62.竜王神事・準備(ユーリ→メイナード視点)
ブクマ&評価ありがとうございます。
ユーリがノックの音に気づいて顔を上げると、先輩錬金術師が腕を組み、入り口のドアにもたれていた。
こげ茶色の髪に深緑の瞳を持つ、眼鏡をかけた男は中肉中背で、これといって特徴のない目立たない風貌だ。
彼の口元には穏やかな笑みが浮かんでいて、ユーリは心なしか不機嫌になった。
「オドゥ……帰ってきたんですか」
「驚かないね?」
「もうすぐ竜王神事ですから。間に合うように戻ってくるだろうと思ってました」
「まぁね、新師団長の正式なお披露目になるからさぁ、やっぱネリアのそばについててあげないと」
そういいながら、オドゥはズカズカと部屋にはいり、ユーリの脇を通りすぎて窓枠に腰かけた。
「ユーリは竜王神事どうするの?いつもみたいに隠れてる?まぁ、僕はどっちでもいいけど」
この先輩錬金術師を苦手にしているユーリは、小さくため息をついた。
第一王子という立場上、人の好き嫌いを表にださないよう教育を受けていても、苦手なものは苦手なのだ。
「でも僕がいないあいだに、研究棟もだいぶ変わったよねぇ。エヴェリグレテリエはほほえんでるし、ヌーメリアは明るくてヴェリガンの顔色はいいし。ウブルグなんかウキウキ荷造りしてさ!マウナカイアビーチ……いいよね!こんど遊びに行っちゃおうかな?」
「オドゥは変わらないですね……相変わらずです」
人のよさそうな顔をした青年は、かけている眼鏡のブリッジに手をかけて、ずれていた位置を調整するとなにげなく言った。
「ユーリも変わらないね。そのまんまだ。お姫様にキスしてもらったら呪いが解けるかもよ?」
(ほんとにこいつはいけ好かない)
オドゥの軽口にユーリは眉を上げた。錬金術師の腕は一流なのに、わざわざクオード・カーターの下についているのも気にいらない。実力なら彼が師団長でも、おかしくないのに。
「僕のは呪いじゃなくて、グレンとの『契約』です。それより帰ってきたからには、ちゃんとカーターを躾けてください」
「あぁ、だいじょうぶ。もう説得済」
どうやったのか知らないが、こじれかけていたネリアと副団長との関係を、オドゥはあっさり修復したらしい。
なんだかいけ好かなくて腹が立つ男だが、仕事は確実にこなす。言動にさえ目をつぶれば、オドゥの使い勝手はとてもいい。
ユーリとオドゥ、どちらが今のネリアにとって必要か……考えなくてもでてくる答えに、ユーリはグッと奥歯を噛みしめた。
「そういや今年は職業体験に、魔術学園の生徒たちも来るんだって?ユーリのとき以来だし、楽しみだねぇ」
ユーリの気持ちを知ってか知らずか、オドゥ・イグネルは眼鏡の奥で深緑の目を細め、窓から青い空を見上げて楽しそうに笑った。
エクグラシアの夏に行われる〝竜王神事〟とは、エクグラシアの祖バルザム・エクグラシアが、竜王と契約した故事に基づいた建国行事だ。
師団長同士が協力して、魔力を竜王に捧げるという神事が行われる。
魔術師団の副団長メイナード・バルマは、式典参加のため最終確認をして回っていた。
「マリス女史、うちの師団長の準備はできてる?」
「ええ、済んでます。まもなくお見えです。相変わらず麗しいお姿ですよ!」
「そりゃよかった、じゃ団員たちを見てくるよ」
メイナードが魔術師たちに近寄ると、なんだか落ちつきがなくてザワザワしている。
「もうすぐアルバーン師団長も登場されるのに、なんだか落ちつかないな」
「バルマ副団長!ちょっと見ものですよ!錬金術師団が全員揃ってるんです」
興奮したように告げる団員の指し示す先を見れば、錬金術師団の特徴ある白いローブを着た人物が七人。総勢三十名ほどの魔術師団とくらべれば、少ないけれどローブが白いせいでとても目立つ。
彼らがふだん着る白いローブは実験着としても使われ、頭を隠すフードにメモ用のポケット、器具を留めるためのボタンに袖口を絞るベルトなど、機能優先に作られている。
