう言ったけど、わたしはいつものように、仮面をつける。
「いいのいいの、グレンぽいでしょ?わたし、素顔だと迫力ないし」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
「オドゥは後ろですよ、そろそろ時間です。行きましょう!」
オドゥはまだ何か言いたそうだったけれど、ユーリに追いやられて後ろに行った。
まだまだ錬金術師団の人数は七人と少ないけれど、全員が揃ってローブを身に着けているのを見ると、感慨深いものがある。
「これで『錬金術師団』が全員揃ったね!」
そう喜んだまでは、良かった。
(嘘でしょおおおお!?)
わたしは驚愕していた。傍からみたらわたしが先頭に立ち、錬金術師団の皆を率いているように見えているかもしれないが。
副団長のクオード・カーターのすぐ前を歩かされるというのは……衆人環視の中、拳銃を背後から突きつけられて、先頭を歩かされているような気分だ。背中にじっとりと、彼の視線が突き刺さる。
(矢面!矢面だから!これ!)
しかもこんなに列席者が多いなんて聞いてない!
錬金術師団は七人だけだというのに、会場中の注目を集めているような気がする。先日の式典はレオポルドやライアスが視線をさらっていたというのに……なぜ?
ようやく『錬金術師団』の所定の位置にたどり着いたけれど、わたしの仕事はこれで終わりじゃない。
「各師団長は壇上へ」
わたしはライアスやレオポルドと共に壇上に上がり、国王と共に並び立つ……事になっている。
段を上がるたびに、背中に会場中の視線が突き刺さる。今やわたしの一挙手一投足が、注目されている。
わたしは正直今まで、『錬金術師団』というものを舐めていた。
師団長のグレンはヨレっとしたお爺ちゃんだったし、王城にあるとはいえ三階建ての『研究棟』は、大学の『研究室』のようなものだと思っていたのだ。
国王直属の王都三師団、その各師団長は国王と共に並び立ち、その治世を支える。
『国王以外、誰にも頭を下げる必要がない』
ユーリの言った言葉が、ようやく身をもって実感できた。
アーネスト国王と共に並び立ち、会場を見下ろせば、各師団員達に加え、ヒルシュタッフ宰相やデゲリゴラル国防大臣といった国の重鎮、各国の大使などが列席しているのが見える。それ以外にも多くの人、人、人……。
(これがわたしの立ち位置……)
眼下に居並ぶ人々の顔を見ていると、自分がどれだけ厚遇の元に置かれているか、まざまざと思い知らされた。この地位は、どれだけの嫉妬と羨望を集めるのだろう。
こんな所に、来ちゃいけなかったんじゃないだろうか……わたしはとんでもない所に来てしまったのかもしれない……そう思い、後ずさりしそうになったその時、背中に大きな手があてられた。
「飲まれるな。平然としていろ」
この手は猫になった時に、背中に置かれた手だ。硬質な冷たさを感じる横顔なのに、その手は温かくて大きくて。
わたしはごくりと唾を飲み込むと、彼にしか聞こえないような小さな声で囁いた。
「あの、ね……レオポルド、わたし……錬金術師団を掌握したよ……だから、師団長として認めてくれるかな?わたし、頑張るから」
そう言って彼を見上げれば、彼は厳しい表情で正面を見つめたまま、「もう後戻りはできない」とだけ言った。
そうか、この人もずっとここに立って来たんだ。
わたしは正面に視線を戻した。
「うん……そうだね」
反対側をみれば、金の髪に蒼い瞳の凛々しい横顔。
彼もわずかに視線を動かしてわたしと目が合うと、軽く頷く。
どこまでも雄々しく、勇ましい武神のような姿なのに、その青い瞳の奥には、わたしを安心させるような優しげな光が浮かんだ。
そうだ、ライアスだって居る。二人の師団長が、それに錬金術師団の皆が、わたしを支えてくれている。
下を見たら、クオードやオドゥ、ヌーメリアにヴェリガン、ウブルグとユーリの顔がはっきり見えた。
彼らと一緒に、これから何を作ろうか。
地位とか立場とかはまだよく分からないけれど。
誰かの幸せのために、という気持ちを忘れなければ、きっと何とかなるよね。
この場所に来たことを、後悔するのはまだ早い。わたしは息を吸うために、大きく息を吐いた。
アーネスト国王陛下が、前に進み出る。
「これより『竜王神事』を執り行う。今より五百年前、我が祖バルザム・エクグラシアは『竜王』に魔力を捧げ、この地を居とする契約を交わした!その故事に倣い、毎年太陽の月七日目に『竜王』に魔力を捧げることで、この地に礎を築き『竜王』とともに守り抜くという誓いを、新たにするものである!」
アーネスト陛下が脇にどき、壇上にはわたしが中央に立ち、わたしを挟むようにその左右にライアスとレオポルドが立つ。
(ええと……わたしが魔法陣を敷き大地の……星の魔力を込め、レオポルドが杖で風の……天の魔力を練りそれと合わせて、ライアスが合わせた魔力を武器で受け、竜王に捧げる……)
地に描いた魔法陣は大地を表し、レオポルドが練り上げた風の魔力は天を表し、人の住まう大地と竜の駆ける天とを結びつける意味があるらしい。
ライアスが光り輝く槍を召喚し、レオポルドが杖を取り出し風の魔力を練り始めた。会場内の空気の密度が高くなったような気がする。
それに合わせて、わたしが魔法陣を敷く……よし!できた!
