61.オドゥの説得
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「……なんでクオード・カーターの事なんか……」
わたしが彼の言葉に反応して眉をひそめると、オドゥはそれに勢いづいた。
「錬金術師達の中で、ネリアが一番手こずりそうな相手だからさ。ここに転移して来れたってことは、王都の師団長室は制圧したんでしょ?師団長室さえ開けば、他の錬金術師達は従うだろうけど……それでもゴネそうなのはカーターかなって思って」
「……最初からそれが分かってたの?」
デーダスに行く前から……ウレグ駅で会った時には、彼はこの事態を予測していた?
信じられない思いでオドゥの顔を見返すと、オドゥは何とも情けない格好のまま、優しい声で言葉を紡ぐ。
「僕は君の味方だよ?ネリア・ネリス……僕ならカーター副団長の事はよく知ってるから、ネリアに協力するように説得できるよ?」
「どうして……」
「ん?」
わたしの口をついてでたのは、腹立ちまぎれの八つ当たりだった。
「どうして、それが分かっていながらデーダスに居たの?最初から王都に居て、カーター副団長を説得してくれたら良かったじゃない!」
「また質問?……いいよ、答えてあげる。ひとつはネリアにデーダスまで迎えに来て欲しかった。そしてもうひとつは、ネリアに『お願い』されたかった」
「なっ……真面目に答える気がないわね!」
睨みつけると、「本気だよ」とオドゥはうそぶく。
「ネリアが『転移陣』を動かして迎えに来てくれるのを待ってたんだ。君を困らせたかったわけじゃないけど、カーター副団長を説得して……ってネリアに『お願い』されたかったしね」
「わたしが『転移陣』を動かさなかったらどうしてたの?助けが来ないまま吊るされてたかもしれないわよ?」
わたしが指摘すると、「そうなんだよねぇ」とオドゥは情けない声をだした。
「その時は不本意だけど、グレンの術式を壊して抜けだすしかなかったかな……好奇心に勝てなかったんだよねぇ……中に入ったばっかりに、ネリアに『お願い』してもらうチャンス、ふいにしちゃったよ」
そう……わたしが彼に感じていた『恐怖心』の正体はこれだ。
おそらくオドゥ・イグネルも、レオポルド・アルバーンと同じく、グレンの紡いだ術式を解くことができる。それほどの実力の持ち主だ。オドゥは残念そうにため息をついた。
「反対に、僕が下ろしてって『お願い』しちゃってるしさぁ……まぁ今は、きみには僕が必要なんだとわかってもらえたらそれでいいよ」
わたしは拳をぎゅっと握りしめた。彼はわたしの知りたい事に答える気がないけれど、わたしも彼の本当に知りたい事に答える気がない。互いに答える気がないまま、ここで睨み合っていても埒が明かない。
彼は、信用できない。
けれど、わたしには彼が『必要』だ。
「……あなたを下ろすわ。だからカーター副団長を説得して」
「もちろん!一緒に『転移陣』で王都に連れ帰ってくれる?交渉成立だね!」
わたしはグレンの『防犯糸』を解いてオドゥ・イグネルを助けだし、彼に眼鏡を返す。彼は顔を綻ばせた。
「有り難う!せっかくだからネリアの使ってた部屋が見たいなぁ。二人でベッドに腰かけてお話ししようよ」
「却下!」
「ご無沙汰してます、カーター副団長」
ひと月近く姿を見せなかった部下に、クオード・カーターは目を剥いた。
「オドゥ・イグネル⁉︎今までどこで油を売っていた!」
オドゥはやれやれ、という風に肩をすくめた。
「デーダスのグレンの家の調査に決まってるじゃないですか……僕は真面目にやってましたよ?王都に戻ってすぐご報告に上がったというのに……」
報われないなぁ……とぼやくオドゥに、クオードは渋面のままだ。
「それなりの情報はつかんできたんだろうな」
「ネリア・ネリスがデーダスの家で暮らした痕跡はありました。家の周りに彼女のものと思われる、魔術の使用痕もありました」
「欲しいのは、それ以外の情報だ!どこの出身で、どこで魔術を学んだ……知りたい事は幾らでもあるんだぞ!」