それにくらべて式典服の白いローブは、魔術師団の黒いローブと対をなすような、優美なデザインになっていた。
錬金術師団長のローブともなると、白地に魔法陣をあしらった青の彩色が見ためにも涼やかで、銀糸で施された精緻な刺繍がキラキラと光を反射して、動くたびに飾り帯や軽やかに翻るローブの裾から光がこぼれる。
七人の中でも小柄なネリア・ネリスはすぐにわかった。グレンから引き継いだ仮面も目印だけれど、『白ずきんちゃん』といった雰囲気だ。
(小柄なせいか、ずいぶんとかわいらしくなるな)
メイナードはそんな感想を抱きつつ、錬金術師団を眺めた。
錬金術師たちが勢ぞろいするなど、メイナードも見たことがない。
師団長だったグレン・ディアレスは、さすがに竜王神事には参加したものの、ほかの行事にはめったに出席しなかった。
研究棟に引きこもっている錬金術師もいて、彼が見知っているのはカーター副団長と、ときどきレオポルドを訪ねるオドゥ・イグネルぐらいだ。
それが今回はネリア・ネリスを筆頭に、カーター副団長とオドゥ・イグネル、引きこもりの〝毒の魔女〟ヌーメリア・リコリス、カタツムリの話しかしないウブルグ・ラビル、〝赤の錬金術師〟ユーリ・ドラビス、人間よりも植物が好きなヴェリガン・ネグスコ……。
ウブルグやヴェリガンはともかく、対人恐怖症のヌーメリアや、成人しても少年の姿が変わらない第一王子などは、人目を避けていたはずだ。
『錬金術師ユーリ・ドラビス』という名を使っていても、あの〝赤〟は紛れもなく〝王族の赤〟だ。
第一王子が公式の場にでるのは、おそらくこれがはじめてだろう。その異様な光景には魔術師たちだけでなく、ほかの列席者たちも注目しているようだ。
「〝赤の錬金術師〟も『今回は参加する』と反対を押し切ったらしいですよ」
「そりゃ、すごいな……」
ネリア・ネリスはグレン・ディアレスが逝去し、どさくさに紛れて師団長の座についたエセ錬金術師で、なんと魔術学園の卒業生ですらないという評判だった。
ウワサがどうあれ、彼女はグレンの遺志により、国王の裁可を経て師団長に就任している。
さらに今回、竜王神事という公式行事で、第一王子とカーター副団長が彼女の下に就くと立場を明確にしたことが、周囲には驚きを持って受けとめられている。
(彼らをまとめるのに、彼女はどんな魔法を使ったんだ?先日の学園では、『元気のいい女の子』という印象だったが……)
メイナードは仮面に隠された素顔も気になった。魔術師団長のレオポルドだって二十三だし、同じくらいの年でも不思議ではない。
(曲者ぞろいの錬金術師たちをまとめた手腕からいって、老獪な大年増かもしれないなぁ)
いつのまにかレオポルドもやってきて、彼女を眺めていた。
魔術師団長の式典服は黒地に独特の光沢があり、飾り帯や裾にほどこされた金糸の刺繍が、荘厳な雰囲気を添えていた。背の高いレオポルドが着て歩けば、裾さばきひとつで厳粛な立ち姿に、華やかさが添えられる。
「錬金術師たちを掌握したか……一時はどうなることかと思ったが」
「そうみたいですね……師団長、ネリア・ネリスってどんな人物なんですか?」
「ただの……バカだ。後先考えずに突っこんでいく……」
(おや?)
メイナード・バルマはレオポルドの返事が気になった。
彼が他人に関心を持つことはあまりない。ほめることもないかわりに、けなすこともない。
そのレオポルドが人を評するのは、彼なりに関心を持って相手を見ていたことになる。
「竜王神事をこなせば、誰もがネリア・ネリスを錬金術師団長として認めざるを得ない。だが問題はそのあとだ。あの娘、本当にこれでよかったのか……」
錬金術師の一団を見つめるレオポルドの横顔は、厳しかった。
(あの娘……ってことは、やっぱり若いのか)
レオポルドの言葉を聞いて、メイナードはひとり納得した。
次回、『竜王神事』にて2章完結です。










