61.オドゥの説得
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「なんで副団長のことなんか……」
わたしがオドゥの言葉に反応すると、彼は勢いづいた。
「錬金術師たちのなかでいちばん、ネリアが手こずりそうな相手だからさ。ここに転移してきたってことは、王都の師団長室は手にいれたんでしょ?師団長室さえ開けば、ほかの錬金術師たちは従うだろうけど、それでもゴネそうなのはカーター副団長かなって」
「最初からそれがわかってたの?」
デーダス荒野に向かう直前……ウレグ駅で会ったときには、彼はそれを予測していた?
信じられない思いでオドゥの顔を見返すと、彼はなんとも情けない格好のまま、優しい言葉を口から紡ぐ。
「僕はきみの味方だよ、ネリア・ネリス。僕なら彼のことはよく知ってるし、きみに協力するよう説得することだってできる」
「どうして……」
「ん?」
わたしの口から飛びだしたのは、腹立ちまぎれのやつ当たりだった。
「どうして、それがわかっていたのにデーダスにいたの?最初から王都でわたしに、協力してくれていたら!」
「また質問?……いいよ、答えてあげる。ひとつはデーダスまで僕を迎えにきてほしかった。そしてもうひとつは、きみに『お願い』されたかった」
「なっ……まじめに答えなさいよ!」
「やだなぁ、本気だよ」
わたしがにらみつけても、オドゥは平気な顔でうそぶく。
「ネリアが転移陣を動かして、僕を迎えにきてくれるのを待ってたんだ。べつに困らせたかったわけじゃないけど、『カーター副団長を説得して』って、お願いされたかったしね」
「わたしが転移陣を動かさなかったらどうしてたの?助けがこないまま、ずっと吊るされてたの?」
わたしの質問に、オドゥはぷらぷら揺れながら、情けない声をだした。
「そうなんだよねぇ。そのときは不本意だけど、グレンの術式を壊して抜けだすしかなかったな。好奇心には勝てなくて家に入ったせいで、ネリアにお願いしてもらうチャンス、ふいにしちゃったよ」
そう……わたしが彼に感じた、恐怖の正体はこれだ。
おそらくオドゥもレオポルドと同じく、本気になればグレンの紡いだ術式を解くことができる。それほどの実力を持ちながら、彼は残念そうにため息をついた。
「反対に僕が『おろして』って、お願いしちゃってるしぃ。まぁ、きみには僕が必要だとわかってもらえたら、今はそれでいいよ」
わたしは拳をぎゅっと握りしめた。彼はわたしが知りたいことを、まともに答える気がない。けれど彼が本当に知りたいだろうことを、わたしも明かす気はない。たがいに答える気がないまま、ここでにらみ合っていても何もはじまらない。
彼は信用できない。けれど……わたしには彼が必要だ。わたしは心を決めた。
「あなたを助けるから、カーター副団長を説得して」
「もちろん!いっしょに転移陣で王都に帰ろう。交渉成立だね!」
わたしが防犯糸を解いてオドゥを助け、眼鏡を返すと彼は顔をほころばせた。
「ありがとう!ねぇ、ネリアの部屋が見たいなぁ。ふたりでベッドに腰かけて、お話ししようよ」
「却下!」
王都に戻るとすぐにオドゥは転移陣からでて、カーター副団長のもとへ向かった。彼らがなにを話したかは知らないけれど、そのあと副団長が工房に現れて、わたしはびっくりした。
「えっ、オドゥ……どうやって彼を説得したの?」
「秘密♪」
わたしがオドゥにたずねても、彼は優しく笑うだけで教えてくれない。
それまでとは打って変わって、積極的に手伝ってくれる副団長に、わたしは助かってはいるのだけれど。
彼はときどき観察するように、わたしをじーっと眺めている。なんだか目つきが怖いんだけど……気のせい、だよね……。
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研究棟の二階にある副団長の部屋に、眼鏡をかけた錬金術師が戻ってきてあいさつする。
「ごぶさたしてます、カーター副団長」