それなんですけどね……と、オドゥは困ったように首の後ろに自分の手をあてて、緩く首を振る。
「エルリカを始め、近隣の街や村を当たってみましたが、『ネリア・ネリスらしき人物の痕跡』は一切見当たらなくて」
「……何もつかめなかったのか?」
クオードは非難する眼差しになって、特徴のない平凡な顔立ちの眼鏡の男を睨みつけた。
「ええ……でもむしろ、何もつかめない……というのが、ポイントなんですよ」
オドゥは『遮音障壁』を展開した。副団長室はそれなりの機密性があり、本来必要ないものだ。クオードは眉を上げる。
「ネリア・ネリスについては何もつかめませんでしたが、デーダスの家についてはいろいろ面白い事が分かりました」
「何?」
「デーダス荒野は表面上はただの荒野ですが、地下はとんでもない魔力の宝庫です。地下水脈の水流はサルカス山地に源を発しますし、地脈の魔素も豊富だ。グレンの工房もおそらく地下に作ってある」
「なんだと……」
「つまりグレンは四年前にデーダスの地に隠居したわけではなく、錬金術の研究に没頭していたと思われます」
デーダスの地に居を移してから、グレン・ディアレスは時々王都の錬金術師団に顔をだすものの、以前のような錬金術への情熱は失ってしまったように見えた。
それが、研究に没頭していた?
「グレンはデーダスで何を……」
人目を忍ぶような、それでいて膨大な魔素と素材を必要とする研究。
「それこそが僕も知りたい事で、ネリアにも聞いてみたんですけど、教えてはくれませんでしたね……ただ予想はつきます」
オドゥ・イグネルは懐から小さな袋を取り出すと、中から取りだした物を、コロンとカーターの机の上に転がした。
「ペリドット?」
オドゥが取り出したのは濃い黄緑の、ペリドットと呼ばれる石だ。あの忌ま忌ましい女の目に似ている。
「綺麗でしょう?デーダス荒野の外れでよく採掘されるそうです。土地の魔力を取り込むには、そこに親和性の高い素材を使う……錬金術の基本ですよね?グレンはデーダスで行う研究に、この石を使ったんじゃないかなぁ……これ、誰かを思いだしません?」
カーターは机上のペリドットを手に取る。濃い黄緑色……あの娘の瞳はまさしくこの色。
ひとつの可能性に思い至り、カーターの手が震えだした。
「まさか!ウソだろう⁉︎……だとしたら、なんと自然な……」
出自のはっきりしない、突然現れた娘。
もしもあれが造られたものだとしたら。
「『人造人間』……ホムンクルスか……」
生きて動いている、仕草、表情、声。どこかいびつさを感じさせたエヴェリグレテリエに比べて。
なんと自然なのだろう。
「エヴェリグレテリエを創りだしても満足する事のなかったグレンですよ?それ以上のものを創り上げようとしたとしても不思議じゃないでしょう?まぁ、あくまで僕の憶測ですから、たまたまグレンに気に入られた、身寄りのない女の子かもしれませんけど」
人の良さそうな顔をした部下は、かけた眼鏡のブリッジに手をかけて、ずれを直した後、にっこりと笑ってカーターに提案した。
「だからね、カーター副団長、彼女の事は排除するのではなく、近くで観察する事にしませんか?気になるでしょう?」
オドゥ・イグネルは『転移陣』からでると、その足でクオード・カーターの元へ向かった。彼らが何を話したのかは知らないけれど、翌日、クオード・カーターが工房に現れたのにはびっくりした。
わたしはどうやって説得したのかとオドゥに尋ねてみたけれど、彼は「秘密♪」と人の良さそうな笑みを浮かべたまま、教えてくれなかった。
それからカーター副団長は、以前までとは打って変わって積極的に手伝ってくれるようになったから、助かってはいるんだけど。
……時々わたしをじーっと観察するように見ている時があって……なんだか目が怖い。
……気のせい、だよね……。
確実に仕事をする男、オドゥ。でもネリアが聞いていたら悲鳴をあげそうな説得。
オドゥにはオドゥの連絡手段があるので、彼は王都の状況は把握していました。