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魔術師の杖  作者: 粉雪@4/14『魔術師の杖』コミックス1巻発売
第十三章 ネリアと死霊使い

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578.上陸前

 レオポルドの特訓が終わり、情けないことにソファーで伸びてしまったわたしを、ユーリはあきれたようすで見下ろした。


「まったく……ふたりして長時間部屋にこもって何してるかと思えば……もうすぐサルジアの港に着きますよ」


「ふぁ〜いぃ、ユーリ。何か変わったことは?」


 ぐでっと伸びたまま、王子様を見上げるわたし。ただ動けないだけなのだけど、すごく偉そう。


「スムーズに上陸できればいいんですが、港を統括している呪術師が、『今日は日が悪い』と言っているとか。海上で待たされることも覚悟しないといけません」


「呪術師って、そんなことも決めるの?」


「そんなことって……この国は政治も医療も、だいたいは呪術師頼みですよ。僕らからしたら非効率ですけどね」


「マジか……それで生活が回るんだ」


 ひとびとの生活に根差した文化とか習慣は、そうかんたんには変わらない。それにもともとは、何かしら意味があったのかも。


「ねぇ、テルジオ。サルジアにハチミツはあるの?」


 わたしの秘書をやってもらっている、リリエラが気にしているのはそこである。補佐官のテルジオも慣れたもので、ハキハキと答えた。


「ありますよ。花の都と呼ばれるぐらい、大地の力にあふれた土地ですからね。百花蜜やネリモラ蜜もあります。ハチミツ専門店にご案内しましょうか?」


「それって……デート?」


「違いますよっ、ただの視察です」


 ムキになって言い返すテルジオをちろんと眺め、リリエラは小さくあくびをした。


「ふぅん、ネリアが行くなら行く。あたし、秘書だもん」


「ネリアさん、どうします?」


 ええと……。


「そうだねぇ、動けるようになって上陸できて、時間に余裕があれば……」


 今はもう緻密な魔法陣を必死こいて構築したせいで、肩こりと眼精疲労がひどい。目を開けているのもだるい……というか動けない。


「じゃあ、店の場所とか調べておきますよ。ネリアさんは錬金術師団長ですから、魔術の特訓はほどほどでいいのでは?」


 テルジオの言葉にレオは首を横に振る。


「もう少し効率的な使いかたを覚えたほうがいい。いくら魔力があっても、魔法陣を描くたびに伸びていては話にならん」


 あのね……わたしは異世界で「サーデ」と唱えたり、浄化の魔法やエルサの秘法が使えたら満足なんだってば!


 魔術師団長にとっては魔力の無駄使いなのかもしれないけど。


「言っておくが、イルミエンツの魔法陣はもっと複雑だぞ」


 ぐぅ。覚えたいと言ったのはわたしだから、言い返せない。


「そうなんだ……だから、〝ロウソクの炎で遊んでみよう〟の最終ページで、ちょこっとふれてあるだけなんだね」


「そうだ」


 リリエラは二番街のミネルバ書房で高額をだして購入した、フォトがいっぱいのサルジアガイドブックをペラペラめくって、濃い青の瞳を輝かせた。


「ねぇねぇ、この黒蜜ってのもハチミツ?」


 わたしの秘書をやってもらっている、リリエラが気にしているのは、やっぱりそこなんだ。


 まぁ、推定年齢が三百歳以上らしい、人魚の魔女を秘書にしているのだから、何を言ってもムダな感じはする。


「ええと、黒蜜はハチミツとは違ってて、植物から採れる汁を煮詰めたものだよ」


「ふぅん。あたし、この『黒蜜きのこ』っての食べたい」


 とろーりと黒い蜜がかかったキノコを想像して、わたしは何か違うことに気がついた。


「きのこじゃなくてきなこね、『黒蜜きなこ』。わたしも食べたいなぁ」


 わらび餅とかそっち系。抹茶とかあってもよさそう。


 テルベリーのタルトやボッチャプリンもおいしいけれど、優しい和の味も捨てがたい。ガイドブックをパタンと閉じて、リリエラはテルジオに顔を向ける。


「だってさ、テルジオ」


「あのですね、リリエラさん。そういうのを調べるのも、師団長秘書であるあなたの仕事ですよ」


「だって、地上のことはよくわかんないんだもの。まだ勉強中だし」


 テルジオはキッと目をつりあげて、わたしに文句を言った。


「もっと優秀で使い勝手のいい人材が、王城にはいくらでもいます。なんでこんな人、秘書に雇ったんですか。ネリアさん!」


「な、なりゆきで……」


「でも、食べ物のこと考えてるときは、ふたりして幸せそうな顔してるし、なんだかんだでウマが合うんじゃないですか?」


 ユーリが助け舟にもならないことを言う。リリエラはふふっと笑って、脚をヒレのようにパタパタさせた。


「まぁね。女同士仲よくやっていくコツは、男の好みがかぶらないことだね」


 レオを横目で見ながら言うリリエラって……。彼に凍りつくような眼差しを向けられても平気そうだ。でも彼のその目つき、わたしも王都にきたばかりのときに経験あるなぁ。


「レオににらまれてもひるまないところも、上司とそっくりですね」


「やっかいなのが、ふたりに増えただけだ」


「増殖ですか⁉」


 レオのため息にユーリが眉を上げるけれど、いっしょにしないでほしい。するとリリエラも唇をとがらせる。


「いっしょにしないどくれ」


 こういうところが似てるのかしら……気をつけよう。


「それでユーリ、港の状況はわかりそうなの?」


「呪術師からの連絡待ちです。許可なく上陸するわけにはいきませんからね」


「そっか……リリエラ、頼んでいい?」


「まぁ、黒蜜きのこが食べられるんなら」


 退屈していたのだろう、しなやかな肢体を持つ妖艶な美女がすっくと立ち上がる。


「きなこだってば。豆を挽いた粉だよ」


「豆を挽いた粉……」


 彼女の顔に、盛大な『?』が浮かんだ。


「タクラで飲んだコーヒーみたいなやつじゃないだろうね。あれは苦すぎて死ぬかと思った」


「苦くはないよ。それだけだと甘くないから、砂糖を足したりするけど」


「いいねぇ。黒い蜜に砂糖を足した豆の粉かぁ……」


 妖艶な魔女は肉感的な赤い唇をペロリとなめる。いや、黒蜜きなこのときは、砂糖は足さないんだけど……。


「ネリアさん、まさか……」


 わたしが彼女を雇っている理由がこれだ。どちらにしろ彼女は〝海の精霊〟にすべてを伝えるための端末だ。


 それがどんな結果になるにせよ、できるだけ多くのことを見させて、経験させないといけない。


「リリエラは()()()()()から。またしばらく別行動になっちゃうけど……」


「いいよ。あたしにとってはエクグラシアもサルジアも、なじみのない土地ってとこは変わらない」


「待ってください、リリエラさん。何の準備もなしで行くのは危険すぎますよ」


 さすがに心配そうなテルジオを、くるっと振り向いて彼女は念を押した。


「テルジオ、帰ってきたらふたりで黒蜜きのこデート。いいわね?」


「リリエラさん……」


 そのまま風のように船室をでて、リリエラは姿を消した。あとにテルジオの小さなつぶやきを残して。


「だから、あの……きなこですってば……」

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
紅茶きのこのように、黒蜜を発酵させてきのこの苗床にしたら、ワンチャン黒蜜きのこも作れる⋯⋯?
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