ひと月近く姿を見せなかった部下に、クオード・カーターはぎょろりと目をむき、怒りをあらわにした。
「オドゥ・イグネル⁉︎今までどこにいた!」
オドゥはやれやれ、というふうに肩をすくめた。
「グレンの家を調査していたに決まってるじゃないですか。僕はまじめにやってましたよ。王都に戻ってすぐ報告にきたのに……報われないなぁ」
オドゥがぼやいてもクオードは渋い顔のまま、イライラしたように定規をピシピシと手に打ちつけた。
「情報はつかめたのか」
オドゥは眼鏡のブリッジに指をかけ、ずれを直すと副団長に報告する。
「ネリア・ネリスがデーダスで暮らしていた痕跡はありました。家のまわりに彼女のものと思われる魔術の使用痕も見つけられました」
「ほしいのは、そんな情報じゃない!どこの出身で、どこで魔術を学んだのか、知りたいことはいくらでもある!」
眼鏡をかけた錬金術師は、首の後ろに自分の手をあてて、困ったように緩く頭を振る。
「それなんですけどね……エルリカをはじめ近隣の街や村を当たりましたが、ネリア・ネリスらしき人物の痕跡はいっさい見つからなくて」
「なにもつかめなかったのか?」
クオードは非難する眼差しで、特徴のない平凡な顔立ちの男をにらみつけた。
「ええ……でもむしろ、なにもつかめないというのがポイントなんですよ」
副団長の部屋はそれなりの機密性があり、必要ないにもかかわらず、オドゥは遮音障壁を展開した。クオードはピクリと眉をあげる。
「彼女のことはわかりませんでしたが、グレンの家についてはいろいろと、おもしろいことがわかりました」
「なに?」
「デーダスの地表はただの荒野ですが、地下にはサルカス山地に源を発する水脈が流れ、地脈の魔素も豊かです。グレンの工房はおそらく地下にあります」
「なんだと……」
クオードはごくりと唾を飲む。オドゥの深緑をした瞳が、眼鏡の奥で光った。
「つまりデーダスに隠居したと思われていたグレンは、四年前からそこで錬金術の研究に没頭していたのです」
デーダスの地に引っこんでから、ときどき王都の錬金術師団に顔をだすグレンは、錬金術への情熱を失ってしまったように見えた。
(それが研究に没頭していた?)
「グレンはデーダスでなにを……」
人目を忍ぶような、それでいて膨大な魔素と素材を必要とする研究。
「それこそが僕も知りたいことで、ネリアにも聞いたんですけど……教えてはくれませんでしたね。ただ予想はつきます」
オドゥ・イグネルは懐から小さな袋を取りだすと、口を縛っていたヒモをほどき、コロンとした丸い石を副団長の机に転がした。クオードはそれを手に取った。
「ペリドット?」
オドゥが転がしたのは濃い黄緑の、ペリドットと呼ばれる石だ。
「きれいでしょう?デーダス荒野の外れで採掘される、エルリカの特産品です。土地の魔力を取りこむには、親和性の高い素材を使うのが錬金術の基本ですよね?グレンはあそこで研究するのに、この石を使ったんじゃないかなぁ。これ、誰かを思いだしません?」
濃い黄緑色……あの忌々しい女の瞳は、まさしくこの色をしている。ひとつの可能性に思い至り、カーターの手が震えだした。
「まさか!ウソだろう⁉︎……だとしたら、なんと自然な……」
出自のはっきりしない、とつぜん現れた娘。もしもあれが造られたものだとしたら。
「人造人間……ホムンクルスか……」
生きて動いている、しぐさも声も、その生き生きとした表情も。どこか無生物のいびつさを感じさせる、オートマタのエヴェリグレテリエにくらべて……。
なんと自然だろう。
「グレンならエヴェリグレテリエで満足せず、それ以上のものを創ろうとしても不思議ではありません。まぁ、あくまで僕の憶測ですから。たまたま彼に気にいられた、身寄りのない女の子かもしれませんけど」
人のよさそうな顔をした部下は、かけた眼鏡のブリッジに指をかけてずれを直すと、にっこりと笑ってクオードに提案した。
「だからね、カーター副団長。彼女を排除するのではなく、近くで観察することにしませんか?気になるでしょう?」