(星の魔力……)
体の内側にある魔力を意識した途端、何かがぐわん、と体の中をせり上がってくるのを感じた。
(……やば!止まんない!)
力が入り過ぎてしまったのかもしれない。わたしの中から普段抑えていた分も含めて魔素が溢れだし、魔法陣がまばゆいばかりに輝いて、その上を光の奔流が渦巻きはじめた。
どうしたらいいのか分からず、困ってレオポルドの方に目をやると、彼も驚いた様子で目を見開いていたが、すぐにハッと気を取り直した様子で、自分の練っていた風の魔力を魔法陣に渦巻く光の奔流に叩きつけた。
二種類の魔力の渦はぶつかり合い、反発し合い、寄り添いながら踊りだし、やがて見事な二重螺旋を創りだす。
ライアスが大きく槍を旋回させ、二重螺旋を絡め取り槍に魔力をまとわせると、バチバチバチ!と凄い音と光がはじける。
「竜王に『契約』の証を!天と地の魔力をここに!!」
ライアスが叫んでダン!と強く槍の石突の部分を床に打ちつけ、魔力の渦は穂先から離れ高く天へと昇って行った。どうやらミストレイの元へ飛んで行ったらしい。
グオオオオオオオオン!……ォォォォォォォ……!……ォォォォォォォ……!……ォォォォォォォ……!
王城全体に轟くようにミストレイが咆哮し、それに追随するようにドラゴン達の雄叫びがシャングリラ中にこだまする。
壇上から外の様子は見えないが、ドラゴン達の叫び声が凄い迫力で、ビリビリと鼓膜が震える。みんな呆然としているし、腰を抜かしている人も見える。
(凄いなぁ……)
わたしがやり切った感でぼんやりしていると、恐ろしい顔をしたレオポルドが、わたしの正面に立った。いつも涼し気な美貌の彼の額には、なぜか大量の汗が噴きでていて髪が乱れ、全力疾走したみたいに肩で息をしている。
あれっ?どうしたの?全力疾走したみたいな顔しちゃって。のんきに考えたわたしの真上から、レオポルドの雷が落ちた。
「お前っ!儀式を台なしにするつもりかっ!派手にやり過ぎだ!」
えっ?派手だった?
どうやら魔法陣をほんのり光らせる程度で良かったらしい……しかも魔法陣から溢れた魔力が暴走しそうになったのを、レオポルドが汗だくになりながら、力技で必死に抑え込んでくれたそうだ……おおぅ……フォローサンクス……。
ライアスがレオポルドの肩にぽん、と手を置いた。
「まぁ、故事通りだな、『眩いばかりの魔力が満ちて、ドラゴン達が騒ぎ』……とあるからな。ミストレイは大喜びしてる」
ともあれ、わたし達三人が揃って首を垂れたところで、同じく呆然としていたアーネスト国王陛下が我に返り、気を取り直して高らかに宣言する。
「『竜王神事』は無事執り行われた!『竜王』の加護のもと、この大地に繁栄を!栄えよ!誇れよ!我らがエクグラシアを!」
ドラゴン達の雄叫びに呼応するように、会場を揺るがすような歓声が上がった。
これにて2章完結です。お読みいただきありがとうございました。
3章はヌーメリアの帰郷や、錬金術師たちを取り上げていきます。
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